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2009.09.29

「アゲる」or「アガる」?

↓アゲアゲ
P1 々の雨でテンション下ります。いろいろ忙しいし、自分は歳とともに体力・気力が減退しているにもかかわらず、相手は常に高校生だし、けっこう無理矢理テンション上げていかないと大変です。疲れます。
 したがって、家に帰ると非常に物静かになります。家では、小学生の娘たちはもちろん、天然アゲアゲ系のカミさんも疲れを知らずいつでもハイテンションなんですが、さすがに私は帰ったら、調律ピッチをガクンと下げます。ヴァイオリンの弦を緩めてケースにしまうようなものです。そうしないとプチンと切れちゃう。
 そうしてリラックスしているうちに、私の静寂の時を破る招かれざる客が…。マンション経営の勧誘電話です。俄然テンションが上がる私。
 先方には申し訳ないのですが、私にとっての最高のストレス解消になります。今日の餌食の青年も可哀そうでした。なんかとっても面白いらしく、カミさんもわざわざ私が電話しているところに来て、笑いをこらえながら会話を聞いていました。ああ、面白かった。
 で、電話が終わるとまた虚しい時間がやってきます。もう一件かかってこないかなあ…。
 なんて、何やってるんだろ…。リラックスしたかったんじゃないのか?
 そう、それが今日の記事のテーマです。
 皆さんはどう思いますか?テンションが高い時、あるいはテンションを上げている時の自分と、低い時、あるいは下げている時の自分と、どちらが好きですか?どちらが本来の自分だと思いますか?
 最近生徒たちを見ていまして、とにかくテンションが高くないと楽しくないという奴らが多いことに気づきます。まあ、それは青春時代の特徴でしょう。若さとはそういうお祭り気分のことですから。
 しかし、なんて言いますかねえ、そのハイテンションっていうのがとっても受動的なんですよ。自分で何かを見つけて何かに燃える(萌える)っていうより、たとえばある種の音楽を聴いて気分を上げるとか、超笑えるお笑い番組を観て盛り上がるとか、そういう感じなんですよね。
 だから、そういうものを提供しないと、すぐに「つまんない。もっと面白いことしようよ」ということになる。だから、フツーの授業なんて奴らにとっては本当に「サゲサゲ」なわけです。
 で、どうも最近の子どもや若者はそういう「サゲサゲ」な状態を我慢する力に欠けていると感じるんですね。常に面白いこと、楽しいことが提供されていないと、とにかく不幸で不機嫌になる。小学生の英語教室をやっているカミさんも、しょっちゅうそういうこと言ってます。子どもたちが、すぐ「つまんねえ〜」って言うと。
 やっぱり、そういう常に楽しい環境というのも与えすぎたんですかね。学校の授業も楽しいのが一番という風潮があります。いや、楽しいのはいいんですよ。でも、その楽しさの質というのは、ゲームやバラエティー番組の楽しさとは違うはずですよね。でも、今の子どもたちは、常にそういうものを大人に、社会に期待しているような気がします。
 一方、あんまりアガってないように見えるオタクな生徒たちですが、実は彼ら彼女らも仲間内では異常にテンションが高くなっています。隠れてそういう場を作っています。そして、その様子をギャルに目撃されて、「キモい」と言われます(笑)。
 ま、それはいいとして、つまり、みんな「テンション(気分)を上げるもの」を外に求めるわけです。ですから、当然それは商売になります。金で「テンション」を買うわけですね。中にはのりピーのように、薬物を買う大人まで現れます。
20090930_92628 で、10年ほど前から、クラブで使われるようになった「アゲアゲ」という言葉に象徴されるように、以前は「アゲる」という他動詞が商品になっていましたが、どうも最近、「アガる」という自動詞が増えていたような気がするんですね。「アガるコスメ」とか「アガるアクセサリー」とか、やっぱり女性向けの商品が多い。
 これってちょっと面白い現象だと思いました。他者のおかげで「気分」や「テンション」や「女子度」や「運気」や「バスト」や「目尻」が「上がる」わけですから、事実としては「受動」なんですけどね、いちおう自動詞の「アガる」を使うと、多少能動的な雰囲気がしてきます。つまり、「アゲる」ために何かを購入するという目的的行為ではなく、それを購入して身につけたり受容したりすると、自分自身の何かが変化して、内側から上がっていくような感じがします。
 たぶん、「アゲてもらう」ことに空しさを感じ始めたのだと思います。無理矢理「アゲる」とサガった時空しいですからね。のりピーもその空しさに堪えられなかったのでしょう。
 だからって、自動詞の「アガる」を使っても、実際には何も変わりません。いや、それ以上に危険であるとも言えます。自動詞というのは、実は能動的であるというより「自律的」であることを表します。自然に、無意識的に現象することを表すんですね。
 たとえば、「運気を上げる」と言うと、それなりに「私」の意志が感じられますが、「運気が上がる」というと、運気自身が自律的に上がるという感じで、実は「私」の意志とは無関係、すなわち「私」にとっては他律的であるという、妙なことになるんです。
 開運グッズを身に着けると勝手に「運気が上がる」というやつですよ。ちょっとあやしい宗教じみたことになってくる。
 すなわち、音楽にせよ、ファッションにせよ、アクセサリーにせよ、化粧品にせよ、どんどん自らの意志が希薄になっていく。「アゲる」よりも「アガる」方が、より無意識化が進むというパラドックスが起きているわけです。空しさから逃げるために施した策が、さらなる空しさを生む。
 ま、こんなことを考えて勝手に盛り上がっているワタクシというのも、かなり空しい存在ではありますが、しかし、世の中の、特に若い女性の心理をこうして眺めてみますと、それなりに面白いことが分かってきますし、自らの反省にもつながります。
 なんて話を、天然アゲアゲ系のカミさんにしましたら、「オバサンたちは常にテンション高いよ〜!なにしろ子どもに負けないようにしなくちゃいけないからね〜!」とのこと(笑)。
 そうか。理屈抜きにそういうことか。それが健全な状態だな。子どもは金で買えないもんな。じゃあ、のりピーはいったいどうしちゃったんだろう…。
 とにかく、「ステージでアガる」と言ったら、昔なら緊張することを言いましたが、今では「ステージで気分が高揚してイケイケ状態になる」っていう意味になるんですかね。それに、昔は「男を上げる」とか「男が上がる」とか言いましたけど、今や「アゲる」も「アガる」も女性の専売特許みたいになっちゃいました。時代とともに世の中も言葉も変わりますな。

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