『朝鮮通信使』 山本起也監督作品
駿府発・二十一世紀の使行録
作品中、このように地図が南北さかさまになっていましたね。さりげなく回転してました。
昨年は、徳川家康の駿府城入城400年、そして(江戸時代の)朝鮮通信使が始まって400年という年でした。この映像作品は、それを記念して製作されたものです。
静岡市在住の私の父が、図書館から借りてきたものを観ました。父は先日、市民文化会館で観たとのこと。静岡市が中心になって製作されましたので、基本的に徳川家康の目指した平和外交の成果としての朝鮮通信使を表現したものになっている印象を受けました。もろちん、21世紀における日本と朝鮮半島との関係を模索する目的の作品ですから、そういう内容になってしかるべきであります。
作品としては、なかなかきれいな作りであり、取材や構成もしっかりできていて楽しめました。さすが、ドキュメンタリー映画を得意とする山本監督です。静かな中にも強いメッセージを感じさせる好演出であったと思います。
ナレーションと案内役をつとめる林隆三さんがいい味を出していますね。作品全体の印象に、彼の芸がいかに大きな影響を与えていることか。「語り」の力ですね。
ご存知のように、朝鮮通信使には、日朝双方にいろいろな思惑があったり、あるいは双方の意識のすれ違いも多々あったりしましたね。この作品では、豊かな文化交流が強調されていましたが、その逆の面、すなわち文化摩擦があったのも事実です。
静岡の街道筋の人たちも、けっこう大変だったのではないでしょうか。作中にもあったように、そのもてなしにはずいぶんと大きな負担を強いられたことでしょう。彼らが来ることは、一つのお祭りのようなものであったとは思いますし、一つの娯楽、見世物として楽しみにしていたのも事実ですが、家の改修や過度な饗応も大変だったろうし、さらに狼藉をはたらく朝鮮人などもいたようですからね。せっかくきれいにした家を汚されたりして、けっこう大変だったらしい。
作品にも出てきましたが、僧侶や文人らはそれなりの文化交流をしていたようですね。それも漢文(漢詩)で交流したというのは面白いですね。今でもそうです。私も韓国の姉妹校を訪問したりすると、漢字で筆談したり、あるいは今なら英語ですかね、そういう第三の言語で、それもある意味双方にとって支配的である言語によって交流するんですよ。
なんとなくそういうことを考えながらこの作品を観ていまして、まあ、通信が「まことをかよわす」という意味だとしても、結局はその場しのぎのもてなしや、あるいは偽造した国書や印や、あるいはそういった第三の言語だったり、つまりワタクシ的に言うと「コト」的(フィクショナル)なつながりであったのだなあと、そんなことも思いました。
つまりこの世に「真コト」というのはなく、それを標榜すると、どうしても嘘つきになってしまったり、芝居がかったりしてしまうということです。もちろん、全ての異文化交流はそうして始まるわけですし、いや、いつまでたってもそこにとどまるわけですから、当たり前と言えば当たり前なんですけどね。
もうすぐ、洞爺湖サミットが始まるじゃないですか。これもまた、朝鮮通信使と似たようなもので、それなりの出迎えをして、そしてそれなりの警備をして、それなりの作られた笑顔で会話して、でもそれなりの思惑が交錯していて、で結局それなりの声明を発表したりして、なんとなくお祭りが終わったというか、それなりのアクトをしましたよで終わるというか…。つまり、「マツリゴト」というのはいつの世もフィクションであると。
それを後世どのように解釈するかというのもまた、非常に政治的、マツリゴト的なものであるわけですね。芸術作品におけるメッセージ性というのは、例外なくそういう性質のものなのでした。ですから、この作品がいろいろな教育現場などで上映されることには、プラス方向にもマイナス方向にも大きな意味があると思います。ま、教育こそ「マツリゴト」の末端であり根幹であるわけですが…。
山本監督は私の高校の後輩です。私が3年生の時の1年生だと思います。次は監督の話題作「ツヒノスミカ」を観てみましょう。たぶん、監督としては「ツヒノスミカ」の方が自然体だと思いますので。
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そして、旧対川荘、すなわち昨日コンサートをしたオウザンのメイドさんの絵でしょうか。実際、とっても可愛らしいお嬢さんお二人が、イマンの高級なメイド服に身を包み、それはそれは魅力的でいらっしゃったわけですが、さすがにこういう画風になりますと、ちょっと違った風情になりますね。右の写真は、昨日職権を濫用して(?)撮影させていただいたものです。まあ役得ですな。ごめんなさい、オタクの皆さん!
