『エスペラント −異端の言語』 田中克彦 (岩波新書)
私が人工国際語エスペラントに興味を持ったのは、やはり出口王仁三郎を知ってからです。彼は世界の平和的統合の手段として、みろくの世実現の方法の一つとして、この世界共通語に目をつけたのでしょう。
面白いことに王仁三郎を「onisavulo」と表記しますと、oni=世の人々、sav=救う、ulo=人ということで、「救世主」と読める。まあ、半分こじつけですが、ちょっと面白い符合ですね。で、オニさんは自らエスペラントの普及に努めまして、実に彼らしい「記憶便法 英西米蘭統作歌集」などというものを作っています。
たとえば、エスペラントでは「花」のことを「floro(フローロ)」と言います。それを暗記するために次のような語呂合わせの和歌を作っています。
何時までも花の姿を保つ人を不老々とてオーニー羨む
オーニーとは先ほど出た「oni」つまり世人です。もしかすると自分のことをかけているのかもしれませんね。こんな感じの駄洒落的和歌を大量に作っているんですね。本当に彼らしい。
この本にも、そんな王仁三郎の、あるいは大本のエスペラントとの関わりについての記述があります。田中さんも強い関心を抱いて、最近の大本のエスペラント活動の一つ、モンゴルにエスペラントで教育する小学校を作ったという、その新聞記事を日本エスペラント学会に送ったとあります。しかし、結局無視されたと。学会が特定の宗教と結びつきたくないのだろうと考察しています。まあ、エスペラントの日本史的な事実からすると、その通りでしょうね。
そういう部分がエスペラントの難しいところでしょかね。田中さんもこの本の中で繰り返していますが、「言語」「ことば」は、人と人をつなぐものであると同時に、人と人を隔絶するものでもあるわけです。私たちも経験上その両方をよく知っているはずですね。もちろん世界史を見てもよくわかります。
そう、この本では、あえて「異端の言語」「人工語」であるエスペラントを通じて、そういう「言語」「ことば」一般の性質を暴露しようとしているわけですね。私もそういう意味でこの本からいろいろなことを学びました。
もちろん、エスペラント自体の魅力も体感できます。英語やドイツ語の勉強に苦しんだ私としては、やはり、ああやって機械的に過去形が作れたり、疑問形が作れたり、反対語が作れたり、あるいは母音が基本日本語の「アイウエオ」でよかったり、LとRの区別がなくLに統一されていたりするというだけで、どれほど親しみやすく思えることか。
ある意味そういう機械的であり、デジタル的であり、土着的でないところが、まあ人間的でないということで、異端視されたり、いろいろと非難されるんでしょうね。しかし、考えてみれば、こういうグローバルな時代、そしてユニバーサルな時代として考えれば、地球語というのも一つの宇宙全体の言語のローカルな形とも言えましょうか。もしかすると宇宙語の一方言かもしれないし、いや、それ以前に宇宙人語のクレオールかもしれない(笑)。あるいは宇宙人の地球での商業活動におけるピジンとか(笑)。
ま、それは冗談としまして、先ほど書いたように、言語の二面性について、ちょっと面白いなと思ったことがありました。これも半分冗談ですけど。
先日紹介した田中先生と鈴木孝夫大明神の対論「言語学が輝いていた時代」では、お二人、お互いの得意技、エスペラントとイングリックについて、実に和気あいあいと楽しそうに語り合っておりました。ここでは言葉が両者を結びつけていましたが、しかし…この本では、田中先生、ある意味本来のご自分を取り戻し、イングリックを辛辣に口撃しています。
「言語差別をつくり出す簡略言語」という項で、ずいぶんとイングリック論者を批判してるんです。イングリック論者って鈴木孝夫大明神しかいないじゃん!?(いや、私もか…笑)。まあ、簡単に言えば、そういう簡略言語は「露払い言語」「社会的に二流」としかなりえなく、結果として「イングリックのあわれな話し手たち」は「あわれみとさげすみの入りまじったまなざしをむけられるであろう」というわけです。ハハハ。ずいぶん態度違いますね(笑)。ちなみに、対談は2006年夏。この本の後書きの日付は2007年4月です。
まさに言語の二面性、人間の二面性を垣間見ることができますね。とても勉強になりました。
あと、やはり宮沢賢治をはじめとした、文学者、文化人たちとエスペラントの関係が面白かったかな。なかなかいい本ですね。私もヒマを見つけてエスペラントを勉強してみようかな。かなり本気でそう思わせてくれた本でした。おススメします。
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