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2008.07.10

「神」「愛」「音楽」…武満徹の言葉から

Takemitsu12 日録画したものを観ました。NHKBS2で放送された「NHKアーカイブス 蔵出し劇場 あの人からのメッセージ」です。今回は「耳をすませば ~森の中で音をつかまえて~」と題して、作曲家の武満徹さんと詩人の草野心平さんのインタビューが紹介されました。
 草野さんの蛙語も面白かったのですが、やはり音楽と世界を語る武満さんの言葉にいろいろと心を動かされました。
 「私は、作曲という仕事を、無から有を形づくるというよりはむしろ、すでに世界に偏在する歌や、声にならないつぶやきを、聴きだす行為なのではないかとかんがえている。だが、そのためには、私の耳はいまよりもっとしなやかで柔軟でなければならない」
 番組の最後に紹介された武満さんの言葉です。
 彼はこうも言います。
 「我々の命は様々なものと密接に結びついている。そこに大きなものを感じる。それが神なのかもしれない。結局…愛」
 特定の宗教がどうのではなく、我々がここに存在している、その前提を無条件に与えてくれているこの世界、宇宙。それ自体が武満さんの感じる「神」であり、「愛」であり、その、武満さんを通じて立ち現れた「神」と「愛」に対し、今度は武満さんが「感謝」や「希望」として音楽を作る。そういう関係がたしかに浮かび上がるインタビューでした。
 昨日の大庭みな子さんの作品もそうでしたし、一昨日のフレッド・ブラッシーさんも、またその前の武田百合子さんもそうでしたね。結局、芸術家が表現するのは、「他者」=「世界」の「愛」なのでしょうか。
 そして、出口王仁三郎が「芸術は宗教の母」と言うように、「宗教」はそれを言葉によってシステム化したものなのかもしれませんね。
 なるほど、少し分かってきたような気がします。私たちは、生活に追われ、すなわち自分の腹のうちのことばかりにとらわれ、そうした「大きなもの」への感性を失ってしまいます。しかし、本能的にはそれを感知することができるはずですし、それと通じることが「安心」や「快感」を生むのだということは、なんとなく覚えているものです。それに気づかせてくれるのが、音楽家であり、小説家であり、詩人であり、画家であり、役者であり、舞踏家であるわけですね。そして、その先にいろいろな宗教家がいると。
 ですから、以前カート・ヴォネガットの『愛は負けても親切は勝つ』を紹介しましたが、それはあくまで「人間」の立場での発言ですね。私たち個人は「愛」という言葉を振り回せるような存在ではありません。あくまで、「愛」の主体は「大きいもの」でなければなりません。そう、「愛」は自分の中にはないのです。あくまで外にある。
 しかし、「愛」への「感謝」は当然ありますし、あるべきですね。その表現が生活レベルでは「親切」なんでしょう。そして、芸術レベルではそれぞれの作品や表現になるのでしょうね。そうすると、「芸術」の表現とは「親切」の表現とも言えますね。そして、その「親切」の行為や表現や作品によって、我々は忘れていた「愛」の存在を知るのではないでしょうか。
 間接的にではありますが、私たちは無償の「愛」に恵まれていることに気づき、いやそれを思い出し、安心し、快感を得るのでしょうね。そう考えますと、本当の芸術家や宗教家は、やはり「愛」の表現者、仲介者ということになります。
 私は、自分の「愛」にはとことん自信を持てなかったので、「愛」とか「愛の表現者」とか、そういう言葉に異様なまでの気恥ずかしさを持っていたんですが、なんか基本的な考え方が間違っていたようです。私も自分の中に「愛」があると勘違いしていたんですね。ははは、とんでもない勘違いでした。
 私は残念ながら芸術レベルでの行動や表現はそれほどできませんので、生活レベルで「親切」に徹していこうと思います。そして、自分の中の「親切」を涸らさないように、たくさんの芸術や宗教に触れていきたいと思いました。武満さん、ありがとう。こうして芸術や宗教は時を超えて生き続けるのですね。なんと尊いことでしょう。

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コメント

前略 蘊恥庵御亭主 様
今日の御文 名文です。
「愛」は・・・・隔てなく
すべてに遍満しているわけですね。
芸術は・・・その愛についての
感受性をたかめる働きを担っています。
これを・・・愚僧などが
口に出したとたんに・・・野暮になり
気障になりますね。笑
愚僧なども「渇愛」・・・強い欲望
での「愛着」は持ち合わせております。
煩悩まみれの自分ではありますが・・・・
この世に遍満する「愛」に気づけるよう
精進いたさねばなりません。
合唱おじさん

投稿: 合唱おじさん | 2008.07.11 22:18

合唱おじさんさま、こんばんは。
いやあ、全ては武満さまのおかげです。
本当にあの方の言葉はいつもググッと来ます。
「渇愛」や「欲望」、「愛着」「煩悩」は
「愛」に気づく道具ですから、うまいこと使った方がいいみたいです。
しっかり向き合いたいですね、そういう自分の性質と。
そして、まずはそんな自分に親切にしてみようかと思います。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.11 23:35

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