『Cool Japan 〜発掘!かっこいい日本〜「インスタント」』(NHK)
写真は風呂敷。先日録画したものを今日観ました。
紹介された「インスタント」はドリップ式のコーヒー、火を使わずにできる米飯やカレー、インスタント・ラーメン、防災用グッズ、冷凍食品、そして風呂敷。
うむ、なるほど、日本人はインスタントなものを作るのが得意ですね。これはなかなか面白い文化です。インスタントというのは、ただ単に簡単、即席だということではありませんね。
日本人はそうしたフィクションにある種のリアリズムを見出したり、あるいはあえてフィクションに没入することによって芸術にまで高めてしまうことが大得意です。
そのへんが、西洋のプログマティズムと似て非なるところでして、ただ単に実用性だけを求めたり、写実という意味でのリアリズムを求めるわけではありません。
日本のインスタント文化は、ワタクシ的に言いますと、「コト」を「モノ」になぞらえる、「コト」を極めて「モノ」に達するという文化につながりますね。つまり自分たちの脳内のイメージや、記号、物語を、自分の外部である自然や理想に近づける、と言いますか、両者の間の避けられないギャップを埋める…いや、無視するのかな…とにかくこちら側を操作することによって、向こう側と一体化しようとするんですね。
西洋は、基本向こう側をこちら側に合わせようとします。すなわち、こちらの脳内の理想的なイメージに自然を変形していくんですね。「コト」中心文化です。科学や宗教などにもそういう傾向が見て取れます。
対する日本は「モノ」が主体。様々作られる「コト」、たとえば番組で紹介されていた物(製品…我々が作ったという意味では「コト」です)は、それぞれ自分がニセモノであることをちゃんと意識しています。製品自身が開き直っています。本物(モノ)には絶対になれないことを前提に、しかし自分のやり方で本物に近づこうとします。本物になろうとはしないけれども、本物を自分なりに表現しようとします。そこに文化が生まれるわけです。
私の「文化」の定義は非常に単純です。「自然のアイデンティティーが人間の営みを通じて現れたもの」。つまり「モノ」が「コト」として語られるとそれが文化になると。それは自然という真実に対しては、常にフィクションです。そのフィクションを楽しむのが日本人の知恵なんですね。自然を変形してこちらに近づけるという発想ではありません。
まあそれにしても、日本のインスタントへのこだわりはすごい。即席なのに職人技。つまりシンプルを目指すべきところが、なぜか細部へのこだわりに行っちゃうんですね。まさにオタク文化と言えます。というか、オタク文化は日本の伝統文化なんですよ。コトを極めちゃう。フィクションを突きつめる。たぶん、日本人はリアルつまり「モノ」を諦めてるんでよ。モノに対してはもう詠嘆するしかない。「もののあはれ」。
先日「武士道」の周辺記事でいろいろと書きましたが、日本人は「生」と「死」をも、そうした物語(フィクション)としてとらえます。それこそ究極のオタク魂ですよね。まあ、上手に賢くだまされるわけです。本物じゃないじゃねえか!とか、死んだらおしまいじゃねえか!とか、ホントはどっちが強いんだよ!とか、そういう野暮なことは言わないんですよ。
いや、ちょっと前まではそういうこと言わなかったんだよなあ。そう、プロレスを楽しめる国民だったんですよ。それが今では…(涙)。なんでこんなに粋じゃなくなっちゃったのかなあ。こういうことになると、フィクション(コト)はウソになります。語りは騙りになる。だから偽装とか八百長とかやらせとか、そんな言葉ばっかりになっちゃう。
そういうことを言うと、人は苦しくなりますよ。他者のフィクションを認めないと、つまり賢く人にだまされないと、自分のフィクションも認められなくなりますから、それはツライですよ。キツイに決まってる。
まあ、いまだにインスタントが世にたくさんあふれてるっていうことは、救いようがあるかな。四角い風呂敷をあらゆるオブジェに変形して見立てることができるのであれば、日本はまだ大丈夫かもしれません。もっとそういうものが流行ればいいですね。私もついつい違った意味でのインスタントに向かってしまいます。まずは自分自身の生活と思考を変えないとね、偉そうなことは言えないか…。
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