第24回 都留音楽祭最終日
第24回都留音楽祭が閉幕しました。今年は例年以上に盛り上がりましたね。来年の記念すべき第25回目に向けて、自ずと勢いがついているような気がしました。
ここ数日ずっと書いてきたように、古楽自体の成熟、そして第1世代から第4世代(第5世代?)の共存、もちろん人数が多かったこともあるでしょう、講師陣のチームワーク、スタッフの皆さんの献身的な仕事ぶり、いろいろな要素が見事にかみあった素晴らしい古楽祭であったかと思います。
そして、なんといっても、ルーファスの素晴らしさですね。彼のレッスンを受けた人、見学した人たちが皆感動していました。彼は教えるのがものすごくうまいそうです。教育者としても抜群の能力を発揮しているとのこと。
最近、私も中学創設に関わりながらよく考えるんですよね。「教育現場」は実は「学習現場」でなければならないと。「学習」とは「まねびならう」ことです。つまり、先生を真似したいと思いをベースとして試行錯誤をし、そして結果として慣れていく。ゴールはもしかすると、先生とは違うかもしれないけれども、「学習」することによって、ある到達点にたどりつく。そういうのが「学習」の理想です。
渡辺敏晴さんもおっしゃってました。ルーファスはとにかくやってみせてしまうと。それがとんでもないレベルであり、生徒たちはもう驚いてしまうわけですね。ただ「はい、やってみなさい」というのとは違うんです。我々の現場でも、「生徒主体」とかカッコイイことを言って、やらせてばかりで、やってみせない教師がとっても多い。はっきり言って手抜きです。
「教育」と「学習」の関係や違いですね。それについては、昔こちらに少し書きましたっけ。
この音楽祭は、とにかく先生方と生徒(講師と受講者)の距離が近い。古楽界自体がそういう雰囲気がありますが、特にこの音楽祭はそうですね。学びも遊びも皆一丸となっています。いいことですね。
このような独特の雰囲気があるので、これだけリピーターの方が多いのでしょう。そして、24年間も続いてきたのでしょう。地味ではありますが、非常に貴重な音楽祭であると思います。
これって、なんだかんだ言って(笑)、音楽監督の有村祐輔先生のお人柄によるものなんでしょうか。たとえば、トップに立つ人が、あまりに大きなカリスマ性を発揮してしまって、全体がヒエラルキー構造になってしまったりしたら、こういう雰囲気にはならないでしょうね。
さて、今日は午前中にそれぞれが講習の結果を発表いたしました。
小学生のリコーダークラスの発表。今年は吉沢実先生が途中からお仕事で不在だったので、地元の清水先生による指揮。毎度「赤いやねの家」には泣かされますね。
ダンスクラスの発表も華やかで良かったですね。なにしろ、今年は受講者が多かったですし。衣装も皆きちんとそろえて、それはそれは本格的な宮廷舞踏会になっていました。
昨日も書きましたが、バロック・ダンスは「沈む」瞬間が重要でして、後世のジャンプ中心になる、すなわち重力に逆らう近代バレエ的ダンスとは大きく違うように感じました。近代の西洋ダンスは、高い身体能力を必要としていますから、どんどんスポーツ化していったわけです。
さて、我々西洋古楽グループのパーセルの発表も、なんだかんだ無事終わりました。ま、ヴィオラ・パートは途中楽譜が不明になるというアクシデントはありましたが、こういう時、動揺せず何事もなかったかのようにふるまうのも大切な練習です(笑)。特にヴィオラはですね、堂々と休んでしまうことができるパートなんですよ。
さあ、最後はお別れフリーコンサートです。前半のフォルテピアノによるベートーヴェンやアメリカの現代曲の演奏は実に興味深いものでした。特に「月光」はぐっと来ましたね。私、マイクを通して言いましたが、おおげさでなく、「ピアノ」という楽器の名前と、「月光」という曲の名前の、両方のネーミング意味を、今日初めて理解しました。
後半のチェンバロを中心としたバロックの曲たちも良かったですね。なんとくな時代を遡っていくようで、こういうプログラミングの仕方もありじゃないかな、と思いました。普通のコンサートは大概逆ですから。いや、古文を教える時なんか、時代を遡っていく方が良かったりするんですよ。そういう発想も必要ですよね。
そして、最後に、個人的にとっても嬉しかったことを一つ。お別れの時に、ルーファス・ミューラーさんがつかつかと私のところにやってきて、こんな言葉をかけてくださいました。
「私は日本語が分からないけれど、この音楽祭の中であなたが一番面白い(funniest)日本人だと思った。なぜなら、あなたが話すとみんながドーッと笑うのを毎度見たからだ」
うむ、こんな嬉しい褒め言葉はないですよ〜。ありがとうございました。頑張った甲斐があったというものです。本当に皆さん、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。皆さん、来年、記念すべき第25回都留音楽祭でまた会いましょう!音楽は素晴らしい!
追伸 funny…って、もしかして、「アヤシイ」っいう意味?ww
も一つ。今回個人的に嬉しかったのは、我が歌謡曲バンドの優秀なピアニスト(キーボーディスト)である地元のピアノの先生がですね、雷に打たれたようにフォルテピアノに目覚めてしまったこと!こちらでステキなピアノを弾いている方です。うむ、もともとウチのバンドは古楽人口率が高かったのですが、さらに増えたぞよ!素晴らしいことです。
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コメント
今年も残念ながら行けませんでした。
しかし、今でも庵主さまが本当の建物の庵主さまだった頃にお伺いした、第二回のことを昨日のように思い出します。
投稿: 貧乏伯爵 | 2009.08.21 11:47
お疲れ様でございました。
この度は、表現と教育、地域コミュニティとの協力といった意義深い音楽の祭典をご紹介頂きましてありがとうございました。
よい形での、ますますのご発展を心よりお祈りしております。
一番のfunny(もののけ?)のお墨付き、流石でございます。
おめでとうございました!!!
投稿: むい | 2009.08.21 12:57
ああ、あの時の写真どこかにありますね。
あんな寺に夏美さんが来たんですよね。
まったくいい時代でしたよ。
夏美さんとは洞窟なんかにも行きましたっけ。
有田さんも一緒で、洞窟の中でトラヴェルソ吹いてました(笑)。
予想に反して、完全なデッドで驚いた記憶があります。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.08.21 16:40
むいさん、ありがとうございます。
「もののけ」とは一番の褒め言葉ですよね。
お世辞とは言え、ものすごく嬉しかったです。
ルーファスさん、本当に素晴らしい方でした。
来年も来てくれるかなあ…。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.08.21 16:42