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2008.11.05

『源氏物語 一千年の旅~2500枚の源氏絵の謎~』 (NHKハイビジョン特集)

3 年は源氏物語千年紀。番組では世界に散逸した源氏絵の再発見を中心に、なぜこの物語が千年もの間読み継がれてきたのかを考えます。
 千年の、そのそれぞれの時に、いったい源氏はどのように受け入れられていたのか。時代とともにどのようにその受容の形が変わったのか。たしかに「絵」にその当時の人々の心が反映していますね。
 貴族から武士へ、そして町民へ。近代化と国際化の中での受難と再発見。まさに源氏物語の姿が歴史を映しています。
 そうですね。やはりそれが「物語」の本質であり魅力であるのでしょう。何度も繰りかえしているとおり、「物語」とはあらゆる意味で「モノ」の「カタリ」です。「モノ」とは自己の外部、自己のコントロールの及ばないものを表す語です。
 我々にとって、物語は常に外からやってきます。我々はそうした未知の情報に対して、それを知りたいという気持ちを抱きます。「ゆかし(行かし)」です。その外部に気持ちを持って行く。その世界に行きたいと思う。
 そして、その断片を知ると今度は「をかし(招かし)」と思います。こちらに招いて固定して散逸しないようにしたいと思うのです。その結果、コピーが生まれたり、絵巻が生まれたり、パロディーが生まれたりします。
 その繰り返しの中で、外部は内部化されていきます。「コト化」です。そのように固定されていくことを「カタル」と言います。ですから、単に「物語」とは、一つの作品という存在を示すのではなく、そうした一連の心理や動作や現象全てを指す語なのです(と私は考えています)。
 つまり、おそらく人間だけに与えられた「想像力」と「創造力」による営みが「物語」なんですね。自己という内部を外部とつなげる行為。それはまさに生命の本質と言えるでしょう。
 と、そんなことを考えながらこの番組を観ました。
 それにしても、すごいなあ。外国人の研究者の皆さん、マニアックすぎますよ。日本人よりよく分かっている。変体仮名ふつうに読んでるし。一方で石山寺の絵巻をぶった切ってオークションで売り飛ばしちゃう外国人もいる。というか、それ以前に源氏なんて読んだことない日本人がたくさんいて、また、とんでもない文化財を平気で外国に流出させた日本人もたくさんいる。そうした、人間の振れ幅の大きさというか、いいかげんさというか、面白さというのもつくづく感じましたね。もちろん自分のそういう部分も。
 そう、不二草紙本体の「無手勝流源氏物語」が最近全然進行しません。それにはいろいろ理由があります。まず源氏の勉強会が消滅してしまったこと。やはり私は自分に強制力が働かないと勉強しません。ま、そこまで源氏に魅力を感じていないということかもしれませんが(笑)。あと、「モノ・コト論」を進めていくうちに、やっぱりそこんとこをちゃんとして訳さないといけないかな、と思い始めたというのもあります。つまり、最初から全部訳し直したくなっちゃったんですね。でも、それも面倒くさいし、ヒマがないと。そうすると、全体にやる気が失せてしまう。いかんなあ。
 今年は千年紀ですので、それを機にもう一度と思ってたんですが、どちらかというとライバル作品である「枕草子」の方に興味が行ってしまった。「をかし」の方に行っちゃったんですね。
 源氏物語は、やはりもう少し自分が成熟してからでないと解らないんじゃないかなあ。「もののあはれ」は「をかし」を積み重ねて、そして空しさ、虚しさを感じないと理解できない。「コト」を極めて「モノ」に達するということですよ。紫式部もそうだったのでしょう。道長との愛人関係とかね。いや、私はもっといろいろあったと予想しています。そして、番組でも紹介されたたくさんの共感者たちも、だいたい自分の欲望を極めて一つの境地に至った人々でした。自分はとてもそこまで行ってませんからね。
 そう考えると、やはり時代は基本豊かになる方向に進んできたということがわかりますね。豊かになることによって、私たちは自らの欲望を満たすことを実現していくんですからね。天皇家や貴族だけがそれをできる時代だったのが、もののふたち、そして小市民まで、こうやって自らの煩悩を謳歌できるまでになった。「をかし=萌え」を実現することで、そういうノーブルな「もののあはれ」に達することができるようになった。それはまさに日本仏教の歴史とも重なります。仏教の民衆化、大衆化、形式化ですね。
 ということで、「ワタクシ源氏」は老後の楽しみにとっておくかな。たぶん10年くらいあれば訳せるでしょう。定年退職したら、出家して源氏の訳でもして、そしてあの世に行きますよ。
 しかし、源氏物語は罪な物語ですね。なんだか、倫理的に一番いけないところを芸術や宗教にまで持ち上げてしまった。それも天皇家が舞台ですから、我々庶民としては、ある種の免罪符を頂戴したような気になります。「天皇家でもこんなんだし、いいか、我々小市民も」って(笑)。
 ところで、番組のテーマでもあった「なんで千年もの間…」という問いの結論ですが、まあ一般的には「源氏物語には(それぞれの時代の)現代人に通じる心理が描かれている」ということでしょうね。でも、私はあえてこう言います。「人間の心は千年やそこらじゃ変わらない」。

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