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2009.06.30

告知!!マンハッタン・ジャズ・クインテット&富士学苑高校ジャズバンド部 スペシャルジョイントライヴ

MISO with MJQ
Kouen_page_0824_mjq 〜ぉ!ついにここまで来たか…というか、いつのまにここまで来たの?という感じでしょうか。8月24日、我らがMISO(富士学苑高校ジャズバンド部)が、あの!MJQとジョイント・ライヴをやっちゃいます。
 昨日の小澤征爾さんでも感じましたけれど、ある種のこだわりのなさというか、語らなさというか、知らぬが仏というか、スケールの小さな部分に関わりすぎないというか、そういうのって最強ですね。そう、いわゆる天才と言われる人たちが、大人になっても子どもでいるというのは、そういうことなんですよね。
 社会や自分の「コト」に支配されず、いつまでも「モノノケ」でいられるのが、カリスマの条件なのです。
 ということは、やはり子どもはみんな天才でありカリスマであるということです。社会の人になりきっていない高校生の強みはそこにありますし、我々の仕事の面白さもまた、まさにそこにあるわけです。
 今回のこの大事件についても、当の本人たちはよく分かっていません(笑)。さっきも生徒に説明するのに、こんな話をしました。その子はジャニヲタなので、こう言ってやったんですよ。
 「今度さあ、キムタクとカラオケ行くことになったんだよ!」
 ジャズ界のMJQがジャニーズ界のキムタクなのかどうかはよく分かりませんが、ま、そんな感じですよね。で、その生徒はもちろん「え〜?うっそ〜!」ということになるわけで、それくらいあり得ないことなんだよと、そういう説明をしたわけです。
 小澤征爾さんなんかは、もちろん立派な大人であり、ある意味勉強に勉強を重ねて今のような境地に至ったのであります。だから歴史に名を残すわけですね。
 私なんかもそうですが、子どもの頃は、誰しもがそうであるように自分は天才だと思っていたわけですよ。親もそう思ってた(笑)。それがまさに「二十歳過ぎればただの人」、こんな程度のフツウな大人になってしまいました。
 ほとんどの人がそうなっていくわけですね。それを象徴しているのが、たとえば、そのジャズバンド部の主催して行われている「富士山の森ジャズフェスタ」なんかですね。そこにも書いた通りです。大学生になると、言葉や知識やメソッドや技術が、なぜか音楽の邪魔をする。高校生の頃のあの輝きやモノノケ的パワーはなりをひそめる。
Imgp0350jpg それは決して高校生のそれぞれがカリスマなわけでなく、高校生という存在自体がいまだ素晴らしいということです。ですから、去年そこで輝いていた高校生が、大学へ行ったりして、相変わらず輝いているかと言えば、決してそうではないのが実情です。それが普通でしょうし。
 で、そういう無垢な、ある種無知な高校生が、ジャズ界の大御所とさりげなくジョイントしてしまう。実に素晴らしくも、実にうらやましい事態です。本人たちはコトの重大さを理解していない。理解していないからこそできてしまう。たとえば、私がですよ、ありえませんが、MJQとの共演が決まったら、もうその時点で身動きができなくなってしまうでしょう。情報という「コト」が未来を閉ざしてしまうのです。それが凡人(大人)の悲しさですね。
 おそらく、おそらくですが、MJQのメンバーも非常に楽しみにしていることでしょう。そして、きっととんでもなく根源的なことを体感し学んでお帰りになるでしょう。彼らは少なくとも、そういうスケールで音楽とつきあってきたカリスマだと思いますから。
 そんな両者のことを想像すると、本当に今から胸がドキドキワクワクしますね。お互いにとって、どれほど刺激的なライヴとなることか。また、単純に音楽という共通語が、国や世代を軽々超えて、あるいは互いに強烈な化学反応を起こして、とんでもない「モノ」を我々に提供してくれるのか、とっても楽しみです。
 日々、そういう現場の近くにいられる私はとんでもない幸せ者ですね。青春なんて言葉は、今はもうはやりませんが、その熱く透明で甘酸っぱい実体は、どんな時代にもちゃんと存在しているのでありました。
 ああ、私もいろいろ頑張らなきゃ。生徒たちに負けないような、とんでもないことを実現できる大人になりたいなあ。
 皆さんもぜひ、この奇跡的な音楽の遭遇のオーディエンスになりませんか!?

当日レポートはこちら

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2009.06.29

『100年インタビュー 指揮者 小澤征爾』 (NHK BShi)

090625_pic むむ、実はかなり感動してしまった。すごいわ、やっぱり。スケールが違う。大きさも違うし、音階も違うという感じ。
 天才、超一流の人って、やっぱりこうなんだよなあ…。我々凡人とは基本的に何かが違う。まず、持っているエネルギーが違う。働くパワーが違う。73歳とは思えない若々しさ。圧倒的なオーラ。
 25日に録画しておいたものを観ました。いや、聴きました。2回聴きました。また何度でも聴こうと思います。
 やっぱりね!ということと、え〜っそうなの?ということが半々。いや、どちらかというと意外な言葉の方が多かったかなあ。それが刺激的だったのでしょうね。
 まず何と言っても、その器のデカさでしょうね。超一流の器ですよ。つまり、細かいことにとらわれないんですよね。たとえば、英語が下手だとか(笑)。そんなのは音楽にとって些末なことですからね、たしかに。
 もっと言ってしまえば、批判されることにも無頓着だったり、食えないことにも無頓着だったり(笑)。いや、本当は我々と同じくらい、いや、それ以上に悩んだり、考えたり、苦しんだりするのでしょう。しかし、結果としてそれを忘れちゃう。インタビューの中でも「あんまりよく覚えてないんだけど…」みたいな発言が多々ありました。
 これって大成するのに非常に大きな条件ですよ。私もどちらかというと気にしない人間ですけど、やっぱり気にしないのスケールが違う。普通の人間ですと、そうした、いわば敵からのストレスによって、いろいろな意欲を失ったり、時間を無駄にしてしまったり、とにかく停滞してしまうことがほとんどじゃないですか。でも、天才は違う。
 そう、最近、よくこのブログやっててよく分かったんですよ。批判とか中傷って、ものすごく簡単なことじゃないですか。創作(いちおうこんな記事も創作の一つでしょうか)は結構大変だけれども、それに対する批判とか中傷って、何も考えずにすぐできますよね。自分が記事の中でそういうことをして分かったんですよ。
 このブログはもともと食えないのか、あんまり批判や中傷が来ないんですけど、それでも年に1回くらいはあるわけですよ。たとえば最近で言えばこちらのコメントとかね(笑)。この人誰か知りませんが、ありがたいですよ。ご本人にとってもなんの得にもならないことをしてくれて。で、こういうことを書いてもらって、人によっては、カチンと来たり、ガーンと来たりする場合もあるわけじゃないですか。そうすると、ブログなんてやめちゃおう、ということになったりする。私は全然気にならないんですけどね。
 でも、最初はいやでしたよ、やっぱり。この程度のことでもいやなんですから、小澤征爾レベルでの無理解や中傷や批判だったら、まあ普通は参っちゃうでしょうね。それでも参らない精神力というか、体力というか、ある種のバカボン力でしょうかね、気にしない、これでいいのだ!、そういうものがないと一流にはなれませんよ。
090625_02_pic あと、そういうスケールということで言えば、あまり「語りすぎない」ということでしょうね。このインタビューでも、彼は、分からないことは分からないという姿勢を貫いていますし、我々音楽シロウトだったらいくらでも語っちゃうようなことを、ある意味すっ飛ばしてしまっています。それが強みだなと思いました。
 指揮者についても、言葉で説明しているようなのはダメ!と言ってました。彼にとっては「言語」は音楽のしもべ程度のものなのでしょう。たしかに、理屈や学問や自己言語を振り回すヤツにホンモノはいませんよね。ま、私がその最たるものでしょう(笑)。
 日本人が西洋音楽をやることに対する、小澤さんの言葉は実に面白かったなあ。ここのところが、私もいつも引っかかるところなんですよ。日本の古典をやるだけでも違和感あるのに、なんでヨーロッパの17世紀の音楽なんかやってんだ?って感じで。
 小澤さん、斎藤秀雄先生の言葉をひいて、「日本人は真っ白だから、西洋人よりも有利だ」という話を始めました。その時私は当然、「そうか、やっぱりそうか、なるほど!」と思いました。ちょっと感動して、その話をうんうんと聞いていると、いきなりオチが…。
 有働アナが「実際どうでしたか?」とツッコミを入れると、「それがそうでもなかった…笑」って言うんですよ!もう最高ですよね。素直というか正直というか、かっこつけないというか。一つの結論に落ち着かないというか、ものごとの多面性、矛盾、現実を直視するというか…。もう、笑っちゃうとともに、もっと感動しちゃいました。
 その他、まあいろいろありましたよ。音楽的なことだけでなく、生き方についても、本当にいろいろ学びました。音楽が国や時代を絶対に超えるという話。自分がやっていることは絶対正しいという話。演奏者の役割の話。音楽には「個」が大切だという話。指揮は「invite」であるという話。歳をとることはいいことだという話。日本人が勉強熱心、勤勉だという話。分奏の大切さについての話。音程やリズムの話。真似はダメという話。あと、何と言っても、「先生」の話ですね。斎藤先生の話。素晴らしい先生であり、幸せな先生ですね、斎藤秀雄先生。
 7月2日午後2:00~3:54に同じくBShiで再放送があります。ぜひぜひご覧ください。音楽が好きな方にとっては、本当に楽しい2時間ですよ。最後は人間力ですな。人間としての魅力。

100年インタビュー公式

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2009.06.28

太宰治 『律子と貞子』

Photo_3 りぎりセーフ。山梨県立文学館で開かれていた「太宰治展 生誕100年」、最終日に行ってきました。
 招待状をいただいたのはずいぶん前。いつか行こういつか行こうと思いつつ、今日になってしまった。たしかにここ数ヶ月、土日というものがなかったからなあ。
 最終日閉館間際ということもあったのでしょうか、とにかくすごい混みようでびっくり。太宰ゆかりの「ホンモノ」の迫力よりも、正直観覧者の熱気に気圧されてしまいました。
 特に団体さんとおぼしき「オバサン軍団」の萌えパワーは、あの阿修羅展にも伍する迫力。おかげで私はすっかり萎えモードに。も少し静かに観ろよ!
 しかし、ある意味、それこそが、この前書いたイケメン太宰の本質であり、そう考えれば実に貴重なライヴ体験をしたとも言えますね。私の不快感(ある種の嫉妬心だったのかも)もまた、彼のトラップ(トリック)に見事にひっかかった結果だったのかも。これもまた彼一流のいたずらなのでしょうか。
 展示内容は、それなりに貴重なものもあり、まあまあでしたかね。しかし、なんでまあ、あんなに「国中」に偏るのでしょうか。山梨と言えば甲府盆地が中心になってもしかたありません。しかし、太宰の文学にとっての「郡内(富士五湖地方)」地方はあまりに重要です。心理的影響ということで言えば、国中以上のものがあります。
 それが、ほとんど天下茶屋富嶽百景でほぼ終了というのは、どんなもんでしょうね。
 まあ、実を言うと「太宰と郡内」の研究自体が進んでいないというのもあるんですよね。というか、はっきり言うと、私がそれをやらなければならない立場なのに、しっかり怠けているんです。どうもそういう「研究」というか「勉強」というのが苦手でしかたない。
 ただ、ここのところ何回か書いているように、来年度ウチの中学が建つ予定の場所は、まんま太宰作品の舞台なので、さすがに重い腰を上げなければならないかなとも思われるのであります。あまりに確率的に低いことが起きているので、そこに意味を感じずにはいられないわけです。
 というわけで、今日は一つそこを舞台にした作品を紹介しましょう。
 『下吉田町という細長い山陰の町に着く。この町はずれに、どっしりした古い旅籠がある。問題の姉妹は、その旅館のお嬢さんである』
 隠れた名作とも言えるこの作品、まさに下吉田が舞台です。そして、作中の姉妹「律子と貞子」の家である旅館のモデル(の一つ)になったのが「杉ノ木旅館」。その跡地がウチの学校の職員駐車場であり、その裏手が中学建設予定地となっています。まんまですね。
 作中に出てくる豆腐屋さんや呉服屋さんも近くにありますし、我々にとっては実に身近な風景が展開されていきます。
  短い作品なので、ぜひこちらで読んでみてください。相変わらず軽妙な文体とストーリー展開ですなあ。そして、太宰の女性観やら恋愛観、結婚観、また聖書マニアの一端などがうかがえる佳作ですよ。
 皆さんなら、「律子と貞子」どちらを選びますか?ちなみに、私なら断然「律子」ですね(笑)。

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2009.06.27

富士山ナンバー

Uni_2730 士山に住んでいる(住所も鳴沢村字富士山)「富士山蘊恥庵庵主」として、ナンバーを「富士山」に替えるというのは、もうほとんど義務のようなものでしょう。その義務をようやく果たしました、半分だけ。
 半分だけというのは、ウチの2台の車のうち1台を「富士山ナンバー」にしたということです。ちょうど私の車が車検になったので、ついでに替えてもらいました。なぜか子どもたちは「山梨」がいい!と言うので、たぶん、この義務遂行はしばらく半分のままになるでしょう。
 ご覧のようにですね、正直デザイン的にはイマイチなんですよね。3文字ナンバーって、たとえば「名古屋」とか「宇都宮」とか「佐世保」とかありましたよね。それらってどうしても窮屈な感じになるじゃないですか。「つくば」とか「とちぎ」とか「いわき」とか平仮名ですと、窮屈感は減少しますが、しかし、これらはこれらでどうも…皆さん思うことは同じだと思いますよ(笑)。
 そうそう、「尾張小牧」はどうか。これはですね、もう窮屈とかそういうのを通り越してまして、ある種の芸術性すら感じさせる無理矢理感がありますので、なんとなく許せるんですよね。憧れなんてものはありませんけど、しかし、路上で出会うたびに、うわぁすげえ!って思うんですよ。そのへんの感覚ってなんなんでしょうね。
 で、「富士山」はどうかと言いますと、ま、こんな感じなんですよ。ううむ、デザイン的にはちょっとイマイチですねえ。「富山」ナンバーの真ん中に±(プラスマイナス)が挟まった感じ(笑)。
 さて、この「富士山ナンバー」、ご存知のように、山梨と静岡両県にまたがる特殊なご当地ナンバーです。つくづくよく実現したなあと思います。富士山の世界文化遺産登録への流れもあるのでしょう。
 富士山を取り巻く静岡と山梨、すなわち駿河と甲斐、表富士と裏富士は、昔から微妙な関係でした。私も以前駿河に住んでいたころ、「山梨」ナンバーを見ると、「山猿」が山から下りてきたとか言ってバカにしたものです。今では自分が見事な「山猿」なわけですが(笑)。
 山梨は、よく言われるように、名前に反して山ばかりの海なし県ですので、よく「海行こう!」と言って、集団で静岡に行くことが多いんですよね。静岡の人たちは「山行こう!」と言って山梨には行きません。そのへんの一方的な感じ、非相互依存的な雰囲気が、どうも両県の間にはずっと横たわっていたようです。実際、山梨の人間は遠慮がなく、ずけずけと静岡に土足で入っていく雰囲気を持っています。これは住んでみてよく分かりました。甲州商人以来の伝統ですな。
 で、今回の「富士山ナンバー」によって、我々山猿はその素性を隠すことができるようになりましたね。ちょっと得したような感じです(笑)。ますますずうずうしくなるかもしれませんが。
 ま、駿河生まれの江戸育ち、現在甲斐在住のワタクシは、とにかくこのナンバーを引っさげて、全国を走りたいという気持ちにはかられますね。くだらない心理ですけど、やっぱりちょっと自慢なんでしょうか。他人はそんなにうらやましく感じないでしょうが。
 自慢と言えば、以前は親の現住所を利用しまして品川ナンバーの軽自動車(笑)に乗ってた時期もありました。たしかに品川ナンバーは別格っていう感じがありました。それに対抗できる地方ナンバーは正直なかった。
 でも、「富士山」は「品川」に対抗できると思いませんか。究極の裏技的に。だって、「富士山」って地名というより、山というオブジェの固有名詞ですから。私も英語で自分の住処を説明する時、「in」じゃなくて「on」使いますからね。
 と、ホントどうでもいいことなんでしょうけど、人はみんなそれぞれの思い入れとかプライドとかを背負って全国を行脚するわけですよね。これがどういう文化的現象なのか、心理的現象なのか、もう少し考察してみたくなります。なんとなく戦国時代あたりまで、そのルーツを遡れそうな気がします。いや、万葉集の頃かも。
 いずれにせよ、私はこれからこの固有名詞を背負っていろんなところに出没いたします。よろしくお願いします。
 ああ、そうそう、ナンバー(番号)は自分の希望のものを取れるのですが、今回は「馬場・鶴田・三沢」という偉大なる故人にちなんだ数字にいたしました。

