『兵士たちが記録した 南京大虐殺』 (NNNドキュメント'08)
ダライ・ラマが来日。チベットでの暴動、北京五輪について記者会見しました。その様子を見て、日曜深夜に録画したこの番組をようやく観る気になりました。
いろいろな意味で辛かった。殺された捕虜、殺した兵士、軍、国家、陣中日記を収集する小野さん、この番組を作ったスタッフ、放送した放送局、観ている私たち、ネット上で繰り広げられる無責任な議論、まじめに向き合おうとしている研究者、頑なに口を閉ざす元兵士…みんな辛いじゃないですか。
南京大虐殺に関しては、いろいろと議論の分かれるところであり、私はその研究家でもないし、あまりに知識も不足しています。ですから、あったなかった、5万だ30万だとか、誰の責任だとか、そんなことは声高には言えません。ぼんやりしたイメージのようなものはあったとしても、それを言う必要も責任もありません。
こういうことを言ってしまうといろいろな方面から怒られるかもしれませんけれど、やはり私は語れないものを語ろうとすることの危険性の方が気になります。語れないことを「モノガタリ」してしまうと、そこにはどうしても「自分」が強く表れてしまい、結果として原理主義的になってしまうからです。
この番組への意見や感想も、予想通り真っ二つに分かれているようです。だからこそ、この問題は放送界ではタブー視されてきたんでしょうね。まあそういう意味ではこのドキュメントをよくぞ放映したなとも思います。
しかし、ここで描かれた南京での出来事は、あくまでも陣中日記やテレビ番組として「語られた」ものであり、もちろん本当の出来事の一部でしかありません。物語やメディアの本質はそういうところにあるのだということをしっかり把握してかからないと、つい自分の口からも妙な「語り(騙り)」が始まってしまいます。それがどんどん伝播して増殖して、そうしてあの戦争も起きたんでしょう。そこのところをしっかり意識して臨まねばなりません。
そうすると結局何も言えなくなってしまうんです。で、何も言わないと「忘れてしまう」。忘れてしまうとまた愚行を繰りかえす可能性も増える。それはいかんと、たとえば我が教育界でもそう叫ぶ先生がたくさんいるわけです。
そう、結局、語っても語らなくても、それが極端になれば同じような結果を生むんですよ。私はそれが昔からイヤでたまらないんですね。だから、そういう世間の流れの中には、どちらにしても身を投じることができなかった。どこにいても安心できないし、燃えもしない。そんな自分も辛かった。
う〜ん、今もこうして書いていることが辛い。結論なんて出やしないんですから。でも、知りたい自分もいるし、知ってもらいたい自分もいるし、知りたくない自分もいるし、知ってほしくない自分もいる。そして、誰かと議論になればその時だけは熱くなる自分もいるし、でもそんな時も相手によって自分の言っていることはコロコロ変っているし。
結局、こういう無責任で自己中心的な人間個人の集合体としての「人間」が悪いんでしょう。罪を憎んで人を憎まず、なんていうのは最も無責任な非人道的な物言いです。でも、そう言ってしまって終わりにしてしまうのが「人間」であり、また、そう言ってでも終わりにしてしまいたいと思うのも「人間」であり、そういう逃げ道を作っておいて再び馬鹿なことをしてしまうのもまた「人間」なのでありました。
そんなふうに考えてくると、最終的には口をつぐんだ兵士たちが一番正しいような気もします。知っていながら、語れないから語らない、というのが人間として正しいあり方なのかもしれませんね。
ですから、私もこれ以上語りません。
(この番組について)知りたいという方は、一部ですがYouTubeにアップされていますのでご覧下さい。あくまでほんの一部のごく一部なわけですが…。
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コメント
語らないことが正しいことではありません。この問題は憲法9条と自衛隊の存在の矛盾に直結しています。明治憲法下における軍人の名誉を考え否定するのか、昭和憲法下の国民の知る権利を考え史実を直視するのかの違いです。「南京」を否定、矮小化しているのは防衛省防衛研究所戦史部を中心とした人々です。つまり自衛隊は皇国史観でなければ戦えないと言っているのです。いまどき馬鹿げた話しです。
投稿: 核心 | 2008.07.28 12:43
核心さん、こんばんは。
コメントありがとうございました。
この問題は記事にも書いたように、単純に自分の意見を述べることができる性質のものではありません。
難しいですね。
たしかにいろんなところに馬鹿げた話がごろごろしていますが、
私はそのどれにも賛同も反対もできません。
はっきりしなくて申し訳ありませんが、
それが私なりの良心のつもりです。
ブログという場でありますし…。
私の語らないというのはそういうことですので。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.28 20:10
平成18年に親父の介護が忙しくなって来たので法律の勉強を中断して、スケッチ帳とアルバムを某社にCD-R化をお願いしました。そうしたところ、戦史部OBの森松俊夫氏などに裏から手をまわされて、両資料が一部破壊されて返されたことから分かったことです。一般の方にはお分かりにくいと思います。まさか平成のこの世に国家機関やそのOBが歴史の捏造に加担しているというのですから。
投稿: 核心 | 2008.07.29 11:36
核心さま、こんにちは。
サイトの資料、少し拝見しました。
その資料破壊の件、事実としましたら、
さすがに私も驚きです。
私も、こちらで戦史部を茶化してる場合じゃないですねえ(苦笑)。
語らないうちに騙られてしまうということですか…
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.29 13:11
ご理解頂いてありがとうございます。牛込署に被害届が2通受理されています。実行者も特定出来ているのですが告訴状の受理は難しいようです。65連隊に限って言えば福島民友新聞社の論説主幹でもあった阿部輝郎氏と南京陥落時少尉、終戦時陸軍少佐の平林貞治氏(元戦友会会長)などにより捏造されまくっています。「語らないうちに騙られてしまう」といったところが真相です。戦史部は旧将校の子弟などに限って採用しています。
投稿: 核心 | 2008.07.29 14:28
核心さん、おはようございます。
