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2008.06.07

ベートーヴェン 『弦楽四重奏曲第9番/弦楽五重奏曲 ハ長調』 クイケン・ファミリー

Kuijken Two Generations
Beethoven: String Quartet in C major Op. 59 No. 3
String Quintet in C major Op. 29
Cc72181 族で合奏というのは一つの夢です。家族生活自体、合奏であるとも言えますが、やはり楽器や歌によるアンサンブルというのは格別なものです。
 ウチも歌謡曲バンドなんかで、それを実現しているとも言えますけれど、今日紹介するのは、そんなレベルとはあまりに違う(当たり前か)ファミリー・アンサンブルです。
 古楽界の重鎮、クイケン3兄弟のうち、弦楽器奏者であるヴィーラントとシギスヴァルトのファミリーによるベートーヴェン。うむ、これは温かくおいしい。
 メンバーを紹介しましょうか。

Veronice Kuijken (violin)
Sigiswald Kuijken (violin)
Sara Kuijken (viola)
Marleen Thiers (viola)
Wieland Kuijken (cello)

 ヴェロニカはヴィーラントの娘さん。サラはシギスヴァルトの娘さん。マルレーン・ティールスはシギスヴァルトの奥様ですよね(Kさん、合ってますよね?…高校の同級生でヴァイオリン仲間のKさんは、クイケン・ファミリーに嫁入りしたんです…!)。
 このCDは私にいろいろな意味で感動を与えました。まずですねえ、これは意外なことかもしれませんが、この録音ではクイケン・ファミリーはいわゆる古楽器を使っていないんです。いわゆるモダン楽器でアンサンブルしています。
 シギスヴァルトはこの点に関して、結果として、ベートーヴェンと同族遺伝子の驚きと喜びの前に「楽器(道具)は楽器(道具)に過ぎない」ことに気づいた、というようなことを言っています。これは至言ですね。経験以外からは生まれないであろう言葉(実感)であります。
 この、道具論、方法論というのは、実はいろいろな分野、いや全ての人間活動のおいてあてはまることであり、彼らの「悟り」というものは、我々が到達しなければならない境地であります。
 私たちは、自らが恣意的に(勝手に)作った領域や分野や言語や習慣や流派といったものに、あまりに縛られすぎます。つまりワタクシ的にいう「コト」の世界ですね。それにとらわれてしまって硬直化する。
 いや、それは過程としては大切な「コト」だと思います。そうした「縛り」「ルール」「形式」を徹底的に窮めて到達する、いやそれを突き破った先にある「モノ」世界があるんですね。
 最近繰りかえして述べていますが、「コト」は「モノ」の一部であり、同時に全体でありうると、私は考えているのです。究極的な言い方をしますと、自分という「コト」を通して、宇宙という「モノ」の本質を知るのが「悟り」であるということですかね。その方法が「カタリ」であり、私たちがメディアとしてとらえているもの(音楽や言語)や宗教や科学における行為は全てそういう「カタリ」であると思います。
 ある意味「コト」にこだわり「カタリ」尽くすオタク的活動こそ、悟りへの道なのかもしれません。古楽の世界なんかまさにそういう世界ですからね。いいことだと思います。この世界でも、最近は(私も含めて?)突き抜けた方が多いので。
 ちょっと話がそれましたね。えっと、ベートーヴェンについても語りましょうか…と言いつつ、実はこれも意外に思われるかもしれませんが、私、ベートーヴェンはほとんど聴いたことも弾いたこともないんですよ。45歳になったら挑戦しようかと思っていたんです…ということは、来年あたりからですね。
 そう、音楽に限らず、私は後半生に残してあるおいしいものがたくさんありまして、そのうちの一つがベートーヴェンなんです。実はちょっと楽しみなんですよ。特に弦楽四重奏曲群にはビリビリ予感がします。今回はちょっと勇み足で、この第9番ハ長調「ラズモフスキー第3番」を聴いてしまったわけです。
 まあとにかく、素晴らしいアンサンブルですね。彼らがお互いの目を見ながら、そしてにこやかに合奏を楽しんでいる様子が目に浮かびます。私、ヴィーラントとは一緒に演奏したことがあるんですけど、あの時のヴィーラントが送ってくる「気」には本当に圧倒されました。なんか変な言い方ですが、彼の天眼と私の天眼がつながっているような、そんな感じがしました。思いっきりコントロールされちゃいました。
Tdh43 あっそうそう、最後にちょっと変な自慢させてください。今書いたヴィーラントとの合奏は古楽のレッスンにおけるもので、もちろん当然ヴィーラントが先生で私が生徒だったわけですが、実は逆の立場になったことがあるんですよ(笑)!彼に私が指導した。
 ハハハ、右の写真がその証拠です。ご覧のように3人でお琴(箏)を弾いております。そう、Kさんの結婚披露パーティーの余興で、新郎のお父様(ヴィーラント)と一緒に琴の合奏をしたんです。さすがに彼は初めての経験でしたからね、私が指導させていただいたということであります(笑)。ある意味すごいことですよね…まあ、全てがギャグな私の人生を象徴するワンシーンであります。
 
Amazon Beethoven: String Quartet; String Quintet

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コメント

先週、ラジオでゲーベルのインタヴューをやっていたので面白く聴いていました。手の具合が悪くなったので左手に弓を持ち替えたいきさつなどを笑いながら話していました。≪「楽器(道具)は楽器(道具)に過ぎない」ことに気づいた≫とありますが、ゲーベルもにたようなことを言っていました。「弓は音楽の魂だ。バロック弓は最高だし、モダン弓も最高」とかなんとかいっていました。

投稿: 龍川順 | 2008.06.08 20:41

龍川さん、こんばんは。
へえ〜、ゲーベルのインタヴューですかあ。
彼もかなりのお変人ですし、苦労してますからね。
ある種の悟りの境地に至っているかもしれません。
弓ですね。なるほど。
道具(モノ)から学んで自らが変化する…これこそ自分の「ものにする」、しまいには、自分が「ものになる」っいうことでしょう。
やっぱり徹底しなくちゃいけないですね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.06.08 22:13

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