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2009.06.26

追悼? マイケル・ジャクソン

Viewkyodo2009062601000065headline た天才の訃報が…。どんどん時代が終わっていきますね。
 昨日、椎名林檎のアルバムを聴きながら、カミさんと「労働者」は The Jackson Five の「 I Want You Back 」だな、なんて話していた矢先でした。
 私にとってのリアルタイムでのMJは、オフ・ザ・ウォールに始まり、オフ・ザ・ウォールに終わっていますが、その後、マイケル・マニアだったカミさんと出会い、また、職場の前の席に座っている後輩がまたマイケル信者だったりした関係で、再び彼のパフォーマンスをじっくり味わう機会を得ていました。
 特に職場のマイケル信者さんからは貴重な情報をいろいろいただきました。いろいろなCDやDVDをお借りしまして、そのたびにこのブログでも記事にしてきましたね。そして、文化現象としてのマイケル・ジャクソンという存在に改めて感動するとともに、強い興味をおぼえてきたのでした。だからこそ、今日の訃報には、さすがに大きな衝撃を受けました。
 不謹慎とは思いますが、自分の記事を今読み返してみますと、彼の死がどこか待望されていたもののように感じられてしまいますね。
 「ザ・ワン」の記事から引用します。

 『…さて、そんなわけで、久々にマイケルの優れた業績のダイジェストを見てみました。そうですね、見るということを音楽に持ち込んだ、いや取り戻したというのが彼の業績の一つでしょう。私はMTVの音楽界にもたらしたマイナスの効果ばかり感じてきましたけれども、こうしてあらためてその端緒となったマイケルのパフォーマンスを見ると、彼のそれは全く許される、いやそれこそ原初のスタイルを取り戻したという意味においては、非常に高く評価できると感じました。録音文化が生んだ、特殊な音楽の状況に対して、いわば本来の音楽的な場(それは呪術的であり、祝祭的であった)を、ビデオという形で思い出させてくれたのです。
 そのような意味も含めて、私は彼のパフォーマンスを「ボーダー・クリアランス」であると考えています。特に近代化が招いたオルタナティヴ(二者択一)な状況に対する、オルタナティヴ(代替案)の提示ではないか。例えば、「黒と白」「大人と子ども」「男と女」「音楽とダンス」「ロックとソウル」「商業と芸術」「善と悪」…。彼の行動や表現の数々を見ると、結局彼なりの方法で、これらを乗り越えようとしているような気がします。その彼なりの方法というものの基本に、アメリカ的な市場経済のシステムがある、というところがまた面白い。金の力で、上記の色々な壁を乗り越えていくわけです。
 まあ、また妙に難しそうな講釈に終始してしまいましたが、とにかく、彼は天才であり、最高のパフォーマーであるということです。好き嫌いは別として、誰もまねができないことをしているのですから。
 あと、彼に残されたボーダーは「生と死」ではないでしょうか。これを超えたら、彼は神になれるでしょう。それをどう実現するのか、それとも最後には我々凡人と同じ結末を迎えるのか。今から楽しみです』

 信者さんによると、彼は三日後に復活するそうです。そうすればたしかに「生と死」のボーダーも乗り越えて、本当の神に、あるいは神の子になれますね。
 たしかに彼の業績がここで途絶えてしまうのは残念です。しかし、ある意味ではもう限界だったとも言えます。死因がなんであれ、結局は自ら幕引きをしたのかもしれません。もうこれ以上の醜態は見たくなかった…そういう人たちもたくさんいるでしょう。
 経済の力をもってしても、唯一クリアできないボーダー、それが「生と死」であることを、彼は証明するのでしょうか。あるいはカネという悪魔を超越する「神」の存在を証明するのでしょうか。それは三日後にわかります。
 ですから、今日冥福を祈るのはさしひかえます。

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2009.06.25

椎名林檎 『三文ゴシップ』

41zb9vbkgl_sl500_aa240_ わっ!やられた。またまた名盤を出してきましたね。林檎嬢、すごいわ、やっぱり。この人は天才です。
 昨日の麻生さんの本にも、Jパワーの例として登場していた椎名林檎。きっと麻生さんも好きなんでしょう。
 というか、椎名林檎を嫌いな男っているんでしょうかね。悔しいけれどホントにいい女です(なんで悔しいのか分からないけど)。
 「加爾基 精液 栗ノ花」以来6年ぶりのソロアルバム。今回は、特にロック色ではなくジャズ色が強いので、自分のツボにきれいにハマりましてね、もう文句のつけようがない出来だと思いましたよ。
 なんで、こんなすごいアルバムになってしまったか、その理由は非常に単純だと思います。椎名林檎は作詞においても作曲においても歌唱においても、基本なんら変わっていません。結局、彼女を取り巻く大人の男たちがとってもいい仕事をしているから、こういうことになっちゃうんですよ。それが、彼女の天才性であります。
 つまり、太宰治と同じなんです。この前、書いたじゃないですか。イケメンに理由はないと。椎名林檎は生まれながらにして「いい女」なんです。そこに理由はない。ほとんど全ての男性は彼女に魅入られます。もし、彼女を嫌いだと言う男がいたなら、それは、太宰が大嫌いだという女と全く同じで、愛情の裏返しに過ぎません。誰かに嫉妬してるだけなんですよ。
 今回も、林檎嬢はたくさんの男をはべらせてますよね。オジサンたちを。そのオジサンたちが、もう林檎嬢のためにすごいやる気を出しちゃって、また、ちょっぴり互いにライバル心なんかも起こしちゃったりして、気合い入れまくりで仕事してるのが伝わってきます。いや、そんなドロドロした感じじゃなくて、もっと純粋な男のやる気みたいな感じでしょうかね。
 私はそのオジサン心に共感して感動したわけです。椎名林檎自体に共感するというよりも、彼女に魅入られた男たちに共感したのです。
 おととしのあの日、憧れのヴァイオリン弾き、斎藤ネコさんにお会いしてちょっとお話させていただきました。とっても優しく魅力的なオジサマでした。私、その時も、「あっ、この人があの椎名林檎と濃密な仕事してる人なんだ…」って思って、勝手にドキドキしてました。それはもちろん嫉妬なんていう次元ではなく、羨望ともまた違う、なんとも複雑奇怪な男の感情でしたね。ある意味とっても純粋な昇華された感情。
 そういう男たちの「男の本能」を刺激して、「いい仕事」をさせちゃう林檎嬢って、やっぱり女版太宰治なんですよ。太宰の場合は女に「いい仕事」させちゃう、すなわち「母性本能」をくすぐって、「苗床になる」、「子どもの世話をする」、あるいは「男の仕事をサポートをする」という本来の女の仕事をさせちゃうんですよね。
 結局、人の才能なんていうのには、ある程度の限界というものがありますから、そうやって、人の力を借りて、それもフルパワーを借りて、自分のものにしてしまう人こそが天才と呼ばれるのでしょう。
 服部隆之さんや名越由貴夫さんも、斎藤ネコさんと同様、オヤジパワー全開で林檎嬢に奉仕してます。ちょっと空回りというか、過剰にさえ聞こえてしまう彼らのアレンジには、まさに必要以上の生命力を感じます。
 こうして「男を活かす」「男を生かす」あるいは「男を逝かす」女が、「いい女」なんでしょうね。恐るべき天才、椎名林檎。これはもう「とてつもない林檎」と言っていいでしょう。
 理屈抜きの名盤。音楽の本質は男と女である。好きも嫌いも結局いっしょ。参った。

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楽天 三文ゴシップ

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2009.06.24

『とてつもない日本』 麻生太郎 (新潮新書)

10610217 れまた遅ればせながら読んでみました。なかなかいい本じゃないですか。私はこういうノリ好きですよ。
 日本人って自虐が好きですし、変に心配性なところがありますよね。それをひっくり返して、ものごとを明るくとらえなおすきっかけを与えるのが、すなわち政治家のお仕事であると思います。そういう気分を醸成するのが、総理大臣のやるべきことではなかったのか。
 では、現在麻生さんのお仕事がうまく回っているかと言いますと、あんまりそういうふうには思えません。それは麻生さんを取り巻くマスコミや野党のせいでしょう。特にマスコミでしょうかね。もう少し彼のキャラを活かす方向での報道をお願いしたいところですね。
 細かな内容については特に述べることがありません。麻生さんの語ることほとんど全てに私は賛同します。少なくとも安倍さんの「美しい国へ」よりは学ぶ点が多かったように思いますよ。そうそう、その記事で書いた「楽しい国へ」という雰囲気が、麻生さんの本にはありましたね。
 具体的な政策なんかほとんど書かれていませんけど、やっぱりそれ以前に国民の気分づくりというのが大切ですからね、こういうわかりやすい、小学生でも読めるような本を書くというのはいいことでしょう。そうそう、中学生とかの課題図書にでもすればいいんじゃないですか。
 さて、なんともどうでもいい感想を書いてしまいましたが、内容については諸事情からこのくらいにしておきまして、さらにどうでもいいことを書きます。
 えっと、まずは、「とてつもない日本」というタイトルについてです。皆さん、「とてつもない」って、どういう意味だと思いますか?
 辞書的に言いますと、「すじみちに合わない。全く道理に合わない。とんでもない。また、きわめて図抜けている。途方もない。とてつない。とてっぽうもない」ということになります。
 「とてつ」というのは「途轍」と書きまして、「すじみち。途方。道理」という意味です。それがないわけですから、基本的には悪い意味なんですよね、「とてつもない」って。
 ですから、ちょっとこのタイトル、違和感を催しますよね。それから、「とてつもない」は、一般的には固有名詞を修飾しません。「とてつもない力」「とてつもない国」なら自然なんですけど、「とてつもない日本」とか「とてつもない麻生」だと、なんか変な感じがしますよね。
 「日本はとてつもない力を持った国だ」という文章をタイトル化するなら、「とてつもない国、日本」とすべきでしょう。
 それから、こんなことにツッコミを入れるのもどうかと思いますけど、なんで26ページの最後の3行と、27ページの1行目、計4行だけが、「です・ます体」なんでしょうね。全編の中で、ここだけ、妙にていねいな言葉遣いになってるんです。何か意図があったのか、それとも単なる間違いなのか、それにしても編集でなぜ訂正されなかったのか。さぱ〜り分かりません。それこそ「途轍もない」感じがします。
 ま、麻生さんの漢字の誤読について、こんな記事を書いているワタクシのことですから、いずれその「丁寧体」の意味も見つけ出すかもしれませんね(笑)。

Amazon とてつもない日本

とてつもない日本

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2009.06.23

『爆笑問題のニッポンの教養 「時間」という名の怪物~一川誠(実験心理学)』(NHK)

20090623_1 間に関しましては、今までもいろいろな本を読んだりしまして、いろいろ書いてきました。私の「モノ・コト論」の本質にも関わることなので、どうしても避けて通れない問題ですね。と、言いますか、人類はずっとこの問題に悩んで来たわけです。
 こういう時代になっても、いまだに科学的解決にも心理学的解決にも文学的解決にも至らない、この「時間」の問題。まさに「怪物」の名にふさわしい大問題であります。
 私は、「もののあはれ」の「モノ」を、不随意なもの、不如意なもの、自己のコントロール外にあるものとしてとらえ、その基底に「時間」が流れていると解釈してきました。
 「もののあはれ」とは、決してマイナスイメージのものではありません。時間の経過によって成長したり、達成したりすることもたくさんありますから、「あはれ」というのは単純に「ああ(aha)」ということであって、悲しんだり、虚しく思ったりしているだけではありません。プラスの意味で感動している場合も多々あるわけです。
 しかし、人間には「老・病・死」があります。(日本)仏教的無常観が発達していく中世以降は、マイナスイメージが強くなっていきました。日本に限りませんね。人類は、技術や思索を発達させ、「できるコト」を増やせば増やすほど、その反面に、やはり「できないモノ」、「逃れられないモノ」の存在を強く意識するようになります。
 もちろん、究極の「モノ(不随意)」は「死」です。今日の番組で、一川さんは「死という個人的時間の限界に向かっているのにそれを見つめない自己防衛機能」という言い方をされていました。まさにそれですね。その象徴が、本来「モノ」であるところの「時間」を「コト(随意)」化することでした。「時間」の社会的管理です。
 我々はそうした人類究極の「悩み」を完全共有することに成功しました。みんなで渡れば怖くないということです。太田さんが、時間とお金は似ているというようなことを言っていましたが、私は同様に時間と言語は似ていると実感しています。いわば、世界共通語としてのグリニッジ標準時であるわけですね。
 そうしますと、我々の時間の感覚が、子どもの時と大人の時とで大きく違うのもよく理解できます。我々は言語をどんどん身につけ駆使できるようになってきますし、貨幣に関する価値観もどんどん変化させていきます。子どもの頃の100円は、今の私の1万円くらいの価値がありました。同様に、当時の1日は今の1ヶ月くらいの濃密さを持っていましたね。
 つまり、私たちは、本来「モノ」であるものを「コト」として所有すればするほど、時間にせよ、言語にせよ、貨幣にせよ、それぞれの一単位の価値を希薄にしていってしまう性質を持っているんですね。インフレを起こしているんです。これは基本不可逆、不可遡な現象です。
 このどうしようもない、人類にとって不可避な悩みを解決するためには、どうすればいいのでしょうか。デノミでは根本的解決になりませんね。
 それを提唱したのが、多くの宗教家であり、哲学者たちであったわけです。たとえば、イエスは「永遠の命」というフィクションを発明しましたし、釈迦は「解脱」を実践しました。どちらもある種の逃避であることはたしかです。かたや有限を無限としてしまい、かたや有限を無視せよと言ったわけですから。
 では、私はどうしようか、ということを番組を観ながら考えました。私には正直イエスや釈迦のような発想はできません。
 というわけで、実は私はこうです。「モノ(不随意)」を「悩み」とするのではなく、逆に「楽しみ」にしてしまうという、究極の逃避術を身につけることにしたんですよ(笑)。
 ま、究極の不如意である「死」に関しては、この前の三沢さんの件を持ち出すまでもなく、他者のそれは何とも堪えがたい苦痛ではありますが、自分の「死」については、これは楽しみにしてしまおうということです。
 いつかも書いた通り、私の地獄行きはすでに決定していることなので、どうせなら地獄というテーマパークの各種アトラクションをしっかり攻略し、また閻魔大王様にうまいこと取り入って、せいぜい楽しくやっていこうと思っているわけです。
 そして、現世においても、人生という限られた「すさび」の時間を存分楽しんでしまおうと画策しています。考えてみれば、いいことも悪いことも、ゴールがあるから楽しかったり、乗り切れたりするわけですからね。時間、特に制限時間というのは、ゲームの演出として絶対的に必要なものです。基本、時間は神仏からのプレゼントだと思っているんですよ。
 なんとなく番組の内容からどんどん離れていってしまったような感じがしますが、私はこんなことを考えながら、テレビと、その前でな〜んも考えず寝ている猫たちを見ていたのでした。

