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2008.10.31

うつる…

0181 朝の最近気温、初めて1度を切りました。氷点下まであと一歩です。これで一気に木々が色づいたかと期待したのですが、どうも今一つのようです。
 今日の富士山は風が強く、枯れ葉が乱舞しておりました。本当なら紅葉を散らす木枯らしを恨んだりして、古人にならい歌など詠みたいところですけれど、どうも最近葉の色づきが悪く、そういう気持ちになれません。「風のクロマ」がいまいちっていうことかな(笑)。
 そうそう、昨年の今頃「モミジとカエデ」という記事を書きましたね。そこにも載せた「ウチの裏」ではなく「裏のウチ」のカエデの写真をご覧ください。まだ色づきは半分くらいですけれど、もうすでに根元にたくさんの落ち葉がありますね。10年くらい前は全身真っ黄に色づいてから一斉に落葉したんですけど、どうも最近こんな感じで、いつが黄葉(もみぢ)のピークだったか分からないんです。残念です。
 ところで、昨年の記事に引用した万葉集の和歌を見直していて一つ気づいたことがあったので、今日はそれをメモしておきます。

 秋山に もみつ木の葉の うつりなば さらにや秋を 見まく欲りせむ

 この歌にも出てくる「うつる」という言葉です。皆さんよく御存知の小野小町の歌にもありますね。

 花の色も うつりにけりな つたづらに 我が身世にふる ながめせしまに

 前者では適当に「散ってしまったら」と訳されます(私もそう訳してます)し、後者では「変ってしまったなあ」とか「色あせてしまったなあ」のように訳されますね。で、その本質は何かということを考えたんですけど、これって「移動する」という動作よりも、その結果として、「そこにあった何かがなくなる」という意味ですよね。
 「うつる」の「うつ」は「空」であって、「うつる」は「からっぽになる」という説は、古来唱えられていたようです。復元されたアクセントからそれに反論する人もいるようですけど、いつかも書いたようにアクセントというのは言語現象の中で最も流動的で「うつろいやすい」ものですから、私はその説はとりません。
 そうそう、「うつろう(うつろふ)」という発展形になると、さらによくわかりますね。何かがどこかに行ってしまって、前の状態がなくなっている空しさ。気持ちも季節も栄華もうつろうものですね。
 もちろん、そういうところに私たち日本人は「もののあはれ」を感じてきました。その伝統は今でも続いていて、たとえば昨日のレミオロメンの「風のクロマ」の歌詞もそういう情緒を表現したものと言えます。
 しかし、「うつる」=「無になる」ではないんですね。あくまで今までの位置に存在しなくなるわけで、私たちは置いていかれているかもしれないけれど、それ自身はどこかに行ってどこかに存在しているわけです。その証拠に花の色も紅葉も翌年にはちゃんと帰ってきます。「うつる」には「人が死ぬ」という意味もあります。その場合にもその人はあの世に行ったということで、存在が完全に無に帰すわけではありません。あるいはその人の残した何かが違う形でこの世にも残るじゃないですか。遺伝子だったり、あるいは作品であったり、もちろん記憶であったり。
 そういう循環のようなものに対する感慨がすなわち「もののあはれ」です。それは決してマイナスの感情ではありません。驚きであり、畏敬であり、諦念であり、感動なのです。お釈迦様の唱えた「空」というのもそういうものなのかもしれませんね。
 ところで、「うつる」の他動詞「うつす」ですが、これも同じようなニュアンスにとらえられます。そうするとこの季節にもよく言われる「カゼをうつすと治る」というのも一理ありかもしれませんね。
 あっ、もう一つ。「映る」や「写る」も「移る」と同源です。ですから、写真を写されると魂が抜かれるとか吸い取られるというのは、本体が空っぽになるという語感が残っているということでしょうか。まあ、今やコピーの氾濫する時代ですから、そんなことを言う人もほとんどいませんがね。

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