『思想のアンソロジー』 吉本隆明 (筑摩書房)
思想家。憧れの職業(?)ですね。かっこいい。哲学者や小説家や宗教家よりも自由な感じがします。哲学は学問ですし、小説は商売、宗教は労働ですからね。思想は学問でもないし商売でも労働でもない。しいて言うなら、思想は読書という趣味の延長かな。
と、ずいぶんと勝手なことを言っていますけど、本当のところはどうなんでしょうかね。辞書をひいてみますと、こう書いてあります。
社会・人生などについての深い思想をもつ人。特に、その内容を公表し、他に影響を与える人をいう。
なるほど。よけいわからない(笑)。わかるんだけど、わからない。でもかっこいい。
実はですね、私、自分のことをプチ(エセ)思想家だと思ってるんですよ(笑)。私のことを辞書的に言いますとこうなります。
社会・人生などについての浅はかな思想をもつ人。特に、その内容を公表し、他に悪影響を与える人をいう。
ね?ちょっと似てるでしょ?というわけで、本当に私、最近よくわからないんですよ。自分がなんでこのブログを毎日続けているか。いろいろと結果は出ているような気もしますが、本来の目的がよくわからない。別に、他に悪影響を与えようとは思ってないしなあ。でも公表してる。ま、単なる自己顕示欲とも言えますけどね。
それが、この本を読んで、少しわかったような気がしたんですよ。吉本さん、こういう本を書きたかったらしい。
この本は本当にアンソロジー、ベスト盤みたいな感じで、とっつきやすいんですよ。全部で、70近い人の言葉について、ちょっとした随想を書いています。それぞれが2ページから4ページくらいで終わるので、そうですね、ちょうどブログの記事くらいの長さで終わっています。だから読みやすい。私のような、長い本を読めない人には最高です。
その70近い人の選択が、また憎い。というか、私はこのブログをやっていてよくわかるんですが、「自分はこんなに自由だぞ」ということを主張しているように思える。「古今東西・硬軟聖俗なんでもござれ!」だぞって。
だって、千石イエスや藤田まことに始まって、世阿弥や宣長、福沢諭吉、川端康成、柳田国男なんていう王道も通りつつ、最後は出口王仁三郎と中山みきでしめてますからね。憎い。もうその選択と並べ方で、この本の目的は達成されています。
私は吉本さんほど博学ではありませんので(当たり前だ)、正直知らない人もいました。あるいは名前は教科書で知っていても、その思想は全く知らないというケースも多々あり。
で、全体を読み終わって、そう、最後の思想家(決して宗教家ではない)二人、すなわちオニさんとみきちゃんを読んで、よ〜くわかりました。日本の思想が。いや、日本には思想がないということが。思想にならないのが日本の思想であるということが。そして、それがとっても魅力的であって、だから、日本の思想家は、いわゆる思想家ではなく、結局、私のような(?)、夢想家、妄想家であり、吉本さんもまた、その例外ではないという、実に面白い結末を迎えてるんですね、この本は。まるで小説のような結末です。
それを象徴しているのが、私が興味を持っている二人、佐藤信淵と出口王仁三郎の言葉に対する吉本さんの評でしょうか。ちょっと引用します。まず、佐藤信淵「経済要略下」について。
「何となく八方美人的で、つまらないことを得意になって説教しているようにおもえる。しかし、日本の経済学、産業策、政治学、制度論は、この信淵のような八方から借りてきた理念を綴り合わせて、常識的な安定支配を述べるものばかりだったとも言える…ただ学的な体系の意志もないし、折衷的である」
つづいて王仁三郎「弥勒の世に就いて」に対する評。
「天然自然のすべてを万霊とする未開的な宗教性のうえに、仏教、儒教、土俗道教などの信仰や倫理を混合したものだが、王仁三郎の気宇の巨きさで、自在に伸縮される容器を具えているといえよう…野放図すぎる柄の大きさをしめしている。いいかれば、里の活き神信仰としての大本教の反知識性と破れを繕うことをしない庶衆の姿勢が、総合、融和されて出ている。いくらでも侮れるが、侮っても裂け目から、また芽が出てくるような気がして、永遠のたたかいの場を提供しているとおもう」
これですね。これこそ日本の「物語」世界です。モノの混沌たる生命力。吉本さんはさすがよくわかっていらっしゃる。そして、ご自身もこの混沌たるアンソロジーを編むことによって、思想の、思想家の総合は、決して思想や思想家にはなりえないことを証明しているように思えます。
ですから、この本は見事な「物語」になっているわけで、私は実に気持ちよく読むことができたのです。細部にこだわるのが学問だとしたら、やはり吉本さんは(いちおうワタクシも)学者ではないし、学者様になりあがったり、なりさがったりできない人種のようですね。
Amazon 思想のアンソロジー
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