東京大学入試問題(国語)より「白」
今年も東大の国語の問題を解いてみました。昨年書いたとおり、相変わらず各予備校さんの解答例のまちまちさが面白い。私なりにそれらを採点をしてみますと、某予備校さんは不合格…とは言わないまでも、かなりの減点です。出題者との対話ができていない。
まあ、それはいいとして、今日は第一問の内容について少し書きます。第一問は原研哉さんの「白」という文章。短くて分かりやすい文章ですから、皆さんもこちらでお読みください。
白い紙に黒い文字で記す際の不可逆性、そしてそれに付随する美意識や緊張感についての文章です。評論文と言うよりは随筆的な文章なので、我々にとっては読みやすくとも、受験生にとっては解きにくいものだったかもしれません。レトリックや、無責任な(失礼)イメージ表現が多いので。
そのせいか、問いもちょっと東大にしては真意を読み取りにくいところがあったかもしれません。つまり、こちらがかなり頭と気を使わないと対話が成立しないということです。
そうそう、記述問題や小論文の指導の時、いつも生徒に言っています。面接だと思って答えなさいと。目の前に大学の先生がいて、会話してるんだと。で、質問にちゃんと答えましょうと。相手が何を要求してるのか。とんちんかんな答えをしないように。おもいっきり頭と気を使って空気を読むとですね、相手が何にこだわっているか、何を答えてもらいたいか解ってくるのです。文章に向かっているのではなく、あくまで人に向かっていると思うこと。これは、国語に限らず、問題を解く時の重要な心構えです。その対話がうまく噛みあうと、問題を解いていてもとっても楽しい。私なんか、そういう気分になると、すぐにでもその先生と飲みに行きたくなっちゃいますから。
さてさて、問いを解きながら、すなわちこの文章を深く理解しながら、ちょっと自分の世界に引きつけて考えたことを記しておきます。こういう妄想が沸いてきてしまうと、実際の試験の時は困ってしまうんですけどね。
原さんの語る「思索を言葉として定着させる行為」とは、私の言う「コト化」そのものです。つまり、この文章は「コト化」の不可逆性や緊張感について述べているわけですね。
「コト」とは情報です。一度情報として形成された「(元)モノ」は、永遠に不変です。情報は変化しません。変化しているように見えるのは、ただ新しい情報が上書きされていくだけで、以前固定された情報自身は元のまま残ります。残るから緊張するし、そこに「コト化」を「仕事(為コト)」とする人間の美学が生まれます。芸術がその最たるものですね。
まあ、これは皆さんも実感している当たり前のことです。で、文章の後半に述べられているインターネットの無限更新性ですが、これって無常ということですから、ある意味「モノ」であるなと。そうか、インターネットという技術というか文化は、実は自然回帰なのかもしれない。常に更新し、そして、全体的に長期的に見ると、ある一つの形に収斂していく(Wikipediaがそうですね)。まるで、自然の進化の過程のように。
それが「コト」の集積によって実現しているというのが面白いし、実に本質的だと感じますね。私も時々、「コト」を極めて「モノ」に至るというのを、別の文脈で述べていますが、つまりそういうこと(不変の真理…マコト)なんですね。
ネットの世界は、まるで最先端の技術のように思われがちですが、実は、実にカオスな、原初的な自然なのかもしれません。近代化以降、あまりに人間中心になってしまったこの社会を、自らの手で解体し、自らを自然へ回帰させる動きが、このインターネット的世界なのでしょうか。
コトを積分すればモノになる。モノを微分するとコトになる。白い紙に黒い文字で書いていた時代というのは、微分の時代でした。つまり、自然科学や人文科学、さらに社会科学などという「科学」の時代は、微分して微分して、疑似的な永遠、不変を得ようとした時代でした。オタク的な時代と言ってもいいでしょう。
そろそろ、モノの復権が始まるんでしょうか。いろいろと細分化しすぎたこの世の中、あるいは偽りの真理や公式が蔓延する現代、我々はまたコトを積分し、総合していくのでしょうか。その一つの場がインターネットなのかもしれません。
たしかに、私たちは白紙に何かを書く時、緊張を強いられます。そして、それこそが「推敲」という行為として現れます。ワープロ上では、私たちはいつでも更新可能ですから、ある意味緊張感はありませんね。しかし、ネットでは、全体の責任において、緻密な推敲が行われているとも言えます。つまり、我々の「個人」「私」は、どんどん希薄になって、再び自然の大きな流れに呑み込まれていくのかもしれません。
真っ白いタブラ・ラサに、黒い文字でいろいろと書き続けた結果、そこに現れたのは真っ黒なタブラ・ラサだったという結末になりそうですね。
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