そのあたりの事情に疎い私は、ただびっくりするだけです。
これに限らず歴史は「語り」と「騙り」のせめぎ合いですからね。
私は、趣味で「騙られた歴史」を研究したりしてますが、
それは古代とか、せいぜい中世のことですから、
あんまりリアリティーがないんですね。
歴史におけるリアリティーの運命もまた必定のものなんでしょうか。
それに抗う行為は、ものすごく大変ですが、崇高なものだと思いますよ。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.30 09:10
「リアリティー」、よく分かります。65連隊は昭和12年12月15日に魚雷営の虐殺(=処分)の一日目として二千人の中国人捕虜を斬首します。「さすがの揚子江も真っ赤になった、アッハッハ。」というのが父から聞いた話です。その時、父は26歳で剣道三段でした。後年、小平市剣友会会長、金鵄会小平市支部長となります。父の名前は中国人は誰でも知っているようです。
投稿: 核心 | 2008.07.30 19:04
核心さん、おはようございます。
なんとも言えない「リアリティー」ですね。
お父様の言葉はおそらく単なる描写や説明でないでしょう。
いちおう「物語論」を専門にしている者として、
ここには「物語」の危険性、つまり言葉が自らの外に作り出してしまう「リアリティー」の恐ろしさを感じてしまいますね。
ですから、何度も書いているように、私自身は「語る」勇気が持てないんですよ。
私はその程度だということです。
卑怯と言われても(言う人もいるでしょう)、やはり距離を置くのが私の良心ですね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.07.31 10:24
明治憲法下では捕虜の「処分」として軍の極秘事項だったことが、敗戦で昭和憲法になり「虐殺」として非難されることになりました。昭和憲法には9条があり、金日成の起こした朝鮮戦争により結果的に自衛隊が出来、旧陸軍関係者が自衛隊に戻り、軍事史が捏造されまくりました。父が「南京」で中国人捕虜の首を斬りまくっていたことはそれなりに知られたことです。
投稿: 核心 | 2008.07.31 11:29
核心さん、どうもです。
憲法自体、言葉で書かれたものですから、
それに照射された事象も、いろいろな色に変わってしまいますね。
「処分」「虐殺」という言葉もまた、いろいろな意図によって語られた言葉ですし。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.01 13:56
「日本人は日本人自身の手で国民主権国家に辿り着けたわけではない。」といったところです。
私も数年前に法律の勉強を本格的に始めたときに、父の証言を見直す機会を得ました。
私の記憶では父は毎日新聞と本多勝一氏にだけ話したハズなのだが、と調べてみて父の証言が捏造されていることを知りました。
法律の勉強を始めて気が付いたことは「おー、戦後日本よ、そんなにまで憲法の解釈に苦労したのか。」と初めて、付け焼刃のような戦後日本の憲法解釈を知りました。
投稿: 核心 | 2008.08.01 17:09
「憲法」の解釈は、これはもう文学の世界ですね。
法律の御専門の方に対して失礼とは思いますが、
やはりもともと不備な性質を持つ「言葉」を解釈して、
白黒つけること自体、かなり無謀なことのような気がします。
私は最初からそれは諦めちゃってます。
私は小心者,いやそれ以前に小者ですので、
もともとはっきりするはずのない言葉や歴史を巡って、
持論を強く主張したり、他を糾弾したりする勇気がないんですね。
いろいろなお話しには耳を傾けますが、
何度も言うとおり、私からははっきり語れません。
もちろん、何が正しい、なんて本気で言えませんね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.02 13:57
「南京」は一言で言えば「史実派」と「捏造派」です。
史実は捏造に近づけない、だから結論なんて出ないのです。
史実派のうち、大虐殺肯定派は栗原証言は事実を言った、と主張しています。
捏造派は毎日と本多氏の栗原証言は捏造である、とそれ自身が捏造である話しを主張しています。
日本のメディアは文藝春秋社、新潮社、現在の毎日新聞ほか殆どが捏造派に属します。
正直なところ、父の証言が出た時に、真実なので中国側にはすぐ伝わったのですが、日本では防衛研究所戦史室などの捏造派がまき返しに出て父の証言はそれほど一般化しませんでした。
それが両国の歴史認識の格差を生んでいます。
とりあえず中間的な(良心的な)ブログに書き込みをさせて頂いています。
投稿: 核心 | 2008.08.02 16:47
核心さん、こんばんは。
ウチが良心的かどうかはわかりませんが、
書き込みありがとうございます。
たしかに両者の溝は埋まりませんね。
古代や中世なんかをやってますと、
それこそ史実なんてものはなくて、全てが捏造になってしまいます。
繰りかえしますが、やはり言葉の不備、不完全性を意識しないと、
とんでもないケンカが始まってしまいますね。
戦争自体、そうやって起きるわけですし。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.03 20:55
1984年(昭和59年)8月に栗原証言が出て、はじめて「南京」の実態が明らかになりました。
2006年8月に私が二度、森松俊夫氏に電話で嘘を直接つかれて、9月末に父が亡くなり、父の死後、資料が大量に見つかり、捏造派の栗原証言の捏造が決定的になりました。
私はそれらの資料をCD-Rにして肯定派の方にお配りしています。
私は栗原証言がどのようなものであったかをお知らせしています。
グーグルのようなネット検索技術の発達により、このようなことが可能になりました。
産経新聞で阿羅健一氏が書いているような「蒋介石のプロパガンダ説」は全く現代では意味のないことなのです。
蒋介石が「南京」に関してプロパガンダを行い、失敗したことは昭和13年の全国紙に書かれたことですから、当時の日本人なら誰でも知っていることです。
投稿: 核心 | 2008.08.03 21:42
元名通産事務次官の両角良彦氏のご尊父が南京陥落時の65連隊長の両角業作大佐(終戦時中将)で2万人の捕虜虐殺(=処分)の直接の指図者であり責任者です。
こんなこと日本のメディアで取り上げることが出きると思います?
