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2009.04.09

接続詞「なので」はあり??(その2)

Uni_2331 村く〜ん!「市民会館」の桜、満開ですよ〜!
 さてさて、昨日の続きです。接続詞「なので」は許されるのか。なぜ、ここへきて「なので」が増殖しているのか。「だから」との違いは何なのか考えてみたいと思います。
 「だから」と「なので」は、そのまま交換できるのでしょうか。私が小論文の指導をしていて、接続詞「なので」が出てきたら、それを「だから」に直せばことは済むのでしょうか。実はそういうわけにはいかないのですね。ですから、こうして「なので」が台頭するようになったのです。
 「だから」の「だ」と、「なので」の「な」については、いちおう断定の助動詞の終止形と連体形としておきます。私は形容動詞の存在に疑問を持っている者なので、そういうことにさせてください。そこのところについて語ると長くなるので、ここでは割愛します。
 まあとにかく「だ」と「な」は基本同じものですから、そこに意味的な違いはないとしてよいでしょう。そうすると、「から」と「ので」の違いか気になりますね。
 もちろん「から」と「ので」は接続助詞として文中で普通に用いられています。あっそうだ。昨日は漱石が「ので」を接続詞として使っていると書きましたけれど、実は「から」も接続詞として文頭で用いられていたんですよ。主に江戸時代でしょうか。
 さて、「から」については、皆さんもおわかりのように、始点・出発点・起点を表す「から」から生じたものです。ですので(…「ですので」は許されるのか!?)、古くはそういう意識をもって接続助詞として、あるいは接続詞として用いられていたと想像されます。すなわち、前半部分の叙述内容が後半部分の叙述内容の因果的な起点となっているのです。まあ、「○○が起きたことから、△△が起きた」ということでしょうか。ですから、結果として、原因・理由を表すことになります。
 一方の「ので」ですが、こちらの形成については、私は独自の見解を持っています。得意の「モノ・コト論」で片づけちゃいます。一般には「の」は格助詞と捉えられるようですが、私は「もの」の変化形ととらえています。そして「で」は普通に「にて」の短縮形。ですから、もともとは「ものにて」であったとするのです(まったく学問的考証はしていませんので、あしからず)。
 で、いつも書いているように、私は「もの」という語に「不随意・自己の外部」という意味を見いだしていますから、「ものにて」には、自分の意志や予想に反してという意味合いが生じると考えるのです。次の例を見てください。

強い風が吹いたので、あちこちの看板が倒れたりとばされたりしてしまった。
電車が遅れたので、遅刻しました。
遅くなるので、帰らせていただきます。

 これらの「ので」はなんとなく「から」に代えにくくないですか。前半部分が不本意な感じがするからです。「から」にすると語調が強すぎて、バランスが悪くなるような気がします。ちなみに、これらの「ので」は「もので」に代えることができます(ちょっと不自然なものありますけど)。そうすると、「もの」の不随意・不本意な感じがよく出ますよね。

彼が来てくれたので、助かりました。
○○大学に合格できたので、東京に行きます。
あまりに美しかったので、声をかけてしまった。

 これらの場合も「から」より「ので」の方がふさわしい。なぜなら、前半部分が予想外な幸運だからです。
 ちなみに、伝えたい相手にとって不本意であろうと想像される時にも、それに自分も共感しているかのように「ので」を使う時もあります。結果として丁寧なお願い、へりくだった命令(?)の表現になります。例えば次のような文です。

試合終了後は大変混雑いたしますので、お帰りの切符は今のうちにお求めになっておいてください。

 これらは、私の言う「迷惑・恩恵の受身」とちょうど同じ感じですね。日本人の自己責任感のなさや、他力観にもつながる独特な心性の現れです。
 「から」は単純に論理的な原因・理由を表すと言ってよいでしょう。それに比べて「ので」は、より高度な、繊細なニュアンスを持っているんです。実に日本人的な、ね。
 そうすると、「だから」よりも「なので」が丁寧な印象を与えるという事実、「なので」は女性の方が多く使うという事実もうなずけるというものです。
 音韻的にも、濁音で始まり、硬いk音に連続する「だから」よりも、軟らかいn音の連続する「なので」の方が優しい印象を与えます。また、「だから言ったじゃないか」とか、単独で「だ・か・ら〜」というような、自己主張の強い表現があるせいもあって、より自分を出したくない時、より丁寧に言いたい時、より謙虚な姿勢を見せたい時は、「なので」を使いたくなる気持ちもわかります。空気を読むとそういうことになるんですね。
 さて、話を元に戻します。昨日引用したフジファブリックの志村くんの言葉です。
 「…今日は叶いました、夢が。(拍手)なので、」「…音楽をやる9年間というのは、楽しいことだけじゃなかったんですね。だから、そういう気持ちを全部含め、いろんな出会いや別れや、いろんなことやものがあって、今日の日がある。だから、今日ライヴができて、とりあえずその日は、その今までは報われたかなと、そういう自分は報われたかなと思ってます。ありがとうございます」
 最初の「なので」は、昨日書いたように「ありがとうございます」という気持ちから出た接続詞だと思いますから、そう前半部分が予想外、予想以上のことだったのでしょう。つまり「夢が叶った」ということに他者からの恩恵を感じているということです。その感謝の気持ちや謙虚な気持ちが、「だから」ではなく「なので」という接続詞を選ばせたのでしょう。もちろん無意識的にですが。
 引用した後半に「だから」が2回出てきますね。これは話し言葉ならではの高度な(?)用法なので、ちょっと説明が難しいのですが、とにかく強い自己の実感が読み取れますね。内容的には皆さまのおかげという感じもありますが、気持ちとしては謙虚というより、自信に満ちている感じがします。
 と、まあ、こんな理屈はどうでもいいんですよ。私たちはこうして微妙な気持ちやニュアンスや空気感を、言葉を選択しながら表現しているのです。ほとんど無意識のうちに。
 で、結局、接続詞「なので」はありなのか?こうして考えていくと、あれほど「なので」を嫌っていたワタクシでさえ、なんとなく「ありかも」と思い始めてしまうから面白いですね。皆さんは、私の駄文を読んで、どう思いましたか?
 今まで、そういう微妙なニュアンスを表す接続詞がなかったのです。ですので(←これが「なので」に近いかな)、「なので」が生まれてくるのは当然のことであり、どんどん定着していくというのも当然のことなのです。言葉とはそういうものです。これは生物の進化と同じようなものでしょう。
 ただ、まだまだ公認というわけではありませんし、年長者に読んでもらう文(例えば入試小論文)では、使わない方がいいでしょうね。それこそ空気を読んで、使いましょう。話し言葉でもね。

