スティーヴィー・ワンダー 『トーキング・ブック』
Stevie Wonder 『Talking Book』
天才…くやしいけれどそういう人がいます。もちろん、そういう人たちも「恍惚と不安」をかかえていて、それなりに楽ではないのでしょうが、やはり我々凡才からしますと、彼らには嫉妬してしまいます。
今日、なんとなくつけたテレビでスティーヴィー・ワンダーの「サー・デューク」が取り上げられていました。BS-iの「SONG TO SOUL~永遠の一曲~」です。この番組なかなかよろしい。いわゆる名曲がいかに生まれたか、その誕生に携わった人々による語りを中心とした番組。
「サー・デューク」は、言わずと知れた名アルバム『キー・オブ・ライフ(Songs In The Key Of Life)』の中の1曲。誰もが聴いたことのある人類の名曲中の名曲です。「愛しのデューク」の「デューク」とは、これも言うまでもなく、スティーヴィーの敬愛するデューク・エリントンです。しっかし、この曲もハチャメチャなファンタジーに溢れた曲ですよね。スティーヴィーの曲は、たいがいトンでもないコード進行をするんですが、まあこの曲もすごいことになってますね。分析するのも面倒なほどです。
天才というのは大概こうしてトンでもないことをやりつつ、それが魅力になって、結果として万人に受け入れられるわけですよね。スティーヴィーはその和声感覚は特殊と言えるのですが、メロディーに対する感覚はものすごく古典的でして、普通に甘美で流麗なんです。だから、結果としてバランスが取れるんですね。初めて聴いても、何度聴いても、とにかく新鮮であり、しかし耳に馴染む。これは音楽としては最強です。世の名曲の中には、誰かさんの作品みたいに理解されるのに何百年もかかったものもあるし、逆にすぐに飽きられてしまったものもあります。その点、スティーヴィーは…やはりジャンルが違うとはいえ、ビートルズと並び称されてしかるべきものがありますね。
今日の番組では、そんな天才に、天から名曲が降ってくる様子が何度も紹介されていました。それも大量に降ってくるんですよね。彼は1枚のアルバムのために数百から千の楽曲を作ります。その中のベストがアルバムに収録される。その他大勢はどうなってしまうのでしょうね。そういう名曲たちが夜中に突然降ってきたりするんで、レコーディング・パートナーは大変。午前2時半にいきなり電話で起こされるなんてことは日常茶飯事。でも、そんな苦労を語る人々の幸せそうな顔と言ったら。わかるなあ。そこは少しわかるなあ。天才のそばにいられる幸せ。天才に何かを頼まれる幸せ。
さてさて、私はこの番組で初めて知ったのですが、あの名曲「サンシャイン(You Are the Sunshine of My Life)」のイントロって、デューク・エリントンの「A列車で行こう(Take the 'A' Train)」の影響を受けてるんですね。A列車のあのイントロの下降するホール・トーン・スケールを裏返して上昇させたのがサンシャインのイントロっていうことですか。正確にはあの曲はデュークの作曲ではありませんが、まあデュークによって育てられ、デュークを象徴する曲になりましたよね。スティーヴィーは天才でありながら、非常に謙虚で、他者に対する敬意を忘れない人物です。それこそが、彼の豊かな感受性、すなわち天から降ってくる音楽をキャッチできる能力の源になっていると感じました。
というわけで、今日は、その「サンシャイン」の収録されている名盤「トーキング・ブック」を引っ張り出してきて久々に聴きました。う~む、やはりあり得ない名盤ですねえ。いやあ、本当に久々ですよ。ちゃんとこうして聴いたのはもしかして15年ぶりくらい?私もそれなりにオジサンになって、いろんな音楽経験もしてきて、そうしてこうして聴きますと、またあらためてスティーヴィーの天才ぶりにKOされちゃいますね。もう理屈はどうでもいい。完璧。音楽で自分が満たされているのが実感できます。
面白いし魅力的なのは、スティーヴィーの奏でるムーグ(Moog)やアープ(Arp)といった初期のシンセサイザーの音ですね。実に味があるし、音楽と溶け込んでいる。スティーヴィーにはいろいろな面での境界線やカテゴリーというのが存在しないんですけれど、こういう楽器の面でもそういうところがうかがえますよね。彼がどんどん電子楽器を取り入れた、いやそれどころかそういう最新の機器にインスパイアされて、またどんどん曲を作った、そこがとても面白いと思います。番組でも例のYAMAHAのモンスターマシン「GX-1」とスティーヴィーの関係が紹介されていました。「GX-1」ってエレクトーンというよりポリフォニック・シンセサイザーですからね。そりゃあ画期的すぎましたよ。アメリカでは音楽家協会か何かから使用禁止にされたんですってね。仕事がなくなると思ったのでしょう。でも、スティーヴィーはあえてそれを使います。そういうモノの方が実は主体になっていて、人間の方がマニュピュレイトされていたりする…。
もちろんこのアルバム、若かりしジェフ・ベックやデイヴィッド・サンボーンの音を聴けるという楽しさもありますが、彼らより電子楽器の音の方が正直魅力的なのはなぜ?(笑)
どうも最近70年代を懐古する記事が多いような気もしますが、「モノ」にせよ「コト」にせよ「ヒト」にせよ、どうしようもなく「すごい」ので、これは致し方ありませんね。ふぅ…。
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