『釣りキチ三平』 滝田洋二郎監督作品
「おくりびと」の舞台となった山形の酒田や鶴岡、由良などを経由して、秋田から富士山に帰ってきました。雪を頂いた出羽三山や鳥海山、そしてそれらを背景に優雅に飛ぶ白鳥の群れを見た時、やはりあの名作はこの風景によって名作たりえたのだなと実感。東北の自然と人間の織りなす独特の厳しさと温かさが全世界に発信され、あのような栄誉を得たのは、また違った意味で喜ばしいことです。
さて、その「おくりびと」の滝田洋二郎監督の最新作「釣りキチ三平」を昨日観ましたので、感想など書きたいと思います。この映画は「おくりびと」以上に、秋田の、東北の、日本の自然と人間の関係を示す佳作でした。
ウチのカミさんの実家は、もともとの羽後町の山村から横手盆地の十文字町(現横手市)に引っ越してきました。近くに高速道路のインターチェンジもあり、大型店舗の並ぶ、都会と言えば都会です。雄物川の流れと豊かな田畑に囲まれ、また遠く奥羽山脈や鳥海山などを臨む、自然に恵まれた所と言えばそうとも言えますが、しかし、幹線国道沿いは、全国どこにでもある無個性な風景に変りつつあります。
根っからの東京育ちだった私としては、以前住んでいた羽後町の山間部からこちらに引っ越すと聞いた時、身勝手にもちょっと反対してしまいました。なぜなら、あの素晴らしい里山の風景は、私にとってまさに楽園、ちょうど映画「釣りキチ三平」に出てくる風景そのもののような魅力があったからです。
しかし、実際には積雪は3メートルに迫り、農業経営も困難、医療や生活物資の調達さえ不便となれば、そこに生活する者の苦労は計り知れません。私がどうのこうの言うべき立場ではありませんね。
実はこの「釣りキチ三平」にはそうしたテーマが仕組まれていました。そうですねえ、私は「一期一会 キミにききたい!…都会と田舎の話@秋田」を思い出しながら観ましたよ。ああいうテーマなんです。で、結末的にも同じになっていました。
そう、全体にストーリーや演出がベタでして、ある意味、いや本当の意味においてコテコテの映画です。しかし、もともとが娯楽作ですし、なにしろマンガが原作ですからね、これでいいと思います。なぜなら、そうした田舎や自然が勝つという予定調和こそが、我々都会人(今や日本人のほとんどが都会人でしょう)が望むものであるからです。あるいは世界中の都会人(映画を観る人はほとんど都会人でしょう)が望んでいることかもしれない。
もちろん、都会化とは西洋化であり、もっと限定的に言えばアメリカ化です。ものすごくテーマを拡大すれば、この映画はそうした西洋化、アメリカ化への本能的な反発心が生んだものかもしれませんね。
特に言語と文明の関係が面白かった。ネタばれになるのであまり詳しくは書きませんが、標準語と秋田弁…とは言っても全くネイティヴのそれとは違うなんちゃって東北弁でしたが(いや、リアルにすると私も含めて都会人には字幕が必要になっちゃう)…との関係ですね。言語こそが文明化の入り口であり、統制的な暴力の源であることを実感しました。
ところで、「釣りキチ三平」の原作者矢口高雄は十文字町のお隣増田町の出身です。リンゴの唄の故郷ですね。矢口高雄にちなんでまんが美術館なんかもあります。ちなみに、いっしょに観た3歳の甥っ子が住んでいるのも増田町です。映画での三平の家は増田町にあるという設定になっていましたね。しかしロケは増田町では行われなかったとのこと。周辺の横手市、雄物川町、東成瀬村や由利本荘市、湯沢市、ちょっと離れて五城目町などで撮影されました。
その秋田の自然がですね、非常にリアルで(まあ、そのままってことです)、それに親しんでいる私としては、こうしてあの風景たちが映画に固定されているというのは、また特別な感慨があるものです。私たちは大曲のシネコンで観たんですけど、まわりのお客さんたちも「あああそこだ」みたいな感じで盛り上がっていました。さぞうれしいことでしょう。ま、逆にネイティヴ秋田人からすれば、秋田弁のみならず、「そりゃないだろ」っていうこともあるでしょうけど。
昔、ある成人映画を映画館に観に行った時、それが山梨でロケされたもので、客席のおじいさんたちが本来の目的(?)を忘れて、「これはあそこだ」とか、「これは変だ」とか熱論していたのを思い出してしまいました(笑)。
そうそう、十文字町では「あきた十文字映画祭」というイベントが行われています。なかなか渋い映画祭なんですけど、ピンク映画部門があるんですよね。これは素晴らしいことだと思います。世界に誇る日本映画を支えてきたのは、言うまでもなくピンク映画、成人映画でありました。今でも作品としてちゃんと作っている人たちがいるんですね。アカデミー賞監督となった滝田洋二郎監督も、もちろんピンク映画の巨匠でした。というか、私にはその印象が非常に強いのですが。
話がいろいろ飛んで申し訳ありません。最後に「釣りキチ三平」に関わる義父のエピソードを二つほど。
義父はリアル三平というか一平というか、そういう人なんですけど、あのクライマックスのシーン、夜泣谷という設定になっている法体の滝ですね、あの滝の上流に、手代沢という本当にイワナなどの魚の宝庫があるんだそうで、以前家族で法体の滝に行った時、急にそこに行くと言いだしたらしい。本来その沢に行くには、車で山へ登ってそこから歩くらしいのですが、義父は何を思ったか滝を遡上すると。野生の本能でしょうか。映画にも滝の脇を登るシーンがありましたね。まあとっても危険なわけですよ。で、父は滝の脇の崖を、サンダル履きに釣りざおを右手に持ってスッタカタッタと登っていったそうです。いや、あのでっかい滝ではないですよ。その上にさらに2段小さな滝があるんだそうですが、そこです。とは言え、あまりにも無謀なので、家族みんなで「やめれ!」と止めたそうですが、言い出したら聞かないリアル三平は制止を無視して行っちゃって、しばらく帰ってこなかったとか…笑。おそるべし、自然児。
それから、これは数年前の話ですが、父とカミサンが増田町の山奥の温泉に行ったついでに、そういえばこの辺に矢口高雄の実家があるはずだと思い、どうせなら探してみようということになって、道端で日向ぼっこしていたおばあさんに「矢口さんの家はどこですか?」と聞いたんだそうです。考えてみれば、矢口高雄というのはペンネームですから、こういう聞き方もちょっと変なんですけど、そのおばあさんが何と答えたかとというと…「あ、ここです。私が矢口の母です」。
ううむ、神がかっている。ウチの突撃力&実現力の源泉はどうも義父にあるようです(笑)。
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