南京の真実が日本のメディアで取り上げることが不可能な理由です。
投稿: 核心 | 2008.08.04 00:56
いろいろな「責任者」「実行者」も、戦争がなければ立派な人生を全うしたのでしょうね。
そういう意味では被害者とも言えましょうか。
それもまた辛いことです。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.04 22:10
私は誰も非難していません。
また、非難できることでもないと考えています。
その意味では「南京」で死刑になった5人は無罪論に近いです。
ただ、日本は「南京」のような出来事を経て、国民主権国家になれたのですから、忘れられるべき歴史的出来事だ、とは考えていないのです。
「南京」があって、太平洋戦争に突入するのですから。
また、防衛省防衛研究所は「南京」を真摯な研究の対象としていないことは事実です。
投稿: 核心 | 2008.08.04 22:53
私が言いたいことは「南京」は天皇主権国家の戦争だから起きたことだ、ということです。
ついでに麻生発言の軽薄さについて言うと「ワイマール憲法」はドイツ国民が作ったものです。
「日本国憲法」のように敗戦により戦勝国から作ってもらったものとは違います。
ドイツは欧米です。
近代哲学や近代法の生まれたところです。自国にそのような思想家も哲学者も生まなかった日本の政治家が言う言葉では無いですね。
65連隊の最後の連隊長は吉田茂氏の暗殺を企てた服部卓四郎氏ですから、祖父のつめの垢でも煎じて飲ませたいところですね。
投稿: 核心 | 2008.08.05 13:12
今日はクラスの中国人とこの話をしました。
彼女が本国で受けてきた教育もまたずいぶんと極端なものでした。
今彼女は日本に丸4年ほど住んで、かなり客観的にものごとを判断できるようになっています。
そして、あらためてこの問題に興味を持ったようです。
こうして一緒に生活していればお互いの溝は案外普通に埋まっていくんですが…。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.06 09:03
私の知識では彼女の話は全く極端では無いと思います。
「南京」の実態が明らかになるのは1984年以降のことです。
中国人は東史郎と栗原利一は必ず知っています。
私は東史郎氏が無罪である間接的証拠資料を多々保持しています(最高裁では有罪が確定しています。)。
なぜ、日本人が「南京」を知らされないのか?
それは「南京」は父の話の10倍以上の規模の大虐殺だったからです。
日本陸軍による組織的大虐殺だったのです。
(当時でさえ問題視され、軍人多数が左遷されるのですから。)
投稿: 核心 | 2008.08.06 09:37
65連隊の幕府山捕虜の処分(=大虐殺)でさえ1万3500人です。
父は「あれほどのことは両角さんでなければできねえ。」と私に話しています。
「南京」の核心は捕獲捕虜の取扱いの問題です。
捕獲捕虜を全ての連隊で計画的に虐殺(=処分)したのです。
そして戦後彼らはいち早く「自衛のために発砲した」と証言し始めたのです。
捕獲捕虜がいて(これは当時の新聞などに掲載されています。)戦後、旧将校による自衛発砲証言のあるところには全て大虐殺(=処分)があったのです。
それでNNNドキュメントも1時間程度では「大虐殺、大虐殺」と連呼する程度の番組しか作れなかったのです。
投稿: 核心 | 2008.08.06 09:47
(私の他掲示板への投降より)
以下は他の掲示板に小野賢二氏の諸論文を読む前に投稿した内容です。
一般の人が「南京」が分かりにくいのは曖昧で日本軍に好意的な記述の部分が虚偽であり、明確で残酷な記述の部分が真実である、という事が理解できないからだと思います。
「南京大虐殺研究札記」の小俣行男氏の記事の元本の「侵掠」(1982年、現代史出版会、徳間書店)を読んだところです。
この方は父より1歳年下の読売新聞の従軍記者です。
基本的に全く嘘や誇張の無い記述だと思います。
前半の支那事変での従軍体験の話は連隊本部や大隊本部の位置関係や設営状況などが分かり、とても参考になりました。
南京大虐殺については以下のような記述です。
私はこれ以外に父から聞かされた中国兵捕虜の斬首行為に適合する記述を知りません。
南京大虐殺
”上海支局に着いたその夜、二人の連絡員が南京から帰って来た。現地採用の武田と畦崎だった。側車をつけたオートバイを飛ばせてきたので...
