『肉眼夢記 ~実相寺昭雄・異界への招待』 NHK BSハイビジョン特集
国語学者の大野晋さんが亡くなりました。彼が、その実行力と妄想力とカリスマ性をもって表現者になっていれば、実相寺昭雄にも匹敵する存在になれたかもしれませんね。フィールドを間違ったのかも(…なんて書く国語学関係者もいないでしょうな)。そんなことも含めて、お悔やみ申し上げます。あちらの世界でのご活躍をお祈り申し上げます。
さて『肉眼夢記 ~実相寺昭雄・異界への招待』、昨年末に放映されたものの再放送です。前回不覚にも見逃してしまい、待つこと半年以上。待った甲斐がありました。素晴らしい出来でした。
実相寺昭雄さんが亡くなったのは一昨年前の初冬でしたか。その日は大いに呑みながらこんな記事を書いていますね、私。そうとうショックだったのでしょう。あそこでは書き忘れてますが、お亡くなりになったのは、私もお世話になった(少し関わった)北とぴあ国際音楽祭で、彼演出のハイドン「月の世界」が上演される前日だったのですよね。今考えれば、彼らしい出来すぎた究極の演出だったような気がします。
さあ、この番組です。いやあ、NHKさん、本当によくやってくれたと思います。実相寺組(池谷仙克、中堀正夫ら)を使ったとはいえ、あれだけ忠実に実相寺ワールドを再現するとは。NHKさん的にも、いわゆる実相寺世代といいますか、少年時代、実相寺に異界へ連れていかれた世代が現場の中心的存在になっているでしょうから、こういう思い入れとこだわりに満ちた番組を作ることができたのでしょう。お見事でした。
私も大好きな(!?)、実相寺AV作品「ラ・ヴァルス」や「アリエッタ」のタイトルも紹介されていたし、NHK的SM表現も、そのギリギリ感(公共世界と私的世界の相克)が実に面白く刺激的(笑)。「実相寺のアダルトビデオを借りた若者は悲劇」なんていうスーパーが出るなんて…借りたどころか買った私はどうなるの?たしかに正座して観ましたけど(笑…そう言えば誰かに貸して返ってこなくなってるぞ)。
京極夏彦さんとメトロン星人(声 寺田農)が実相寺昭雄の脳内を探索し(もちろん、ちゃぶ台を挟みつつね)、ホンモノの寺田農が現実世界での司会を務めるという二重構造、すなわち実相寺的テーマの一つである、「こちら側とあちら側」を隣接させるという全体的な演出も奏功していましたし、たくさん切り取られながら挿入されていく実際の実相寺作品が、それ自体虚構的なパッチワークになっていて、とっても心地よかった(私にはですが…)。
寺田さんが司会をする現実側のトークコーナーには、清水崇さん、山崎バニラさん、唐沢俊一さんがいらっしゃり、それぞれが現実的に語っていくんですけれど、それがいつの間にか、とっても嘘臭くなっていくんですね。特に唐沢俊一さんのオタク的なカタリですね。寺田さんはもともとどこまでが演技か分からないし。これこそ、制作側の意図だったのではないでしょうか。テレビ、あるいはテレビ番組自体がフィクションであるということを、見事に語り尽くしていましたよ、テレビ自体が。
実相寺さんが、自分の思い通りに語っていく(コト化していく)と、それが結局「モノ」になっていく。それについては追悼記事に書いた通りです。脳内のイメージを固定していくと、逆に固定されない物の怪になっていく。それは、実相寺さんの脳内が原初的に自然状態だからです。私たちが脳で考える(処理する)常識的なイメージこそが社会的フィクションであって、それはいろいろなメディアによって疑似的に固定されて、我々はそれらを共有して安心していますが、実は、我々の「実相」はもっと混沌としている「モノ」です。実相寺さんはその我々の「実相」を「実相」のまま固定してくれたんですね。
固定されえない「モノ」を「コト」として固定する矛盾については、最後に京極さんが「不立文字」の言葉で解説してくれましたね。さすがです。文字で、言葉で表せないことを、結局文字や言葉で表さなければならない根源的な我々の存在矛盾。生きることによって死を表現する、いや、死によって生を表現しなければならない我々の命自体が、実はそういうものなのです。
