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2008.07.07

『武田百合子 天衣無縫の文章家』 (KAWADE夢ムック)

Yuriko のライバルは武田百合子です。なあんて書いたら、皆さん笑うか怒るかするでしょうね。じゃあライバルでなく恩師というのはどうでしょう。文章の師匠。いや、文章家(?)蘊恥庵庵主の生みの親。う〜ん、それでも皆さん笑うか怒るかでしょうね。なにをたわけたこと言ってるんだ、文章の質が違いすぎて話にならない、と。
 武田百合子さん、もちろん、あの武田泰淳の奥さんであると同時に、自身も優れた作家さんでありました。いや、作家さんとか詩人さんとかいう、そういうジャンルを超えたところにいらっしゃるので、だから皆「文章家」と呼ぶのでしょう。
 百合子さんの代表作はもちろん「富士日記」です。富士北麓、富士桜高原での日々をつづった日記。泰淳と、花ちゃんと、多くの文人と、また地元の人々と、ポコやたまと、そして富士山との13年間の記録。
 私が「富士日記」を初めて手にしたのは、富士桜高原に越してくる時のことでした。学校の図書室で何気なく開いたそのページには、まさに今自分がいる(学校がある)月江寺界隈のことが書かれていました。あまりにリアルで、しかし不思議と夢の中のようでもあり、正直胸のあたりから寒気のようなものがこみ上げて来て、思わず本を閉じてしまったことを思い出します。
 それからしばらく、私は百合子さんとは全く関係なく、私なりの富士桜高原での生活を続けていました。そして、再び「富士日記」をひもといたのが、今から4年前、このブログを始める時だったのです。ブログのタイトルを何にしようか、そんなことを漠然と考えていたら、「富士日記でしょう、やっぱり」と誰かに言われたような気がしたんです。その時は普通に「ああ、そうか」と思いまして、翌日図書室に行って久しぶりに引っ張り出してきたんです。そう、その時は本当に軽い気持ちだった。数年前のあの寒気もすっかり忘れていました。
 そして、あの時と同じように、やはり何気なくその数ヶ所を開いた私は、再びとんでもない恐怖に襲われました。うわぁ、これはダメだ。「富士日記」なんか書けやしない。書けるわけない。そんなたいそうな題名のもとで文章なんか書けない。ほんの数分で「富士日記」というタイトルは却下されてしまいました。
 そしてまた、ああ自分はとんでもない所に引っ越してしまったな、と思ったのです。このとんでもない文章群の生まれた、まさにその場所で、同じように富士を眺め、食事をし、猫とたわむれている自分。山を下っても、目に映る風景は、もう全て「富士日記」に描写されています。あの店、あの鳥居、あの駅、あの郵便局、あのガソリンスタンド…私は、果たして百合子さんのような目でそれら見ることができるだろうか。いや絶対にできていない。そういう恐怖にも似た緊張感が私を襲いました。
Fujinikki それとともに、私はある種の勇気を持つにも至りました。人間は往々にしてこんな時、妙な意志を抱くものです。よし、こうなったら、「富士日記」と全く逆のことをやってやろう、違う土俵で勝負だ(土俵が違ったら勝負になりませんが…笑)。そして、この「不二草紙」が始まったのです。
 まず文体を、私の得意な平成軽薄体(?)にしました。今書いているこの文体です。百合子さんの日記とは対照的な文体です。そして、内容も富士山での個人的な日々の記録ではなく、あえて富士山にこだわらず、この土地に縛られず、そして常に誰かに対して発信する「モノ・コト・ヒトをおススメする」という形にしました。
 つまり、百合子さんの「富士日記」のおかげで、このブログが生まれたのです。違う言い方をすれば、百合子さんの存在から逃げるために、無理矢理ひねり出しているのが、このブログの文章たちなのです。もし、百合子さんの「富士日記」がなかったら、私はほとんど誰にも相手にされない「富士日記」をつけ続けていたことでしょう。あるいは、得意の三日坊主で終わり、毎朝文章を書くなんてことはなかったかもしれません。
 いや、百合子さんの「富士日記」、本当にそれほど「美しい」文章なんです。百合子さんは「美しい」という言葉は安易に使いたくないなんておっしゃりますが、この文章たちを「美しい」と言わず、なんと言えばいいのでしょう。この日記を見てしまったら、もう誰も日記なんて書けません。
 あえて違う表現をするなら、私は「色っぽい」という言葉を使いたい。ここではっきり言ってしまいますが、武田百合子は本当にいい女です。惚れます。振り回されます。あの日記がいいという男性(特に文人)は、正直惚れています。そしてちょっと武田泰淳に嫉妬します。あるいは、泰淳亡きあとの未亡人百合子にドキドキします。そういう「女」性が、この日記にはあまりにストレートに書き留められているような気がするんです。だから、「美しい」と同時に「恐ろしい」。近づいたらやられます。
 こんな書き方をすると不謹慎だと言われそうですが、私が彼女の文章に寒気をおぼえたのは、やはりそういう意味においてだったのです。ものすごい「色」を感じたからです。だから、このムックで彼女について語る男どもは、なんだか堅い言い回しをしていますが、結局みんな百合子さんに惚れていたんだと感じます。「好きです」と言えない男たちのカワイイことと言ったら(笑)。吉行淳之介、村松友視、阿佐田哲也、山口瞳、粟津則雄、坪内祐三、堀切直人、種村季弘、堀江敏幸、安田謙一、巌谷國士、安原顕、川西政明、埴谷雄高…みんな、結局「色」にやられている。ああ、だから村松さんは「百合子さんは何色」を書いたのか。
 ここ富士桜高原に、武田山荘が出来たのが昭和38年暮れ、日記が書かれ始めたのが私が生まれた昭和39年でした。私の生まれた日の日記もちゃんとあります。せっかく近所にいるのですから、その聖地をいつか訪ねようと思っていましたが、残念ながら昨年取り壊しになったそうです。たしかに残念ですが、しかし、なぜか少し安心もしたのでした。