「寒いの、なんのって-」。
頬がこわばって口がきけないほどだった。二人とも南京陥落(昭和12年12月13日)後はじめての帰還だった。ちょうど一ヶ月目である。...
捕虜も全部で10万人くらいいるらしい。最初に入城した部隊が、「この捕虜をどうするか」と軍司令部に聞いたら、「適当に処分しろ」という話だった。...
そこで、揚子江岸の下関へ、捕虜を連れていって首を切った。最初の列の処刑が終わると、次の列を前進させて、死体を前に投げ込ませて、それから前と同じように一列にならべて処刑した。こうして朝から晩まで、つぎつぎに首をはねたが、一日に二千人しか斬れなかったという。...
二日目には手が疲れてきたので、機関銃をかつぎ出した。河岸に向って一列に並ばせて、ドドドドッと、重機関銃の引き金を引いた。捕虜たちはいっせいに河に向って逃げ出したが、岸までたどりついたものは一人もいなかったという。...
揚子江には中国兵の死体がいっぱい浮き、河の水は真っ赤で正視できぬ惨状だった、という。...”
私が小学三年生の時に、父が話した身振りは以下のようなものでした。
父は坐ったままで刀を(実際の刀は持たずに)「エイッ、エイッ、エイッ...}と、思いっきり上から振り下ろす動作を7~8回繰返した後で「さすがの揚子江も真っ赤になった。」といって高笑いしていました。
父は首を斬ることをもっぱら担当していたのだと思います。
父は当時26歳で剣道三段でした。
「岸までたどりついたものは一人もいなかった」ので65連隊の一方の処分(=虐殺)現場の死体の山となったのです。
投稿: 核心 | 2008.08.06 10:27
ウチのクラスの中国人の女の子は、南京のことはよく知らないと言っています。
ちなみに天安門事件のことも知りません(知らされていない)。
旧満州地域で育ち、漢民族ではないので、多少事情も違うようですが、それでもあちらで受けてきた反日教育については、本人も笑ってしまうほど、極端なものですね。
まあ、日本の教育も逆の意味で偏っていますから、何も言えませんが。
そういう意味で彼女が両国の歴史観と教育と言葉と国民の生活を知っているのは、ちょっとうらやましくも思います。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.07 08:12
日本人が全く知らないのが(今、生きている人は戦後教育しかうけていませんから仕方ないのですが)昭和前期の日本です。
そこを保守派につけこまれて「南京」もマボロシ化されています。
日本人自身の手で「国民主権国家」になれたわけでもないし、「自衛隊」を作ったわけではないので殆どの日本人には皆目見当のつかない騒動だと思います。
投稿: 核心 | 2008.08.07 09:14
南京陥落直後に非戦闘時に殺害された中国人捕虜の数は7万人あまりです。
南京戦で不当に殺害された中国人は20万人というのが笠原説です。
中国側は戦闘時も含めた中国人犠牲者数なので30万人と言っています(死体の数ですから全く問題はありません。)。
65連隊は幕府山の捕虜1万3500人は大湾子(小野賢二説)で殺害し、7千人あまりを魚雷営で殺害します。
そのうち2千人は下関(シャーカン)で斬首で殺害します。
父(栗原利一)は二箇所の殺害に関係しています。
これは史実派の主張となります。
これを両角業作氏は一人の殺害にも関与していない、というのが大日本帝国陸軍と自衛隊関係者の主張になります。
ま、日本人の嘘つき度合いには赤面を覚えるものがあります。
投稿: 核心 | 2008.08.07 13:11
「我部隊は13500であったが他部隊合わせて70000余と言っておられた。」と捕虜殺害の規模が書かれた世界で唯一の資料です。
それで終戦時少佐で防衛研究所戦史部OBの森松俊夫氏(87歳)の指示で某社のS.M氏により一部破壊されてしまったのです。
投稿: 核心 | 2008.08.07 23:15
核心さん、おはようございます。
そうですね、私も全く不勉強で、正直なんのことやら分からないというのが実情です。
ただ、現代のこの世の中でも、そうした地下水脈のようなものがあるのは、他の分野からの知識ですが、よく知っています。
表に出てこない、出されない、いわゆる裏の歴史(操作)には興味があります。
それがどういう見えない網の目の中でのことなのか、あるいはどういう人間の心性に基づくものなのか、興味深いところです。
おそらく歴史の半分はそうした人間の暗部によって語り継がれてきたのでしょう。
私にはどれが正しいのかわかりませんし、言えませんが…。
自分にも矛盾した二面性がありますしね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.08 08:27
「南京」が分かると日本が分かる、みたいなところがあります。
戦史室の二人は最近、解散した日本「南京」学会に所属していました。
日本「南京」学会の会員は元軍人、自衛隊OB、「新しい歴史教科書を作る会」とか「英霊に応える会」とかの会員が多かったです。
これもグーグルなどのネット検索技術のおかげです。
「南京」もまず、渡辺恒雄氏のお墨付きをもらって放送にこぎつけたようですから。
日本の民主主義もその程度だということですね。
投稿: 核心 | 2008.08.08 09:41
「付け焼刃民主主義」とか「日和見民主主義」とか、その程度でしょう。
投稿: 核心 | 2008.08.08 14:48
「ベクトルは長さでなく、方向で勝負しろ。」、これが某塾の教えです。
だからエールの落ちこぼれでも大統領になれる。
親がどうの、社会がどうの、ではなく、無いものではなく、あるもので勝負しなさい。
橋の下のホームレスのおっさんも、国民主権国家、日本の主権者なのだから。
投稿: 核心 | 2008.08.08 20:31
「南京」は昭和59年夏の毎日と朝日ジャーナルの栗原証言は真実か、といった部分が多分にあります。
8月1日に毎日新聞の福永平和氏が取材に訪れ、7日に記事になります。
