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2009.09.18

「早く終われ」はやめましょう。

20090919_85328 日は接心。学校に宿泊して座禅やら作務やらにいそしみます。
 写真は座禅しながら目撃した富士山の発光現象です(って全然「無」になってませんね)。これは夕方ではありません。夜です。たまにこういうことがあります。いちおうまた地震などに気をつけましょう。あんまり恐怖を煽るのは好きじゃないんですが、知ってて言わないのもどうかと思うので。
 さて、接心という行事(お坊さんの修行の真似事)をしていますと、とにかく全てに「早く終われ!」って思っちゃうんですね。座禅はもちろん、ゴミも枯れ葉も何もないところひたすら掃く作務(さむ)も、そして、正座していただく薬石(夕食)や粥座(朝食)や、あと写経や読経なんかも。
 つまり、全然「なりきる心」になってないってことです。この前の横尾忠則老師のありがたい説法にもありました「なりきる」ということ。結果や目的にとらわれず、その時々の行為、作業に没頭すること。それがなかなか難しい。と言うか、それができれば立派なお坊さんになれますよね。
 今回の接心、私にとってはもしかすると高校生とは最後のものになるかもしれません。ですから、それなりに「なりきろう」と思って臨んだんですが、結果は惨々たるものでありました。だいいち、富士山眺めながら座禅してるようじゃダメですよねえ。
 ただ、一つ確認したことがありました。前々から思っていて、時々生徒にも話していたことですが、なんだか今日はそれを痛感したので、ここに記しておきます。
 先ほど書いた「早く終われ!」についてです。これってしょっちゅう思ってしまうことですよね。別に修行みたいな辛いことじゃなくても。たとえば自分が生徒時代なら、「このつまんねえ授業、早く終わらねえかなあ…」なんて思いながら時計とにらめっこするなんてのは、それこそ日常茶飯事でした。今でもそうかも。授業してても、やたら時間が長く感じられることがある。もちろん逆にのってる授業(ほとんどが雑談ですが)の場合、あっという間に時間が過ぎてしまう。
 まあ、そういう時間論は今までも書いてきましたし、これからも「モノ・コト論」に絡めてたくさん書くでしょうから、今日は割愛。
 それでですね、とにかく、我々はイヤなこと苦手なことつまらぬことをやってる時、あるいはやらされてる時は、時間が早く過ぎてほしいと願うわけです。当たり前ですね。
 でも、考えてみると、それってとっても恐いことじゃないですか?早く時間が経過しろって思うことはですね、つまり「早く死にたい!」っていうのと同じなんですよ。
 そんなこと当たり前です。私たちは必ず死にます。その時は必ず来ます。今も1秒ごとに、いやこの刹那にどんどんそのゴールに近づいています。ですから、早く終われ!と思うことは、時計を早回ししたいと思うことであり、それすなわち早くゴールに着きたい、つまり「早く死にたい」と願っていることになってしまいます。
 もちろん、これは実に短絡的な結びつけではあります。しかし、この真実を案外私たちは忘れています。あまりに短絡的だからでしょうか。
 私たちは普段は本気で死にたいとはあんまり思いません。そう思って実際自ら命を絶ってしまう人も年間3万人も日本にはいますが、それはそれで大変にエネルギーのいることで、決して日常的な思考と行為ではありません。
 しかし、一方で、今言った「早く終わんねえかな」という思考はとっても日常的じゃないですか?もしかすると誰しもが一日に一度は思ってしまうかもしれない。今日の私なんか何度も思っちゃいましたよ。
 今日はそのたびに、「あっやばい」と思ったんです。昨日の「毛」の話じゃありませんが、やっぱりそれなりに歳をとって、おそらく人生の折り返し地点を通過したからでしょうかね。楽しい行事や番組がもう終わりそうだと思うと、急に切なくなるのと一緒でしょうか。うむ、これぞ「もののあはれ」なのか。
 と、そんなわけで、我々に「早く終われ!」と思われてしまう、つまり嫌われてしまう「時」というのが日常にたくさんありますよね。それって、たいがい自分へのこだわり、執着によって生まれてきてしまうものです。自分の「コト」、つまえ「自分の思い通りにしたい」という欲求というか本能によって、自然に生まれてしまう負の感情です。これぞ「煩悩」というヤツでしょう。やっぱり座禅をはじめとする仏教の修行の一つ一つは、それらに気づき、それらと闘うための「智恵」なんですね。
 そんなことを今日、「早く終われ!」と思いながら、ちょっと悟ってしまいました(苦笑)。
 これからは、なるべく「早く終われ」とは思わないようにします。思ってしまった時は、「早く死にたい!」に翻訳して、わざと自分で否定するようにしますわ。
 あっそうそう、も一つ、面白いことに気づきましたよ。「いつまでも続いてほしい」と思う、究極の至福の時間は、あっという間に過ぎてしまうということです。ほとんど気づかないうちに。もっと大切に、じっくり味わいたいのに、無情にもそれは無意識のうちに、一刹那のうちに終わってしまいます。今日もそうでした。それは何でしょうか。
 それは…「睡眠」です(笑)。

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コメント

前略 薀恥庵御亭主 様
先日の「櫛付き眉毛鋏」の御講義・・・
まさに「名文」です。
「完全保存版」ですね。笑
さて・・・愚僧も「100時間」
寝てても「30分」ぐらいに感じます。
うぅぅぅぅぅぅん。
どこまでも「阿呆」ですね。笑
「阿呆」ついでに・・・或る日の事。
愚僧の「顔面」を詳細に観察した 
家内が「顎の部位に黒く膨らんだ黒子の
様な突起物を発見」いたしました。
さらに そこに「短い顎髭」も発見。
恐る恐る「毛抜き」で引っ張ると・・・
なんと・・・ずるずる ずるずる・・・
顎鬚が「3cm」も出てきました。
皮膚の内部で「時」をかけて成長していた
のです。妻・・・「うわぁぁぁ気色悪い」。
これを「もぐり毛」と呼ぶそうですね。
一種の「引きこもり」です。笑
合唱おじさん          拝
 


投稿: 合唱おじさん | 2009.09.19 18:16

昨日は曇り、今日は晴れでしたが、両日とも東京の夕刻は、空がこの写真のような薄紫色になりました。
夕方ですから、発光現象ではなく、夕焼けの一種だと思いますが、色がよく似ていますね。

ところで全く話が変りますが、アマチュアですがトラヴェルソの名手の方は、もぐった毛の研究をなさっていたと記憶しています。

投稿: 貧乏伯爵 | 2009.09.19 22:00

合唱おじさん様、伯爵さま、こんばんは。
お返事が遅れてすみません。
もぐり毛って不思議ですよね。
なんか、根が伸びていくというか。
なんか自分にもあるような気がします。
3センチどころか3メートルくらいになってるんじゃないか…。
どうすれば確かめられますかね?

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.09.24 21:30

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