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2008.11.23

習う=忘れる(その2)

2 (昨日の続き)

 物は変化します。そして必ず雲散霧消します。それを私たちは、劣化や老化と呼んで忌み嫌います。ですから、人間の文明はそうした摂理に対抗するように進んできました。すなわち、エントロピーの増大をいかに遅らせるかに終始してきました。
 私の「モノ・コト論」で言いますと、これは「コト化」そのものです。自分たちの思いどおりにしようとすること、それはまさに固定化することです。工業技術と情報技術とで、私たちは様々なエントロピー増大則に対抗しようとしてきました。本来朽ちるべきもの、死ぬべきもの、忘れ去られるべきものを、なんとかこの世に長くとどめようとしてきたわけです。特に西洋文明はそんな感じですね。
 私は、今の世の様々な問題は、単純にそうした世の摂理に背く、いわばマイナスのエネルギーの蓄積によるものだと思っています。いや、歴史を顧みて、ある時期より現在の方がよっぽど平和ではないかとおっしゃる方がいてもおかしくはないと思います。しかし、それはあくまで塗装の上塗りのようなもので、表面的には新しく美しいものに見えても、その奥は、実際のところかなり腐食や錆びが進んでいるような気がするのです。
 こうした人類の所業は、一人の人間の一生にあてはめて考えてみますと解りやすいと思います。
 私たちはこの世にオギャーと生まれて、そうして何年か経って「ものごころ」がつきます。この「もの」とはおそらく「もののあはれ」の「もの」のことでしょう。つまり「ものごころつく」とは、世の中が自分の思い通りにならないということに気づくということだと思います。
 そして、その「あはれ」の克服に努めるようになっていくんですね。学校で勉強したりするのも、その一つの手段でしょうから、実はそういう「コト化」の努力をせよという、常識というか(エセ)倫理観のようなものは、社会が、大人が用意しているものなんです。科学技術もそう、政治もそう、経済のシステムもそう。
 それですっかり私たちは洗脳されて立派な「大人」になっていきます。一生懸命働いて、一生懸命カネを稼いで、一生懸命自己を確立して、一生懸命ムダ使いして、一生懸命他者の命を犠牲にして、一生懸命アンチエイジングして、あくせく生きて、そして結局死んでいきます。
 私たちは個人レベルでも、とにかく自分の思い通りになるように物事を進めていこうとします。もちろん、いろいろな妥協はありますが、基本的にベクトルは自己実現の方向に向かって伸びています。しかし、そうしているうちになんだか疲れていることに気づきませんか?
 私たち人間も、お金の力で、技術の力で、とにかくどんどん上塗りしていますが、中身は自然に衰えていきます。人間にとっての中身は、すなわち心でありましょう。
 今日もなんとも不可解なニュースが飛び込んできましたね。元厚生事務次官殺傷の事件で男が出頭したと。やはり私の世代の男でした。日本が「もののあはれ」という諦念を捨てて経済成長一直線に走り続けた時代に成長した世代の産物です。とりあえずの理由は「昔ペットを処分されたから」。まさに「もののあはれ」に対処する力や智恵を失っている人間らしい言葉です。「モノ」の本質である、無常性や不随意性や他律性を諦観していない感じがします。
 非常にむなしいですね。
 そういう観点からしますと、私たちは「生きる」ということ、「生かされている」ということ、それから「死ぬ」ということに全然慣れていないとも言えますね。本当の意味でそれらを習っていないのです。
 今日は勤労感謝の日です。私は学校で仕事です。世の中では、勤労は美徳だということになっていますね。一生懸命働いて、何かを生産し、そしてお金を得て何かを消費し、個人にとっても、自治体にとっても、国にとっても、世界にとっても、とにかく経済が成長することが善しとされる。みんながそう思い込んでいます。
 私は、そろそろ世界も成長期を終え、成熟期になるべきだと思うんですが。

 (その3に続きます)

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