本当に楽しいコンサートでした。聴いてくださった皆様、櫻山の皆様、オウザン村Cafe&Restrantのスタッフの皆様、ありがとうございました。
さて、ご予約いただいたお客様にはオウザンの素晴らしいディナーを食べていただきまして、皆さん幸せな気持ちになったところで、いよいよコンサート(ライヴと言った方がいいかな)の始まりです。こじんまりした店内なだけに、逆にお客様との距離が近く、また、やはりおいしいお食事やお酒の効果でしょうかね、皆様すっかり貴族の気分になっていらして、おかげさまでこちら演奏者の方も実に楽しく演奏することができました。
演奏終了後、オウザンさんのお食事をいただきましたが、これがまたおいしいことおいしいこと。素材の豊かな味を活かすお料理で、野菜もお肉も絶品でありました。一仕事終えた後ですし、もう本当に幸せ幸せ(笑)。ごちそうさまでした。
最後、メイドさんと記念写真。カシャッ(私のは明日の記事で…笑)。
最近の納豆はずいぶんとスマートになりまして、スーパーで売っているものは、ほとんどが小粒で臭くなく、そして柔らかい。昔ながらの「便所の臭いのする」納豆がほとんどなくなってしまいました。第一、「便所の臭いのする」便所がなくなっちゃったか(笑)。
ついでと言ってはなんですが、もう一つ。こちらはちょっと違った味わいですが、大月の富士納豆販売所さんの「富士納豆」も紹介しておきましょう。こちらは丸屋に比べますと、豆も柔らかく臭みも少ないのですが、飽きのこない優しい味です。私はけっこう好きですね。
俺を常用漢字に入れろ!…と俺様が吠えております。ワタクシも賛成です。なにしろ「俺様」ですから。むか〜し、
富士山に住んでおります。いつかも書きましたが、郵便物は「郵便番号 富士山 氏名」で届きます。そんなところに住んでおりますので、それなりの覚悟もしっかりできています。そしてそれなりの対策もしっかり…できてないなあ。
南青山のNHK青山荘にて行われた、「稲田奈緒美 『土方巽 絶後の身体』出版記念パーティー」に夫婦で出席してまいりました。
今週、久々に「週刊プロレス」を買いました。藤本かずまさ氏による
ウチにありますDVD「
今、大人気の兄弟ピアノ・デュオ「レ・フレール」のコンサートを聴きました(観ました)。楽しかった。いろいろと考えさせられましたし。
というわけで、私のおメガネにかなったのはこちらであります。サンヨーというところが渋い。6キロで3万円切ればまあまあ安い方でしょう。実際さっき風呂の残り湯を使って洗濯してみましたが、なかなかよろしい感じです。音も静かです。洗い、すすぎ2回分を風呂の残り湯でやりまして、最後は水道水でシャワーという最もエコな(エコノミックな)方法で、2回洗濯できました。今までジャーと富士山の溶岩にしみ込ませていた数百リットルの残り湯をこうして有効に使えるというのはいいことですね。ちなみにこういうやり方ですと、実質使う水道水は1リットルちょっとだけだそうです。
父の日のプレゼントに購入。誰も何も買ってくれないので、自分で自分に買ってあげました(笑)。
帰宅後、NHK歌謡コンサートが始まる前に、クローズアップ現代をチラ見。なかなか興味深い内容でしたが、しかし、ただ単にこれは素晴らしい!とは言いきれない「現代」のありさまでありました。
クローズアップ現代でも、実際交流してみたら、実はみんなかかわり合いたがっていた、誤解していた、言いたいことが言えないでいた、というような発見が多々あったと紹介されていました。なるほど、その通りでしょう。三丁目の夕日ではありませんが、そういうご近所の人情の復権のようなことが叫ばれるのは、それ自体は正常なことですし、大いに結構なことだと思います。
やっぱり昨日の桜庭和志(秋田出身)惨敗はいかんなあ。東北のモノノケが市場原理につぶされた。そこには祭祀性などかけらもない。ダメだ…そういう世界。
ここで思い出さねばならないのは、前回40年前の秋田植樹祭のことです。あの時は開催日の三日前に十勝沖地震が発生し、昭和天皇が植樹祭を欠席する事態となりました。なんとも不思議なことです。
