『妻に語りかけた14年 松本サリン事件が終わった日』 (NNNドキュメント'08)
想像を超えた何人もの人間の姿がそこにありました。人間はとんでもない状況の中で何らかの「思い」を抱き、その「思い」が命の意味を変貌させる。それがご本人にとって幸せであるとはとても言えないけれども、しかしある種の崇高な境地であり、ある種の宗教的存在であるかのように我々が感じるのは事実です。
あの松本サリン事件から14年。今年8月5日、その事件でサリンを吸い込み、意識不明の状態が続いていた女性が亡くなりました。あの河野義行さんの奥様、澄子さんです。この事件8人目の死亡者…。奥様が亡くなられたことをもって、事件の一つの終わりを迎えたと河野さんは語ります。
ある意味、あの事件での最大の被害者である河野義行さん。自らもサリン中毒になり、最愛の妻が重体になり、そして、国家から、社会から犯人扱いされました。正直に言いますと、私もまた当時のマスコミの報道に躍らされ、世間の「集団気分」に乗って、彼を真犯人だと思っていました。つまり、あの事件は、世界を震撼させたサリンによるテロという意味だけでなく、冤罪事件としても記憶に残すべきとんでもない事件だったわけです。
そろそろ私の高校にも、あの事件を知らない生徒が入学しつつあります。私もこの14年間に結婚をし、親になり、仕事の内容も大きく変わり、それなりにいろいろな変化を体験しました。そんな時の流れの中で、河野さんも言うように、たしかに事件は社会的にも、また私をはじめ全ての個人の中でも風化していきます。それは避けられません。しかし、こうして河野さんや澄子さん、ご家族の皆さんが、強い「思い」をもって私たちに語りかけることによって、あのとんでもない事は意味を持ち続けます。
私たちのような日常的な日常を生きる者にとっては、実に奇跡的に感じる境地、存在…。
まずは澄子さんの命です。「医学的にはこの状態で生きていることが信じられない」と医師に言われながら14年。何かの強い意志がなければ、この奇跡はありえなかったことでしょう。それはおそらく「愛」だと思います。普段「愛」なんていう言葉を軽々しく使いたくないと思っている私ですが、今日は迷いなく使います。澄子さんの家族への愛。献身的に介護を続けるご主人、そして息子、娘たちへの愛、感謝。これも軽々しくは言えないことですが、その思いは決して「憎しみ」ではないと思います。この14年間の、いや澄子さんの60年の命の語る意味は、とてつもなく大きいものでした。
そして、義行さん自身の命、思い。森達也さんの作品にも出てきましたが、彼は、サリン噴霧車の製造に関わり有罪判決を受けた元オウム真理教信者と交流を続けています。自宅の鍵まで渡し、自宅の庭木を剪定してもらい、澄子さんを共に見舞う。そこには「憎しみ」はありません。もちろん元々そのような境地だったとは思えませんけれども、今はたしかにそういう関係であり、そういう心理状態です。これは、それこそ当事者ではない私にはなかなか理解できないことです。想像はできますが、いざ自分の日常的感情や倫理観に照らしてみますと、やはり正直違和感すら抱きます。あまりに崇高すぎて何か近づき難いものすら感じる。
さらには、その元信者の姿…。この番組でも彼は素顔をさらしていましたが、本当に純粋に悪い人には見えませんし、逆に私なんかよりもずっと立派に感じてしまいます。あの事件は彼自身の問題というより、やはりオウム真理教というエセ宗教(とあえて言います)によるものであったのか。そういう意味では、河野さんが彼に言ったように、彼もある意味で被害者なのか。本当はそんなふうに片付けたくない自分もいます。しかし、どうしてもそう思えてしまう彼の生き方、命のあり方なのです。
この三者の崇高な思い、私たちには本当の理解が困難な思いが病室で出会います。澄子さんの動かない手を優しく一生懸命もみほぐす河野さんと元信者。本当に不思議な光景でした。これに「感動」なんていう言葉は使いたくありませんけれど、しかし先ほどの「愛」と同様に、そうとしか言えないのです。これこそ真に宗教的な光景なのではないか。
非常に辛く残念なのは、こういう高いステージに至るには、理解や共感や感動ではなく、彼らのようにとんでもない体験を経なければならないということです。これも軽率には言えませんが、彼らもあの体験がなければ、それぞれ我々側に近い日常的な存在であり、彼らの命もごく普通の意味しか持たなかったかもしれません。それが不幸にも、そう不幸にも、そういう体験をしてしまった。こういう世の中の仕組みが辛くてなりません。
死刑制度に関するディベートなんかも含めて、いずれ授業でこの問題を扱いたいと思っています。私もしっかり考えておかなくちゃ。
Amazon 命あるかぎり―松本サリン事件を超えて
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