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2009.04.25

『永久保存版 木村盛綱が撮った「プロレス50年」』  (別冊宝島 1610)

2 とといの草彅(なぎ)くんの記事に、たまたま登場した秋田県仙北地方。カメラマンの木村盛綱さんも仙北の出身だそうです。アイヌですな。縄文ですな。
 ああ、そうそう、ちょうど最近こういうニュースがありましたっけ。西仙北高校の校長先生に、あの茂木優さんが就任されたとか。東北の白熊と称され、モントリオールオリンピックで活躍されたレスリング界の重鎮です。のちの長州力、すなわち吉田光雄のライバルですね。最強の校長先生ですねえ。ウチの職場の後輩(教え子でもある)がレスリングに縁があり、茂木先生と花火した(!)ことがあるらしいんですけど、なんとも魅力的ないい人だそうです。うむ、アイヌだ。縄文だ。
 私も秋田に縁が出来ましてね、彼の地の男性諸氏と接する機会がいろいろと増えましたけど、皆「気は優しくて力持ち」っていう感じなんですよね。普段、とっても柔和でおっとりしているんですが、いざという時には熊と戦って勝っちゃう。そんな感じです。
 で、このカメラマン木村盛綱さんも、そういう方なんでしょう。力道山やジャイアント馬場やデストロイヤーに可愛がられ、他のレスラーたちからも一目も二目も置かれていたと言います。そんな木村さんのお人柄と、レスラーたちの木村さんへの思いが、この本には溢れています。
 これはお世辞抜きに「永久保存版」ですよ。なんか、一枚一枚見ていたら、涙が出てきました。この涙にはいろんな意味があると思いますよ。いろんな味がしました。
 古き良き時代を懐かしむということももちろんあります。自分の今までの人生(50年には及びませんが)を振り返って感慨に浸ったとも言えます。そして、プロレス的モノノケ世界、すなわち神話世界、物語世界が消えてしまったことに対する哀しみもあるでしょう。もちろん、木村さん自身に対する尊敬や感動の涙もありました。
 それにしても、なんでこんなに「絵になる」んでしょうね、昔のレスラーたちは。体の輪郭だけでなく、全体の佇まいというか、発しているオーラが、今のレスラーたちと全く違う。日本人も外人も。
 これはレスラー側、プロレス界側の問題ではないのでしょう。やはり、私たち見る側の「夢」がなくなったからでしょう。あの頃は、私たちの「夢」が、彼らをどんどん物の怪に成長させて行ったのです。格闘技界に限らず、今の世の中は「リアル」な勝ち負けだけ。実に味気ないデジタルな世界です。
 もう、こういう愚痴は何度も何度も書いてきたので、今日はやめときましょう。ただ、今回そうした時代の変化のきっかけについて、ちょっと気付いたことがあったので書いておきます。
 この貴重な写真集によって、プロレス黄金の50年を復習しましてね、どこから、そして誰からそうした変化が見られるようになったのか考えてみましたら、ジャンボ鶴田がそれではないかと気づいたんですね。
 私は大の鶴田ファンであり、鶴田最強伝説を信じる者なんですけど、実は彼にちょっとした違和感を抱いているのも確かです。彼はそれこそ物の怪的な体躯と、怪物的なスタミナを持った優れたプロレスラーです。しかし、この本でも紹介されているとおり、その日常生活はある意味プロレス的ではなく、一般人的でした。「就職」発言からしてそうですね。
 そういう一般人的な風情が、リング上にも現れていました。そこに私も正直物足りなさを感じていましたし、たとえば天龍なんかもかなり腹を立てていたわけでしょう。もちろん、それだからこそ、そこに「もし鶴田が本気を出したら」とか「もし鶴田がプロレス的生き方をしていたら」とか「もし鶴田が総合をやっていたら」などという「伝説」や「物語」が生まれるわけですね。そういう意味での「夢」を、彼は残しましたが。ま、時々本気になってましたからね。物の怪の片鱗を、それこそ天龍なんかに引き出されて、「もし」の先の世界を垣間見せてくれましたっけ。そのチラ見せなん感じ、デレツン(?)な感じが、彼の魅力なんですけどね。
 そして、UWFの存在ですね。Uが目指したものは、物の怪的、見世物小屋的なものではありませんでした。よりスポーツライクなもの、ある種のリアルなものでした。そこから総合格闘技へのラインが生まれ、今に至るわけですね。
 私の理想のプロレスは、いつも書いているとおり、それら全てを総合、包含し、それでもまだまだ器から溢れ出すような、そういうものです。細分化されたものではなく、もっとダイナミックなものです。これは実はプロレスだけでなく、音楽その他の芸術でも同じことが言えるんですけどね。そういう意味では、いわゆる「71年体制」は絶妙だったのかもしれません。戦いという「場」における最小単位は「2」です。全てが完全に総合されて「1」になっては、そこに戦いは存在しません。一方、それが今みたいに「無数」に細分化されてしまっては、完全に生命力を失ってしまいます。今は、その無数が、みんな仲良くですからね。戦いじゃありませんよ。
 そういう意味で、巻末にある椎名誠と夢枕獏のドリーム対談は興味深い。夢を失いつつあった時に、二人は違う方向に進みました。椎名さんはある種の諦めの境地に至り、夢枕さんは自分をだましてまで「リアル」の消費に走った。いずれにしても、ちょっと寂しさを感じましたね。私たちもその二つの選択肢しか持たなかったわけですから。
 と、いろいろ書いてしまいましたけど、そんなことより、何より木村さんの写真が素晴らしいということを最後にもう一度申し上げておきましょう。このお値段でこのクオリティー。プロレスファンなら必携でしょう。

Amazon 木村盛綱が撮った「プロレス50年」

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