能楽ワークショップ(能デビュー!?)
今日は大きなイベントがありました。私の勤務する学校で、卒業生による能楽ワークショップが行われたのです。私は僭越ながら司会進行を勤めさせていただきました。
講師を担当した教え子は、はっきり申してワタクシにそそのかされて、その世界に入った者です。私の出た大学を卒業したのち、東京芸大に入り直しまして、そして、はっきり申してワタクシの予想以上に頑張ってくれまして、厳しい世界でプロとしてやっていく覚悟を決めてくれました。現在、無形文化財である某氏の内弟子となり、稽古を重ねております。
そんな教え子が母校でワークショップを開き、私がそれをフォローする役をさせていただく…こんな幸せなことはありません。最近、ホント多いんですよね。社会に出て活躍している卒業生にいろいろ教わることが。
これは教師の喜びですね。どんどん先生が増えていくわけですからね。
さて、今日の講座ですが、なにしろ能なんて全然知らない高校生500人以上を対象とするわけですから、これは大変です。ただ、一曲舞って見てもらってもどうしようもありません。正直寝てしまう。ですから、演出が大切なんですね。まあ、そういう一見つまらなさそうなものを、あるいはそういう先入観を持ってしまっているものを、楽しく見せる、魅せるのは私の仕事です(笑)。
まあ、普段からそういうことばかりしてますからね。私の授業は正直エンターテインメントですし、このブログもまあ、日常の些事をいかにそれらしく書くかが勝負ですからね。自分の視点というのが、常にそういう感じなんですよ。
ですから、能なんか(脳軟化って変換されちゃった…笑)は、まあ得意分野です。私自身が能の面白みを、その現代性に見ていますから。高校生の好きないろいろな分野と重ねて解説できます。
ある程度そういうことが功を奏したんでしょうかね。おかげさまで、1時間以上生徒たちはかなり集中してくれました。もちろん、演者の方々の素晴らしい謡いと仕舞、そして貴重な面(おもて)などがあってのことです。
今日は全くの入門編でしたから、本当の「能」の一端に触れただけですけれど、何事も導入が大切です。そういう意味では充分な成果があったのではないでしょうか。私もこれだけ身近に舞や謡を体験するのは初めてです。大変勉強になりました。
ちなみに、ワタクシごとですが、今回、恐れ多くも能デビューを果たしてしまいました。上の写真で右端に座っているのは、実はワタクシでございます。坊さん役ではありません(笑)。富士山にもゆかりの深い「小袖曽我」での母親役であります。まあ、5分ほど動かずそこにいるだけのことですが(笑)。
しっかし、実際やってみまして驚きましたよ。ただ、あの姿勢で座っているだけで、見事に足をつりました(笑)。美しい姿勢を保つのは本当に難しい。はっきり言ってなめてました。場合によってはツレはああやって同じ姿勢を1時間も保っていなければなりません。これはさすがにハッタリではどうにもなりませんね。日々の心身の稽古が絶対に必要です。恐れ入りました。
まあ、このような貴重な経験をさせていただき、ますます能に対する興味がわいてまいりました。近々彼女らの師匠の舞台も拝見できそうです。楽しみですね。
能におけるカタのあり方や、様式美、記号性、そして反復と一回性、また、呼吸と空間、時間との関係などなど、本当に興味をそそります。そして、最近読み直してビンビン感じまくっている「花伝書」。これからの人生のヒントの宝庫であるような予感がしています。
このような機会を与えてくれた教え子と、そしてそれを快く許してくださったお師匠様、また協力してくだった教え子と同期のTくん、本当にありがとうございました。次もまた楽しみです。
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今回で4回目となる、富士吉田吉祥寺での渡辺敏晴さんのコンサート。お寺でチェンバロという珍しい演奏会です。
いろいろな意味でタイミングのいい番組でした。
そこには安心はあるかもしれませんが、創造性はありません。原さんの言うデザインは、そこに生命の種を再び植え付ける行為なんでしょうね。もう一度芽吹かせるわけです。その効果的な方法として、シンプルとかエンプティーを使うのは、たしかに日本独自の手法でしょう。
教え子がお土産に買ってきてくれました。「革命的かりんとうの誕生」…決して大げさではありません。この「かりんとう」はすごい!いや、これはもしかすると「かりんとう」ではないのかもしれない。
実はこうした非油揚げ系食品がブームなんですよね。油で揚げてないドーナツとか、ポテトチップスとか、唐揚げとか…。油で揚げてない唐揚げってのが一番すごいな。自家撞着(笑)。
で、そういう飽食の時代に、どうしても油分を摂取しすぎるじゃないですか。ま、つまり食べたいけど太りたくないっていう需要があって、こういう不揚菓子類が増えてきているんでしょう。特に女性でしょうか。スイーツには目がないけれども、ダイエットもしたいという方々たくさんいらっしゃるでしょうね。ですから、こういう商品を開発するということは、ビジネス的にもチャンスだと思いますよ。商品開発の基本は、消費者の欲望を満たすことにあります。女性の相矛盾する大きな欲望を同時に満たすことができれば、それは売れますよ。
昨日、今日と東京でいろいろお勉強。来年度の大仕事の一環です。
おとといの草彅(なぎ)くんの記事に、たまたま登場した秋田県仙北地方。カメラマンの木村盛綱さんも仙北の出身だそうです。アイヌですな。縄文ですな。
そして、昭和11年(1936年)、ここを舞台にあの事件が始まります。二・二六事件です。
「裸だったら何が悪い!」…草彅剛。「めちゃくちゃな怒りを感じる」「最低の人間だ」…鳩山邦夫総務相。「GJ!」…蘊恥庵庵主。「これでいいのだ!」…バカボンのパパ。