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2009.06.22

『生誕百年 太宰治はなぜうける?』 (NHKクローズアップ現代)

Dazai_panf スト、「人間合格」の井上ひさしさん。
 空前の太宰ブームだとのこと。「人間失格」が5倍売れ、「走れメロス」が7倍売れているとか。
 太宰も喜んでいるでしょう。いや、「オレが生きてるうちにこのくらい売れてくれればよかったのに」と思っているかもしれません。上のリンク先で紹介したような太宰の本来の意図(?)とは違うところでもてはやされていることに、「人をだますのは簡単だ」とほくそえんでいるかもしれません。「100歳まで生きて小説書いておけば良かったな」。
 番組では、大学のセンセイが、「太宰の文体が若者のブログの文体に似ている」とか、「太宰の文章には(アキバ事件の)加藤とは違い救いの言葉がある」とか、いかにもなことを言っていました。私はそれをあちゃーという気持ちで聞いていたわけですが、まあ、そういういかにもな、その時代的な解釈を常に受け入れ続けるのが、ホンモノのすごいところであることは認めます。
 昨日演奏したバッハの音楽なんかもそうなんですよ。バッハはいつの時代にも言われ続けました。その時代時代の大衆音楽に似ていると。あるいは、その時代時代の大衆音楽風なアレンジをされてきました。もちろん微塵も動じないわけでして、そんなのは別にエライ先生が力説しなくても、もともと当たり前のことです。
 太宰がなぜすごいか。なぜうけるのか。それは非常に単純化してしまえば、彼がイケメンだからです。
 いやいや、ここで言うイケメンとは、顔がイケメンということではありません。生まれた時から、文章がイケメンなんです。だから、「生まれてすみません」なんですよ。「イケメンに生まれてすみません」。ホントに癪にさわるヤツですよね。
 イケメンがかっこいい理由なんてありません。嫌う人、ちっとも萌えない人もいると思いますけど、好きな人にとっては理由なんていりません。そしてまた、イケメンのくせにダメぶって、甘え上手で、でもちょっとユーモアもあって、そりゃあ惚れますよ。超イケメンなのになまってるし。ま、ギャップ萌えなんでしょうかね。
 加藤との違いは一言、文章がイケメンかそうじゃないかですよ。若者のブログの文体に似てる?冗談じゃない。ブサイクのたれ流しと一緒にしないでくれよ。
 現代の社会状況、「不安」を描ききっている?違うでしょ。現代のディスコミュニケーションと重なる?全く読めてない。弱さを演じる強さ?プッ!ww
 でも、こうして本当の天才、本当の古典、本当の日本語に若者たちが接するというのは悪いことではありません。若い時にじゃんじゃん洗礼を受けなさい。自分が全然イケメンでないことを教えてもらいなさい。太宰も一緒に悩んでくれる…のではなく、結局天才に見下ろされ、なかばバカにされているということを知りなさい。
 でも、でも、大いに勘違いもしなさい。それが若さですから。若さとはある種の自己イケメン幻想である。
 今年はですね、私は得意の太宰の授業をしていません。別件で忙しく、3年生の演習という味気ない授業しか担当していないからです。また、三沢さんの死によって塗りつぶされてしまい、結局命日も誕生日にも太宰のことをほとんど忘れていました。命日の前日に天下茶屋に行ったくらいですね、今年は。しかし、生誕100年という節目の年に、そういう状況になったのは、それはそれで良かったのかもしれません。落ち着いて太宰にいろいろ教われる(もしくは襲われる)からです。
 何度も書いているように、私はいろいろなことを太宰に直接聞いているんです(笑)。こうして、耳もとでボソボソといろいろ教えてくれるのは、作家では太宰だけですね。それも私だけに教えてくれるって言うんですよ。なんででしょうね…って、私の頭がおかしくなったと思わないでくださいよ。いや、かなりおかしいな。
 でも、それがすごい快感なんですよ。そういう魔術を持っているのが太宰の魅力でしょう。私ね、今こうしてどうでもいい文を、ブログというどうでもいいメディアでたれ流してますけどね、実は野望があるんです。つまり、私はこの歳になってもまだ勘違いし続けるんです。太宰の前では。今どき、そんな夢を見させてくれる人、そんなにいないですよ。
 それにしても、彼はいたずら好きですね。あんまり仲良くなると、調子に乗ってしかけてくるんで要注意です。適度に距離を保っておつきあいしていこうと思っています(笑)。
 あっそうそう、人間合格の人の名言。
 「人の中に小さな宝石があって、それを作家が発見する」
 我々凡人が見逃してしまう宝石を、いとも簡単に見つけて示してくれる、それが作家さんなんですね。

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2009.06.21

満員御礼!アンサンブル山手バロッコ演奏会

Uni_2683 浜は今年開港150周年だそうで、いろいろとイベントをやっております。その一つであるコンサートに出演させていただきました。
 あいにくの雨にもかかわらず、超満員札止め。大いに盛り上がったのではないでしょうか。ご来場くださった方々に、心より感謝申し上げます。
 今回はアンサンブル山手バロッコにゲスト出演。同団体は、フリーキャスターとして各方面で大活躍、そしてリコーダー演奏家でもある朝岡聡さんが主宰するアンサンブル。横浜で10年以上地道に活動されている団体です。メンバーに、私も所属するカメラータ・ムジカーレの方々が何人かおられ、その関係で今回お声掛けいただきました。ありがとうございました。
 それにしてもたくさんの皆さんのおかげか(?)、降りやまぬ雨のおかげか、熱気&湿気ムンムンでありまして、繊細な古楽器たちは苦労せざるを得ない状況でありました。私も伸びきった弦と弓の毛に大苦戦。まあ、それがまたリアルな古楽表現につながっていたかもしれませんし、決して華々しく明るいことばかりではなかった横浜港150年の歴史にふさわしかったかも(?)。
 今回の演奏曲目は次の通りでした。オールバッハプログラム。
 
 2台のチェンバロの為の協奏曲ハ長調
 ブランデンブルク協奏曲第4番ト長調
 オーボエ・ダモーレ協奏曲イ長調
 カンタータ「悲しみのいかなるかを知らず」BWV209
 (詳細や写真はこちらに紹介されています)

 今回は全ての曲目で舞台に上がらせていただきました。こういう曲をこういう場所で、こうしたプロの方々と一緒に演奏できるなんて、若かりし頃想像できたでしょうか。ありがたいことです。
 そう言えば、横浜には何かと因縁があるんですよね。まず、今回演奏した開港記念館は何度もカメラータ・ムジカーレで使わせていただいています。そして、この建物の斜向かいにある日本銀行横浜支店は、私が幼い頃の父の職場です。その父ともども横浜ベイスターズのファンでしたから、すぐ近くに見える横浜球場にも何度か足を運んでいます。
 それから、何と言っても横浜と言えばあれですね。あれですよ。哀しくも笑える青春の想い出。そう、受験の苦い思い出です。それについては、顛末のほんの一部ですが、こちらに書きました。あっそうか、発表の日のことはまだ書いてないんだ。横浜での生死を分けた事件のことについて…。これについては、生徒たちには毎年話してます。というわけで、聞きたい方は本校へ入学してください(笑)。ちなみに来年度からは私は新しくできる中学校の方の担当になりますから、そちらを受験してください(こんな生徒募集ありか?)。
Uni_2699 今日は、静岡から両親が、川崎から姉が、そして富士山からウチの家族が聴きに来てくれまして、珍しく一族が集合しました。せっかくなので、終演後メンバーとの打ち上げには欠席させていただきまして、一族で中華街に行きました。いちおう父の日ということもありますかね、孫からおじいちゃんに目録など渡したりして、でも、結局夕食代はおじいさん持ちという、なんだかよく分からんことになりましたが、久々にみんなで楽しい時間を過ごしました。
 これもまた、音楽のおかげですね。音楽は人と人をつなぐ。本当にそれを実感する一日でした。ありがとうございました。
 それにしても、坊主頭は目立ってますな(笑)。

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2009.06.20

『星座・天文』 星座天文萌研究会・渡部潤一 (PHP研究所)

56970896 部潤一さん…。こんなことやってていいんですか(笑)。ま、まえがきで結構辛そうにしてますので、彼自身はこういう趣味はないのでしょう…たぶん。
 いちおう星座・天文萌え歴40年になろうかというワタクシであります。そして、どういうわけか「萌え」研究家の称号を頂いているワタクシであります。それでも、この「萌え星座・天文」にはちょっと、いやかなり引いちゃったなあ。
 以前紹介したエレメント・ガールズでもかなり困惑しちゃいましたが、あれはある意味初のキャラクター化でしたから、おお、こういうやり方もありか、と感心した部分もあったんですよ。
 しかし、考えてれば、星座や太陽系の星々については、太古の昔からそういうことをやってきたわけじゃないですか。だいいち「星座」という概念からしてそうなわけです。そして、その分類に従って萌えキャラ化してるわけですから、これは当然無理があるわけですよ。
 というか、そのオリジナルな、つまりギリシャ神話的なキャラクターをあまり知らなければいいわけですが、ある程度知ってますからね、そりゃあキツいっすよ。
 一番違和感があるのはですね、たとえばオリオンのような男性キャラさえも女性になってしまっているところです。いちおうそれらは「ボクっ娘」という設定なんでしょうかね(笑)。
 まえがきで渡部さんが苦笑している(たぶん)ように、たしかに入門としてはいいのかもしれません。いやいや、入門にこれはまずいんじゃないかなあ。オリジナルに対する冒瀆っていう気もしてきます。
 ちなみに日本にも日本独自の星座というものがあります。あの野尻抱影さんに多くの研究があります。そちらをキャラクター化した方がまだ良かったかも…って、それじゃ売れないか。
 今年は世界天文年ですし、日本で久しぶりの皆既日食があります。そのブームに便乗した商品とも言えるのかな…と思いましたら、購入者はあんまりそういう意識はないようです。実際に星に興味を持つ人は買いませんよね(私も買ったんじゃなくて借りたんですよ)。では、どういう人が買うのかと言いますと、やっぱり「萌え絵」好きなんですよ。
 私はよく分かりませんが、そういうのに詳しいオタク女子生徒によりますと、ここで仕事している絵師さんたち、けっこう充実のラインナップなんだそうです。彼女は表紙も描いているナントカさんの絵が好きだそうで、ついつい手にとってしまったと言っています。そして、こういう本を買うとしたら、それは絵の指南書として、参考書としてだそうでして、なるほどその方が健全と言えば健全だな、と思った次第です。
 というわけで、ちょっとPHPさんも調子に乗りすぎという感じがしないでもない。たしかに、理系の人々の嗜好とオタクの人々の嗜好は重なる部分が多い、というか、理系とオタクはほとんど重なっているというのも事実ですけれど、なんでもかんでもこうして萌え化するのは、ちょっとねえ。一般人からしますと、まさに痛い状況ですし、ホンモノの理系の人々からすれば、どの内容も中途半端、全然物足りないというのが実態でしょう。
 また、Amazonのレビューの人も言ってますけど、二色刷りというところも中途半端。平成の浮世絵として観るならば、やはりフルカラーじゃなきゃ。絵師だけじゃなくて、摺師の技も観てみたいところですよ。多少高くなっても、その方が売れたんじゃないでしょうか。
 まあ、江戸時代にもこういう二番煎じというか、二匹目どぜう商売というか、そういうどうでもいいシリーズものがた〜くさんありますよね。それが大衆文化であり、そして後世伝統文化、あるいは国際的に認められる芸術になっていったわけですから、これはこれでいいのかな。うん、なら、やっぱり「画集」にしてしまった方が良かったかもなあ。

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2009.06.19

『回想の太宰治』 津島美知子 (講談社文芸文庫)

06290007 桃忌。いや、太宰生誕100年の日。生きていたら100歳か。
 今年は特別にめでたい気持ちでこの記念すべき日を迎える予定でした。しかし、まさかこんな悲しみの中でこの日を迎えるとは。
 人の命、生と死という、普段意識にのぼらない自分の本質について、憧れる彼らにこうして教われるということは、これはこれで感謝すべきことなのかもしれません。
 今回の三沢さんの件でも、ご家族の心痛は忖度するにあまりあるものがあります。大成する男の裏には必ず良妻ありです。大成する男をタッグパートナーとしたからこそのご苦労も当然あるでしょう。おそらく喜びよりも悲しみの方が多いのではないでしょうか。
 太宰もよく語っていますが、家族、家庭というものが、その男の大成にとって、一見邪魔な存在になってしまうんですね。家庭には恋も革命もない。つまり文学がない。物語がない。
 いや、事後的に言えば、家庭という基盤があっての男の生産活動であったわけですし、恋や革命を意識するのもまた、そうした「ぬくぬくと温かい」家庭があってのものとも言えます。いわば、生あっての死、死あっての生、ということでしょうか。
 そういう意味で、天才に完璧な家庭を用意し、完璧に天才の文学を発動せしめ、完璧に天才の遺伝子を残した石原美知子という女性も、世界の「妻」史上に残る天才であったと言えるでしょう。
 石原美知子さんと太宰治の結婚にあたって、今私の職場がある富士吉田市の下吉田地区も大きな役割を果たしています。地元の人も、あるいは太宰の研究者の方もよく知らない事実があるんですよ(その史料や証拠は消えちゃいましたが)。
 来年度から私の学校では中学校を開校する予定で、私はそれに関わらせていただいているんですが、その校舎が建つ場所は、まさに「富嶽百景」の名シーンの舞台です。不思議なご縁を感じます。
 さあ、その石原美知子、いや津島美知子さんが書いた「回想の太宰治」。ずいぶん前にも読んでいましたけれど、あらためて最新の文庫を読んでみました。いやあ、良かったなあ。太宰の小説よりも、正直私には面白かった。フィクションの裏側に回ってしまったノンフィクションが大好きなんですよ、私。
 そうか、私の趣味って、そういうところにあるんですよね。フィクションとノンフィクション、表裏合わせて一つの総体として見るというか、どちらかに偏るんじゃなくて、両者の間を自由に行き来するのが好きなんですね。なんか、どっちが虚でどっちが実か分からなくなる感覚が面白い。
 いずれにしても、言葉で語られた「コト」は虚であるとも言えるわけで、そういう意味では、両者を同じ土俵で比較しても構わないとも言えます。あえてそうしてみますと、同じ「コト」でも、それぞれの行間にずいぶんと違った「モノ」が立ち上がっているのがわかります。まあ、直截的に言ってしまうと、太宰のそれにはちょっとした悪意が、美知子さんのそれには全面的に善意が読み取れるのであります。
 太宰自身、美知子さんの文章について、たとえば十二月八日で、「主人の批評に依れば、私の手紙やら日記やらの文章は、ただ真面目なばかりで、そうして感覚はひどく鈍いそうだ。センチメントというものが、まるで無いので、文章がちっとも美しくないそうだ」と、直接的に(いや間接的かな)に、ずいぶんとひどい評を書いていますね。
 そうした美知子さんの真面目で純粋で衒わない文章が、常に不真面目で不純で衒ってばかりの太宰の文章と、あまりに見事なコントラストをなしているわけで、もしかすると、太宰は一見馬鹿にしたような評をもって、実はちょっとした尊敬と憧憬とを表していたのかもしれませんね。太宰のことだから、そういう表現しかできないのでしょう。「富嶽百景」における富士山への態度とおんなじ。
 それにしても、このあまりにさりげない美知子さんの文章、あまりにさりげなくない内容はなんなんでしょうね。最も身近にいた人間としても、ここまでしっかり観察して記録するのは、これは常人には不可能なことです。あまりに、肉々しい太宰がそこにはいます。格好つけ、しゃれ、おどけ、いばりちらし、しかし、こっぴどく怒られて小さくなる太宰。そして、それでも言葉を駆使して逃げ道を作り続ける太宰。でも、ちょっぴり優しい太宰。そんな人間太宰がちんまりと息づいています。
 まさに太宰治という浮世離れした男を主人公とするささやかな一代記という風情です。私がジャッジするなら、はっきり申して、生活面でも、人生面でも、文学面でも、美知子さんの勝ちを宣せざるを得ないでしょう。太宰も頑張ったんですけどね、結局最強の良妻賢母王者にはかなわなかったと。
 やっぱり太宰の後期の文学は石原美知子との出会いがあってこそのものですね。そして、学問的資料と文学性とをこれほど高い次元で、さりげなく止揚してしまった津島美知子。そういう女性が、この山梨から出たということを、我々県民はもっと誇りに思っていいでしょう。
 最後に、この本で個人的に感動したところ。美知子さんが太宰の郷里青森の言葉に深い興味を示しているところ。そして、地元民なのに知らなかった郡内地方の内織の話。そして、金木の太宰治記念館に郡内織が展示されているということ。行ったのに気づかなかった…。
 
