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2009.03.08

『仏教のこころ』 五木寛之 (講談社)

06278201 日の「紅白」の話も、考えてみれば「シンクレティズム(混淆主義)」ですね。いや、主義というと、意図的、積極的に混ぜているような気がするし、混ぜないのを批判しているように感じるので、ちょっと語弊がありますかね。イズムじゃなくて、もともとそういう性質なので、何も考えていないんですよ。それが日本文化の本質であり、最強である所以であります。
 まあ、ああして、赤と白を仲良く並べて新しいデザインにしてしまうようなことはいくらでもありますね。今、こうして書いている文章も、和語と漢語が仲良く交互に出てきています。平仮名と漢字の併用は、ちょっと意味は違うけれども、まあ近い感覚ではあります。でも、これは主義でもなんでもありませんね。
 生活の中の家具や道具なんかを見ても、ま、ちょっと冷静に考えれば、もう節操がないほどに、メチャクチャだと気づきますね。ゴミ箱の中でももうちょっとしっかり分別してるでしょう(笑)。
 この本は、そんな日本の寛容さというか、何も考えてなさというか、そうですね、いちおうこの本では「シンクレティズム」ということになっていますが、そういう実態と、あと「アニミズム」を称揚する内容になっています。
 私もまったくその通りだと思いながら読みました。ただそれを「仏教のこころ」と言ってしまっていいのか、これは別問題ですね。いや、それこそ何も考えないで、ふむふむと言っていればいいのですが、ちょっと無粋にツッコミを入れると、それは「仏教のこころ」というよりは、仏教の需要の仕方に代表される「日本のこころ」ではないかと。
 本文の中でも触れられていますが、日本の仏教というのは、釈迦の説いた仏教とはずいぶんと違ったものになってしまっています。それこそ「シンクレティズム」と「アニミズム」の影響です。釈迦の説いた仏教はある意味厳格で論理的であることはよく知られています。また本書でも紹介されているインド人の性格というのも、いわゆる日本仏教から想像されるイメージとはずいぶんとかけ離れていますね。
 五木さんと河合隼雄さんの対話、五木さんと玄侑宗久さんの対話で顕著だったキリスト教文明批判は、そうした日本仏教観の裏返しとして読めますので、少し違和感がありました。つまり、仏教というより日本の心性の素晴らしさを述べて、キリスト教を難じているように思えたのです。ちょっと土俵が違うかなと。
 そして、あんまり強くそのことを主張すると、結果として自らも原理主義的になってしまい、「シンクレティズム」じゃなくなっちゃうなと、少し心配になりました。
 ま、そのへん、私もしょっちゅうそういう論調になってますから、人のこと言えないんですけどね。
 一方、非常に感心したのは、「仏教の受け皿」という章です。仏教は538年(552年)に伝来して、民衆に広まったのではなく、もうそれ以前に、民衆の中にサブカルチャーとしてあって、それをかぎつけた中央政府が、それをうまく利用するために国教化したというような話です。つまり、上意下達ではなく、民衆レベルから上に向かって発達したというのです。たしかにそうですね。仏教に限らず、文化というものはそういうものでしょう。でも、学校ではほとん、ど上から下に教化された、あるいは突然輸入されて始まったように教えてますね。
 ちょっと視点を変えてみると、そういう教え方の方がずっと不自然だと気づきます。でも、生徒はそれをウソくさいなあとは思わないで暗記してるわけで、そのへんは我々教員も気をつけなければならない点だと思いました。ま、私は以前から、もっと過激に教科書否定をしてきてますが…いえいえ、どっかの組合のような低次元の話じゃないっすよ(笑)。
 ま、何も考えないで、いいものはいいでどんどん取り入れるというのは、これは悪いことではありませんね。まずその方が絶対楽しいですから。いろんなものに出会って、どんどん自分が変化していく、昨日の自分と違う自分になっていった方が、それは面白いですよ。
 もちろん、そういう意味では、好きなものだけでなく、嫌いなもの、一瞬えっ?と思うものをも、とりあえず一度は試してみるというのも重要ですね。それが究極的には、無我や縁起、他力という、仏教の本質に近づいていく唯一の方法かもしれません。
 そうすると、やっぱりこの本のタイトルは「仏教のこころ」でいいわけか。というわけで、最後はしっかり寛容の心で受容していきましょう(笑)。
 でも、これはどうでしょうか。42ページに「筆絶につくしがたい」ってあるんですけど、これは受け入れていいんでしょうか。ま、初版本ということで許しましょう。しかし、なんでこういう間違いが起きるかなあ…。とは言っても、さすがにこちら「弱肉朝食」にはかなわないか(笑)。あっ、これも仏教の本だったなあ。我々の度量が試されてるのかな。

