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2008.11.19

『新 入試評論文読解のキーワード300』 大前誠司 (明治書院)

1 試評論文を教えていて難しいのは、その本文が高校では習わない分野に及ぶことです。哲学、芸術学、美学、宗教学、言語学、量子力学…。これは大きな問題です。どの教科でも習わないし、かといってテレビでしょっちゅう取り上げられるわけでもない。となると、これはもう生徒は自分で勉強するしかありません。
 私はこれらの分野をなぜか共通して好きなので、本当は授業で細かく教えたいんですけどね、だいたい高校生には抽象的すぎてワケわからん世界でしょうし、あんまり盛り上がらないんですよ。
 でも、生徒たちも3年生になってこの時期になると、さすがに避けているわけにはいかない。それにちょっとして大学に入ったら、こういう抽象的なこととつきあわなくちゃいけないわけですからね。
 で、こういう類の本が役に立ちます。今までも何冊か紹介しましたね。この大前さんの本もなかなかよろしい。勉強しやすい。旧版にもお世話になりましたが、こちら新版も生徒にすすめたい内容になっています。
 取り上げられている言葉はほとんど外来語。つまり漢語とカタカナ語になります。ほとんど一般人の日常では使われない用語ばかりですね。それもある意味20世紀の遺物的な言葉がたくさんあります。ま、入試問題自体、まるで昭和ノスタルジー映画のような風情がありますからね。いまだにソシュールとかしょっちゅう登場しますから(笑)。とても最新とは言えません。
 ただ、私たち大人も、そのあたりの20世紀的「知」にけっこう疎いじゃないですか。もちろん私も。仕事柄、こういう機会があるので、意識して勉強するけれど、ま、普通のお仕事してたら、こんな身にも金にもならないような言語ゲームには参加しないでしょうね。
 ところで、この本に「〈もの〉が先か? 〈こと〉が先か?」というコラムがあります。これは私の「モノ・コト論」とは異なる、どちらかというと一般的な論です。簡単にまとめるとこんな感じです。

『〈こと〉とは、〈もの〉と〈もの〉がかかわることをいう。〈こと〉よりも〈もの〉が先にあるように思えるが、実は逆。この世界は〈こと〉の世界である。〈もの〉はそれを分節することで生まれたもので、〈もの〉世界は実像ではなく仮象である』

 うむむ、これもまた、20世紀的哲学ですな。フランスの構造主義的言語学やら記号論やら、廣松渉、和辻哲郎あたりの遺物ですね。
 いつも書いているとおり、私はどっちかというと逆の発想です。世の本質や存在の本質は「モノ」であって、「コト」こそが人間の脳内の営為であり、ある意味では分節の結果だということです。自己の外部は全て「もの」であり、内部が「こと」だと。
 あっそうそう、こういう私の「モノ・コト論」が21世紀的な、とっても先鋭的なものなのかというと、実はそんなことはないんですよ。なんと19世紀に先達がいるんです。すっごい大人物です。南方熊楠です!
 彼と私の「モノ・コト論」はけっこう近い。ちょっと違うけれども、基本はいっしょです。正直、私にとっての同志は南方熊楠しかいません。いや、なんとなくですけど、南方熊楠っていうところが嬉しかった。ほんのちょっとでも、彼と同じ発想をしていたといのが、なんとも嬉しいじゃないですか。
 その熊楠の「モノ・コト論」を紹介したのが、中沢新一の「森のバロック」でした。今春の早稲田大学文化構想学部の入試にその部分が出ていて、ちょっとびっくりしたのを思い出します。ここでは、わかりやすくするため、熊楠が土宜法竜に書いた書簡ではなく、中沢新一の言葉で、いや、早稲田大学の入試の選択肢で紹介しましょう。

問八 次の文は、いずれもAの文章(注…中沢新一の文)中で熊楠の主張として述べられている内容である。このうち、Bの文章(注…熊楠の法竜宛書簡)中では述べられていないものを一つ選び、その記号の記入欄にマークせよ。

 イ 事は心と物があいまじわる境界面のようなところにあらわれる。
 ロ いまの学問にいちばん欠けているのは、事についての洞察だ。
 ハ 人の心に悪い考えがおこったとしても、その考えが物界と出会わなければ、将来に報いをつくりだすとはかぎらない。
 ニ 心界におこる動きが、それとは異質な物界に出会ったとき、そこに事がつくりだされる。
 ホ 心界から独立した純粋な物界などというものは存在できない。

 ちなみに答えは…えっと、えっと、たぶんホです(笑)。実はここのところ、すなわち、純粋な物界はないというのが、私にとっても不適切な表現です。こういう発想って、いかにも記号論的、あるいは量子論的じゃないですか。もっと言えば、いかにも西欧的というか、キリスト教的というか。あと、ロについてもちょっと異論を唱えたいかな。
 ま、そのへんについては、死ぬまでには自説をまとめるつもりですから、気長にお待ちください(って誰も待ってないか)。
 なんか話がそれてしまいましたが、いずれにしても、こういう参考書は、受験生のためだけでなく、大人の現実逃避のためにも有用だということです。

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