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2009.06.18

三沢さんの誕生日…臓器移植法案に思う

2009061900000105yompolview000 47回目の誕生日となるはずだった今日、三沢さんの通夜が営まれました。悲しみは消えることはありません。
 昨日は、三沢さんにNPO法人「日本移植支援協会」から感謝状が贈られることが報じられていました。偉大なる先輩、ジャンボ鶴田選手の死をきっかけに、三沢さんは臓器移植の普及啓発活動を支援しはじめたと言います。
 そして今日、衆議院で臓器移植改正法A案が可決しました。なんとも言えない不思議なタイミングではあります。
 ただでさえ、いろいろと考えさせられるこの頃でしたが、今日はまた脳死と臓器移植という、非常に難しい問題を目の前に提示され、さらに悩んでしまいました。
 今日は自分の体調もいまいち優れず、思考もかなり淀んでいますので、本当に思いついたことを羅列するだけで終わりたいと思います。
 私のこの断想たちは、おそらく永遠にどこにも落ち着かないでしょうね。頭がクリアーな時、我々はどうしても結論を得ようとします。それがいろいろな間違いや争いのもとになるのです。ですから、実は今日のようなタイミングでこういう重大な問題に直面するのは、案外いいものなのかもしれません。
 脳死の判定や臓器移植について、よく言われるのが、「神の領域に踏み込む」とか「神を演ずる」とかいう言い方です。これは反対派にとって非常に便利な方便ですね。しかし、一面ではそうとしか言えない部分もあるわけです。なぜなら、「命は地球より重い」ものだからです。そして、我々が行なおうとしている生命の操作は、「自然に反する」行為だからです。
 では、そのような言い方の根拠となるこういう文句の、そのまた根拠は何かというと、これが非常に頼りない。
 私たちは、「命は地球より重い」と言う以前に、「本当に命は大切にすべきものなのか」という問題につきあたるべきです。こんな時に不謹慎ですよね。でも、まさにこういう時だからこそ、きちんと根本に還って考えてみなければいけない気がするのです。
 我々が「命」と簡単に言ってしまうその命とは、ほとんどの場合が人間の命です。もちろん、動物や植物、いわゆる自然界の命も大切だと言いますが、それもまた考えようによっては、人間の生活、すなわち生命存続にとって大切なだけであって、たとえば害虫を殺し、雑草を根絶やしにするのに、私たちはそれほど罪の意識を感じません。
 もともと命というのは非常に利己的なものです。それこそ自然界を見れば分かります。生物は、他者の生命を脅かすかどうかは問題とせず、ただただ自らが生き延びることだけを考えて活動するのが普通です。
 もちろん、種を守るための同情や協力というのはあります。しかし、それも種という自己の延長に対する行為であって、やはり利己的であるのには変わりありません。
 そうした利己的な命の延長であり、総体である国家…おそらくそれが自己の最大単位です。人類は世界、地球にまで自己を延長しているとは思えません…において、それぞれの利己心を調整するのが、政治の役割ですから、今回の法案の是非が政治的な問題であるというのに異論はありません。
 「神の領域を侵している」とか、「脳死は人の死ではない」という倫理観や宗教観を振り回すのは自由ですし、私もその立場からなら何でも言えます。しかし、それはあまりに個人的な領域に属する根拠であって、同様に個人的な「難病の子どもがかわいそう」だとか、「自分の子どもがそういう状況になったら…」とかいう感情論と真っ向から対立したら、これは絶対に解決しません。それこそお互いの命を奪い合いにまで発展するかもしれませんね。
 そこを調整、強制するのが、法治国家における政治の役割です。現実の政治は、遠くの理想に向かって動いてはいられません。目の前のストレス(すなわち生命の危機)を回避する算段をする方向に動いて当然です。それは我々国民という政治の主体がそれを求めているからです。
 先ほど、自然という言葉が出ましたが、何をもって自然と言うかも難しい。我々人類が踏み込んでいる「神の領域」と言われるものも、あるいは身の周りに溢れかえる「人工物」も、全て自然界の動物たる私たちが自然界のものを使って作り上げているに過ぎません。あるいは、こういうつまらぬ思索も、また政治も宗教も、全て自然たる我々の脳が産み出している自然に過ぎないとも言えます。
 そう考えるだけで、「自然に反する」という言葉がいかに無意味であるか分かりますね。
 あるいはこういう問いに、皆さんはどうお答えになるでしょうか。「自然保護」と「生命科学」は相反する関係か否か。
 ある考え方では、遺伝子操作などの「生命科学」は「自然に反する」行為でしょう。そういう意味では、「自然保護」とは言えません。しかし、ある人は、「保護」なんて言ってる段階ですでに自然ではない、と言い張るかもしれません。人間も自然の一部なのだから、こうして環境を破壊して自滅していくのも、これまた自然である、と言う人もいるでしょう。そういう屁理屈を経て、「生命科学」こそ「自然保護」だという結論に逢着してしまう頭のいい人もいるかもしれません。
 つまり、こんなふうに、我々は答えのありえない問いを発し続け、そして、言葉をもって常に自分の立場を明確にしなければいられない存在なのです。本当は、悲しいなら悲しい、うれしいならうれしい、それだけでいいのかもしれません。しかし、そこを超えて、「理性的」に自分を着飾っていないと、どうにも落ち着かない動物なのです。それは、単に我々が利己的だからに過ぎません。本当に単純な理由です。
 今日のボーッとした頭で見えてきた結論。非常に単純ですね。
 我々は利己的だから、だからこそ命は大切であり、自然も正義も自由も人権も真・善・美も大切なのです。
 案外、身近な所に落ち着きましたね。以上。今日は寝ます。

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2009.06.17

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その2

94年 夢の対決!馬場・ハンセン組VS三沢・小橋組
1 沢に馬場の16文が命中!
 このシーンでの若林アナの名実況が忘れられません。

 「二十代には二十代のプロレスがある。三十代には三十代のプロレスがある。馬場さん五十代!五十代のプロレスがある!今できる、一生懸命、全ての自分を見せている!」

 今日も能楽部の活動日。能楽師として修業中の教え子に、基本的なカタをいくつか習いました。
 今日は読売新聞の取材も来たりして、生徒たちもはりきってやってましたね。
 練習場であるお茶室の隣ではバレー部やバスケ部が活動していますし、外ではダンス部が練習しています。みんな茶室の前を通る時には、ニヤニヤしながらのぞいていきます。まあ、半分バカにしているところがあるのでしょう。正直好奇心という感じではありませんね。
 私はその気持ちもよくわかるんですよ。西洋スポーツの真似事をやってる方がかっこいいですから。私も高校生だったらそう思います。てか、そう思ってました。ですから、その反応は正常だと思います。
 日本の伝統芸能をやるというのは、実は勇気のいることなんです。自分自身と直接向き合うことになるからです。日本人としての歴史や生理、明らかに西洋人ではない自分と、そして明らかに日本人的でなくなっている現代の自分という、様々な現実と直面せざるを得ないのです。
 私自身、高校時代はロックとバロックばかりで、純邦楽や演歌や民謡なんていうのは、まさにバカにする対象でした。大学に入って純邦楽をやりはじめても、そのメソッドやテキストのないレッスン方法に半分あきれかえっていました。今思うと、それこそ若気の至りというか、バカ気の至りなんですけどね。
 さすがにこの歳になりましたから、両方の面白さがわかるようになってきました。もう優劣なんかとっくに超えています。明らかに使う脳の場所が違いますので。土俵やリングが違う。総合する必要すらありません。ずいぶん時間がかかったなあ…。
 今日のお稽古では、本当にいろいろと考えることがありました。やはり体感してみてわかるものがたくさんありますね。それらについては、まだまだ考え中、感じ中なので、いずれあらためて。
 そこで今日は、昨日の続きを記しておきたいと思います。昨日の記事で、「世阿弥は五十になったらもう引退しかないと言っている」と書きましたが、これは正確ではないとの指摘を受けました。そのとおりですね。すみません。ついつい勢いであのように書いてしまいました。そこで、今日は、「五十有余」の部分をきちんと現代語訳(プロレス訳)しておこうと思います。

 『このころ(五十過ぎ)からは、だいたいにおいて、「しない」ということ以外には手だてはあるまい。「麒麟も老いては駑馬に劣る」と申すこともある。そうは言っても本当に窮めたレスラーならば、技は全てなくなって、どんな場面でも見どころは少ないと言っても、花は残るに違いない。
 亡き父であった者は、五十二だった五月十九日に死去したが、その月の四日、静岡県の浅間神社の御前で奉納試合を仰せつかり、その日の試合は、特に華やかで、観戦の人々は一同に賞賛したものである。おおかたその頃は、技を早々に後継者に譲って、無理のないところをごく少なめに色を添えるようにだけこなしたのだが、花はいよいよ増すように見えたものである。
 これは、本当の意味で得た花であるがゆえに、そのプロレスリングにおいては、枝葉も少なく、老い木になるまで、花は散らないで残ったのである。これは紛れもなく、老骨に残った花の証拠である』

 この世阿弥の文章を読むにあたって、やはり思い出されるのは、往年のジャイアント馬場さんのことです。あの姿をして、みっともないとおっしゃる方もおられましたが、私はあれはあれで「花」のあるプロレスであったと信じています。実際、生観戦した際、馬場さんが花道に現れ、そしてエプロンサイドに立った瞬間、ロープをくぐってリングインした瞬間、もうその一連の流れの中で、私は感動して涙したものです。
 そうした「たたずまい」こそが、世阿弥の言う、そして観阿弥の有した「花」であったかと思います。
 また、そうした老骨の花でさえ、美しく感動的に咲かすことができるのが、プロレスのプロレスたるゆえんであり、純スポーツと間を画され、伝統芸能や神事に比せられる肝要であると思います。
2009051800000001spnavi_otfightview0 できれば、三沢さんもそうした花を咲かせてほしかった。なぜなら、ちょうど先月の今日、三沢さんは天狗のお面を装着して、橋誠にカンチョー攻撃をしかけていたからです。私はこの試合のことを知って、なんかとっても安心したことを記憶しています。
 三沢さんは「明るく、楽しく、激しい」プロレスの「激しい」部分から引退して、「明るく、楽しい」部分を担って行こうと考えていたのかもしれません。もしかすると、13日の試合は、その「激しい」プロレスの最後の試合だったかもしれませんね。最後に後継者たる潮崎豪に、自らの命をかけて何かを伝えたかったのかもしれません。
 今日もまた、三沢さんのご冥福をお祈りします。そして、プロレスがプロレスとしてこれからも生き続けていくことを祈ります。人間にはプロレス的世界がどうしても必要なのです。

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2009.06.16

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その1

20061210_256172 沢光晴選手の死を、ようやく客観的に受け止められるようになってきました。それに伴い体調も戻りつつあります。
 こういうことがありますと、自分の「心」と「体」を改めて意識しますね。逆に言えば、日常では、私たちは常に自分のことを忘れているということです。
 さて、次第に今回の悲劇を冷静にとらえることができるようになってきて、まず最初に思い出したのは、世阿弥の「風姿花伝」です。
 能とプロレスの類似性については、前々からいろいろと思うところがありました。そして、あの奇跡の日に、その両方の真髄に触れ、そして、その後全日本プロレスの渕正信選手と、そんな話をしたんですよね。渕さんも能のことをよくご存知で、深く納得してくださいました。
 多分に形式化された肉体表現ということで言えば、両者は非常に近しい関係にあります。お客さんと一緒にその空間と時間を作り上げていくところも似ていますね。
 離見の見。序破急。また、能において「申し合わせ」がただ一回しか行われず、あとはその場のアドリブで手合わせしていく、また、その日の客の反応によってアドリブで演じ方を変えていくという点も、ある意味プロレスとそっくりです。
 今日はちょうど能楽部の練習日で、簡単な謡の練習をしたのですが、体調不良の中で腹から大きな声を出していましたら、ふと、三沢さんのことに重なって、「風姿花伝」の「年来稽古条々」が思い出されました。十七、八歳の生徒たちと二十台の顧問の先生、そして四十四、五の私。四十六歳だった三沢さん。
 というわけで、今日は、風姿花伝「年来稽古条々」の「四十四・五」の部分の現代語訳(プロレス訳)をしてみましょう。十代、二十代と若いうちにはそれなりの「花」があり、三十代にそれが窮まる。そしてこの四十四・五につながっていきます。


 『このくらいの年齢からは、プロレスのやり方がほとんど変わるに違いない。
 たとえ世界的に認められ、プロレスを窮めていたとしても、良き後継者を持つべきである。プロレスの才能自体は衰えなくとも、やむを得ず次第に年老いていくもので、肉体的な花も、観客から見ての花も失っていくものである。
 まず特別に優れた外見の持ち主ならともかく、それなりの者であっても、素顔、素肌をさらすプロレスは、年をとってからは見られないものである。したがって、そちらの方面ではもう試合はできない。
 このくらいの年齢からは、むやみに高度な技を出すべきではない。全体にわたり、年齢に合った試合を、軽く力まず、若手の後継者に花を持たせて、相手に合わせて少なめに動くべきである。
 たとえ後継者がいない場合であっても、ますます細かい部分で体に負担がかかるような試合はすべきではない。どうしようとも、観客は花を感じない。
 もしこの頃まで消えない花があったなら、それこそが真の花であるのだろう。
 その場合は、五十近くまで消えない花を持っているレスラーであるならば、四十以前に名声を得ているに違いない。たとえ世界で認められているレスラーであっても、それなりのプロは特に自分のことを知っているだろうから、ますます後継者を育て、それだけに専念して、あらが見えるに違いない試合をするべきではないのである。このように自分のことを知る心こそ、その道の達人の心であるに違いない』


 ううむ、あまりに鋭いことを言っていますね、世阿弥(観阿弥)さん。もちろん、三沢さんもこのことをよく分かっていらしたでしょう。しかし、それが分かっていながら実現できなかったプロレス界の状況、ノアの状況を改めて考えなければなりませんね。
 三沢さんは近く引退を考えていたとのこと。もうどうしようもないことですが、やはり悔やまれてなりません。いろいろな状況と彼のまじめな性格、責任感の強さが重なり、今回の不幸が生まれてしまったようです。
 斜陽分野ではこのようなことが日常的に起きています。プロレスに限りません。たとえば本家「能」の世界なども、世阿弥は五十になったらもう引退しかないと言っているのにも関わらず、六十、七十の超ベテランの方々がいまだにメインイベントで演じています。ある意味こちらの方が危機的状況です。
 役者は舞台で死ねたらいい。レスラーはリングで死ねたら本望。一つの決意表明として、一つの寓意として、そういう表現もありだと思いますが、それが現実になるのは、やはり不幸であるとしか言えません。私も現実的に「教師として教壇の上で死ねたら幸せ」なんて、これっぽっちも思いませんよ。
 あらためて、ご冥福をお祈り申し上げます。そして、プロレス界よ、もう一度みんなでしっかり考えましょう。

