第4回富士山の森ジャズフェスタ2008
音楽ネタが続きます。若者たちの素晴らしい音楽に触れて感動できることに感謝ですね。結論としては、昨日のレミオロメン、一昨日のBUMP OF CHICKENの話と同じ。青春時代の無垢なる妄想の共有が最強だということ。
河口湖ステラシアターで行われた、本校主催運営の「富士山の森ジャズフェスティバル」に行ってまいりました。どの団体の演奏もなかなか個性的で良かった。
今回の出演校およびゲスト、講師は以下の通りです。
富士吉田市立明見小学校・静岡ジュニアジャズオーケストラ・さいたま市立与野東中学校・山中湖村立山中湖中学校・横浜市立大学・東京大学・慶応義塾大学・日本大学・法政大学・富士学苑高校・早稲田大学
ゲスト ハイブリッジジャズオーケストラ
講師 内堀勝氏(作編曲家)・守屋順子(ジャズピアニスト・編曲家)
コンテストではありませんが、当然お互いを意識していますからね、特に大学生バンドはいい意味で挑戦的な演奏を繰り広げていました。それは悪い意味で言えば、身の程知らず(笑)ということでして、破綻寸前の瞬間(ミスとかそういう次元ではなく、音楽として伝わってこないということ)もあったりするわけですけど、まあそれこそがこのような学生音楽の楽しさであるとも言えましょう。時に若気の至りは音楽にスリルと面白みを加味します。
全体的には、昨年の記事に書いたような傾向を聴いてとることができました。やはりこのイベントの中心となる大学生は、アンサンブルが小さくなりすぎです。講師の先生もおっしゃってましたね。テクニック的にはプロ顔負けなんですけど、どうしてでしょうね。やはりある程度大人になって、理屈を身につけたり、聴く耳を持つようになったり、そして楽器をある程度操れるようになって、そこで変な色気が出るんでしょうか。いや、私も身に覚えがあるんです。それはたいがい崇高な勘違い(?)なわけですが、自分で音楽をコントロールしようとしすぎるんですね。だから意識が細部に向かいすぎる。あるいは自分に向かいすぎる。瞬間の自己実現、自己顕示にエネルギーを使ってしまうんです。
で、ここでまた身内をほめなければならなくなるわけで恐縮なんですが、やはりウチの学校、すなわち富士学苑高校の「ムーン・インレット・サウンズ・オーケストラ」は本当にいい音楽をこちらに運んでくれていました。ダントツで楽しかった。講師のお二人ももうお手上げといった論調でした。「信じられない」「何も言うことがない」「他にない」…。
聴く側も純粋に音楽にコントロールされるんです。それはすなわち、奏者たちが音楽をコントロールしようとしているのではなく、音楽によって一つにまとめられているんですね。だから細部が聴こえてくるのではなく、一つの塊となって「音楽」がやってくるんです。これは非常に重要なことですよ。
彼ら彼女らと非常に身近に接しているからよ〜く分かるんですが、彼ら彼女ら、ホント純粋に音楽を愛していますよ。変な知識や理屈はほとんど皆無で、おいおいという感じがすることもありますけど(笑)、逆にそれが功を奏しているんですね。
自分たちの演奏に関しては当然ミクロな意識、つまり細部のコントロールをしようとするのは当然です。しかし、それを大量の練習と本番のうちにいつのまにか消化してしまって、本番ではとってもマクロな意識で演奏している。もっと簡単に言えば、ちゃんと人の音を聴いているということですね。
自分の役割をきちんとこなそうとしすぎる大学生は、ある意味仕事人という感じがしますが、ウチの生徒たちは単純な表現者なんです。それも先ほど書いたように、もう音楽に乗り移られていて、自らが楽器(メディア)になって音楽に表現させられている。だから、みんな楽しい。楽しそうな表情の中から、本当に楽しい音楽が生まれ、そして聴いている私たちも楽しくなる。
象徴的だったのは、曲が終わった瞬間の奏者たちの姿です。ウチの学校の生徒たちは、音を放ち終わった後、とってもいい表情をしていた。終わった〜!やった〜!どうだ〜!っていう感じ。大学生はなんだか無表情で下を向いて、楽譜をいじったりする人が多い。まあ照れのようなものがあるのも分かりますけど、そのへん気をつけた方がいいと思いましたよ。
あと、これは守屋さんもおっしゃってましたし、私も全体として感じたんですが、ピアノがちゃんと仕事してない。ビッグバンドのピアノの役割について、私はよく分かっていないのに、こんなこと言うのは失礼かもしれませんけれど、まあ古楽のアンサンブルの経験から想像するに、ピアノは全体のコーディネイト役を果たさなければならないと思うんですね。そう、通奏低音のチェンバロの役割ですよ。ある意味コンダクターとしての意識を持たないと。リズムをキープしたり、スウィング感を演出したり、適切なコードを鳴らしてソロを支えたり、あるいは鼓舞したりするべきでしょう。それが、みんなそれこそミクロに楽譜を再現するばかりで、おいおい、いてもいなくてもいいじゃないか、という感じでした。
最後社会人バンドと守屋順子さんが共演しましたが、その時はまるで違う機能を持った楽器に感じられました。アンサンブルもガラッと色合いが変わったし、管楽器のソロもやる気を起こされて魅力的になっていましたよ。自らのピアノ・ソロももちろん雄弁でしたしアイデアに溢れるものでしたが、それ以上にアンサンブルの要として素晴らしい存在感でした。
いずれにせよ、音楽の、合奏の本質をいろいろ教えてくれる素晴らしいイベントです。演奏した皆さん、長時間にわたり講評をしてくださった講師のお二人、お疲れさまでした。そして、このイベント全体を作り上げ、そんな忙しい中、最も生き生きとした音楽を届けてくれた富士学苑の諸君、本当にありがとう!お疲れさま!今からもう来年が楽しみです。
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