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コメント

富士日記は本当にすごすきますよね。

投稿: スクールエスケーパー渡辺 | 2008.07.08 10:12

前略 蘊恥庵御亭主 様
武田泰淳様 武田百合子様 武田花様
御家族皆様 天賦の才に恵まれておられます。
蘊恥庵御亭主様の文体はとても美しいです。
これは天賦の才と・・・毎日の文筆の
御修練による賜物ですね。
愚僧も 人様からの御紹介で 様々な
御方様の文章やブログを拝読いたしますが・・・
やはり継続して拝読できるものは稀ですね。
文章が どうも醒めてないのでしょうか・・・。
蘊恥庵御亭主様の文体は目覚めているわけです。
えぇぇぇ・・・
武田泰淳様は・・・浄土宗の長泉寺様 
大島泰信上人の御子息様であられました。
愚僧などは・・・・映画「ひかりごけ」
ぐらいしか・・・・知りません。苦笑
映画では三國連太郎様が御主演でした。
三國連太郎様も戦争の極限状態を体験なされて
おりますので迫真の演技だつたことは鮮明に
記憶いたしております。
本当に文筆に天賦の才があるということは有難いことです。
愚僧の尊敬いたしております・・・・井伏鱒二様
など 文筆の天賦の才を十二分に活かしておられます。
本当に素晴らしい文体であります。
愚僧は・・分泌× 文筆◎を育む素養も御座いません。
天賦・・・てんぷ てんぷ。
身なりはでかくとも中身は貧相な・・・・
まさに天麩羅坊主であります。笑
「ころも」をはがされても・・・
なにかが残せるよう精進いたさねばなりません。
合唱おじさん 

投稿: 合唱おじさん | 2008.07.08 13:41

訂正
誤って記述いたしました。
長泉寺×  長泉院◎
深く お詫び申し上げます。
天麩羅僧 合唱おじさん  

投稿: 合唱おじさん | 2008.07.08 15:01

再訂正
今 友人の学僧に尋ねましたら・・・
「どっちも 違うよ」笑
長泉寺×
長泉院×
潮泉寺◎
だそうです。
明治45年に東京の「潮泉寺様」で
御出生とのことでした。
本当に 申し訳ありませんでした。合掌
合唱おじさん 

投稿: 合唱おじさん | 2008.07.08 15:21

SE渡辺さん、こんばんは(笑)。
地元民として、ちゃんと読み直さなきゃいけないね。
なんだかんだ、いろんな作品に登場したり、フジファブリックを生んだり、吉田ってすごいのかも!?
詳しくは明日スクールで。
(スクールへエスケープせよ)

合唱おじさんさま、いつもありがとうございます。
武田泰淳さん、浄土宗のお寺の息子さんだったんですね。
知りませんでした。
そう考えると、小説も違った意味に読めそうですね。
武田家の皆さんも井伏さんも、皆たしかに天賦のものがありますね。
嫉妬してしまいます。
最近は、内容よりも何より、文章のリズム、匂い、色気に敏感になっている私です。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.08 20:00

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