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2008.10.12

「参った」…太宰治のいたずら(!?)

Dazai13 日のモディリアーニとエビュテルヌの愛と死に続きまして、やはり天才的芸術家にして天才的色男と、彼の死を輝かせてしまった悪魔的な女のお話です。太宰治と山崎富栄です。写真もなんとなく昨日の続きっていう感じだな。
 それにしてもなあ…あぁあ、またやられちゃった。太宰治にいたずらされること何度目か。彼は私を弄んでいるとしか思えない(笑)。ま、なんかの縁があるってことでしょう。
 今日は三鷹で国分寺チェンバーオーケストラの本番だったんです。その本番でとんでもないことが起きました(笑!!)。
 …と、そのとんでもないことは最後に書くとしまして、まずは今朝からの流れを記しておきます。くやしいのでちゃんと記録しておきますよ。
 今日は三鷹市芸術文化センターで本番。朝はですね、6時に富士山を出ました。ずいぶん早い。実は、あるオタク生徒が東京ゲームショウに行きたいということで、三鷹まで乗せてってあげたんです。本人は4時にでも出たかったらしい。なんでも私にはわからんカードか何かが先行発売になるとかで、それを買うためには開門前に並ばなければならないんだとか。
Tomie で、三鷹市芸術文化センターと言えば、太宰の墓所である禅林寺のすぐ近くです。私は、生徒を駅前で下ろしてから、禅林寺近くの安い駐車場を見つけまして、そこに車を停めました。当初は、コンサート終了後そこに車中泊し、一晩太宰の霊と遊ぼうかといろいろ計画してました。しかし、ありがたいことに泊めてくださるという奇特な方が現れて、そちらのお宅に一泊することになりました。
 そんなわけで、だいぶ早く着いたことだし、夜は時間がなくなりましたので、朝一番でお参りしようかなと。で、さっそく「参った」わけです。なんだかんだ言って、私初めてなんですよ。ほかの聖地は何ヶ所も回ったり、それこそ泊まったりしてきましたけど、いろいろと理由がありましてお墓参りは初めてだったんです。ま、霊的なお話ですよ。
 さあそれで、まずは禅林寺の近代的な(?)山門をくぐりまして、誰もいない墓地へ一人歩を進めました。私は一見お坊さん風情ですので、はたから見ればなんかそういう関係者に見えたかもしれませんね。そうそう、禅林寺と言えば私も縁が深い臨済宗の妙心寺派のお寺さんです。これも何かの縁でしょうか。
Moririn ご存知のように、太宰の墓のななめ向かいが森鷗外の墓なんですよね。ある意味自らの希望に従って太宰はそこに葬られたわけで、彼自身が臨済宗だったわけではありません。でも、いちおうお墓を建てたということで、このお寺の門徒になったんでしょう。隣には津島家の墓が立っています。
 ええ、ちょっと墓地内で迷ってしまったんですが、一周して森林太郎の墓を見つけまして、続いてその向かいにある太宰の墓を確認しました。さて、どちらから頭を下げるべきか迷います。皆さんだったらどうしますか。
 私は一刹那迷ったあげく、やはり先輩である森鷗外を先にしました。それが普通なんじゃないかなあ。たしかに目的としては太宰でありましたが、偉大なる先輩に敬意を表さねば、太宰もなんとなく気持ちが悪いんじゃないかと。皆さんどうしてるんだろう。片方だけというのはやはりムリです。なんか背中から視線を感じますよね。
Dazai08 というわけで、先輩への礼拝をすませて、さて太宰さんの方にも丁重に頭を下げました。ついでと言ってはなんですが、この太宰の墓前で自殺を図った田中英光のことも少し思い出しましたね。結局彼も死んでしまいました。
 しかしですね、考えてみると、香華もお供えも準備していません。それで写真だけパシャリとかやってるわけですから、なんとなく申し訳ないなという気持ちもあったんですよ。で、一通り済んだところで、帰ろうと数歩歩いたら、急に呼ばれたんです。おいおい、って。私はそういう生活をしているので、そういうことがあっても全然怖くもないし、びっくりもしないんですけどね(笑)。
 で、なんだろうと思ったら、別に何も言ってくれない。しばらく待ってみたんですけど、沙汰なしなので、しかたなく(?)ケータイでもう一枚パシャリ(ピロリロリン)として、その場をあとにしました。
Zenrinji 帰り際、先ほどくぐった山門になんと東司がマウントされている(笑)ということに、大きな驚きを感じつつ、尿意も感じたのでせっかくですから、その山門の脚と一体化しているなんともハイテクなお便所で用を足しました。あれは画期的だけど、ホントにいいんでしょうか(笑)。やるな禅林寺。
 さあ、それでリハーサルに参加して、そして、禅林寺の隣の八幡様にもちゃんとお参りして、今日の本番が無事に終了しますようにと願を掛けたんですけど…。
 さあ本番が始まりました。最初のモーツァルトの序曲と続くハイドンのシンフォニーはまあ無事に終了。休憩をはさんで後半、ベートーヴェンの「英雄」です。昨日と今日の流れから、1楽章を弾きながら「英雄色を好む」だよなあ、とか思ったのが悪かったんですかね。いよいよとんでもないことの幕開けです(笑)。
