徐福祠(富士古代王朝政庁跡)
富士吉田市明見にある徐福祠

今日は東京から友人が来まして、ひたすらマニアックな話をしました。古武道、プロレス、出口王仁三郎、グルジェフ、土方巽、宮下文書…夜は近所の方々も多数いらして飲み会になったんですけど、正直皆さんには私たち二人の会話はさっぱりわからなかったでしょう。かなり妖しい会話でした(笑)。
でも、私としては非常に勉強になりまして、特に「場」の持つ力について対話は面白かったですね。「場」というか「場所」というか「トポス」というか。その方は地図の専門家なんですけど、地図に表せない「場力」とでもいいましょうかね、そういうものがあるという話です。あと、地図は言語以前の言語であるという話もありましたね。あとは酔っぱらって忘れちゃいました(笑)。
で、飲み始める前に彼をある「場」に案内しました。それが、富士王朝の政庁跡であります…と、いきなりまた怪しすぎですね。まあ、とにかく当地には宮下文書(富士古文献)という謎の(トンデモな)古文書がありまして、それによると…これ以上書くとまた皆さんついてこれなくなっちゃいますから、やめときます。知りたい方はウチまで来てください。ああ、もう眠くて死にそうです。おやすみなさい。たまにはこんな記事もいいでしょう…。
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コメント
はじめまして。富士宮に住んでいます、秋月と申します。ここ何年かで、宮下文書、富士王朝について知るところとなり、この歴史のイロイロな流れの中でここ富士周辺に、縄文時代の中心的な聖地があったとういうことに、確信を得ました。もう時代は、大変化の時に差し掛かり富士周辺も穏やかではありませんが、やはり富士文献にまつわるモロモロ封印された事実を後世に語り継ぐべく明らかにする時だと思われます。私たちは、西湖にて、縄文時代にアイヌ民族が住んでいたという、伝承的事実を確認しています。
そして、アイヌの長老も富士がアイヌの故郷だと言っていました。
私たちは、イロイロな、富士王朝の歴史や日本の本当の歴史について知識を共有するため、勉強会をこれから企画したいと考えています。
もしよろしければお力、助言などいただけませんでしょうか。
よろしくお願いします。
投稿: 秋月裕介 | 2012.02.05 23:36