『芸能花舞台 伝説の至芸 観世寿夫』 (NHK教育)
離見の見。むむむ…なんだ、これは。自分が観世寿夫になり、観世寿夫を見ている感覚。吸い込まれているのに、こちら側にいる違和感。それもビデオをブラウン管を通じて観ている自分。ううむ、いったい観世寿夫はどこにいるのだ。そして、自分は…。
世阿弥の再来とまで言われた天才能楽師、観世寿夫の動く姿を初めて見ました。すごい映像でした。これはもう単純に「能」とは言えないような気さえしてしまいました。土方巽の舞踏に近い。屹立し、踏み、根差し、舞う。録画であっても、テレビであっても、今ここの時間と空間が表現者に支配されている。これはおおげさでなく、本当にそう感じました。おそるべき至芸。
この番組にも出演し、解説をなさっていた野村四郎さんのもとで勉強している教え子が、ぜひ見なさいと言うので、忘れず録画して観てみたのです。ありがとう、こんなすごいものを紹介してくれて。
私は能にはそれほど詳しくないし、それほどたくさんの舞台を観ているわけではありませんが、この観世寿夫が稀有の天才だということはわかりました。それは、おそらく、能に限らず、他の舞台芸術にいろいろと触れてきたからだと思います。本当に時々、こういう恐ろしささえ感じる舞台というのがあるんですよね。ただ、美しいとか楽しいとか興奮するとか、そういう次元でなく。
特に昭和の40年代の表現にはそういうものが多い。たしかに時代性というのもあると思います。当時の舞台と言えば、やはり土方巽や寺山修司らによる、実験的で、前衛的で、そして世界的に高く評価されるものが多い。それは、前衛と言っても、どこか土着的であり、つまり、それは反近代、反西洋というモードで語られるべきものでした。観世寿夫もまた、世阿弥にかえり、現代に世阿弥を連れてきた。研究しつくしてなおそこを突き抜けた。
今の「アーティスト」たちにそんなエネルギーを持った人がいるでしょうか。残念ながら見当たりません。ただ昔が良かったというノスタルジーではありません。彼らがすごいというのは分かります。たぶん皆分かるでしょう。なら、まずは彼らを「今」に連れて来るというのはどうでしょう。
しかし、それはある意味で勇気のいることです。彼らは最近までこの世に存在しましたから、特に難しいのかもしれません。生前の彼らを知っている人たちがいますからね。それが一つの壁になりうる。
じゃあ、観世寿夫がそうしたように、神格化され、伝説化されてしまった古人の所へ向かったらどうでしょうか。ある意味、神や仏にたてつく方が簡単かもしれません。勇気さえあれば。
いくら古人でも、我々とどこかでつながっているのは確かなのですから、本当は自信を持って連れてきていいのかもしれません。そして、我々は彼らの知らないことをあまりにたくさん知っているのですから(その逆も言えますが)、それを彼らに教え、彼らが「今」ならどうしたか、それを純粋に学べばいいのではないでしょうか。それが、もしかすると、「離見の見」、「物学(ものまね)」、「物狂い」なのかもしれない…そんなことを思いながら、観世寿夫の「俊寛」を見ていました。
今日紹介されていた映像は次の通りです。
仕舞「海士」1973年放送
能「俊寛」1976年放送
能「井筒」1977年放送
ちょっと恥じらった、面をつけていない安宅の写真や、ギッシリ書き込まれた勉強ノートなども興味深かったし、白石加代子さんとの「バッコスの信女」でのディオニュソス役の迫力と存在感、すごかったなあ。とても最晩年とは思えなかった。
四郎さんの解説にあった、寿夫さんの謡における「歌と語りのバランス」「息を引く」というのは、どういうことなのか、今度教え子に聞いてみましょう。
観世寿夫没後30年。誰か彼のところへ行って連れてきてくれないものでしょうか。彼の死で能は終わったなんて言わないで。
再放送がありますので、ぜひ皆様もご覧下さい。画像がなぜか乱れていたので、私ももう一度録画をしたいと思います。
そして、ここのところ棚上げしていた、世阿弥における「モノ」論に、再び手をつけてみようかなと考えています。
再放送 土曜日 29日 朝 5時15分~5時59分
再再放送 日曜日 30日 夜 23時30分~24時14分
Amazon 観世寿夫 世阿弥を読む
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