8月8日に戦史室の森松俊夫氏、原剛氏が4時間取材します。
8月10日の午後に本多勝一氏が訪れ取材し、朝日ジャーナルに二度にわたり記事を掲載します。
父は同じ資料を基に三者に同じような話しをします。
本多氏には私の「歴史的なことなので事実を詳しく話したほうがよい。」との私のアドバイスにより、より詳しい話をします。
戦史室の二人は国家公務員でありながら、この情報を捏造派に流します。
国家機関が歴史の捏造に肩入れしている国、それなりの非民主的国家と評価されても仕方がないでしょうねえ。
投稿: 核心 | 2008.08.10 06:33
「大日本帝国陸軍が栗原利一のスケッチブックに手を出して失敗して、アメリカと中国が腹を抱えて笑っている。」というのが私の書き込みです。
某社は古文書などをデジタル化する会社で、S.M氏は文書情報管理士1級です。
この会社が戦史部と深いつながりがあることを知らずに、資料のCD-R化などをお願いしたら写真や地図を破り盗られました。
それが森松氏などの指示であったことがわかるのは「ひょん」なことからです。
国家機関のOBが業務上横領、窃盗、器物損壊の共謀共同正犯か教唆犯か、といったところです。
あまりにも国辱的な出来事なのでどこも報道できません。
投稿: 核心 | 2008.08.10 11:28
栗原証言は脅しや懐柔により、捏造派により捏造されまくります。
その結果、史実派は栗原証言が使えなくなります。
父は65連隊だったので洞富雄氏、藤原彰氏、本多勝一氏の指導と協力の下に小野賢二氏が、65連隊の下級兵士を中心に陣中日記の収集を行ないます。
そして栗原証言と符合する数々の日誌や証言を集めます。
平成16年に父が亡くなり、父の遺品から捏造派などの多数の手紙や資料が見つかり、捏造派が栗原証言を捏造したことが確定的になりました。
その他もろもろなのですが、それで今日、「南京」は日本軍による組織的大虐殺であったことが確定的になったのです。
戦史部では永久に認めないでしょうけど。
投稿: 核心 | 2008.08.10 18:22
以下は日テレが諸掲示板に書き込んだ内容です。
南京大虐殺を認めることがリベラルなのだ、というコメントです。
そのくらい日本のメディアは「南京」を否定する情報に溢れています。
読売グループが南京大虐殺の事実の証明に本腰を入れました!
これも渡辺主筆のリベラル共闘宣言の成果の1つです!
4月6日(日)24:55~25:50(日本テレビ系列)
★ 『兵士たちが記録した南京大虐殺』~NNNドキュメント'08、
『私の従軍中国戦線』村瀬守保写真集一兵士が写した戦場の記録
『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』小野賢二 著(大月書店)が書かれる取材過程を密着し制作された番組です。
福島県在住の民間研究者、小野賢二氏が南京作戦に参加した部隊員とその遺族を追跡調査し集めた陣中日記に昭和12年12月16日と17日に収容した捕虜約15000人を揚子江のほとりで虐殺した記述を発見、同様の記録が数多く見られることから南京虐殺の事実を裏付ける決定的な資料として出版されています。
『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』(大月書店)
番組はこの小野賢二氏の調査活動を取材しながら南京虐殺の事実を証明するというもので、通常の番組枠30分放送を1時間に枠を広げてスペシャル放送するとても力の入った内容となっています。
渡辺主筆がリベラル共闘宣言した日本テレビの本気度がわかりますネ
多くの方の視聴を呼びかけます。なお日本テレビCS放送で
再放送も予定されています。
まさに 日テレ Go Go! ですネ・
NNNドキュメント'08 スタッフクレジット
撮影 片岡高志 音声 桑原伸行
編集 鈴木祐馬 EED 小林雄太
MA 濱田豊 音効 番匠祐司 画 宮本謙三
資料 南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち 本多勝一 小野賢二 藤原彰
我殲滅譜
私の従軍中国戦線
協力 栗原利秀 奈良県立図書情報館
ディレクター 中村明
プロデューサー 日笠昭彦 田中政文 石原正礼
チーフプロデューサー 智片健二
投稿: 核心 | 2008.08.10 19:58
「大日本帝国陸海軍の生き残りの作った自衛隊にはアメリカの中古の軍備がよく似合う。」といったところです。
「イージス艦では荷が重すぎる、またまた主権者である自国民を殺してしもうた、アッハッハ。」
昨晩、レイテをBSで放送していました。
そのころの日本軍では「処分」が当然の処置だったのです。
それが「天皇主権国家」というものなのです。
投稿: 核心 | 2008.08.11 07:50
レイテは私も観ました。
戦争はやはり異常な状態なわけで、
その異常な状態を作らないこと、
さらにその前にその異常な状態を作る状態(さきの戦争では天皇主権国家なんでしょう)を作らないことですね。
歴史においては、捏造や破棄、隠蔽は当たり前に行われてきました。
おそらくそれは国民主権になってもなくなりませんね。
ちなみに笠原先生は私の母校の教授です。
直接存じ上げませんが。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.11 08:04
産経新聞の「南京」は「蒋介石のプロパガンダ」だと言うプロパガンダ
捏造派のすることはいちいちこすっからい。
昨年の12月に阿羅健一氏が産経新聞のトップで「南京大虐殺」は「蒋介石のプロパガンダ」だというそれ自体がプロパガンダである糞記事を載せていました。
以下は昭和13年6月の福島民報社発行の支那事変郷土部隊写真史の中の一節です。
”事変をめぐる外交関係に就いては遺憾ながら詳述の余裕が無い、ただ支那のデマ戦術と欧米依存外交が当時は多少の効果があったが我公正なる態度の判明に連れ漸次其の信用を墜として来た事、...”