先日、
これから、仕事やら趣味やらで、東京へ泊まりがけで行くことが多くなります。車で行って、車に泊まって、車で帰ってくるというパターンですね。え?車で寝るの?と思われる方も多いと思いますが、毎度知らない町を気兼ねなく散策しながら楽しむには、これが一番です。夏は暑くてかないませんけど。
ちなみに、ウチのMacBookはかろうじて乗っかりましたが、とてもタイピングできる状況ではありませんでした。あと、表面はすべり止め加工って書いてありますけど、思いっきりすべります。それから、左にあるペットボトルを立てるためとおぼしき穴は、浅すぎて実用性があんまりありません。500mlまでOKなんて…実際置くと重みで傾きます(笑)。

今日は朝から東京。
帰宅してテレビをつけましたら、日曜美術館で「



















うむ、見事な網目だ。ソフトなワッフルといった風情。
少し離れた所から見てみましょう。ほら、見事でしょ。
少年時代は理系を目指していたのに、なぜか文学部国文学科を出て、国語のセンセイになってしまったワタクシです。
そして、今、理系の方々が一生懸命取り組んでいらっしゃるのが「エコ」です。今度はいかにエネルギーを無駄遣いしないかが、最大の課題になっています。最先端でスマートでカッコよくて、そしてなぜか金になるのが「エコ」です。
この前、「なので」について書きました。書いてみてわかったのですが、私自身話し言葉ではけっこう使ってましたね。そして、それはたしかに「なので」であって、他の接続詞には代えられないということもわかりました。
「漢検のひみつ」…大久保理事長親子の悪行の数々が、まんがでわかりやすく紹介されています。
昨日の続きです。「きれいだ」の「だ」や、古語の「あはれなり」の「なり」はいったい何者なんでしょう。
形容動詞ってなんですか?私は国語の先生なんですけど、この形容動詞というやつを教えるのが一番いやです。百歩譲ってもその存在を認めたくありません。だいいちネーミングのセンスが悪い。
接続詞
フジファブリックの
以前、
秋田のおみやげとして、いつも職場に配っているのが、これ。お菓子よりも評判がいいんです。生徒たちにも大人気で、たくさん買って行ってもすぐになくなってしまいます。先生たちは「ビールか焼酎がほしくなるなあ…」と、あまりのおいしさに仕事中、ある意味苦しんでいますが(笑)。
ところで、秋田では漬け物全般のことを「がっこ」と言うのですが、どういう語源があるのかと思って、ちょっと考えてみました。
今日は、レミオロメン仲間による恒例のお花見の日でした。御坂あたりは、5分咲きから8分咲きといった感じでしたが、お天気にも恵まれ、みんな大満足。皆さん持ち寄りのお弁当をぜいたくな肴にして、私は地元夏目原の「腕相撲酒造」…すごい名前だな…のにごり酒「黒駒の勝蔵」をぐいぐい頂きました。黒駒の勝蔵とは、有名な甲州の侠客の名前ですね。甲州は独特の侠客文化があったんですよ。
さて、それでですね、我々は最後にこれもまた恒例となっている「埋草神社」への参拝をしました。埋草神社とレミオロメンの関係については、
で、今日ウチに帰ってきてあらためて確認したら、その2年前、神社で撮ったこの写真に、スギッチを持っている娘の姿が映ってるじゃないですか。そうか、やっぱりこの時スギッチはこの神社にいたんだ!拡大してみるとこんな感じです。
おお、スギッチよ。ごめん!娘はこの後、この神社の境内を駆け回っているうちに、お前を落としてしまったのだ。それから2年間、お前は参道の脇の草むらの中に突っ伏したまま、雨にさらされ、風に吹かれ、雪に埋もれ、雑草や虫たちにまみれ、こうしてじっと待っていたんだな…。うぅ…涙。
今日のコロンボは面白かった。こういうパターン崩しというのは魅力的ですね。
なんか懐かしかったなあ…。この20年間をしっかり復習することができました。おそらく「平成政治20年史」や「平成経済20年史」、あるいは「平成音楽20年史」なんかよりもずっと自分にとって懐かしめるでしょう、「宗教」は。
先日、生スギッチ初めて見ました。
お勉強の時間です。
右の画像は説文解字の例を「左右」並べてみたものです。腕と手のひらがよくわかりますね。そして、それぞれ何かを持っているわけです。
そうそう、「尋」という漢字ですが、これこそ左右の手を合わせた様子を表す字です。左の画像はやはり説文解字のものです。たしかに手のひらも二つありますし、「工」も「口」もありますね。で、神に「尋ねる」となるわけです。
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