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2009.10.31

『日本語教のすすめ』 鈴木孝夫 (新潮新書)

10610333 んでいて楽しい本。日本語教のバイブル。私の敬愛する鈴木孝夫大明神の最新刊です。もう4年も経つのか…。憧れの大明神をほとんど独占して、おいしいお料理やお酒をいただきながら、とてつもなく楽しいお話をお聞きする機会を得てから。ぜひまたお会いしたいものです。
 その時もそうでしたが、とにかくユーモアにあふれ、そして、何事も実に上手にかみくだいて分かりやすくお話してくれる。この本もそうです。中学生でも、いや小学生でも、すんなり理解できるし、なにしろ内容が面白い。日常(特に日本語)に隠れた意外な発見というのが、子どもに限らず私たちにとって最も学習意欲を喚起するものなんですよね。それに満ち溢れている。
 あとがぎに書かれているように、その内容は、大明神のお仕事のアンソロジイとなっております。
 漢字の音読み・訓読み問題における新知見、日本語は(ラジオ型でなく)テレビ型言語であるという見事な比喩、教科書にもよく採り上げられる「虹の色数」「太陽の色」「蝶と蛾と鯨」、大人には特に興味深い「催淫帯」の話、天狗の鼻は高いが象の鼻は長いワケ、形容詞が実は本体を形容していないという話、江戸時代日本酒はなかったという話…。
 そして圧巻は第四章「日本語に人称代名詞は存在しない」でしょう。我々があまりに常識的に自然に無意識的に使い分けている「呼称」におけるルールを見事に解明してくれています。こういう勉強は楽しいでしょうね。
 こうした楽しい発見の根底にあるのは、自虐史観ならぬ自虐言語観に対する対抗心です。日本語は論理的でない劣等言語であり、これからの国際社会では通用しない、させたくないという思い込みに対する抵抗です。
 それはもちろん、裏返して言えば、日本語に対する真の理解、愛情、矜恃があると言えますね。ある意味、保守の王道的な発言も多い大明神ですが、この前の『日本を貶めた10人の売国政治家』の論者たちとは違い、絶妙な国際感覚も持ち合わせていますし、なんと言っても器の大きなユーモア、すなわち人類愛なんでしょうかね、そういうものがあるので私は好きなんです。いや、実際お会いすると、文章以上にスケールの大きな方だと分かりますよ。本当の教養人ですね。
 そういう大明神が教組であるのが…大明神がご神体じゃなくて教組っていうのがすごいな…「日本語教」です。自身は「残念ながら信者はほとんどいません」とお書きになっていますが、いやいやここにいますよ!と申し上げたい。私も全くその教義を信じています。
 「日本語教」なんて言うとたしかに抵抗を感じる方もいらっしゃると思いますけど、これこそ大明神一流のユーモアなんですよねえ。
 「この世に折角生を享けながら、日本語という素晴らしい言語を知らずに空しく死んでゆく人を、一人でも少なくする努力をしよう」…これが教義です(笑)。そして、最後の最後に書かれているとおり、これは単なる文化侵略でも日本語帝国主義でもなく、感謝、お礼の表現なのです。日本がここまで繁栄したのは、諸外国のおかげであり、その言語や文化をとにかく輸入しまくった結果であって、そのことへの恩返しとして、今度は逆に日本の良さ、日本語の良さを輸出すべきだと言うわけです。まったくもって、面白い論理であり、納得の教義であります(笑)。
 難しいことを易しく、厳しいことを優しく語る…これは教組の条件であると私は思っています。そして、そこにユーモアが必須のものであるというのも、たとえば出口王仁三郎から私は学んでいます。鈴木孝夫大明神…スケール大きく明るい神である先生、ぜひ「日本語教」の普及にこれからもご尽力いただきたい。そして、私もそれに協力させていだきたいと思っています。