昭和13年の日本人には蒋介石が「南京」の(実態も知らずに)プロパガンダを行なったことは周知の事実だったのです。
誰でも当時の国民党関係の資料を漁れば、そんな事実は確かめることは可能なのです。
70年もたって全国紙のトップで伝えるような内容ではないのです。
見え透いた馬鹿馬鹿しい読者を馬鹿にした記事です。
さすが産経アカ新聞だけのことはあります。
投稿: 核心 | 2008.08.12 00:01
日本の保守勢力が血道をあげて「南京」つぶしをしている中で笠原十九司先生ぐらいですね、「南京」を実感を持って研究されているのは。
たかだかの大日本帝国陸海軍の亡霊程度におどされて、びびってしまう先生方が多くて残念です。
投稿: 核心 | 2008.08.12 00:10
勇気のある方々は偉いと思います。
ただ、妙な力には必ずどこかで抗力も働きますよね。
いずれにせよ、こういうことが原因で再び衝突が起きないことを願います。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.12 09:29
先日も本屋で立ち読みしていたら秦郁彦氏の新しい本に出会いました。
その中で氏は「今後、大虐殺肯定派が中国側と連携してくるかもしれない。」といったことを書かれていました。
確かに栗原証言やスケッチブックは大虐殺肯定派が根拠としています、でもそれは史実ですから。
歴史的事実が何であったかを詳らかにしているだけですから。
子供の喧嘩ではないのですから、どことどこが手を組む、といった問題ではないと思います。
「南京」は正直なところ私の話しで見当はつけられます。
私にとって最も重要な歴史的事実は「週間金曜日」に掲載された小野賢二氏の論文の「多くの元兵士達は捕虜の総数は2万人だった、と話していた。」という部分です。
これは幕府山の13500人と魚雷営の7千人の合計と一致し、昭和13年の郷土部隊写真史とも一致し、洞富雄氏が昭和12年12月に予感の根拠とした捕虜捕獲数とも一致します。
捕獲捕虜の殺害は7万人強だった、というのが歴史的事実です。
親父なんか私が聞いたら相当怒って「数えた!」と言ってましたから。
今後起こらないようにするためにはやはり正確な史実を残すことだと思います。
防衛研究所戦史部にはそのような考えは全くありません。
投稿: 核心 | 2008.08.13 09:10
「南京」はその時代背景を知らないと理解しにくい出来事です。
市民戦争が無く、国民主権国家になれた戦後日本だから存在できるつまらない問題です。
アルバムの写真が盗難された後で同じ類の写真を探しに「昭和の館」に出かけました。
そうしたらそこで私に電話口で二度も嘘をお付になられた森松俊夫氏の編纂された「戦史叢書」がDVDでありました。
日本の国土防衛を嘘で固めた歴史の上に行なおうとしても無理でしょう。
数年前に近くの浴恩館で見つけて投稿している歌詞です。
とても北朝鮮を笑っていられる話ではありません。
聖戦童謡集 ニッポンバンザイ
佐々木すぐる作曲
高橋悦子 ニクイオニノベイエイ
ニクイオニノ ベイエイハ
ジブンラダケデ セカイジュウ
カッテニシヨウト ヤッコラサ
ニッポンメガケテ ワルダクミ
ソコデニホンガ ジャマニナル
ヒトリノコラズ ムリムリニ
コロシテシマエト ヤッコラサ
ニッポンメガケテ オシヨセタ
大政翼賛会推薦
聖戦文化奉公会選定
カチイクサ
山本芳樹作曲
望月節子
カッテクルゾト タイリクニ
シュッセイナサレタ ヘイタイサン
ヘイカノオンタメ クニノタメ
イノチササゲテ ゴホウコウ
(子供の体操つき)
隣組常会
常会の誓い
ささやかなこの集いながら
必ず皇国の礎として
大きな役目を果たします
この集いにおいて
互いに私を去って語り合い
唯ひとすぢに皇国に
つくす覚悟をかためます
この集いによって
皇国に生まれた喜びを新たにし
一丸となって大御心に
奉らんことを誓います
投稿: 核心 | 2008.08.14 08:53
「市民革命」が無く、の誤りです。
投稿: 核心 | 2008.08.14 09:37
「栗原利弘の人生」
栗原利弘の人生は悲惨だった。
昭和12年の7月に生まれ、親父は9月には出征し、帰って来たのは昭和15年。
傷痍軍人の姿だったので親父には全くなつかず。
疎開先の福島で育てられたため戦争の悲惨なことを知らず。
学生時代にプレスリーやジェームスディーンを知り、夢中になり、ちょっとした経緯(いきさつ)から恋人との仲をさかれ親父に精神病院に強制入院させられ、そのうち本当の精神分裂病になり。
うん悪くお袋の父親も既に死んでしまっていて、親父の弟もレイテ戦でなくなり、親父の長兄に対する虐待を止めることのできる人が誰もいなくて。
なんの希望もなく、恋人に捨てられ(結婚した恋人の家の近くまでは発病後も行ったことがあるみたいだった)少しばかしの小遣いをお袋からもらい、近くをウロウロ歩いて、時々警察につかまり保護されていた。
最後に精神病院で窓枠に紐をかけ、首をつって死んでしまった。
桐朋高校卒業、中央大学法学部法律学科卒業の栗原利弘の話です。