風姿花伝より「年来稽古条々」〜プロレスと年齢その2

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2009.06.15

モバイルマイクロスコープ (40倍顕微鏡)

Ijz78 は今、私としては非常に珍しいことなのですが、胃腸炎とおぼしき状況でして、食べても飲んでも全部出てしまいます。汚い話ですみません。精神性のものでしょう。それほどまいっております。
 そこで今日は、現実逃避するために、ちょっと軽めの記事を書きます。
 この、1000円もしないオモチャのような顕微鏡、少し前に子どもに買ってやったものです。私も小学生の頃、親に顕微鏡を買ってもらい、いろいろ眺めるのが好きでした。星の世界に目覚めて望遠鏡を覗くまでは、顕微鏡が最高のオモチャだったような気がします。
 そんな自分の体験もありましたし、なにしろ手軽そうなので、こいつを二人の娘に与えてみました。
 うん、やっぱり女の子でもミクロの世界は面白いみたいですね。あらゆるものにあてがって観ています。1台しかないので取り合いになることもしばしば。たしかに未知なる世界を初めて観たいと思うのは当然ですね。
 考えてみますと、私たち昭和世代にとっては、現実の世界を超えた映像的世界というものは、テレビや映画くらいしかありませんでしたね。まあ、それだけでも近代以前からすれば信じられないほどの夢の世界の入り口であったわけですが。
 今の子どもたちは、テレビはもろちん、パソコン、ゲームなど、まあありとあらゆるヴァーチャルなヴィジョンに囲まれ、そして案外それらと高い親和性を持って生きています。子どもの、というか、人間の適応力の高さをつくづく感じさせられますね。人間がここまで進化し繁栄を築いたのは、そこに依る部分が大きいのでは。
 そんな中、ヴァーチャルではないけれども、こうしてスケールを変えた非日常的映像に接するということは非常に重要なことだと思います。我々が肉眼で認識している「1倍」の世界が、世界の全てではないということを知るのは大切ですからね。
 私は、そうしたスケール・チェンジをしたものの見方というのを、教育の中でも重視しています。ミクロ的、マクロ的な視点で対象を見直すということは、これは現実の機材を使わずとも、概念として実現することができます。それが思考の面白みですし、他者や自己を客観視するための第一歩だと思いますよ。
 まあ、子どもたちはそんなこと考えずに、ただただ興味本位で、このマイクロスコープを朝食のパンや猫の背中やテレビの画面やカマドウマの死骸に押し当てているだけですけどね。
 でも、こうして、既知のコトが未知のモノになる瞬間を味わえるのは幸せなことです。ゲーム機やテレビアニメでは、こうした体験はできません。
 実は大人になって久しい私自身、けっこうはまってるんです。なんか懐かしいというか、いや実に新鮮な感動があるんですよね。なんだ、この世界、この日常、知り尽くしているつもりだったけど、全然知らないモノばっかりじゃないか。
 皆さんもいかがですか。ポケットに入る小ささですから、どこにでも持っていって、さっと覗くことができます。白色LED付きですし。ま、街中でそれをやっちゃったら、かなりアヤシイですけどね(笑)。
 
LEDライト搭載!40倍顕微鏡☆モバイルマイクロスコープ

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2009.06.14

三沢さんの思い出

↓昨年の夏 試合後の三沢選手
1_3 だ気持ちの整理ができません。認めたくありません。
 しかし、選手たちも頑張っていますから、私も三沢さんに教わった「折れない心」で頑張らねばなりません。
 正直、三沢さんがここまで自分にとって大きな存在だったとは思っていませんでした。驚いているというのが本音です。
 馬場さんや鶴田さんの時とは、また違った状況での不幸であったというのも、衝撃の大きな原因であるとも思います。まだ、深くは考えたくはありませんが、プロレスの存在意義自体を問われる事故であったのは確かです。
 ここ十数年でのプロレス界の変貌はあまりに大きかった。それはいつも書いているように、古き良き日本、もう少し具体的に言えば「昭和」の終わりを意味していたとも言えます。夢や物語のない、無粋な弱肉朝食の世界。勝ちと負け、味方と敵しか存在しないデジタル的な世界。それは即ちマネー(カネ)の世界です。
 日テレが恩義を忘れて、プロレス中継をやめたのも、やはり日本的仁義よりもアメリカ的経済が優先された結果です。もちろん日テレや番組を支えるスポンサーだけを責めるわけにはいきません。しかし、テレビ中継打ち切りが、今回の悲劇の遠因になったのも事実です。
 これは冗談でなく、我々日本人全てが考え直さなければならない重大な問題です。もちろん私もその反省をしなくてはなりません。だからこそ辛いし、苦しいのです。
 三沢光晴はプロレスに殉じ、日本の心に殉じ、日本という国そのものに殉じたのかもしれません。
 さて、そんな三沢さんの生きた証を確認すべく、我が家にある様々な思い出の写真や品々を引っ張り出してきました。タイガーマスク時代から四天王時代にかけてのビデオ資産も相当あります。いずれ、これらも見直さなければならないのでしょうね。
 でも、今はとてもできません。特に四天王時代の極限のプロレスは、きっと今見ると辛いだけでしょう。ああいうスタイルを作り出してしまったのは三沢さん自身だとも言えますから。
 そこで、今日は、私が三沢さんを生観戦した際の写真や、グッズなどをここに紹介して、故人を偲びたいと思います。実はそれもそんなにたくさんありません。考えてみると、握手すらしたことがなかったかもしれません。会話したこともないのかなあ。せいぜい、サインをしていただいたお礼くらいでしょうか。
 写真は秋田の旧皆瀬村での「みちのくメルヘン」で撮影したものがほとんどです。ほぼ毎年行ってますので、その際の写真や動画ですね。田舎のお祭りらしく、本当に身近に三沢さんを感じることができる大会でした。今年はあるのかなあ…。

↓サイン入り三沢Tシャツ(ちなにお隣は力道山のご子息百田光雄選手・副社長)
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↓小川選手との入場シーン(入場から渋い表情)
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↓社員の試合を見つめる社長の背中
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↓カミさんが買ったキャップ
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↓ツバの裏側にサインをしてもらいました
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2009.06.13

追悼 三沢光晴選手

Fbt0906137701nsbig じられない。信じたくない。あまりのショックに言葉も涙も出ません。
 プロレス最後の砦が、こういう形で崩れ去ってしまうとは。
 受け身の天才三沢さんが、まさかリングの上の事故で亡くなるなんて…。
 命がけの仕事とは分かっていましたが…でも、やっぱり本当に死んでしまってはダメです。
 この写真は、92年、ハンセンを破って初めて三冠ベルトを巻いた時のものです。
 三沢さんが腰に巻いているインターナショナルヘビー級のベルトを、先月あるプロレスの勉強会で肩にかけてもらったばかりでした。
 あの勉強会の中でも、高山善廣選手が何度も、三沢社長のお人柄について、そしてプロレスラーとしての技術や格について、最高の賛辞を送っていましたね。
 ああ、やっぱり三沢さんはプロレス界の神であり、プロレス界の善意であり、プロレス界の良心なんだな、としみじみ感じ入り、涙が出る思いでした。
 そんな三沢さんが…。
 三沢光晴。本当に男の中の男でした。男が惚れる男でした。ノア立ち上げの際に、あれだけたくさんのレスラーが三沢さんに付いていったではないですか。男気のある方でした。
 ジャイアント馬場ジャンボ鶴田おとといたまたま書きました橋本真也、もちろん力道山も、そして三沢光晴…あまりに悲しい別れです。皆若すぎます。
 今日6月13日は太宰治の命日だと、昨日書きました。まさか、その日がもう一人の尊敬すべき憧れの男の命日になるとは、まったく夢にだに思いませんでした。
 思い起こせば、私も三沢さんにどれだけ助けられたでしょうか。日曜深夜の三沢の頑張りを観て、月曜日からの仕事をなんとかこなしていた、そんな時期もありました。
 心のプロレスラーを標榜する私にとって、三沢さんはまさに「折れない心」の師匠だったのです。
 本当にありがとうございました。お疲れさまでした。
 ただただご冥福をお祈りするばかりです。いや、正直まだ信じられません。
 辛い、辛すぎる。悲しいより何よりも辛い。プロレスはどこへ行ってしまうのでしょうか。

 あえてこの試合の映像を貼ります。三沢の本当の強さを感じる試合でした。バックドロップの怖さも分かります。

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2009.06.12

富士にはニャンコがよく似合ふ

↓あまりに、おあつらいむきの富士である。
0306 日、太宰の命日ですね。来週の今日は桜桃忌。生誕祭。今年は太宰治生誕100年です。明日はちょっと東京に行く用事もありますので、玉川上水にでも飛び込んで、いや、お参りしてこようかな、などとも考えております。
 いや、たぶん、行かないだろう。なぜなら、去年、三鷹の禅林寺に参って、本当に参ってしまったからだ。今度も何をされるかわからない。
 …と、ホントに太宰の文体って伝染しますね。太宰体で文章を書こうとすれば、いくらでも書けますし、やはり、そうしますと太宰風な下卑た内容になっていくから面白い。
 ま、今日はやめときます。再びワタクシ流の平成軽薄体に戻します。
 あっそうそう、太宰と言えば、今、奥さんの津島(石原)美知子さんの「回想の太宰治」を読み直しているんですが、実はですね、私が平成の太宰治だと思っているある天才がいまして(誰とは申しませんが、このブログで何度も取り上げている男です)、彼の奥さんもまた、美知子さん同様、とっても大変な思いをしています。そこで、彼女にも「回想の○○○○」を書くことを勧めようかと思ってるんですよ。ナイショですけどね(笑)。って、まだその男は生きてますが。
0307_2 ところで、今日、甲府の方に出張だったので、ついでと言ってはなんですが、帰りに御坂峠の天下茶屋に寄ってきました。ええと、どっかに書きましたけど、私、あそこに関しては、ある事情(太宰のいたずらその1)により、出入り禁止となっています。ですから、そうですねえ、7年ぶりくらいになるんでしょうか。いや、8年ぶりくらいかな。
 その後、「富嶽百景」にも出てくる茶屋のT家の方々といろいろとご縁がありましたので、今回は勇気を出して店の中に入ってみました。
 平日の夕方の中途半端な時間だったので、店内にはお客さんも店員さんもおらず、私の緊張感は行き場を失ってもやもやと漂ってしまいました。しかたなく、土産物コーナーのどうでもいい溶岩の置物などを手にしたり、いかにも大学生のアルバイトが書いたような手書きの張り紙の数々を無意味に眺めたりして、結局すぐにまた店の外に出ました。
 ふぅ。井伏鱒二が去った後の、太宰治の感じたある種の居心地の悪さ(御坂で苦慮のこと)はこんな感じだったのかな、などと、すっきりしない富士を眺めながらため息をつこうと思ったら、あらら、そこに救世主が現れたではないですか!
0310 猫です。猫がくつろいでいます。寝ころんで富士を眺めていた猫が、寝ころんだままこちらを振り返って「ニャー」。私は救われた気がしました。
 そう言えば、太宰の作品には、猫が出てこないなあ。犬は出てきますね。太宰の犬嫌いは相当のものだった。「畜犬談」では、いかにも太宰らしく偽善、偽愛的な物語を展開しています。太宰は愛憎逆転させて小説を書く人です。
 そう、猫、猫は出てこない…ような気がする。太宰好きと猫好きはなんとなく重なるような気がするんですけどね。
 私の印象に残っているのは、「女人訓戒」という、女性の動物性を巧みに描いた小品の一節くらいです。

『日本でも、むかしから、猫が老婆に化けて、お家騒動を起す例が、二、三にとどまらず語り伝えられている。けれども、あれも亦、考えてみると、猫が老婆に化けたのでは無く老婆が狂って猫に化けてしまったのにちがいない。無慙(むざん)の姿である。耳にちょっと触れると、ぴくっとその老婆の耳が、動くそうではないか。油揚を好み、鼠を食すというのもあながち、誇張では無いかも知れない。女性の細胞は、全く容易に、動物のそれに化することが、できるものなのである』

 とすると、あの猫、多分に女性的でもあった太宰治の化けた猫であったのかもしれない…なんてね。それにしても、「富士には猫がよく似合ふ」なあ。やっぱり小説の言葉というのは、作家の極度な(しかしあまり有意味でない)緊張が生むものであり、その力学が日常の風景、すなわち空間や時間を微妙に歪めて私たちに提示されたものなんですね。
 そんな、あまりに基本的なことを、富士と茶屋と猫と太宰と自分に教わった、素敵な一瞬でした。

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2009.06.11

『力道山』 ソン・ヘソン監督作品

2009061100000000spnavifightthum000 !船木、純プロレス復帰!
 昨日の武藤祭で、8月30日両国国技館大会において、<武藤敬司デビュー25周年記念スペシャルタッグマッチ>として、武藤敬司、船木誠勝 VS 蝶野正洋、鈴木みのるという超弩級ドリームマッチが行われることが発表されました。我々プロレスファンとしては、なんとも感慨深い取組です。
 いやあ、それにしても、やっと帰ってきましたね、船木。ずいぶん遠回りしました。おかえりなさい。
 船木みたいな花のある選手がプロレスから消えていったのが、プロレス凋落の最大の原因でした。いわば「花」のある能役者が、戦国時代、何を勘違いしたか無粋な戦場に憧れてしまって、そうして自らの花と芸術の花を散らしてしまったようなものでした。
 どうも、戦国の世もそろそろ終わりそうな気配なので、ようやく本来の居場所に戻ってくるということなんでしょうね。形は違えど高田延彦もプロレス側に戻ってきているし、佐山サトルも同様。やっと太平の世になりますな。めでたし、めでたし。
 田村潔司と桜庭和志はいいんですよ。彼らには「花」がないんで(笑)。彼らは野武士として、いや武将として名を残した方がいい。結局、自分の素質と適性を把握して居場所を決められる人間が勝ちっていうことですかね。
51qs0mx2knl_sl500_aa240_ さて、そんな船木選手の純プロレス復帰を祝って、今日はこの作品を紹介しましょう。
 そうなんですよ、実は5年ほど前に、この作品において、なななんと武藤選手と船木選手は共演しているんですよ。また、船木選手はこの作品でしっかりプロレスの試合をしているんです。意外に知られていないんじゃないでしょうか。
 この韓国映画、私大好きなんです。本当にいろいろな意味で感動してしまったんですよ。プロレスファンのみならず、多くの人に観てもらいたい映画です。
 韓国映画でありながら、全編ほとんど日本語で展開しますし、ロケも大半が日本。主役の力道山を演じる韓国スター、ソル・ギョングが素晴らしい演技を見せてくれます。プロレスも全く知らず、日本語も全くできなかった彼が、短期間でここまでその両方をマスターするとは。もちろん、両方とも完璧にはほど遠いのですが、なんかその熱意と努力によって、汚点が完全にカバーされてしまっています。ある意味天才の仕事ぶりですよ。それだけでも観る価値ありです。
 日本側の役者陣もすごい。重要な役回りの中谷美紀, 萩原聖人, 藤竜也は、あいかわらずお見事。彼らの完璧な演技が、どういうわけかソル・ギョングの未完成さを救っているんですよね。不思議なアンサンブルです。
 そして、なんと言ってもプロレスファンとしてたまらないのは、実際のプロレスラーが大挙出演しているということです。ご覧ください。

秋山準(遠藤幸吉) 
モハメド・ヨネ(豊登)
武藤敬司(ハロルド坂田)
船木誠勝(木村政彦)
橋本真也(東富士)
マイク・バートン(ベン・シャープ)
ジム・スティール(マイク・シャープ)
リック・スタイナー(ミスター・アトミック)
トレバー・ローデス、橋誠、潮崎豪、その他ルチャの選手

 考えてみるとすごい顔合わせですよね。実に貴重な映像満載です。
 彼らはあの当時のプロレスを再現しているのかと言えば、全然そうではなく、現代の技をどんどん繰り出しています(ラリアットとか)。それでも、そんなに不自然に感じないし、逆にいろいろな歴史を感じさせる演出にすらなっているような気がします。
 でも、たとえばその技に関する部分にしても、ある意味時代考証が全くなってないとも言えるわけで、その他のディテールや、もちろん力道山の人間像も含めて、「なんだこりゃ!?」と非難の目で観る方もたくさんいらっしゃると思います。まあ、それはそれで結構です。私は「物語」好きなので、これはこれで全く抵抗がないんですが。
 さて、この映画での船木ですけれど、なにしろあの木村政彦(劇中では井村)を演じているんですから、これは実に重要な役です。そして、それを見事に演じ切っています。あのやられっぷり、轟沈ぶりは、ある意味ヒクソン・グレイシー戦の経験が生きていますね(笑)。花があります。散り際の美しさ。
 そしてですね、ちょっと、いや、かなり切ないのは、橋本真也選手の雄姿です。この映画の撮影が終わって間もなく、彼は突然亡くなってしまったのですから。この作品は彼の遺作です。まさか、力道山や東富士があの世から呼んだんじゃないでしょうね。
 それからもう一つ。これは個人的な思い入れですが、ロケ地の一つが、富士吉田市の西裏にある新世界通りなんです。私の勤める学校のすぐ近くです。ここは昭和がフリーズドライで保存されているとんでもない地区なんです。
 富士吉田市は武藤選手の故郷ですし、武藤家はウチの学校の母体になっているお寺の檀家さんです。何度かお寺でお見かけしました。
 なんとなく、プロレスに縁がある土地なんですよね。昔はよく興行もありましたし。
 私も、地方でのプロレス復興を目指して、今いろいろと計画中です。私を育ててくれたプロレスに何か恩返ししたいと思う今日この頃であります。
 とにかく船木選手頑張ってください!もうひと花咲かせましょう!武藤さん、名プロデュースに期待します!