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コメント

前略  薀恥庵御亭主  様

この頃「老眼」が一段と進んで・・・
行間を空けないと書けません。笑

えぇぇぇぇ・・・
御亭主様の「御文章」は超満点です。
ある種「文章の直感力」の優れた
御方様のみが表現できる「才」なので
ありましょう。


愚僧など「鈍感」な上に老眼・近視
乱死× 乱視◎ですから御恥ずかしい。
まともな「文章」も記せません。

そうですね・・・
愚僧も「日本語」はとても大切だと感じて
います。


もう 随分 永い事・・・
「ホームページ」や「ブログ」に携わって
おりますが・・・
基本的に「尊敬できて 師と仰ぐ御方様」
のみに「コメント」を書いています。

当然・・・コメントを書くことが・・・
「嬉しくて」「楽しくて」「有り難い」と
感じています。
愚僧は「コメントを書く動機」として・・・
そのことが一番大切だと信じています。

人生で尊敬できる御方様との出会いは・・・
正に「最高の御寶さま」です。

そして・・・
一応 ・・・誤解×五回◎ほど読み直して
から「コメント送信」致しておりますが
誤寺脱寺×誤字脱字◎馬鹿りです。 笑

えぇぇぇぇ・・・
そういう愚僧でありますが「悲しい」のは
最近 増えている・・・
「無慈悲なコメント群」です。

「人様の御不幸」にさいしても・・・
「被害者」の心の傷に塩をすりこむ
「コメント」の存在。
愚僧 心底・・・恐ろしいのです。

うぅぅぅぅん。
「文章」の極意とは「心情」ですね。
野口英世様の御母様の御手紙を「拝見」
する度に そう感じています。

合唱おじさん       頓首百拝  


投稿: 合唱おじさん | 2009.11.01 16:24

合唱おじさん様、すみません。
お返事忘れておりました。

日本人の心情を表現するのは、やはり日本語しかありませんね。
ですから、実はみんなもう既に日本語教の信者なんですね。
私たちが自然に富士山教信者であるように。

合唱おじさん様の日本語は本当に個性的でお見事です。
そういえば、昭和の偉人は皆○○語を持っておりましたね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.11.08 21:28

前略  薀恥庵御亭主 様

大変 御疲れのところ・・・
個々に「御返信」頂き誠に恐縮致して
おります。

本当に有難う御座います。

えぇぇぇぇぇ・・・
「言葉」というものは・・・
時として「怖い」ものですね。

顔の見えない 「イタズラ電話」も
恐怖ですが・・・
思いやりのない「攻撃コメント」が
愚僧は一番・・・恐ろしいですね。

そんな関連の「御悩み」の
「御相談」を受けますが・・・
結局 薬局 放送局・・・
「コメント拒否」になってしまいます。
とても残念なことなのですが・・・。

そうなると・・・完全な「毒吐く×
「独白ブログ」となってしまいます。

その点から申し上げましても・・・
御亭主様のブログは「最高」なのです。


そうですねぇぇぇ・・・最近では
「コメント炎上」も多発してますし・・・
「ブログ付合い」で鬱になる人もいます。

やっぱり・・・・
「言葉のキャッチボール」が必要ですね。
相手が受けやすいボールだったり・・・
子供には・・・「ゴロ」もありですね。
「変化球」が無限にあるのが・・・
日本語の特徴だと愚僧は考えています。

うぅぅぅぅぅん。一番 性質(たち)の悪い
「無慈悲なコメント」はごろつきです。笑
「ごろつき」はやっぱり・・・「野暮」。

そうですねぇぇぇ・・・
御亭主様の「御部屋」は居心地が好くて
まさに「大好き」です。

えぇぇぇぇ・・・穴論× 結論ですが・・・
愚僧と致しましては「コメント縁成」が
理想であります。

合唱おじさん           拝


投稿: 合唱おじさん | 2009.11.08 23:54

合唱おじさん様、こんばんは。
このブログは変ですよね。
これだけの方が読んでおられるのに、
なぜか穏やかであります。
私自身が基本性善説を信じているからでしょうか(笑)。
たま〜にご批判もいただきますが、それもまたありがたいと思います。
でも、それより何より、なんかコメントしにくい内容なんでしょうね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.11.09 21:31

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