DREAM=夢とは…
夢の結末…いや、現実はミルコの泣き顔…。どこかで観たような光景だなと思ったら、DREAM.1のカルバンか。でも、あの時はいじめっ子の方が泣きそうだったんだよなあ。今日のDREAM.6ではいじめられっ子の方です。
今までも総合格闘技の興行DREAMに関してはずいぶんと辛口なこと書いてきましたが(たとえば観戦したDREAM.4)、今日もまたいろいろと言いたいことが…。しかし、なにしろ長すぎる。12試合もあって、5時間以上もダラダラやってましたからね。私はネット観戦してたんですけど、おかげで仕事も遊びも全然はかどりませんでした。ちなみに全試合時間の合計は1時間くらいです。あとの4時間は…。
ですから、今日はもっと根本的な話(?)をします。「DREAM=夢」についてです。昨日の話の続きですね。
皆さん、なんとなく夢と現実と言ったら、夢の方が不確かな感じがしますよね。実際「夢」を辞書でひくと、「はかないこと・不確かなこと」と書かれていたりします。でも、実際のところは逆です。夢は脳内で生み出された情報(コト)ですので、それ自体は不変です。はっきりしている。なにしろ変化しないんですから。
夢という言葉には二つの意味がありますよね。夜寝ている時見る夢と、将来の夢みたいな妄想としての夢(偶然なのか、DREAMという英語にも、夢という中国語にもそういう意味の二重性があります)。いずれにしても、夢はある程度現実とは距離を置いて起きる脳内のイメージです。
日本では、古来「ゆめ」と「うつつ」が対照されてきました。まさに夢と現実ですね。脳内と脳外。だから夢は「コト」で、現実は「モノ」なんです。ゆめとうつつ、それぞれの本質は、実は随意と不随意なんですね。
たとえば、今回のミルコとアリスターとの試合。試合前には皆さんいろいろと妄想しましたよね。夢を見ます。ミルコの完全復活とか、完璧な世代交替とか。いろいろな妄想の可能性があるということが、まるで不確かな印象を与えますが、実はそれは現実の方の不確実性であって、それぞれの夢自体は確実なんです。で、結果はミルコの睾丸が腫れるという、まあ、妄想外の意外な現実であったと。ほらね、現実の方がずっと不確かです。
スポーツはそういう不確実性に面白みがあるんですが、その割合というか確率の按配が重要になってくるんです。総合格闘技はそういう意味でもまだまだ発展段階(つまりルール整備が未完)なので、どうもいかんのですな。あるいは、今までとんでもなく長い格闘技の歴史がありながら、このような「総合」という発想がなかったのは、やはり競技として無理があったからかもしれませんね。
夢というのは、エントロピー増大則に従う現実世界に対抗して、人間がエントロピーを減少させようとする営みです。無意識にそれをすれば夜の夢、意識的にすれば将来の夢ということになりますね。
夢の実現のためには、つまりそれに従ったフィクションを貫く必要があるんです。プロレスではそれをしっかりやります。そういう意味ではプロレスは「コト」的なものなんです。選手達はしっかり「仕事」します(コトを為す)。
今週末には一方の総合格闘技イベント「戦極」があります。戦極は「リアルな強さ」を標榜しています。私の「リアル」の解釈はこちらに書いたとおりです。メインに登場するプロレスラー杉浦に期待しましょう。
PS 全然関係ないけど、今日来場して挨拶した世界最強と言われるヒョードルさん、富士急ハイランドのジェットコースター「FUJIYAMA」が大好きだとか。ハイランド内でバイトしてるウチのカミさんは、それを聞いて大興奮してました。
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