Amazon 力道山

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2009.06.10

『日本人の知らない日本語』 蛇蔵&海野凪子 (メディアファクトリー)

84012673 たまた、向かいに座っている理科の先生からお借りしました。彼女、まあいろいろネタになる本を貸してくれること。
 この本(マンガ)、かなり売れているようですね。たしかに面白い。外国人との言語をめぐるすれ違いというかディスコミュニケーションというか誤解というかミスマッチングというか、そういうネタのマンガという意味では、こちらに近いかもしれません。
 これはある国民にとっての言語や文化や習慣という「モノ」、すなわち彼らが「ものにしている」ところのモノが、外国人にとっては「コト」であるという現象そのものを扱ったマンガと言えます。
 ですから、たとえば私がカミさんの実家である秋田という外国に行って、そこの言語や文化や習慣に面食らい、それを学ぼうとトンチンカンな質問をしている状況を、そのままマンガにしても、たぶんこれと同じくらい面白い作品になるでしょう。というか、そういうたぐいのものは実はいくらでもありました。
 しかし、この作品が特に面白いものとなった原因は、そのモノとコト、すなわち無意識と意識のズレを表現しただけでなく、本来「ものにしている」はずのモノが、全然「ものになってない」コトを教えてくれるからです。これは、モノとコトの逆転の面白さとも言えます。ま、この本に即して言うなら、外国人の方がマニアックな日本語を知っている、あるいは、類似表現の微妙な差異を意識的に使い分け、使いこなしているということです。
 実はこれもまた、私もしょっちゅう体験することです。逆の立場でね。
 たとえば、これはどこかにも書きましたけれど、私はバロック音楽なんかやってますからね、17世紀のフランスの音楽については、近所のフランス人より詳しかったりするわけですよ。
 私みたいに、どう見ても坊さん風情な日本人が、まじめな顔してフランスバロックのキリスト教音楽をやってたりする姿なんか、向こうから見れば、それこそこのマンガに出てきた、仁侠映画でヤクザ言葉を覚えてしまったフランスのご婦人と同じくらい笑える姿でしょう。
 あるいは、私は信仰とは違う立場から聖書を読んだり、仏教聖典を読んだりしています。それを元にその道の専門家に、やたらマニアックな質問をして困らせるなんてこともあります。
 あと、これは自分ではありませんけど、最近もプロレスのマニアの方々が、レスラーご本人よりもその方の過去の試合結果や内容に詳しいなんてこともありましたっけ。
 今日、この本の話が出たので、生徒にも話したんですが、受験で覚えるような英単語や、あるいは読まされる長文なんか、あれはネイティヴでも知らなかったり、難しかったりします。留学生なんかに、大学入試の英語の問題やらせると、たいがいお手上げになるものです。
 そう言えば、漢字なんかもそうですね。日本人の方が圧倒的に本国中国人より漢字をよく知っています。漢文もそうです。中国の古典に最も詳しく親しんでいるのは、日本の高校生ですよ。これはまじで。
 この前紹介したドナルド・キーンさんなんかも典型ですね。彼は尊敬されて、文化勲章までもらってますけど、私がこちらで最後に書いたことなんか、ホントは笑っちゃっていいことなんです。というか、私は昔からマンガチックだなって、不謹慎にも思っていたんですよ(笑)。もちろん、それは、このマンガの原案者と同じく、彼らへの愛情と尊敬の念をベースにした「笑」なんですが。
 というふうに、幼少からその環境にどっぷり浸かって、「ものにした」モノと、大人になってから客観的に学習したコトとでは、その性質や方向性が全く違うわけです。そこに齟齬や逆転現象が起きて、それでこういう笑える本が生まれたり、あるいは場合によってはケンカになり、戦争になるわけです。
 ずいぶん前にこちらで書きましたっけ。「異文化理解」というのはおかしいと。理解できないから、ズレが生じるから「異文化」なのであって、「異文化理解」という言葉自体が自家撞着を起こしていると。
 変に「異文化」体験を美化したり、理想化したりするのではなく、このマンガのように、そのすれ違いやディスコミュニケーションや誤解やミスマッチング自体を愛し、可愛がり、面白がり、互いに学び合って楽しんでいけばいいんじゃないでしょうかね…と、充分に美化、理想化してますが(笑)。
 ちなみに、このマンガのタイトル「日本人の知らない日本語」ですけど、まあいかにもその通りですね。ここで我々ネイティヴが試される多くの問題、あるいはマンガ自体のネタになっている日本語については、いちおう日本語が専門で、それなりにマニアックだと自負している私でも、半分くらいしか分かりませんでした。だから、これを読んで、「やばい、全然知らない」と思ってしまった皆さん、全然心配しなくていいですよ。知っていても全く意味がないことばかりですから。いわゆる雑学、小ネタ、一口メモ程度のものです。
 ま、そんなの大きなお世話で、こうして「知らない」ことを楽しみ、ちょっと心配し、一時的に勉強意欲を増し、「日本語ブーム」を作り上げてしまうのもまた、いかにも日本人らしい文化現象であると言えますね。
 最後に、このマンガでもやり玉に上がっていた最近の「日本語の乱れ(?)」については、私は非常に寛容です。それについても、今までいやというほど書いてきましたので、ここでは割愛します。

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2009.06.09

千里同風

Howa_p1 日は実にありがたいお話を聴く機会を得ました。本校に、姉妹校である兵庫県の市川高校の野球部約80名と先生方数名がいらっしゃいまして、短い時間ではありましたが、両校の親睦を深めました。
 親善訪問団には、同校の顧問で、姫路は龍門寺の河野太通老大師もいらっしゃいました。長く花園大学の学長もされた名僧です。私はかつて、老大師の御著書「不二の妙道を行く」に大きな感銘と影響を受けていましたので、今回、そのお姿を拝見するだけでも実に有難いことでありました。
 その老大師さまが、今回、特別に生徒たちのためにお話をしてくださいました。タイトルは「千里同風」。それは法話というような堅苦しいものではなく、生徒たちにもわかりやすい融通無碍な内容でした。
 その一々を全て紹介できませんが、演題でもあった「千里同風」と、途中引用された道歌について、両者を関連させて私の心に映ったことを書き記しておきます。
 「千里同風」とは、単純な四字熟語として言うならば、「遠く離れた所でも同じ風が吹いているということ。転じて天下太平であること。あるいはその逆で世が乱れていること」という意味です。
 禅語としての「君子千里同風」は、少し違う意味で使われています。今日の老師の例え話にもありましたが、「言葉は通じなくとも心は通ず」「仏法はただ一つであり、たとえ両者は離れていてもつながっている」、そんな意味で使われているようです。
 たしかに遠く離れた姉妹校であっても、臨済禅というものや、甲子園出場という夢、あるいはそれ以前に若者としての様々な心は、両校の生徒に共通しているものであり、たとえ短い時間であって、お互いに言葉を交わす時間が少なくとも、強い絆で両者は結ばれていると思います。それを「千里同風」の一言でおっしゃったのには、さすがと感じました。生徒たちはそれが分かったかなあ…。
 老師はその後、子どもの純粋な仏心、慈悲心に関するお話をされましたが、その中で引用された道歌があります。龍門寺で江戸時代に人々の尊崇を集めた名僧盤珪国師の作とも、あるいはあの一休禅師の作とも言われるこの歌です。

 生まれ子がしだいしだいに知恵づきて
   仏に遠くなるぞ悲しき

 これは全くそのとおりであり、既に幼子ではなく知恵がつき、この歌を「鑑賞」できる我々、高校生も含めて大人たちは、すっかり仏から遠くなって、悲しい存在であることを改めて痛感してしまいます。
 クモの巣にかかったトンボを助け、そのクモを退治しようとした大人を見て、「トンボもクモもかわいそう」と無垢につぶやいた少女の話。私たちは「いったいどちらが可哀想なのだろう」と自分に問いかけて、そして悩んでしまいます。実は、これ、その問い自体が間違っているのに。
 その矛盾や葛藤を、社会的な基準で疑問としてしまい、「どちらが」というデジタル的な思考に陥ってしまう私たち。そして答えが出ないことに苦しむ「アクション」をしてみて、それで満足してしまっている。
 もっと無垢に同情し、何もできないことに一種の諦観を持ち、生きている自分、生かされている自分への気づきにつなげていくことはできないのでしょうか。少し考えれば、いや観じれば、世の中で振り回されている「正義」なんていう言葉が、いかに空しいものであるか、わかるはずですね。
 本来、私たちはそうした仏心と言いましょうか、慈悲心と言いましょうか、それを自然に持って生まれてきているはずです。そこに、学問やら常識やら、とにかく「言語」として教授される様々なフィクションがどんどん侵入し、その本来の私たちの仏性を歪め霞ませてしまう。実に残念なことですし、我々教育者と言われる者たちの、実に辛く難しい部分であります。
 そう考えてきますと、「千里同風」の「風」とは、まさに世界中の人間全てが持っているはずの「仏性」のことであることが分かってきます。その「風」が吹かなくなってしまう、いや、吹いているのに気づかなくなってしまっている。まさに、我々が雨風をしのぐために、こうして文明の壁や屋根を作り上げ、その中で自分の世界に引きこもっているうちに。
 私の「モノ・コト論」で言えば、我々の本来意識すべき「風」はモノであり、それを覆い隠し、遮断してしまうフィクションはコトです。そのコトの代表が「コトのは(言葉・言語)」であり、仏教、特に禅はそのコトの排除、そのコトからの解脱、コトへの執心から解放されることを目指したと言えるのでしょう。
 不立文字、教外別伝、直指人心。
 私のようなダメな大人をはじめとして、世界中の知恵づいた大人は、そろそろそのことに気付かなくてはなりませんね。でも、それがなかなか難しいのです。今や、「コト」の権化は、「言葉」だけでなく、「カネ」にまで進化してしまっています。カネへの執着から離れるのは、それは実に難しいことです。そんな世の中を私たちは自ら作り上げてしまったのですね。
 「知恵」と「智慧」は似て非なるものです。「知恵」は言葉です。その言葉を消し去って、再び生まれ子の白紙に戻すのが「智慧」だと思います。私もこうして毎日「知恵づく」ことに快感を覚えていないで、早く「智慧づく」ことに目覚めないといけません。
 私がよく言う「コトを極めてモノに至る」、これは本当に実現するのでしょうか。世界中に仏心の風が吹き、天下太平が訪れるのを信じて、辛い辛い修行の日々を続けるしかないのでしょうか。
 結局、一生懸命シゴトして、最後はコト絶えて灰や煙になって、モノに還って行くしかないのかなあ…。

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2009.06.08

『ウェブはバカと暇人のもの』 中川淳一郎 (光文社新書)

33403502 の本はなかなか鋭い。正しいことを言っています。「ウェブはバカと暇人のもの」。まあ、そのとおりです。
 私はこうしてバカみたいにブログを更新しつづける暇人です。先日、5周年を祝い100万アクセスを祝ったばかりです。5年間も、このお馬鹿な世界にどっぷり浸かり、いい気になって駄文を恥ずかしげもなく発信してきました。
 中川さんからしますと、私なんてまさにバカで暇で思い上がったシロウトということになるでしょう。実際、そう言われると否定できないし、たしかにそれ以上のものではないですね、自分は。
 しかし、一方で、私はこの「ネット社会」「ウェブ時代」に、どこか虚しさを感じてきたこともたしかです。それは、この5年間における、ネット・ウェブ関連の書籍の感想記事を読むとよくわかります。
 ちょっと時系列で並べてみましょうか。自分で言うのもなんですが、なかなか面白いですよ。ペシミスティック時々オプティミスティックっていう感じで。

グーグル・アマゾン化する社会
フューチャリスト宣言
2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?
ウェブ時代をゆく
ウェブ時代の5つの定理

 最終的には、どちらかというと、中川さん的といいますか、ひろゆき的といいますか、かなり懐疑的になってますね。やはり、どっぷりその世界に浸かって(漬かって)いて実感する何かがあるのでしょう。
 しかし、今、私はこうして懲りもせずに書き続けています。ほとんど修行のように。いや、ほとんど病気のように。中川さん的に言えば、「暇つぶしの義務化」が進行しているのでしょうか。
 中川さんも私も何度も言っていますが、ネット(ウェブ)社会は、まさに「社会」であって、全く自由、平等、正義ではありません。梅田さんや茂木さんのような頭のいい人、あるいは社会性のある人、処世術に長けた人にとっては、理想的な世界かもしれませんが、我々「集合愚の構成員」にとっては、かなり不自由で不平等で邪悪な世界です。
 つまり、ネット(ウェブ)社会では、その匿名性と即時性、刹那性ゆえに、人は善悪の極端に位置します。すなわち、そこは極端な性善説と性悪説の世界になり、その中間的存在や、その複合的存在が居心地の悪い思いをする空間になります。
 私は、たとえばこのブログを書くあたって、そういう空気に、いやというほどに気を遣いつつ記事を書いているのです。それが意識されていようがいまいが、とにかく、見えない「集合知」と「集合愚」の両方に向けて、そしてその両方と折り合いをつけるべく、メッセージを発しているのです。これは、はっきり言ってリアル世界よりもきつい社会性を要求されている状況とも言えます。
 私のこのブログ、昨日も1日で1000以上のPVがありました。ありがたいことです。しかし、面白いもので、コメント欄が炎上などしたことありませんし、だいいちコメントが非常に少ないんですね。これほどPVがありながら、これほどコメントがつかないブログも珍しいのではないでしょうか。
 それは、単にコメントするまでもない内容であるということで、別に不思議がるべきことではありません。しかしまた、一方では、メールでご連絡いただき、実際にお会いするまでになる、そういう読者の方が多いのも事実です。つまり、私にとっては、このブログは、リアル世界での出会いの窓のような存在なのです。ある意味、そう割り切っている、ネット(ウェブ)というヴァーチャルにどっぷり浸かっていないということなのかもしれません。
 そのように、ネット(ウェブ)を、完全に道具としてとらえている私のようなものにとっては、案外この世界も悪いものではないかもしれない。中川さんが言うように、たしかに「バカと暇人」が跋扈している世界だと、また自分もその一員であると、そうきちんと把握していれば、ここは単なる「自然界」「自然状態」であって、そこでうまいこと生きていくという方法もありかなと思うのです。
 ちょうど、ウチの近所の樹海で生活するようなものです。5年も住んでいれば、毒キノコも見分けられるようになりますし、どこに行けば危険な熊や野犬がいるかも分かる。また、ちょっと嗅覺が働けば、どこに死体がぶら下がっているかくらい分かるようになる。
 逆に、食べ物を得ることにも習熟してくるでしょうし、美しい風景、楽しい洞窟、安全な寝床の場所もどんどんマッピングされていくでしょう。自分にとって有用なコト、必要なモノを手に入れて、それで満足することも可能なのです。
 情報たる「コト」の集合は、結局自然たる「モノ」に還るのだと、私は考えています。ですから、こうしたネット(ウェブ)社会の発達は、実は革命でもなんでもなく、自然回帰の現象だと思うのです。
 そういう意味においても、この本で強調されていたとおり、テレビの影響力は衰えないと思います。特に経済分野、商業分野においては、「コト」が重視されますからね。樹海では商売になりません。テレビは都市的なメディアなのです。ネット(ウェブ)は無秩序な大自然そのものであって、実はメディアですらないのかもしれません。
 私たちは、ある意味忘れかけていた「自然に対する社会性」を、こうして取り戻しつつあるのかもしまれせんね。自然はとっても両極端な社会ですから。そこには自由も平等も正義もないのは当たり前です。

