『三島由紀夫―剣と寒紅』 福島次郎 (文藝春秋)
先輩の先生にお借りしていたものをようやく読みました。
三島は私にとって大きな壁であり、いまだそれを乗り越えるどころか、それに対面しようとさえしていない人物です。
最近で言えば土方巽、美輪明宏や寺山修司、あるいは赤塚不二夫、出口王仁三郎、さらに昭和天皇と、その周辺、外堀はこのブログでもずいぶんと扱ってきました。そこから浮かび上がる三島像はそれぞれ神秘的で魅惑的ではありましたが、どういうわけかその人本人について考えたり調べたりすることもなく、いや、それ以前にその作品すらほとんど読まないという不思議な事態。近くにある三島由紀夫文学館にも、あえて足を運ばないでいます。
しかし、そんな自分に対して不安や不満はありません。なんとなくですが、来年あたり、そうですねえ、三島の自決した年齢くらいに私もなりますので、そのあたりから自分の中の三島が起動するような気がしているんです。だから、今はあえて外堀付近から彼をちらと眺める程度にしておきます。
それなのにいきなりこの本か、と言われそうですね。しかし、この本は私にとってはいわば安全圏なのです。彼がゲイであろうと、福島次郎と肉体関係にあろうと、あまり驚くべきことではありませんし、それが彼の生み出した芸術や思想にとって、まあ全く影響がないとは言えませんが、本質であるとも言えないと思います。
今からちょうど10年前ですね。この本は発刊されてすぐに発禁となりました。三島の遺族から訴えられたのです。表向きは三島の書簡を無断引用したという著作権に関する訴えでしたが、もちろん実際にはその衝撃的な内容への否定と反発であったわけです。
正直私は大変に感動しました。二人の濃厚なベッドシーンにはたしかに気恥ずかしさを感じましたけれど、それ以上に人間三島に初めて出会えたことの方が私にとっては衝撃的でした。その衝撃は私にある種の安心を与えてくれたと思います。高い壁だと思っていた三島が、なんとなく等身大というか、自分の目線と同じ存在というか、いずれにせよ、私の中で神格化されつつあり、あるいは偶像化されつつあった三島が、再び人間の血を通わせたような気がしました。
ものすごく繊細で弱々しく、そのために意識と肉体において「耽美」の鎧を身につけずにはいられなかった人間三島の姿がそこにありました。それを浮き彫りにしたのが、たまたま同性愛という形式であったというだけでしょう。形式の違いだと思えばなんでもありません。男女の仲という通常の形式においては、あまりに普通な人間性の発露のあり方だと思います。
ところで、本書に先日お会いした細江英公さんの名前が出てきました。もちろん、三島の裸体写真集「薔薇刑」の撮影者としてです。この「薔薇刑」はいろいろな意味で重要な作品ですよね。改めて細江さんの力…それはカメラマンとしての力とともに人間としての力でしょうか…を思い知りました。私はとんでもない人を被写体にしてしまいましたな(笑)。
ということで、この本は三島を神格化したい人は読まない方がいいでしょう。しかし、私のようにいずれ彼を身近に感じてみたい人には非常に重要な参考文献でしょう。フィクションとして読んでもそれなりに楽しめると思います。福島さんもそこそこの筆力のある方ですので。そういう意味で面白かったのは、福島さんが自身の作品を三島に送ったのに対し、三島がそれを評した手紙ですね。三島の文学的感覚の核心に触れたように感じました。
再刊はありえないと思いますが、比較的簡単に手に入りますので、興味がある方はご一読を。
Amazon 三島由紀夫―剣と寒紅
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