投稿: 核心 | 2008.08.14 10:40
(享年40歳)
投稿: 核心 | 2008.08.14 15:22
「南京」の真実を日本のメディアが報道できない理由の一つが「靖国」です。
トルコが政教分離でもめているのと同じく、日本も政教分離が出来ていない国なのです。
国民や国会議員にその認識が欠けているんです。
そこいらが欧米ではない、といったところです。
自力で憲法を作れなかった国のつまらない問題です。
投稿: 核心 | 2008.08.15 06:14
核心さん、こんにちは。
今日は終戦の日。
いろいろと考えなければならない日ですね。
私が個人的に研究している大本の出口王仁三郎は、
南京の事件とも因縁のある紅卍字会と深いつながりがありました。
また、そこから笹川良一をはじめとして、いろいろな戦後のフィクサーも登場しましたね。
読売もある意味そのあたりとつながっていますし。
政治と宗教は分離できないというのが私の考えです。
両方とも「まつりごと」ですからね。
ただ、政教両方ともにお金がからむと急に堕落してしまいます。
南京のことも結局、精神性よりもカネの動きで、大きく二派に分かれてしまっているのではないでしょうか。
よくわかりませんが。
資本主義、市場経済は基本的に人間を悪に導くという欠陥があると思う今日この頃です。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.15 14:48
みさなん、戦争は嫌いだ、嫌いだ、と言われるのですが。
戦争は普段から努力しなければ防げません。
一生懸命、戦争の出きる国にする、ことを目標にしている人たちが「南京」を潰そうと努力しているのですから。
私は戦争なんかあっても痛くもかゆくもありません。
どうせみなさんの努力の結果なのですから。
国民主権国家なのですからどうにでも出来ます。
「南京」問題の核心は日本陸軍が軍の組織として7万人以上の中国人捕虜を南京城外で殺害した行為です。
それを認めることの出来ないことに利害のある連中が一生懸命、活躍しているのです。
資料が少ない(当然です。敗戦時に殆ど焼却してしまったのですから。)、事実を話す元兵士は戦友会を通じて黙らせる、旧将校は(山砲隊将校が情報戦に長けていたそうです。)ひたすら地元メディアと通じて捏造する、といったことを長年行なって来ているのです。
投稿: 核心 | 2008.08.15 19:10
アカデミック、法曹界は「南京」大虐殺は私と同じ方向で肯定しています。
ビジネス界、メディアは金銭的な有利さから(資金援助などもあるようです。)「南京」を否定的に取られえています。
大日本帝国の軍需産業の再興でも夢見ているのでしょうか。
投稿: 核心 | 2008.08.15 19:17
「南京」が基本的に一般の人に分かりにくいのは一般の人ではアクセスできる資料に限りがあるからです。
そこが捏造派のネライでもあります。
「情報戦」などとぬかしているのは捏造派だけですから。
史実派は歴史的事実の確定を行なっているだけなのです。
ただ、始末の悪いことに捏造派は真実を知った上で捏造を行なっているものですから、史実派は対抗するのに苦労するのです。
これからも捏造派は必死にメディアに真実から遠い事実を流し続けるでしょう。
日本国民が「南京」の真実を知れば、政治家は「靖国」に参拝できなくなってしまうでしょう。
そのくらいの問題なのです。
投稿: 核心 | 2008.08.16 01:58
とりあえず父(栗原利一)の直筆のメモをお知らせします。
父は100m四方の凹地に誘導した、後ろ手にしばった1万3500人の捕虜を三方から機関銃で1時間ほど掃射した(立っているものがいなくなってから)後で、石油をまいて火をつけて生存者を確認しながら銃剣で止めを刺していったのだ、とひたすら言い続けています。
(これは処分だったのだ、とも言い続けています。)
これが歴史的真実です。
投稿: 核心 | 2008.08.16 03:49
NNNドキュメント'08 スタッフクレジット
ディレクター 中村明
プロデューサー 日笠昭彦 田中政文 石原正礼
チーフプロデューサー 智片健二
撮影 片岡高志 音声 桑原伸行
編集 鈴木祐馬 EED 小林雄太
MA 濱田豊 音効 番匠祐司 画 宮本謙三
資料 南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち 本多勝一 小野賢二 藤原彰
我殲滅譜
私の従軍中国戦線
協力 栗原利秀 奈良県立図書情報館
ディレクター 中村明
プロデューサー 日笠昭彦 田中政文 石原正礼
チーフプロデューサー 智片健二
投稿: 核心 | 2008.08.16 15:35
一言で言うと「大本営発表、南京大虐殺は無かった。」なのです。
いまどき大本営発表など信じる人もいないでしょう。
「南京大虐殺がなっかた。」と言ってるのが大本営だと知っていたらですが。
大本営の生き残りが自衛隊、防衛省を作って「大本営発表」と同じ事をしているなんて通常の日本人は夢想だにしないでしょう。