Amazon ウェブはバカと暇人のもの

楽天ブックス ウェブはバカと暇人のもの

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2009.06.07

山野草を満喫@芦川渓谷

 日(から今日にかけて)は高円寺の飲み屋で一夜を明かしてしまいました。というか私は店でグーグー寝ていたんですが。最近、高円寺に縁がありますなあ。スネークピットもあるし、フジファブリックの志村くんの思い出の街だし、その他もろもろ。
 で、始発で車を置いた西荻に戻り、仮眠をとってお昼に山梨に帰ってきました。
 静岡から両親が来ていましたので、ここ数年懸案となっていた「笛吹市芦川町にすずらんを見に行く」というイベントを実施いたしました。都会からいきなり自然の宝庫へ。このコントラストが刺激的ですねえ。
 私たち家族は、すずらんの群生地を管理されている方とレミオロメン関係でご縁があり、昨年も6月1日にうかがってお世話になっていますね。それから9月にも例の音楽イベントでうかがいました。本当にいつもいろいろと良くしていただいて、ひたすら感謝です。
 今年は温暖化の影響でしょうかね、すずらんの開花がいつもより2週間近く早く(桜などもそうでした)、残念ながら本来の目的であったすずらんはほんのちょっとしか拝めませんでした。しかし、そのかわりと言ってはなんですけれど、すずらん荘の方に案内してもらって、他の山野草をたっぷり楽しんできました。いろいろと説明していただいたのですが、正直それぞれの名前すらも忘れてしまったので、とりあえず今日は写真を並べておきます。
 本当にいいところですよ。すずらんの季節だけでなく、一年中通して何かしら可憐な花が咲いているそうです。皆さんもぜひ行ってみてください。

Googleマップ

民宿すずらん荘ブログ

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2009.06.06

バッハのカンタータ

2e75f8cc ジカ・ポエティカによるバッハのカンタータ演奏「Soli Deo Gloria<賛美と祈りの夕べ> Vol.252~聖霊降臨節のため~」に参加させていただきました。
 考えてみますと、バッハの代表的ジャンルである合唱付きの教会カンタータを演奏するのは、本当に久しぶりです。もしかして20年ぶりくらい?
 実際、我々シロウトからしますと、なかなか演奏の機会がないというのは当然と言えば当然です。バッハが歌える合唱団といっしょに演奏できることはまれですし、アリアを歌えるソリストも必要です。そして、器楽の方もたいがいソリスティックな管楽器を要しますので、こういったいろいろな条件が重なるのはほとんど不可能に近いことです。あっ、あともちろんカンタータを振れる指揮者の方も必要ですね。
 今回はそういう意味では非常にラッキーでありました。カンタータの良さ、バッハのすごさを改めて体感できましたからね。やっぱりすごい。
 今回演奏したのは第174番「われいと高きものを心を尽くして愛しまつる」。ブランデンブルク協奏曲の第3番の1楽章(管楽器入り)がシンフォニアになっているものです。私はヴィオラの3番として参加しました。壮大なシンフォニアと繊細なアリアの対比が良かったなあ。この曲のテーマの一つである「愛」の、ある種の二面性がよく表現されていると思います。
 もちろん、私はキリストの愛をしっかり理解している人間ではないと思いますが、バッハの音楽を通じて、その片鱗に触れることができたのは事実です。愛というある種抽象的なものを表現するのには、言語ではなく音楽の方がふさわしいのかもしれないと思いました。
 特に最終曲のコラールでは、思わずぐっと来てしまいました。歌詞を口ずさみながら楽器を演奏したからでしょうかね。坊主頭に数珠をした男がコラールに涙している姿は異様だったかもしれませんね(笑)。あっそうそう、曲の間で聖書の朗読があったんですが、神の子を信じていない時点ですでに裁かれている、というような一節がありまして、それを聞いている時は、まさに公開裁判にかけられているような気がしました(苦笑)。
 さて、演奏が終わりまして、打ち上げに参加したのですが、これがまた面白かった。ほとんどの方が初めてお会いする方々だったのですが、妙に盛り上がってしまった自分。呑みすぎたのか、後半はほとんど覚えていませんが…。
 特に今回初めてお話した(演奏は何回かお聴きしましたが)チェンバリスト&オルガニストの武久源造さんの話は面白すぎました。ああいうキャラの方だったとは…笑。芸術家はああじゃないとねえ。そこに淡野弓子さんと淡野太郎くんも加わって、さあもう大変。音楽と愛と男女のアンサンブルの話で、なんかどんどん脱線していったような記憶が…。こうしてまたまた古楽界の重鎮の方々とお知り合いになれまして、それこそとっても幸運でした。でも、だいぶハメを外しちゃったので、もう呼んでもらえないかな。すみませんでした。
 すみませんと言えば、今日はまた特別な方と初めてお会いしたにも関わらず、なんだか単なる酔っ払いの姿しかお見せできなく、全くすみませんでした。その特別な方とは、教育ジャーナリストの鈴木隆祐さんです。彼の著書をこのブログで紹介したのですが、それをご本人様がお読みになって、わざわざ連絡をくださいました。そして、会いましょう!ということになりまして、結果私は酔っぱらっていた上に、後半はずっと寝ていまして、全然お話ができませんでした。本当にすみません…。次こそは、ちゃんとお仕事の話をしましょう。
 それでもなんだかとっても楽しく幸せな一日でした。皆さん、ありがとうございました。バッハに感謝です。こうして人と人を結びつける力が、彼の音楽にはありますね。そういう意味では、芸術である以前にエンターテインメントなのかもしれないなあ。

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2009.06.05

祝!?一日一食生活5周年

↓なんの数字でしょう?
2 このところ、自分にとってのアニバーサリーが続いております。今日は一日一食生活の5周年を祝います(一人で)。
 実際のところ、5年前の6月の何日に始めたか、正確な記録がないので、ホントに丸5年かどうか、よくわかりません。たしか中旬すぎだったような…。まあ、いいや。
 とにかく、もう5年経ったんですよ、夕食のみ生活。丸5年で省いた食事は、えっと、えっと、1日2食省くとして、3650食ってことか。
 これだけでもすごいですよね。節約されたカロリーは、えっと、えっと、2食で1000kcalとして、3650000kcalってことですか!
 うん、ずいぶん地球にいいことやってる気がするぞ(笑)。世界中の人が一日一食になれば、食糧問題やら環境問題やら、一気に解決するのになあ。
 家計にも優しいですよねえ。2食で500円としても、912500円の節約です!うわぁお!あらためて計算してみてビックリ。世界の経済問題も解決だ!?
 それで、健康状態はどうなの?病気になったりしたら、元も子もないじゃん、とお思いになる方も多いことでしょう。さあ、どうでしょう。
 その答えは、こちらも5周年を迎え、100万アクセスを達成したこのブログを御覧になっていれば、お分かりになると思います。
 そう、非常に健康、超体調良好、精神的にも健康的、おかげさまで超充実の毎日を送らせていただいております。
 いや、本当にこの5年、ほとんど風邪もひかず、医者とは無縁で、仕事もほとんど休みませんでした。実際のところ、体調悪い日があったりすれば、ブログの更新も難しいですよね。そして、御覧になってわかるとおり、というか、自分であらためて眺めてみて気がついたんですが、ネガティブな記事なんか一つもないじゃないですか。疲れ気味の記事すらない。これは自分でも画期的なことです。
 あと、とにかく重症の花粉症が完治したのが大きいですね。これはホントにビックリでした。一日一食を初めて8ヶ月後の春にはもう発症しなかったのですから。おそるべしです。
 ところで、私を直接知っている方、私の見た目の印象はいかがですか?最近初めてお会いする方も激増しているんですが、皆さん、私の年齢を聞くとびっくりされますね。私、もうすぐ45になるんですけど、10くらい若く見られるんですよ。トータル的には10年前より若々しいかもしれません。特にお肌のスベスベ感は、これは自慢です。高校生よりスベスベだと思います(笑)。
 すなわち、肉体的にも、精神的にも、一日一食が非常に私に合っていたということです。全ての人にすすめるのはどうかと思いますが、試してみる価値はある健康法、生活法、そして人生の変革法だと思います。もちろん、二食から始めてもいい。あるいは週末断食とか。
 今、身長は174センチ。体重は63キロくらい。体脂肪率は16%前後。内臓脂肪の数値は10段階の5。5年間ほとんど変動ありません。安定しています。
 毎年職場で血液検査をしているんですが、中性脂肪は70mg/dlですから、まあ標準値というか理想的ですね。もちろんメタボではありません。肝臓の各数値は全くの正常値。ただ一つ、いつもひっかかるものがあります。それはコレステロールの値です。これは最初の1年は15%くらい下がりましたが、徐々に上がっていき、今では240mg/dlになっています。これは従来の基準からすると高すぎですね。
 しかし、こういう粗食生活をしていて、この数値ですから、これにも何か意味があるような気がします。最近の研究では、コレステロールはある程度高い方が生命力も高く、長生きしたり、病気になりにくいことが分かってきています。そういう意味では、今の数値は理想的な数値だとも知り合いのお医者さんに言われました。ですから、気にしていません。というか、食事療法するにも、もうどうしようもありませんから。
 最近血圧も少し高めなのですが、これは単純に加齢によるものなのでしょうか。それほど極端ではないので、これも気にしていません。血圧が高いのも元気な証拠と言えば、そう言えないこともありませんし(笑)。
 とにかく、全体として、体も気持ちも軽くなっているのは確かです。そう、精神的にもいいですね。ハングリー精神ですよ。飢えてるくらいの方が前向きになります。満腹のライオンは寝てますからね。仕事するには腹へってた方がいいに決まってます。
 前にも書きましたが、朝食を抜くことによって、私は午前中の腹痛から解放されましたし、昼食を抜くことによって、午後の眠気から完全に解放されました。それだけでも、精神的に助かりましたね。
 夕飯は食べたいものを食べたいだけ食べています。なにしろ毎日24時間ぶりのごはんですから、そりゃあなんでもおいしく食べられますよ。幸せな瞬間です。というか、毎日この幸せ感。それもまた精神的メリットでしょう。夫婦ゲンカも減った…かな?とりあえずカミさんはいろいろと楽でしょう(笑)。
 と、こんな感じで、この5年間、悪いことは一つもなかったので、これからも、たぶん死ぬまでこの食生活を続けるでしょう。
 ただ、問題があるとすれば、皆さんと一緒に行動している時、たとえばランチをご一緒しなければならない時とか、どなたかお宅にうかがって、お昼ご飯が出た時ですね。もちろんそういう時は普通に食べちゃいますが、食べると寝るという習慣がついているので、そのあと超眠くなっちゃうんですよ。まあ、それも年に数回のことですから、そのくらいは一般的な人類の生活に合わせましょう。

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2009.06.04

『富士山―聖と美の山』 上垣外憲一 (中公新書)

12101982 士山はやはり女だ。それを再確認させられた本でした。
 富士山に関する著書は、それこそ山のごとくあります。富士山本人の懐に抱かれて生活する者として、それらを比較的たくさん読んでいる方だと思いますが、本書で初めて知ったこともたくさんあったのには、正直驚きました。まだまだ未知の資料が目の前に積み上げられそうです。
 この本は、「富士山に関する『文化的』なものの総覧である。『富士山の文化史』と言い換えてもよい」と冒頭にあるように、文学作品や美術作品に描かれた富士山はもちろんのこと、富士の名を冠した戦艦や爆撃機に至るまで、さまざまな「文化現象」としての富士山を抽出して見せてくれます。
 その全体を貫くのは、おそらく著者の専門分野であろう「ナショナリズム」であります。ナショナリズムとは、まさに外国との関係における相対的な価値観でありますから、結果として、富士山の姿を描くことによって、日本の外交史の流れと、それによって変化させられた日本人の自意識というものを、そこに読み取ることができました。
 そういう意味で、富士山在住の私にさえも、新たな富士山の姿を見せてくれた好著と言えましょう。
 しかし、ある意味では、自分の実感としての富士山との乖離も感じないではいられませんでした。もちろんそれは著者である上垣外さんの責任ではありません。文化としての富士山を記録し現出させた、過去の「文化人」たちの責任です。
 というのは、文化としての富士山は、どうしても「表富士」に偏りがちだということなんです。裏富士も裏富士、富士山の真北に位置する村に住み、富士山の東北(艮)に位置する市に勤める私にとっての富士山が、そうした「文化的」な富士山と、正確に重ならないのは、これは当然のことですね。
 それが違和感を催すというよりも、もっと複雑な感情を起こさせるのです。嫉妬心のような、被差別意識のような、いや屈折したある種のナショナリズムというか、そう、ちょうどこの地に色濃く残る「富士王朝伝説」や「後南朝伝説」のような、いわば敗者の美意識やナルシシズムのようなものでしょうか、そんなものを感じてしまうのです。
 それもまた「文化」と言ってよいものなのか、私にはわかりません。しかし、裏富士に住み、裏富士と毎日対峙し、裏富士に魅入られた者としては、やはりそこにこだわりたい気持ちがあります。
 この本で紹介されている「文化」の中にも、裏富士ものはあります。万葉集の高橋虫麻呂の長歌から始まり、聖徳太子の甲斐の黒駒による登山伝説や、全編によく引用されている「義楚六帖」の徐福伝説も基本裏富士を舞台としたものですし、富士講の中心も裏富士でした。そして、間もなくちょうど生誕百周年を迎える太宰治の「富嶽百景」は、言うまでもなく裏富士が主役です。
 そう、太宰の語る富士が、比較的裏富士の本質をとらえているかもしれませんね。あの歪んだ愛憎。劣等感と自己愛。単に「聖と美」、すなわち「文化」としての富士山ではなく、ある種「俗と醜」をも包含した「真実」としての実在。それこそが私の富士山です。
 そう考えると、やはり太宰治という男はすごいということになりますね。彼はあの作品で、富士山の裏側と人間の裏側を描き切ってしまった。いや、裏側と言っても、単なる暗黒面ということではありません。裏側の「真実」の妖しい美しさというものもあるのです。
 ここに住んでいますと、裏富士を一つのシンボルとして集結した落人たちや、海よりも山を、森を象徴とする縄文系の人々の息吹を感じます。それがある種のコンプレックスとして堆積し、沈潜し、伏流しているとも言えます。その負のエネルギー…いやその「負」というのは、あくまで「正」から見た相対的なものであって、エネルギーには本来、正も負もないはずですね…そのエネルギーの凝結点が、ちょうどあの戦争が始まる寸前に現れた、太宰治の「富嶽百景」であり、出口王仁三郎の「大本」であったと、私は最近考えているのです。考えているというより、感じていると言った方が正確でしょうか。
 そこでどうしても避けられないのが、冒頭に書いた「富士山は女だ」という「事実」なのです。昨日たまたま「活」について書きましたけれど、まさに「活火山」たる「富士山」と「女」がそこにあるのです。
 実はつい先日もウチの活火山たるカミさん(神様?)が噴火しました(笑)。噴火の原因は本人にもわからないくらいですから、男たるワタクシには全く理解できないのです…いや、たしかに導火線に火をつけたのは私の一言だったかもしれませんが。そこには、表向きの女性的な「聖と美」に表裏隣接する、理屈や社会性を超えたなにか恐ろしい「モノ」があるのです。その「モノ性」こそが、「富士山」と「女」を密接につなげる何かなのです。
 富士の表側に生まれ育ち、まずは「文化」としての富士山に魅せられて、そこに引き寄せられ、そのうちその裏側に囚われて、そして呑み込まれていった私。そんな私から見ると、富士は女だ、女は富士だと思わずにいられないわけです(苦笑)。
 そうしますと、やはり「文化」というのは、男の手による社会的なフィクションだということになるのかもしれませんね。そんなことを考えさせてくれた、この本でした。著者の意図とは全く違った感想でしょうね。上垣外さん、すみません。