横浜アリーナにて総合格闘技初観戦。寸前まで(新横浜駅まで!)1枚のチケットを巡って、カミさんが行くか私が行くかもめた挙げ句、結局私が行くことに。本来なら桜庭和志フリークのカミさんが行くべき大会だったわけですが、いろいろありましてね。でも、結果的にカミさんは行かなくて良かったのでは。桜庭があんな負け方をするとは…。たぶんライヴで見ていたらショックで立ち直れなかったでしょう。
隣に座った学生と話しました。今彼は大学のジャズ・サークルで黒川さんの指導を受けているそうです。黒川さんの「まずは理論」という徹底した指導方法は昔から有名です。学生もあまりの厳しさにどんどん脱落していくとのこと。しかし、そんな修行のような練習と勉強の中で、確実に彼らも上手になってきているとのことです。地方の小さな大学の小さなサークルですが、近いうちに首都圏の有名大学のサークルを、根本的なところで抜き去る時が来るだろうと、黒川さんは力強く言っていました。
春の
今回の展示には、師と同様に個性的な六字名号がありました。師の利剣に対して、白道のそれは笹書きです。これまたシンプルで素朴。利剣はいかにもアヴァンギャルドな先鋭性を持っていますが、こちらは柔らかさの中の切れ味とも言うべき、秘めた強さがありましたね。白道はこの種の名号を多く残しているとのことで、やはり師の「剣」に対して意識的に「笹」を使ったのでは、と思わせました。
作品中、特に印象に残ったのは、宇賀神像でしょうか。弁財天とも習合し、蛇頭人身の姿で表されることの多い宇賀神ですが、このように円筒状のデザインのものは初めて見ました。たいがい「ウンチ型」(笑)の表現になるんですけどね。これはちょっとカワイイ(萌え)かもしれない。
おとといの
私、顔に似合わずミルクプリンが大好きなんです。家族もそれを知っていて、私のご機嫌をとろうという時には、必ず冷蔵庫にミルクプリンを潜ませます。
カミさんが「ミルクプリン」だよ、と言いました。しかし、私の頭は混乱したまま。だって、ミルクプリンと言えば、通常はカップに入っているじゃないですか。てか、それ以外は見たことがない。例えば、私も大好きな古典的作品である(とは言っても発売は1995年です)森永の牛乳プリン。ああいうふうにカップに入ってるのが普通でしょう。
おっと、また話がそれた。そう、牛乳プリンみたいにカップに入ってるのが、本来のミルクプリンのたたずまいであります。それが、なんですか。あの風船は。しかし、私はその一瞬間後に、あの風船に入った羊羹を思い出しました。阿寒湖の「まりもようかん」なんか有名ですよね。爪楊枝かなんかで、プチッとやってポンと(あるいはヌルッと)出てくるやつ。
容器の底の方に入っているカラメルソースを取り出してかけますと、こんな感じ(実際はもう少し崩れていました)。下の娘はこれを、醤油のかかった豆腐だと思ったらしく(さっき自分が持ってきたのに…笑)、「お豆腐ちょうだい」と言ってます。ははは、たしかに丸豆腐っていう感じだな。そう思って食べたら、ものすごいギャップに味覚が混乱しますよ、きっと。誰かだまそうかな。酒のつまみに「いい豆腐が手に入ったんですよ」とか言ってね。
私はこれでも、昔は野球部に所属し投手をやっておりました。今や誰も信じません。完全な文化会系と思われることが多いんですね。ま、それも致し方ありません。このブログでもスポーツのカテゴリーはほとんどプロレスの話。プロレスをスポーツとすること自体、問題があると言えますし。今はほとんどスポーツらしきことをしていません。せいぜい
茂木さんの趣味は、私のそれと重なるところが多いだけに、かえってしっくり来ないことが多い。今回もバッハや本居宣長について、そして「自己」と「他者」についての記述などで少し違和感を覚えました。いや、別にいいんです。趣味は同じでも「趣味」は違って当然ですからね。
夕方テレビをつけましたら、
戦国の武将の兜なんか、どう考えてもこりゃあ実用性がないどころか、単にジャマなだけじゃないかな。こういうキッチュぎりぎりな感じもまた、デコの重要な要素でしょうね。
家族で合奏というのは一つの夢です。家族生活自体、合奏であるとも言えますが、やはり楽器や歌によるアンサンブルというのは格別なものです。
あっそうそう、最後にちょっと変な自慢させてください。今書いたヴィーラントとの合奏は古楽のレッスンにおけるもので、もちろん当然ヴィーラントが先生で私が生徒だったわけですが、実は逆の立場になったことがあるんですよ(笑)!彼に私が指導した。
