無礼猫(なめねこ)
四半世紀ぶりにリバイバルし、暴走族撲滅キャンペーンのポスターにまで使われるようになった「なめ猫」。
考えてみれば、今どき、こんな格好してる人間はいませんね。でも、25年前は実際にツッパリ、スケバンはたくさんいたわけでして、そう、私が高校の教師になりたての頃は、剃り込みやアイロンパーマ、丈の長すぎるスカートの指導なんかに追われてましたっけ。
そういうある意味で硬派な人間たちを、とってもカワイイ子猫ちゃんたちが模倣したことにより、本体の方の威厳というか、とんがったエネルギーのようなものが、すっかり削がれてしまったような気がしますね。
ということは、実際にあの頃のなめ猫たちは、暴走族撲滅に役立ったのかもしれません。なめ猫以降、たしかにトーンダウンしましたからね。そして、今や暴走族は高齢化が進み、絶滅危惧種、保存対象にまでなっています。
そういう中で、2006年のこのポスターというのは、実に効果的だったと思います。たぶん。25年前にこの猫たちにパワーを削がれた今40代の元暴走族のおじさんたち、このタイミングで再び自らの過去を戯画化され、子どもたちに武勇伝を語っても、「お父さん、なめ猫みたいなことやってたの?」と言われてしまう。今や、どっちが本体かわからなくなってしまっているのではないでしょうか。
ところで、この前、生徒と古文の勉強をしてて話題になったんですけど、この「なめんなよ」の「なめる」、皆さんはどういう語源があると思いますか。
一般には、「なめる」は「舐める・嘗める」で、いわば舌で何かをペロッとすることだと思いますよね。たしかに、「なめんなよ」と言われ、「おめえみたいなクソ舐めるわけねえだろ!このボケ!」と答えるなんてこともありました。
「なめんなよ」を英訳すると「Don't Pelorian!」だそうで、ま、これはもちろん造語でありますが、基本「なめんなよ」の「なめる」は「舐める・嘗める」であるという意識が働いていることがわかります。
で、実際のところはですね、「なめんなよ」の「なめる」は「舐める・嘗める」ではないようなのです。
古語で「なめし」というのがあるのを御存知ですか。古文単語としてはけっこう重要な方ですので、なんとなく記憶に残っているという方も多いのではないでしょうか。日国で調べてみましょう。
「なめ・し」(形ク)相手を軽んじたり、あなどったりして、無礼であるさま。失礼であるさま。
*書紀〔720〕継体二三年四月(前田本訓)「何の故か二の国の王、躬ら来集ひて天皇の勅を受けずして軽(ナメク)使を遣せる」
*続日本紀‐天平宝字八年〔764〕一〇月九日・宣命「礼無くして従はず奈売久(ナメク)在らむ人をば」
*万葉〔8C後〕六・九六六「大和道は雲隠りたり然れども吾が振る袖を無礼(なめし)と思ふな〈児嶋〉」
*枕〔10C終〕二六二・文ことばなめき人こそ「文ことばなめき人こそいとにくけれ」
*源氏〔1001〜14頃〕桐壺「なめしとおぼさでらうたくし給へ」
*栄花〔1028〜92頃〕かがやく藤壺「の給はせけるしもぞ、中々げになめう覚し召しけりなど、人々思ひける」
日本書紀の例は、「軽」という漢字を「なめく」と誰かが訓じたわけですね。ですから、「なめく」と読むとは限りません。続日本紀の方は、万葉仮名表記なので明らかに「なめく」という言葉です。前に「礼無くして従はず」とありますので、まさに無礼で言うことを聞かないというイメージの語だったのでしょう。
で、この「なめし」の語幹「なめ」に、動詞を作る語尾の「る」がついて、「なめる」という語になったという説があります。これはどうなんでしょうね。私の記憶では、古くは形容詞の動詞化の際用いられる語尾は「む」が圧倒的に多いような気がします。「いたし」→「いたむ」、「かなし」→「かなしむ」のように。「る」が動詞化の語尾になったのは、比較的最近なのではないでしょうか。現代語においては、「る」による名詞の動詞化が盛んに行われていますね。「事故る」「サボる」「告る」「メタボる」などなど。「ダブる」とか「トラブる」なんかは、原語の語尾の「ル」をそのまま使っていて面白いですね。
「なめし」が動詞化した「なめる」と思われる例としては、これが一番古いようです。江戸時代ですね。案外新しい。
*歌舞伎・貢曾我富士着綿〔1793〕二幕「嬲(なぶ)るのぢゃない、なめりたいわい」
ただ、これは「なめたい」ではなく、「なめりたい」と言ってますので、下二段ではなく四段活用のようです。そうすると、「なめんなよ」の「なめる」とはちょっと違うような気もしますね。はっきり申してよくわかりません。語感としては、どっちかというと「滑(なめ)る」に近いような…。
いずれにせよ、「なめんなよ」の「なめる」は、無礼の意味の「なめし」と、ペロッと舐める感じとが合体して出来た比較的新しい語だということですね。
というわけで、結局何が言いたいかというと、「なめねこ」に漢字を当てると「無礼猫」になるって、ただそれだけのことでした。
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