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2009.06.03

『○活』

1 近、というか今日のマイブーム(ってまだ言うかな?)、Skypeで卒業生とおしゃべりすること。まあ便利な世の中だよなあ。職員室で東京の大学生とテレビ電話。男子禁制の女子大生の部屋が見れるぞ(笑)。
 岐阜の大学生もまじえておしゃべり。高校生や先生方も参加して、去年の雰囲気がよみがえる。
 さらにはノートパソコンを持ち出して、なつかしい高校の中を案内したりしてね。高校生たちも画面に映る先輩の姿を見て、「きゃー、おひしぶりです!」。ついでに勉強に関する質問したりして。不思議な感じです。
 というわけで、今年卒業させたギャルたちも、すっかり女子大生らしくなってます。そして、様々な新しい出会いに、実に活き活きとしているように見えます。あいつらに5月病なるものはなかったようで…さすがだ。
 今、「活き活き」と書きましたが、「活」という字、もとは「さんずい」に「氏」「口」と書きまして、「刀でふたを開ける」「水が流れ出す」という意味です。力を加えて何かを動かすというイメージの字です。エネルギッシュな感じがしますね。積極的に動いている風です。
 で、あいつらが今積極的に動いているのは「恋活」です。「れんかつ」。でも、あんまりうまく行ってないないやつもいるようで、ある有名女子大では、6月になっても彼氏ができないと、「残飯」と言われるようです(笑)。6月でもう「残飯」かよ!?で、夏頃になると「残飯」だけが集まって「残飯パーティー」が開かれるとか。ハハハ。でも、あの女子大だったら「残飯」でもクオリティー高そうだな…なんて、オヤジ発言連発ですみません。
 「恋活」という言葉、「婚活」から派生した新語ですね。そして、「婚活」は「就活」から出た言葉です。私の頃は、この三種の「活」はありませんでした。いや、実質活動としては当然あったのですが、言葉としてはありませんでした。「就活」とも言わなかったよなあ。普通に就職活動とは言いましたが。ま、なんでも四拍の略語にしてしまうのが、日本人の、特に最近の若者のファッションです。それについてはこちらに書きました。
 ただ、「就活」はいいとして、「婚活」っていうのはどうなんでしょうね。「結婚活動」ということですよね。そして、「恋愛活動」も。
 つまりは、その裏に「就職難」「結婚難」「恋愛難」というのが前提としてあるわけでして、いずれもただ待っているだけではダメで、積極的に活動しなければならないということなんでしょう。
 「就職難」はわかります。個人の問題ではないんで。社会のシステムと、そのシステムの運用状況の話ですから。しかし、「結婚難」や「恋愛難」はどうなんでしょう。やっぱり社会の問題なのでしょうか。それとも、個人の問題としての「難」なのでしょうか。
 社会の経済システムが不調でも、それは時が解決してくれるというのが、歴史の証明しているところですが、個人のシステムの方はどうでしょう。「結婚難」や「恋愛難」は時が経てば解決するんでしょうか。「結婚状況」や「恋愛状況」は好転するんでしょうか。
 いや、やっぱり結婚も恋愛も社会システムなんでしょうか。いやいや、結婚はもともとそういう要素も濃かったとは思いますが、今や恋愛も個人を離れて社会の方に取り込まれちゃったんでしょうか。
 経済の不調は多分に「集団気分」による部分が大きい。恋愛や結婚にもそういう影がさしているようにも思えます。
 いずれにしても、そういう「○難」な状況が、「○活」を生むわけで、いわば、「○難」というフタを「○活」という刀で吹っ飛ばさなきゃいけないわけですね。そういう意味では、現代の若者たちは、とっても忙しい。刀をあっちこっちで振り回さなきゃならない。だから、なんとなく殺伐とした空気になってしまう。
 昔の自分を思い出してみますと、「恋愛」に関しては、なかなか活動に発展できず、ただただ妄想ばかりしていたような気がします。そして、それこそが「恋愛」であって、あんまり「恋愛活動」にいそしむと、それはそれでなんとなく許されないというか、味気ないというか、そんな雰囲気もありましたね。
 あっそうか、「恋愛」も「結婚」も、市場経済化、自由経済化しちゃったってことでしょうか。昔のような談合体質がなくなり、「自由恋愛」「自由結婚」になっちゃったんで、みんな「活動」しなきゃならなくなったと。あるいは、それらが経済自体に取り込まれたとも言えますね。「恋活」も「婚活」も商売になりますから。リクルートの新しい事業分野でしょう。
 あとメディアの発達というのもありますね。おかげで知らなくてもいいことを知るようになりましたし、活動範囲が一気に世界に広がってしまいました。妄想で終われなくなっちゃった。そりゃ、忙しくなりますね。出会わなくていい人とも出会っちゃうわけですし、従来ならあきらめていたことも、手段・方法があるから、ついつい「活動」につなげてしまうし。やっぱり市場のグローバル化ですね。
 そうすると、「恋愛」も「結婚」も結局単純な弱肉強食の世界になる、あるいは、法(倫理)に触れないギリギリのところでずるいこと悪いことをしたヤツが勝つようになっちゃいますね。なんとなく哀しい世界です。
 そういう世の中だからこそ、経済全体においても、就職においても、結婚においても、恋愛においても、正しいことをただ粛々とやっている人が勝つと信じたいですね。
「○活」しないといけない、という雰囲気は、やっぱり気分によって醸成されているだけだと思います。そういう空気に翻弄されている教え子たちを見ますと、ちょっと可哀想だと思う今日この頃です。
 ま、たとえば「残飯」とか言って自虐的にギャグ化できる余裕があれば大丈夫か(笑)。「残飯」も発酵して立派な肥やしになりますよ、きっと。ん?腐敗しちゃったらどうするのって?さあ…どうしようか(笑)。

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2009.06.02

RADWIMPS 『アルトコロニーの定理』 

51kcmzrmk8l_sl500_aa240_ ッドの新譜、遅ればせながら聴いてみました。前作からあまりに時間が経っていたため、正直忘れてました!すんません。このブログの読者の方から、ぜひ聴いてみてくださいとのメールをいただき、思い出した次第です。どうもありがとうございました。
 で、さっそく生徒(の妹さん)に借りてみました。うむ、ありがたい職業ですな。
 いちおう前作まで全て聴いてきたのですが、今回はずいぶんと違った印象を持ちました。彼らの音楽世界、特にそのクリーンなギター・リフに面白さを感じていた一方、正直私くらいの年齢になると、あのコテコテな恋愛歌詞と微妙なギャグとラップ調の歌い方には抵抗がありました。ちょっと気恥ずかしいというか…笑。
 しかし、この新作では、そういった私にとってのマイナス・ポイントはほとんど姿を潜め、ずいぶんと骨太なロックを感じさせる出来になっていました。音は全体に細めだけれども、印象は太い。面白いバンドです。
 まずは、彼ららしいアレンジの妙が耳に残ります。フォークというより中世を思わせる1曲目「タユタ」からちょっとびっくりな音作り&微妙にはずすコード進行。独特のセンスですね。演奏も文句なくうまい。
 「おしゃかしゃま」では、さっそく野田洋次郎らしいユニークな日本語が聞けます。なかなか重厚な風刺ソングになってますね。彼の日本語のセンスは独特ですね。やっぱり文学の才能は音楽界に流れ込んでますねえ。昔なら詩人で食っていけたでしょう。
 一方で、時々はさまれる英語詞の曲では、単純にメロディーを楽しむことができ、それも一つの狙いかなと思われます。
 かと思うとPerfumeか?というギャグ(私にはそうとしか思えません)もあったり、いきなりゴスペルになったり、変幻自在の彼らに出会えますね。
 しかし、一方で、ううむ、最近のJ-Rockの傾向なんだけど、メジャー曲での6指向(たとえばC調の中で言えばAm指向)が強くて、やや単調な印象を持つこともたしかです。後半特にその傾向が強くなっているんです。聴けばわかりますよね。
 これって、日本人独特なんですよ。もともと日本の庶民は陰旋法のテトラコルド好きですから、西洋音楽が入ってきて、長調の曲をやるようになっても、どうしても主和音に明るく落ち着きたくないというかですね、恥ずかしいんですよね、悩みなく長調に落ち着くのが。
 それにしても、このギター・リフたちは面白いなあ。これはロックの語法じゃない。クラシック的とも言えるし、ジャズ的とも言える。リズム隊がジャズの勉強してたからかなあ…。どうしても五線譜に起こしたくなる(笑)。もちろん私はこういうの好きです。
 ということで、全体の印象。ACIDMANを思わせるギターの音色と独特の「間」。そしてBUMP OF CHICKENに近い世界観を持った詞の世界。
 まあ、こういうふうに○○に似ていると言われないようにするのが、今後の彼らの課題でしょう。最初に書いたように、私の好き嫌いは別として、以前のアルバムのような彼ららしさがなくなったかわりに、個性が薄れたとも言えるのです。
 そういう意味では、これが最高傑作であるとは言えない作品です。つまり、早くも次回作への期待がふくらむアルバムだと言えるのです。まだまだ発展途上。楽しみにしています。まあ最高傑作を作ってしまったらそれで終わりですが(ただ、「アルトコロニー」という造語は最高傑作かもしれませんね)。

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2009.06.01

トマソンと「物語」

2 日は学校が創立記念日ということで休日。仕事と趣味をかねて昨日から東京に来ております。
 昨日は午前中、プロレスリング伝承者の方と150分にわたってじっくり対談。学ぶこと多数。響き合うこと多数。自分のやるべきことに示唆を与えていただきました。
 午後から夜にかけてはコンサートに向けての練習&卒業生にレポートの指導など。あとは飲み会。
 そして今日は、仕事関係で何人かの方にお会いし、そして、その合間に急きょバロック・バンドの練習に参加。さらにそのメンバーの方の案内で新宿界隈あやかし探索。すぐれた先達のおかげで超充実いたしました。いやあ、東京は面白い。渾沌。垂直のみならず水平に歴史の地層が形成されていますね。
 そして、あやかしの地下水脈から湧き上がり、こぼれ落ちる霊気のすさまじさ。先達はそれを見事に感知して私をあちらの世界にいざなってくださいました。
 その「あやかし」については、社会的にいろいろと問題もありますし、私自身が勉強不足の点もありますので、今日は別の「もの」を紹介いたします。
 都市というシステム化された日常的論理の中に現れた「もの」。その一つが「トマソン」です。トマソンとは「超芸術」であり、Wiki的に説明するなら「不動産に付属・保存されている無用の長物。創作意図の存在しない、視る側による芸術作品」ということになります。赤瀬川原平さんらが発見、命名。
 街に自然に(しかし不自然に)存在する意味不明な物件ですね。そういうものに対してある種の感動や感銘や共感をおぼえるのが、トマソニストとでも言うべき人種であり、私は物件に限らずあらゆる事物・事象に関してトマソニストでありたいと思っています。
 ある意味「あやかし」に対する感受性というのも、やはりトマソニスト精神に通ずるものがありますね。その証拠に我が先達は私が見逃してしまいそうであったトマソン物件を発見しました。
 これはなんなんでしょうね。上の写真を見てのとおり、一本の道に突然コンクリートの壁が現れ(しかし、半分だけ)そしてそこから不思議な角度で鉄骨風なゲートが張り出している…。そこをフツウにおばちゃんが通り抜け、自転車が疾駆していく。
0298 もう少し近づいてみますと、こんな感じになっています。このコンクリートの塗り壁も、どこか取ってつけた感があり、つまりは誰かのなんらかの意図というものが感じられます。そして、やはりゲート様の「もの」の微妙な存在感というか、非存在感というか、非日常的な感じがたまりませんね。なんでこういう角度なんでしょう。フツウは道に直角、すなわち壁の延長線上に位置させるべきでしょう。それが、この角度ですからね。謎です。
 長さ自体も斜めに設置するには中途半端でして、向かって右側にも人ひとりが通れるくらいの空間ができています。かといって可動式でもありません。赤い靴を履いているような足下のカラーリングも美しい。
0299 ゲートを恭しくくぐり抜け、反対側の世界に出まして振り返ってみますと、このようになっています。なんと、壁のあちら側(こちら側)には自動販売機が設置されていたのでした。これは予想外でした。まさかこの門をくぐると、そこにペプシが派手ばでしく待ち構えているとは。あの塗り壁の無機質な世界の裏側に、これほどきらびやかな世界があるとは。まさに陰陽表裏一体。そして、無造作に配置されている赤いコーンが、ゲートの足下との絶妙なバランスを取っています。お見事。
 けっこう人通りが多かったので、あまりゆっくり物件を観察できませんでした。まあ、なにしろ新宿の大通りを入ったすぐのところですから、地元ではもちろん有名な物件であり、ある意味日常の風景として、住民たちは慣れ親しんでいるのかもしれません。私には亜空間への入り口にしか見えませんが。
 さて、こうしたトマソン物件の面白さ、魅力というのは、やはりその「モノ性」にありますよね。意識としての「コト」の外側に存するある種の自然体。都市というのは「脳化」の顕著な産物で、ほとんど「コト」のコンプレックスと言える存在です。その中に潜む、いや潜んでいないな、あまりに堂々とした非論理性、非実用性。これは刺激的です。我々が論理や実用だと考えているコトというコーティングの下から破り出たような生命力。これぞ「モノ」の怪たるトマソンの魅力です。
 私たちは、これを飼い馴らすために、説明を求められます。これはきっとこういう事情でこうなったのだろう。人は皆、それぞれの「モノガタリ」を始めます。「カタル」とは「固める」ことにほかなりません。カオスを修理固定するのです。それが私の考える「物語」ですね。
 今日の東京は物語に満ちていました。こんなに語れる街だとは。
 こうした「物語」を生む力は、たとえばユーモアや詩やプロレスといった非日常的な営みの中に散在します。私たちはそうした物語を欲しています。都市伝説はその一つの表れにすぎません。私たちの日常生活のすぐ隣には、必ずこういう物の怪が棲んでいるのです。実に楽しい。都市というウソ(コト・フィクション)に芽生えた徒花…いや、どちらが徒花かわかりませんね。
 いや、実は自分こそがトマソンだったりして…笑。

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