池波正太郎先生による男の作法指南書。職場の後輩に借りて読んでみました。いろんな意味で面白かったなあ。いい味出してますね、池波先生。
遅ればせながら、Skype(スカイプ)を導入しまして、実家とテレビ電話をつないでみました。あまりに簡単に、そして高品質で、さらに無料なわけですから、ウチの両親はもちろん、子どもたちも大はしゃぎ。大変に好評です。
研修旅行団は美濃の伊深へ。私は3年ぶりの妙法山正眼寺参拝です。臨済宗最大派となった妙心寺派の開祖である関山慧玄さんが修行したお寺です。妙心寺奥の院とも言われ、多くの雲水が修行する道場としても有名です。また、あの川上哲治さんが座禅に励んだ寺としても知られていますね。
私たちが本堂に入った時、ちょうど老師による提唱が行われていました。老師が本尊のおられる正面に向かい祖録を講じています(たぶん)。途中からの拝聴であり、またテキストもなく、生徒たちを座らせながらでしたので、全体としてどのようなお話なのか分からなかったのが残念です。しかし、ところどころ私の心に深く入ってくる言葉がありました。
そして「請ふ、其の本を務めよ」…関山慧玄さんは語録や頂相など、私が言うところの「コト」を残しませんでした。ただ四つのシンプルな言葉が、伝説として残っているだけです(数年前に妙心寺の蔵の中から慧玄さんのものとおぼしき頂相が見つかったらしいのですが、まだそれがホンモノかどうか検証がされていないようです)。その中でも最も有名な言葉が「請ふ、其の本を務めよ」です。「モト」という語は私の言う「モノ」と語源的に近しい関係にあるのですが、まさに「カタられたコト」という枝葉末節ではなく、その本質である「モノ」を見極めろというお言葉であると解釈しました。
3年生の研修旅行で岐阜に来ております。今日は高山で一泊。本当は高山のことを書くべきなのかもしれませんが、ちょっとそれ以上に気になったことがあるので、それを書きます。どうでもいいこと…なのかもしれないけど。
で、今日もエレベーターに一人で乗り込んだら、生徒が走ってきたんですよ。それで、閉まりかけた戸を開けてあげたんです。今日はそれがうまく行った。というのは、右の写真では分かりにくいと思いますが、実は「開」「閉」ボタンの下に「open」「close」というシールが貼ってあったんですよ。ホテルですから、外国人もたくさん泊まりますよね。ですから、こういうシールを貼ったんだと思うんですけど、結果として日本人である私にも一瞬で分かったんですね。これはいいですよ。
梅雨入りしました。ここ富士山麓ではしばらくストーブが必要な日が続きます。今も外は9℃です。
そこで、ある意味比喩的な表現として、世界を「水分」の中に放り込んでしまった。巨大な水滴を想定したというより、我々や世を矮小化して、露の中にとじこめたんじゃないでしょうか。
昨日はフジファブリックが生む縁のお話、今日はレミオロメンが生む縁のお話です。
で、その芦川の山奥にありますスズランの群生地は、白樺林の足下に一面のスズランが咲き誇る、それはそれは幻想的なものであります。今年は開花が少し遅れているということでしたが、それでも、白樺林に満ちるあの独特の芳香を吸い込みながら、散策の小道を歩いていますと、もう本当に浮き世のことを忘れてしまいます。
さて、そんな素晴らしいスズラン畑を保護し整備してくれているのが、当地で民宿やキャンプ場、茶屋などを営む「すずらん荘」の皆さんです。そこの奥さんが、最近レミオロメン関係でお世話になっている方のお友達で、そういう縁もありまして、今回訪れることとしたのでした。そこの息子さんはレミオロメンの3人と同級生で、ご自身も音楽をやられているとのこと。今日はその方はいらっしゃらず、自らもレミオロメンのファンとおっしゃるお兄さんが私たちをもてなしてくださいました。
そんな話でも盛り上がりましたが、しかし、やっぱりですね、なんといってもスズランをはじめとする美しく豊かな自然と、そして、お店でいただいたおいしいおいしい味噌おでん、きのこ汁が最高でしたねえ。
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