『「授業」で選ぶ中高一貫校―中学受験』 鈴木隆祐 (学習研究社)
別にウチの娘たちに中学受験させようというわけではありませんし、ウチの学校が今すぐに中高一貫化するというわけでもないのですが、いちおう仕事上、刺激を受ける目的で読んでみました。いやはや、本当に刺激を受けましたね。
学校の先生というのは、どうしても閉鎖的になりがちです。よく言われているとおりです。教室でお山の大将になるのはもちろん、なかなか他の人の授業を体験することができませんし、まあ極論すれば、何度も書いてますが、私みたいに幼稚園以来ずっと学校にいて、社会に出たことがない人がほとんどでしょうからね。世間知らずになるのは当然ですよ。
で、同業者のことすらあんまり知らないでどんどん自分の世界に閉じこもっていってしまう。先生の記憶やイメージなんていうのは、結局自分の児童・生徒・学生時代のそれしかなかったりして。危ない仕事ですね。特に私みたいに私学の先生だと、よりその危険度は増します。なにしろ転勤もないんで。
私は私なりにそういう危険を回避するためいろいろと工夫をしているつもりです。ま、そんな立派なことをしてるわけではありませんが、簡単に言えばルーティン・ワークにならないように、毎年新しい何かを立ち上げて、その準備やら運営やらでヒーヒー言ってるってとこでしょうか。言い出しっぺになるっていうことです。
あと、こういう本を読んだり、他校をずうずうしく訪ねたりしたり、同業の仲間やライバルの動向を探るということもできるかぎりしています。それ以上にやっているのは、趣味を通じて異業種のプロフェッショナルの方々と交流することでしょうかね。それ自体がほとんど趣味ですから。
で、最近の教育界の大きな流れとなっている中高一貫教育に関する本も何冊が読んでみたわけです。都会では…というか、田舎以外では本流になってますね、この中高一貫は。私の学校のある地域はいわゆる田舎ですし、教育観自体ずいぶん古くさいものが残っているような所ですから、都会の、特に東京の私学事情はほとんど参考にならないんですけれど、ただ、そういう流れが、あと10年とか20年とかすれば、田舎にもやってくる可能性はかなりありますので。
その何冊かの本の中で、圧倒的に面白く、有用で、刺激を受けたのがこの本でした。なにしろ、その切り口がいい。他の本はほとんどが偏差値やら進学実績やら「お買い得感」やらをランキングしたようなものばかり。たしかにそういうカタログ的なものも必要だとは思います。でも、やはり学校関係者としては、学校の持つ伝統や雰囲気、カラーや味わいというものは、そうした数値的なものではなかなか表されないということを、常日頃実感していますからね。
では、それを表現するのは何かといいますと、これはもう学校本来の商品、コンテンツである「授業」と、その消費者である生徒の反応(表情)しかないでしょう。それを実際にその現場である教室に出向き、しっかりその伝統や雰囲気、カラーや味わいというものを肌で感じ、そして、見事な文章で(実はここもとても重要です)まとめあげたのがこの本です。
もちろん、実地に取材といっても、それは多少お客さん向けの部分もあるでしょうし、だいいちが、その壮大かつ膨大な商品のほんの一部でしかないことはたしかです。しかし、だからこそ、その取材力と表現力が問われるわけですね。いかに効率良くその根底にあるその学校の個性を読み取り伝えるか。
これはジャーナリストの基本でしょう。どんな分野においても。それがちゃんとできている人の、ちゃんとした文章に出会うことは、実はそうそうありません。どんな仕事においてもそうですが、その仕事に対する誇りと愛情がなければ、生まれる「作品」に生命力がないのは当然ですね。もちろん、学校教育という仕事においても全く同じことが言えます。
そういう意味で、取材者であり筆者である鈴木さんがしっかりした仕事ぶりなだけに、いわゆる「有名」中高一貫校の、有名である所以であるところのしっかりした仕事ぶりがくっきりと伝わってくる本であるとも言えます。自らを省みて、本当に恥ずかしくなるような時が何度もありましたし、それだからこそやる気が喚起されたという部分もありました。
やはり、どんな仕事でも、誠意のあるちゃんとした内容を提供していれば、それなりの評価を受けると。でも、それだけではダメな部分もある。宣伝やイメージ戦略も大切だったりして。そこんとこが難しいんですよね。ただ、そういう宣伝やイメージ戦略が単なる虚飾にならないように、商品本体の方をしっかり磨いておかねばならないということが基本だなと、今さらながら思いました。
さて、この本を読んでいて、ちょっとびっくりしたのは、私の出た静岡高校の話が出てきたことです。もちろんあそこは中高一貫校ではありませんよね。では、なぜ?実は、筆者が教育の世界に興味を持つきっかけとなった恩師が静岡高校の出身で、その方は高校時代、漢文の小倉先生の薫陶を受けたというのです。私は小倉先生には直接教わりませんでしたが、まあ、そのほかにもたくさんの個性的な先生がいらっしゃいましたね。たしかに私も静高のいろいろな先生に影響を受けてますよ。そういう意味では、間接的にですが、著者である鈴木さんとも、どこかで「伝統や雰囲気、カラーや味わい」というDNAみたいなものを共有しているのかな、と思いました。
いずれはウチの学校も鈴木さんに取材してもらえるような学校にしたいと思っています。ま、田舎の小さな学校ですので、違う企画になると思いますけど。
最後に、蛇足かもしれませんが、この本この著者はこちらの本こちらの著者と対照的でした(笑)。
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