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2009.11.24

『ベートーヴェン今昔物語 チェロのための変奏曲・ソナタ全集』 (ハーディ/オルキス)

BEETHOVEN, L. van: Variations / Cello Sonatas (Complete)
「Past and Present」David Hardy/Lambert Orkis
20091123_94702 いかわらずの忙しさ(今、推薦入試の真っ盛りです)なので、今日は仕事のBGMの紹介でご勘弁を。
 このCDはなかなか興味深いですね。4枚組。えっ?ベートーヴェンのチェロ曲ってそんなにたくさんあったっけ?ですよねえ。
 そうです。曲目リストをご覧になると分かるように、このアルバムは前半2枚と後半2枚の曲目が一緒なのです。なんでまた、そんなことが…。
 「Past and Present」…今昔物語…この言葉がヒントですね。
 なんと、前半はモダン楽器、後半はピリオド楽器で同じ奏者が同じ曲を演奏しているんですよ。珍しいですよね。そして、これが実に面白い。
 ライナーノーツは見ていないので、詳細は分からないのですが、とにかく使用されている楽器はこういうことらしい。

1 Cello…Carlo Giuseppe Testore, 1694, Milan, Italy
2 configurations - strung with steel strings and strung with gut strings

4 Pianos
Hamburg Steinway, early 21st Century
Wolf after Dulcken, ca. 1788
Wolf after Streicher, ca. 1814-1820
Regier after early Viennese Models, ca. 1830

 つまり、17世紀のチェロに、前半はスチール弦を張って、後半はガット弦を張って弾いていると。当然弓も替えているでしょうね。ちなみにチェリストのデイヴィッド・ハーディーはワシントン・ナショナル交響楽団の首席奏者です。
 それに対して、名伴奏者として名を馳せるランバート・オルキスが弾くピアノは4種類。前半はバリバリ21世紀のスタインウェイ。21世紀初期って書いてあるところがリアル(笑)。
 その他のフォルテピアノは複製です。どの曲でどの楽器が用いられているかは、とりあえず聴いただけでは私は分かりません。分かる人が聴けば分かるのかな。しかし、当然、明らかにスタインウェイとは違います。
 ふむふむ、やっぱり楽器って道具ですね。そして、それは「言語」であるとも言える。
 このアルバムを聴いた感じって、ちょうど、それこそ「今昔物語」の現代語訳と原文を並べて読んでいる感覚と似ている。どちらもある意味同じ内容なのだけれど、どうしても脳内に立ち上がってくるイメージというか、感情も含めてかな、それが全然違います。言語が違うとここまで違うか。
 そのどちらが正しいとか、どちらがより現代人の私にとって幸せな状況かなんて、正直わかりませんし、どっちでもいい。違うから面白いし、はっきり申してお得なんですよね。少なくとも2倍楽しめるからです。
 もちろん、どちらが一般性があるかとか、どちらがこちらに「勉強」を要求するかとか、あるいはどちらが好みかというような、そういう比較というのは可能でしょうし、そこを論ずることで満足する方もいらっしゃるでしょう。
 しかし…ここでまた、昨日の話に戻ります…楽譜に記された音符自体は「素数」的な「コト」かもしれませんが、音楽は常に変化する「モノ」であり、もっと複合的で他律的で刹那的で、違う角度から言うと、その瞬間瞬間において唯一無二の現象であるわけですね。もちろん、文字情報もそうです。他者の介在があって生き物となる。
 だから、その違いっぷり、生き物の進化ぶり、変異ぶりを存分に楽しんだ方がいい。このアルバムでも、モダン、ピリオド、両方の違いがあからさまで面白いのです。それが同じ作曲家、そして演奏者による違いであるところがミソですね。つまり、「言語」・「道具」の部分が顕著になるからです。
 「言語」や「道具」によって、奏者が生まれかわり、その結果作品が生まれかわり、そしてまた作曲家が生まれかわる。生まれかわって初めて「命」がつながっていく感じ、それが我々に喜びや感動を与えます。
 録音という「コト=情報」でもこんな具合ですから、生演奏ではまたどんなコトが起きるか、想像できますね。そして、その「コト」の連続体が「モノ」であると、私は最近考えるのであります。
 そんなふうに世の中を見て聞いていきますと、なんとも面白いですよ。
 クラシックに限らず、いろいろなジャンルで、こうした試みをどんどん実現すべきです。いろいろな発見があるでしょう。一番つまらないのは、「言語論」や「道具論」や「様式論」や「歴史論」といった、フィクショナルな「コト」にとらわれすぎることです。もっと壮大な総体の中で自由に浮遊してみると楽しいでしょうね。
 ああ、楽しかった。やべ、仕事しなきゃ(笑)。

NML

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