『東京物語』 小津安二郎監督作品
小津の誕生日にして命日。昨年は「浮草」を紹介しました。今年はとうとう「東京物語」です。たぶん100回目くらいでしょう。今、ビデオで見終わったところです。
しかし、いざ記事として書こうとすると、胸が締めつけられるような心持ちになって筆が進みません。10年前なら、それぞれのシーンについて、いくらでも書くことができたでしょうね。どうしたんだろう。まったく語れない。かわりに涙が湧いて出てくる。
かえすがえす、すごい作品です。これは日本の、いや世界の遺産ですね。世界一の映画です。「もののあはれ」の物語。この映画を観ずして、そしてこの映画に共感せずして、日本人として、人間として、いかに死ねましょうか。本気でそう思いました。
おそらく自分もこの歳になって、この物語世界を、鑑賞するのではなく追体験するようになってきたんでしょうね。私の両親もこの映画の老夫婦と同じくらいの年齢になりましたし、自分の社会的立場もちょうどあんな感じ。子ども(孫)もあんな年頃ですし。
時が過ぎていく。その時とともに皆離れていく。心も体も離れていく。無常です。まさに「モノ」の本質を固定し語った「物語」です。これは仏典ですね。聖書ではない。永遠の命なんてウソはつきません。誰もが美しい心を持つなんていう、そんな偽善的なことを言いません。
しかし、どこか救いもある。皆がそういう世界に生きているという安心なのでしょうか。諦観から生じる安定なのでしょうか。「あはれ」は「ああ」という単なる嘆息ではありません。「あっぱれ」でもあるのです。
それにしても、完璧な脚本、演出、造形、映像。動かしようがない名作ですね。最後の「懐中時計」から漁船のエンジン音につながる、あの音響効果もお見事ですね。全ては時と共に淡々と過ぎていきます。
小津本人はあんまり好きではなかったとか。湿っぽくなってしまったと反省したようですね。たしかにスラップスティックス出身の小津としては、ややメランコリックすぎたかもしれません。
しかし、そういう特殊な作品だからこその輝き、あるいは闇というものがあるのだと信じます。
そういう意味では、マスターがなくなって、コントラストのつぶれたコピーしか存在しないのも、結果として奏功しているかもしれませんね。あのアングル、遠近感、そして明暗。まるでフェルメールのようにフィクショナルでリアルです。
フィクショナルでリアルと言えば、やっぱり72歳の主役を演じた笠智衆ですね。あの時48歳だそうです。その他の役者さんたちもすごすぎる。
もう、これは観ていただくしかないでしょう。いろいろな年齢で何度も観て味わうべき作品です。
最後にちょっと蛇足を。2年続けてやかんの話です。
このビデオ、カミさんと鼻水垂らしながら観てたんですが、観終わってカミさんは、「私も原節子みたいなお嫁さんにならなくちゃ」と言って台所に立ちました。と、その時、ウチのやかんの把っ手が壊れたんです。ずいぶん長く使っていたやかんでした。私は「なおる、なおる。なおるよ。なおるさ」と言いましたが、結局無理ということで、やかんさんは天寿を全うしました。
カミさんは、「このまま、捨てられないな。こんな汚いのをゴミに出せない」と言って、金たわしでゴシゴシ磨きはじめました。死んで初めて磨かれるやかん。映画では大坂志郎が「墓にふとんは着せられず」と言っていましたが、やかんは磨きをかけられました。なんだか、カミさんが杉村春子みたいに見えました(笑)。
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コメント
前略 薀恥庵御亭主 様
馬鹿げたコメント
ばかりの愚僧であります。
両親も年を取り・・・・
介護が必要となりました。
愚僧はともかく・・・
妻が献身的によく
看てくれております。
あぁぁぁ・・・
いつまでも両親は・・・
元気でいてくれるものと
勝手に信じておりました。笑
親不孝者の愚僧。
両親健在の折に ほんの
少しだけでも・・・
親孝行を致さねば
と反省いたしております。
合唱おじさん
投稿: 合唱おじさん | 2008.12.20 15:08
最近、私自身ももう若くないなと思う瞬間が増えています。
両親も後期高齢者(変な言葉ですね)の仲間入りです。
いろいろ考えることも増えましたが、
逆に何かこだわりも消えてきたような気もします。
ちなみに、ウチのカミさん、磨かれてピカピカになったやかんを見て、
なんかもったいないと思ったらしく、捨てるのをやめて、
把っ手が半分取れたまま使ってます。
棺桶行きだったはずのやかんも一命をとりとめました(笑)。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.12.22 09:03
前略 薀恥庵御亭主 様
たしかに「東京物語」は良いですね。
奇跡的に好いですね。笑
「マスターネガ」が現存しないのも
神秘的であり・・・・これまた
結構ですね。
著作権の枠が外れ・・・
御手頃価格なのも
いよいよ結構です。
えぇぇぇ・・・
平山とみ役の「東山千栄子」様の
存在。
愚僧の「母」も太っております。笑
「京塚昌子」様といい・・・・
昔の御母さんは「みんな太っていた」
様な気がいたしております。笑
愚僧の「おふくろさん」のイメージは
うぅぅぅぅん。やっぱり
割烹着姿の太った後姿です。笑
合唱おじさん 百拝
投稿: 合唱おじさん | 2009.01.27 13:42
合唱おじさんさま、おはようございます。
たしかに「おふくろさん」のイメージはどしっとした割烹着姿ですね。
最近のママたちは、ずいぶんとスマートで…。
あのどっしり感こそ、母の包容力という感じでしたね。
東山千栄子さん、本当に古き良きおふくろさんという感じでした。
やっぱり、まずは世のお母さん方には和服を着ていただきたいですね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2009.01.28 06:50