『悩む力』 姜尚中 (集英社新書)
売れているというのでいちおう読んでみました。あっという間に読める本です。売れる本というのは大概1時間くらいで読めるものが多い。これは当然でしょう。いくらいい内容でも読むのに難渋するようじゃ、評判はよくなりません。
姜尚中さんと言えば、爆問学問「愛の政治学」での穏やかな語り口が印象に残っています。彼は在日ということもあって、充分「悩む」環境に恵まれていたのでしょう。そして、それを乗り越えて現在の境地になったというのは、よくわかるところです。
それが、この本に頻繁に登場する夏目漱石と重なるところがあるのでしょう。そう、実はこの本、ほとんど漱石本なんですよ。これは驚きました。いちおうマックス・ウェーバーも出てきますけど、ほんの脇役といった感じです。
で、漱石作品に登場する男って、ほら、みんなダメ男じゃないですか。そこに現代に通ずる「悩む力」を見ているんですね。たしかに、その明治のダメ男は当時の現実の男を象徴している部分もあると思うんですけど、いや、普通じゃないな、ちょっと異様な境遇と心理ですよ。そう、やっぱり漱石自身なんだと思います。すなわち、姜さんは単純に漱石の「悩む力」を持ち上げているんです。それはまたすなわち姜さん自身の「悩む力」だとも言えます。
なるほど「悩む力」はちょっとかっこいい。でも、なんていうかなあ、その「悩み」をどう乗り越えるかという部分が大切だと思うんですけど、そこんとこはあんまり書かれていない。悩むことを肯定してくれているのは分かるんですけど、それをどう乗り越えていくかが知りたいという人には直接的に答えていない。まあ、書名が「悩む力」であって、「悩みを乗り越える力」ではありませんから、これでいいのかもしれません。
悩みはみんなあるでしょう。特に「青春」と言われる(言われた)時に悩まない人がいたら、ちょっと心配ですね。そして、その悩みと付き合う中で人間として育っていくというのは、これはもう当たり前すぎる事実です。みんな悩んで大きくなった。
しかし、最近の若者(生徒たち)を見ていますと、その「悩みとのつきあい方」が下手なやつが増えてきているような気がします。世で言われる現代的な犯罪や病が、それを象徴しているのではないでしょうか。学校という現場でも、とにかくそういうケアの仕事が圧倒的に増えています。
なんなんでしょうねえ。昔はちょっと違う方向に「悩み」の発散がありましたね。仮想敵国というか、先生とか、大人とか、社会とか、組織とか、なんか実体はよくわからないけれど敵みたいなのがあって、それに対して反抗したり、暴れたり、闘ったりしてましたけどね。今は平和すぎるんでしょうか、敵が妄想の中にもいない。いや、妄想にすら収まらないほど、よりつかみどころがないんでしょうか。言語化されてないのかなあ。とにかく、悩みとその対処が外に向かうのではなくて、ある意味内側に向かってしまう。そしてある極点で(案外その極点が日常的に現れるんですが)爆縮して、ひきこもったり、自傷したり、ひどい場合は自殺したり、あるいは爆発して無差別殺人に走ったり。
おそらく「悩む」という行為は孤独なんですよ。その孤独と闘う力が弱くなっているのは事実でしょうね。みんな妙にさびしがり屋さんです。そして、妄想力も必要かなあ。敵を想定することで、自己を安定させるという手法ですよ。
よく、私は人に「悩みがなさそう」と言われます。たしかに、それほど大きな悩みやストレスはありません。このブログを読んでもわかるとおり、気分や機嫌に大きな波がありません。それは自分でも認めます。では、それは「悩む力」がないということなのか、というと、ちょっと異論があり…ませんね(笑)。
私もそれなりに青春時代にはけっこう悩みました。それこそ文学者にでもなろうかというくらい(イタいくらい)悩みました。でも、そんなのホントに自意識の自意識による自意識のための悩みであって、さっさと自分を諦めてしまえば、さっさと消えてしまう程度の悩みだったんですね。
違う言い方をすると、私は「悩み」を「喜び」に変える力は持っているのかもしれません。「悩み」は不随意(モノ)から生じ、そして、自分を変化させ、成長させるのは、不随意しかないと信じているのです。だから、悩みは佳きパートナーであり、ティーチャーであります。何ごとも思いのままでは、今までの自分の範囲内ということですからね。「もの思い」こそ、明日への活力であります。
で、自分について悩むのはやめた、というか、いわゆる「悩む」必要がなくなってですね、世の中について悩むことが多くなったんです。この壮大な(?)悩みには、それほど「力」はいらないんですよ。それは自己内部の力ではなくて、世の中自体にその力があるからです。ですから、ある意味「悩む力」がない。
漱石のように行雲流水の境地に至ったわけでもありません。それは理想ですが、いまだ世の中を捨て切れないし、見捨て切れない。で、世の中について悩むためには、いわゆる悩んでいる場合ではないのです。もっと明るく前向きに立ち向かっていかないと、どうも世の中は変えられそうにないのです。
なんて、ずいぶんとデッカイことを言ってしまいましたね。とにかくこの本、なんか「青春」臭ぷんぷんで、ちょっと気恥ずかしく思いました。それがおそらく姜さんの純粋な優しさであると思いますが。ちなみにワタクシ的に面白かったのは、最終章の『老いて「最強」たれ』でした。
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