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コメント

愚僧など・・・天邪鬼にとっては
毒舌を毒絶したい思いで一杯です。

投稿: 合唱おじさん | 2009.03.09 20:50

合唱おじさん様、こんばんは。
毒舌はいいことだと思いますよ。
私もけっこう毒舌だと言われます。
愛のある毒舌は、人間関係の妙薬ですね。
ところで、「筆絶」という言葉も深いかもしれません。
私もそろそろ「筆絶」した方がいいのかも(笑)。
「絶筆」となるとまた違ったニュアンスになりますが…。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.03.10 18:47

愚僧の場合 独舌も多いです。笑
家内から・・・ 仏々×ブツブツ◎
「独り言」言ってましたよと指摘
されます。絶筆は「転載馬鹿本゛」

投稿: 合唱おじさん | 2009.03.10 20:28

訂正
転載馬鹿本゛→×
点載馬鹿本゛→◎
本当に莫迦ですね。笑

投稿: 合唱おじさん | 2009.03.10 20:31

合唱おじさん様、こんにちは。
最近思うんですよね。
独言って、本当に独り言なのかなって。
自分に対して言ってるというよりも、
やっぱり誰か対象がいるような気がしますね。
たとえば奥様がご指摘になられたということは、
やはり奥様がお聞きになってくれたわけでして。
本当に誰もいない時には、実はあんまり声を発しません。
誰かに聞いてもらいたいのが事実かもしれません。
少なくとも私はそのようです。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.03.11 11:33

前略 薀恥庵御亭主 様
昨日は家内と二人だけで夕方 本堂にて・・・
「念仏礼拝行」を致しました。
えぇぇぇぇ・・・
実に在り難い時を過ごさせて頂きました。
「知の巨人」×違う「痴の嘘人」◎と
呼ばれる愚僧。笑
自分の場合「独り言は神仏への懺悔」だと
実感しております。笑
常日頃は・・・
「あぁぁぁ・・・今日の礼拝・・・
 やってない・・・まぁぁぁ・・・いいか。
 いや・・・しかし・・・まてよ・・・
 まずいことにならないか。
 でも・・・一日ぐらいいいか・・・
 いや しかし・・・うぅぅぅん」
「昨日 たくさんしたから 今日はやめとこ」
「あぁぁぁ・・・だめな俺 すみません」
「なむあみだぶつ」
こんな独り言ばかりです。苦笑
それを支えてくれてるのが毒×妻◎の存在です。
妻の御蔭でなんとか生きております。
ほんと痛いほどの「莫迦」ですね。
人間は迷い苦しむことには「得意」であります。
ピエトロ・マスカー二のヴェリズモ・オペラ
「田舎騎士道」(カヴェレリア・ルスティカーナ)
の世界です。
オペラが「最高総合芸術」といわれるのは・・・
まさに「人間の煩悩」を究極に表現したところに
あるのです。←なんか嘘っぽいぞ。笑
ほんとは昨日「ゴッドファーザー③」のレンタルを
借りてみただけです。笑
嘘付出鱈目僧「合唱」 拝


投稿: 合唱おじさん | 2009.03.22 08:37

合唱おじさん様、おはようございます。
お彼岸のお勤めお疲れさまです。
とってもステキな独り言ですね(笑)。
私も全く同様です。
私もまわりの方々に支えられてなんとかやっています。
でも、それが案外幸せなんですよね。
なんでも完璧に自分でやってしまったら、
人様の愛をいただけませんから。
ダメ人間万歳ですよ。
ダメな生徒ほど可愛いというのも一緒です。
愛を与える側もそれで満足するので、結局円満円満。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.03.23 07:54

前略 薀恥庵御亭主 様
無事 「彼岸」を終えることが出来ました。
御亭主様の「御文章」に励まされました。
本当に有難う御座いました。
しかし 「人」との出会いとは本当に
不思議なものですね。
愚僧の祖父は・・・えぇぇぇ・・・
確か大正8年に「山崎弁栄」上人との
出会いによって信仰を確立致しました。
えぇぇぇ・・・
私も御亭主様との出会いの「おかげさま」で
少しは「マトモ」になったと
自負致しております。笑
合唱おじさん      頓首百拝

投稿: 合唱おじさん | 2009.03.24 08:15

合唱おじさん様、こちらこそ有難く存じます。
まったく有難いご縁です。
ネットというのは本当に新しい縁を生み出すツールですね。
いい時代に生まれたと思います。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.03.25 09:36

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「夕暮れの騙り部」 五木さんは、たまにそのように謙遜して物語をつづることがあります。 今回の『仏教のこころ』は、終始その姿勢が貫かれて書かれています。 [続きを読む]

受信: 2009.03.11 16:10

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