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2009.06.10

『日本人の知らない日本語』 蛇蔵&海野凪子 (メディアファクトリー)

84012673 たまた、向かいに座っている理科の先生からお借りしました。彼女、まあいろいろネタになる本を貸してくれること。
 この本(マンガ)、かなり売れているようですね。たしかに面白い。外国人との言語をめぐるすれ違いというかディスコミュニケーションというか誤解というかミスマッチングというか、そういうネタのマンガという意味では、こちらに近いかもしれません。
 これはある国民にとっての言語や文化や習慣という「モノ」、すなわち彼らが「ものにしている」ところのモノが、外国人にとっては「コト」であるという現象そのものを扱ったマンガと言えます。
 ですから、たとえば私がカミさんの実家である秋田という外国に行って、そこの言語や文化や習慣に面食らい、それを学ぼうとトンチンカンな質問をしている状況を、そのままマンガにしても、たぶんこれと同じくらい面白い作品になるでしょう。というか、そういうたぐいのものは実はいくらでもありました。
 しかし、この作品が特に面白いものとなった原因は、そのモノとコト、すなわち無意識と意識のズレを表現しただけでなく、本来「ものにしている」はずのモノが、全然「ものになってない」コトを教えてくれるからです。これは、モノとコトの逆転の面白さとも言えます。ま、この本に即して言うなら、外国人の方がマニアックな日本語を知っている、あるいは、類似表現の微妙な差異を意識的に使い分け、使いこなしているということです。
 実はこれもまた、私もしょっちゅう体験することです。逆の立場でね。
 たとえば、これはどこかにも書きましたけれど、私はバロック音楽なんかやってますからね、17世紀のフランスの音楽については、近所のフランス人より詳しかったりするわけですよ。
 私みたいに、どう見ても坊さん風情な日本人が、まじめな顔してフランスバロックのキリスト教音楽をやってたりする姿なんか、向こうから見れば、それこそこのマンガに出てきた、仁侠映画でヤクザ言葉を覚えてしまったフランスのご婦人と同じくらい笑える姿でしょう。
 あるいは、私は信仰とは違う立場から聖書を読んだり、仏教聖典を読んだりしています。それを元にその道の専門家に、やたらマニアックな質問をして困らせるなんてこともあります。
 あと、これは自分ではありませんけど、最近もプロレスのマニアの方々が、レスラーご本人よりもその方の過去の試合結果や内容に詳しいなんてこともありましたっけ。
 今日、この本の話が出たので、生徒にも話したんですが、受験で覚えるような英単語や、あるいは読まされる長文なんか、あれはネイティヴでも知らなかったり、難しかったりします。留学生なんかに、大学入試の英語の問題やらせると、たいがいお手上げになるものです。
 そう言えば、漢字なんかもそうですね。日本人の方が圧倒的に本国中国人より漢字をよく知っています。漢文もそうです。中国の古典に最も詳しく親しんでいるのは、日本の高校生ですよ。これはまじで。
 この前紹介したドナルド・キーンさんなんかも典型ですね。彼は尊敬されて、文化勲章までもらってますけど、私がこちらで最後に書いたことなんか、ホントは笑っちゃっていいことなんです。というか、私は昔からマンガチックだなって、不謹慎にも思っていたんですよ(笑)。もちろん、それは、このマンガの原案者と同じく、彼らへの愛情と尊敬の念をベースにした「笑」なんですが。
 というふうに、幼少からその環境にどっぷり浸かって、「ものにした」モノと、大人になってから客観的に学習したコトとでは、その性質や方向性が全く違うわけです。そこに齟齬や逆転現象が起きて、それでこういう笑える本が生まれたり、あるいは場合によってはケンカになり、戦争になるわけです。
 ずいぶん前にこちらで書きましたっけ。「異文化理解」というのはおかしいと。理解できないから、ズレが生じるから「異文化」なのであって、「異文化理解」という言葉自体が自家撞着を起こしていると。
 変に「異文化」体験を美化したり、理想化したりするのではなく、このマンガのように、そのすれ違いやディスコミュニケーションや誤解やミスマッチング自体を愛し、可愛がり、面白がり、互いに学び合って楽しんでいけばいいんじゃないでしょうかね…と、充分に美化、理想化してますが(笑)。
 ちなみに、このマンガのタイトル「日本人の知らない日本語」ですけど、まあいかにもその通りですね。ここで我々ネイティヴが試される多くの問題、あるいはマンガ自体のネタになっている日本語については、いちおう日本語が専門で、それなりにマニアックだと自負している私でも、半分くらいしか分かりませんでした。だから、これを読んで、「やばい、全然知らない」と思ってしまった皆さん、全然心配しなくていいですよ。知っていても全く意味がないことばかりですから。いわゆる雑学、小ネタ、一口メモ程度のものです。
 ま、そんなの大きなお世話で、こうして「知らない」ことを楽しみ、ちょっと心配し、一時的に勉強意欲を増し、「日本語ブーム」を作り上げてしまうのもまた、いかにも日本人らしい文化現象であると言えますね。
 最後に、このマンガでもやり玉に上がっていた最近の「日本語の乱れ(?)」については、私は非常に寛容です。それについても、今までいやというほど書いてきましたので、ここでは割愛します。

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コメント

決して新刊というわけではないのに、同じ日に感想を書かれていたことにびっくりしました。

投稿: TKJ | 2009.06.11 22:39

TKJさん、おはようございます。
うわぁ、びっくりですねえ!
まさに千里同風じゃないですか。
不思議ですね。
こういう確率っていったいどのくらいなんでしょうかね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.06.12 08:42

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目の付け所もいいし、料理もうまい  2月に出版された本ですが、かなり売れているようで、既に6刷となっていました。私は新聞の広告で存在を知って購入。内容としては、日本語学校に通う外国人生徒からの質問は、ときにネイティブにとっても答えに窮するような難問であったりといった、カルチャーギャップなどを中心に据えた話題を、読みやすいマンガ形式で展開しています。  日本語ブームとやらが始まってから、現在もそのブームが続いているんだかそうでないんだかよく知りませんが、この本も日本語についての興味をかき立ててくれる... [続きを読む]

受信: 2009.06.12 22:24

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