 三鷹市芸術文化センター風のホールの素晴らしい響きに酔いしれながら1楽章を弾き終え、さあ2楽章です。最初はいつものように普通に弾き始めたのですが…。
 何小節目あたりでしょうかね。ピアニッシモを静かに弾いていた時のことです。ピアニッシモですよ、ピアニッシモ。フォルテッシモじゃないっすよ。突然、世界を支えている何か、何か張りつめたものが切れたような気がしたんです。
 「あれ?オレ死んだのかな?」
 まじでそう思ってしまいました。コト切れる時ってこういう感じなんでしょうか。
 まあ、本番で弦が切れるというのは、弦楽器奏者なら一生に一回くらいは経験するでしょう。あるいは弓の毛を止めている部分がはずれるということもないとも言えません。
 しかし、しかし、本番中、それもピアニッシモを弾いている時に「弓が折れる」というのはどういうことでしょう!?そう、「弓が折れた」んです!先っちょのとこがきれいに…。
 一瞬何が起きたか分かりませんでした。何しろ自分が死んだのかと思ったくらいですから。ああ、よりによって太宰の墓参りをしてベートーヴェンを弾いている時に死ぬなんて!
 死んだのは私ではなく弓の方でした。良かった…。
 これはさすがに弾けません。弦が1本切れたくらいなら、なんとか弾き続けられますが、弓が弓でなくなった状態で弾くわけもいきません。かと言って、エア・ヴィオラするわけもいかず、さあ困ったぞ。正直、「参った」。
 ベートーヴェンは静かに、しかし荘重に、そして無慈悲に流れ続けます。しかたない、諦めるしかない。様々なアクシデントに臨機応変に対応することに慣れっこになってきたことに、これほど感謝したことはありません。妙に冷静な自分。どちらかというと周りの奏者たちが動揺している…ごめんなさい。
 2楽章はその後10分以上続きました。私は楽器を抱えたまま、ステージの上で皆の演奏を聴くはめになりました。なかなかない経験だぞ。この居づらさはタダモノではない。しかし、これはこれでいいネタになるぞ、などと不謹慎にも、しかし多少太宰風にも思ったりなんかして、でもな、考えてみると、この弓は自分のものじゃないんだ!借り物だ。今、隣の隣で弾いている楽器職人さんのものを借りたんだ!やばい。もしかして数百万もするような名品なのではないか…いかにも使い古されている感じだし。
 いや、まずは2楽章が終了したらどうしよう。3楽章と4楽章もこの状態で何もせず座っているわけにはいかない。かと言ってピチカートで全部弾くというのは、これはベートーヴェンの意図に反する(笑)。いきなり退場するのもなんだし…どうすればいいのだ。
 あっ、そうだ。たまたま明日バロック・バンドの練習があるので、バロック・ボウも持ってきてるんだ!あれを取りに行って再び演奏に参加するのがいいのではないか!しかし、その考えをどうやって指揮者である坂本徹さんに伝えればいいのだ?
 と、ベートーヴェンをBGMにして私の思考はフル回転。そうこうしている内にとうとう2楽章が終わってしまいました。指揮者もさすがなもので、演奏中に生じた異常事態の空気を察してくれまして、替えの弓が楽屋にあるかどうかをジェスチャーで確認ののち、私を送り出してくれました。
 しかし、本当の恥ずかしい事態はそこから起きたと言ってもいいかもしれません。そう、あのステージと舞台裏をつなぐ壁と一体になった扉ってあるじゃないですか。あの分厚いやつです。あれってステージ側から開けようがないんですよ。いろんなところを押しても引いても引っ掻いても全然開く気配がない。これは時間にすれば数秒だったかと思いますが、なんとも気恥ずかしい長い長い時の淀みでした。会場のお客さんはみんな何が起きたのか理解できていませんからね。正直誰よりも多くの注目を浴びてしまいました。エキストラなのにね(笑)。ごめんなさい。
 結局扉はノックしているうちに開きまして(案外古典的な方法だったな…学んだぞ)、楽屋からバロック・・ボウを持ってきてステージに復帰。皆さん、長い長いチューニングをしてくれまして、ありがとうございました。そして、結果として使い慣れたバロック・ボウで3楽章と4楽章を弾き終えたのであります。めでたし、めでたし…なのか?
 いやあ、いい経験しましたよ。太宰さん、なかなかやってくれますね。今までもいろいろといたずらを仕掛けられましたけど、今回は最高でしたね。あっそうそう、結局、その弓の弁償費ですが、0円でした。なんでも、誰かからタダでもらったものだったそうで、もともと何か問題があったんでしょう。逆に変な弓を貸してしまって悪かったと恐縮されてしまいました。まさにいたずらって感じの結末でしたね。
 それにしても、大切な大切な定期演奏会をぶち壊してしまい、本当に申し訳ありませんでした。オケの皆さんごめんなさい。坂本さんごめんなさい。
 打ち上げで、アンケート読みました。「ヴィオラが一人消えてからが良かった」というのがありました。ん?どういう意味だ?(笑)

国分寺チェンバーオーケストラ 公式

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