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コメント

尾崎さんのウィルバー論(へのいちゃもん^^)以来、ご無沙汰しています。

今年は超-大減収で、今まで以上に塾・予備校の仕事を増やし、得意でない^^文法を教えないと(ふうふう)‥‥という惨状‘なの’でございます^^。

「ので」「から」がすでに接続詞として用例があるとのご指摘、勉強になりました。
この問題は、作文指導では出くわしますが、単純に“まだ接続詞として定着していない”から“使わないほうがいい”と説明するばかりです。
語の意味や語感を勘案しますと、「じゃ、合っている場合には使っていいんでしょ」と生徒に言われかねませんし…。
こちらの考察では、むしろ接続助詞の「ので」と「から」との意味差を論じておられる、と拜読できます。

ただ、こういった議論と「接続詞《なので》はアリか」という問題はちょっとズレるようにも…。「しかし」などは異なりますが、そもそも「だから」にしても逆接の「けれども」にしても、助動詞(or 用言語尾)+接続助詞という、語法的にはNG(←助動詞や用言の語尾が文頭に来るのはおかしいので)であるものが慣用的に接続詞化したわけで、そのうちに「なので」も接続詞化するのは時間の問題だ、という感を持ちます。

>私は形容動詞の存在に疑問を持っている者なので…
これはご高説をぜひ^^! ‥‥形容動詞ってほんとうに説明し辛く感じます。「静かだ」と「机だ」は違うだろ! と言っても、生徒がピンと来ないのは、私自身がピンと来ていないのだからしようがなく…。
「静か」というモノはない、という説明をしても、それは一種、意味上の議論で、《語と語の繋がり》としては同じじゃないか、と思うのです。「形容動詞」をあっさり受け入れられる感性は、西欧でいう、言語の《構文論・統語論 Syntax》的側面と《意味論 Semantics》的側面を混同しているのでは、などと思います(あ、この辺よくわかっていません^^;;)。

投稿: へうたむ | 2009.04.11 05:25

へうたむさん、おひさしぶりです。
やっぱり形容動詞について書かないと始まりませんよねえ。
近いうちに書いちゃいましょうか(笑)。
今までの全ての説は間違っていると思うので…。
今回の記事もそうですが、あくまで私のは随想ですので、学術的な裏付けはな〜んもありません。
でも、ちょっと自信あったりして(笑)。
というわけで、お楽しみに。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.04.11 21:34

さて、お久しぶりです。。
何ヶ月ぶりでしょ?

さて、「なので」ですが、個人的に考えていたらこんな結論に行き着きました。

「そ(のよ)うであるので」の「そ(のよ)う」がまず省略。
続いて、「である」が「だ」に短縮。
「だので」の「だ」が鼻濁音(?)のような形になり「な」で「なので」
「だから」の場合は最後に鼻濁音にはならないので「だ」のまま。。

そう考えますと。
元が「そうであるから」と「そうであるので」ということになるわけですね。

従って「なので」が駄目な理由はならないというのは、ちょっと暴力的でしょうかね。。

因みに「だから」をほかの言葉に言い換えるのって難しいですが、「なので」をほかの言葉にしようとすると。。。
「ゆえに」「従って」「よって」等々。
数学の証明で使うような言葉ですね。。
前者があってそこから自然に導かれる形として「なので」はあるのかと。
「だから」というのは必ずしも前者から導かれるのは、自然な形ではなく恣意的な部分が感じられ。。

話がまとまらなくなってきました。。

と、とりあえず文法が嫌いな人間が感覚で話をしてみました。。(笑

投稿: たこたよ | 2009.04.15 00:51

たこたよさん、お久しぶり。
とは言っても何かと話題にはなっていますが(笑)。
そうですね、だいたい合ってると思いますよ。
「な」は普通に「だ」の連体形でしょう。
ただ、鼻濁音というのは面白い発想ですね。
普通鼻濁音というと、ガ行音に適用されるんですが、
鼻詰まり音として、d→nというのはありでしょう(笑)。
dとnの交替(鼻音化)は世界を見渡せばけっこうある…と思います。
まあ、全体として私の話もどうでもいいと言えばどうでもいいんですけどね。
たまにこうして、文法なる「後付け理論」をまじめに考え、それを戦わせるというゲームも楽しいんじゃないでしょうかね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.04.15 18:37

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