面白いのは、実相寺さんが恐るべき記録魔であったということ。いわゆるコレクションだけではなく、切った爪まで取っておく。電車の窓から見える建物を、許せるものと許せないものに分けてカウントした膨大な記録。毎日の便の様子を詳細に記したノート。リアルな夢日記。ぬいぐるみ「ちな坊」との様々な記録。
彼はこうして記録(固定・コト化)することによって、結局その余白部分、記録しきれない「モノ」を確認しようとしたのではないでしょうか。そういう不随意な「モノ」、不可知・不可視な「モノ」を無視し排除しようとする現代社会に挑戦しようとした…というよりも、そういう現実世界がつまらなかったのでしょうね。時間にも空間にも縛られ、社会性や法律なんていうフィクションにも縛られて生きるよりも、もっと自由な「夢」世界に生きたかったのでしょう。そして、それができる才能と勇気を持っていたのでしょうね。
そういう意味で、彼がモーツァルトの大ファンだったというのは、実に面白い事実です。番組でも述べられていましたが、やはりモーツァルトは完璧・完全の象徴なんでしょう。もちろん、私のような雑魚からすると、モーツァルトのあのフィクショナルな純粋さが気持ち悪いわけですが(笑)。実相寺さんからすると、あの異常な透明性・永遠性すなわち非エロス的世界こそ、憧れの対象だったのでしょうね。ブルーノ・ワルターの言葉を冬木透さんが紹介していました。モーツァルトの音楽は、たとえば「愛欲を表現していても道徳的」だと。
寺田メトロンがこう言っていました。
「自分のコントロールのきかないもの、従順にならざるをえないもの…それが実相寺にとっての音楽だった」
なるほど、完璧・完全な「マコト」である(と思われる)音楽こそが、自分の埒外の「モノ」であったと。そうか、そうすると、私が最近続けざまに叫んでいる、「コト」を極めると「モノ」になるということにもつながるじゃないですか。自分の随意にしようと囲い込もうとすればするほど逃げていく何か。それこそが日本語の「モノ」なのかもしれませんね。その「モノ」を鋭く感知し、それと遊んだ実相寺さんは、それこそこの世の「実相」を知り、そこに人間としてのある意味他愛のない挑戦状を叩きつけ続けたのでしょうか。「もののあはれ」に生きた人だったのですね。
そうしますと、あの作品「無常」で、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータが用いられたのは象徴的です。あの作品で実相寺さんは、ある意味完璧に構築されているバッハに伴奏をつけているんですよね。これはまさに背徳、悪徳であります。すごいなあ。勇気あるなあ。
「人生は一条の夢」
「歌詠みを羨ましきと野を駆ける歌詠めぬ身の冬の汗かな」
「頭での認識は何の役にも立たない」
こうした実相寺さんの言葉が重く胸に響きます。また、京極先生の「(実相寺作品は)生み出されたものではなく、生まれたもの」「百日かけて一発の屁をひる男」というまとめも、なかなか彼らしくお上手。
しかし、番組の掉尾に紹介されたこの一言こそが、彼の、我々の、そしてこの世の中の実相(マコト)を雄弁に物語っていると言えるのではないでしょうか。
「所詮、人生ヒマつぶし」
おそるべし、物語る物の怪、実相寺昭雄。
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コメント
はじめまして。
一日一食の記事とてもおもしろかったです。
あれから4年ですが、体調は今も好調ですか?
今も夕飯までは野菜ジュースや牛乳、ウエハースを摂るだけですか?
できましたら、現在の身長と体重を教えていただけないでしょうか?
投稿: 沙羅双樹 | 2008.07.15 21:00
沙羅双樹さん、こんばんは。
せっかくですから、
こちらに書きますね。
私は実相寺昭雄のようにマメでないので、記録しないんですよねえ。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.15 21:26