馬鹿馬鹿しいことですが、そこで「南京」は捏造されているのです。
どうせ自分達で血を流して知る権利を得たわけでもない、いまの日本国民は知らず知らずに「大本営発表」を信じ込まされているのです。
おめでたい日本人。
投稿: 核心 | 2008.08.17 09:40
大本営的なものはどの時代にもあるものですね。
そういう見えない力というか、地下水脈みたいなものに、
私は昔から興味があります。
まあ、私のような興味の持ち方が正しいかどうかわかりませんが、
意識しないとだまされるのは確かですね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.18 09:07
ご理解頂いてありがとうございます。
2年前に親父の介護も進んで来たので、とりあえずスケッチ帳とアルバムでもデジタル化しておくか、と考えてネットで知った某社にお願いしたところ終戦時陸軍少佐、戦史部OBの森松俊夫氏などに手を回されて両方とも一部破壊されました。
私も某社の営業のS.M氏も「南京」には詳しくなかったものですから資料価値を失うほどの破壊は免れました。
父の死後見つかった資料はCD-R化して肯定派の人たちにお配りしています。
中国側にも渡っていると思います。
投稿: 核心 | 2008.08.18 10:48
昭和59年(1984年)の8月10日に本多勝一氏から父に電話があったときに、父に相談され「歴史的なことなので事実を正確に話しておいたほうがよい。」とアドバイスをしました。
それで父は正直に幕府山の捕虜の殺害について話をしました。
ただ、私は朝日ジャーナルの記事は仮名になっていましたので殆ど読んでいませんでした。
そうしたら捏造派が父を取り込もうとあの手、この手を使ったものですから家には捏造派と史実派の資料や書簡などが溜まってしまったのです。
基本的に全資料は中国側に寄贈する予定なのですが、両国の歴史認識を埋めるべく書き込みをしています。
投稿: 核心 | 2008.08.19 17:28
昭和59年(1984年)当時、私が父親をフォローしなかったのは家族的事情です。
平成12年(2000年)に会社を退職して、2001年から某司法試験塾にて法律の勉強を本格的に始めたため、偶然的に「南京」に再会しました。
平成18年(2006年)に父親が亡くなり、資料や書簡が多々残されていたため(外国メディアの取材が続いたことや本多氏への義理もあり)、「南京」の勉強をしました。
世界史的な事件を個人で確信できる、という不思議な気分です。
(某社での事件に遭遇した時に牛込署員から要求されて、同じ写真がないか、戦友会名簿を基に聞いて回ったのですが、どの家にもありませんでした。
確かに、いまどき父親が「南京」の桟橋で中国人捕虜の首を夢中で斬っていたなんて話せる人も珍しいかなと感じています。)
投稿: 核心 | 2008.08.21 05:18
核心さま、こんばんは。
ご家族のことでも、いろいろな事情やタイミングがおありなんですね。
これがほとんどの現代日本人にとっては他人事というか、
知らないことになりつつあるわけで、なかなか難しい状況ですね。
教育者の端くれとして、いろいろと考えさせられます。
ただあまり悲観的にはならないようにしたいと思います。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.21 21:57
私は全く悲観的には考えていません。
家にある資料をそのまま中国側に渡してしまえば、それはそれでお仕舞いなのですが。
「南京」は実態をうまく説明できる人が私くらいしかいないのです。
中国側は「南京」が虐殺であるのは栗原証言があるからだ、と言っているのですから、「栗原利一の息子」がその通りです、実際はその通り以上です、と具体的に説明すればいいだけなのです。
今は母親の介護でそれが出来ません。
それでネットで書き込みをしています。
投稿: 核心 | 2008.08.21 22:39
私は「南京」の実態を人々に知らせることはとても意味のあることだと考えています。
一つは70年も前のことであっても真実が伝わることの難しさを教えてくれます。
次に、平和というのは日々継続的な活動を続けなければ維持できないということです。
また、9条と自衛隊という矛盾の表れをどう解決するのかということです。
戦後日本の抱えている矛盾が集約されているような問題です。
ただ、日本の「南京」問題の実態は広く知られていて米国も日米の軍事的共同行動は無理だと考えているようですから。
いまさらパールハーバー奇襲攻撃の大日本帝国陸海軍の生き残りやその後裔と手を組むつもりもないようです。
「日本と中国が仲がよくないと米国が困る。」という日本の宗主国である、米国のブッシュ発言です。
投稿: 核心 | 2008.08.22 03:37
国家の近代化は法律の近代化から始まる、明治の日本と同じです。
私が教育者なら「天皇主権国家」と「国民主権国家」の違い程度は教えておきます。
近代法の原則は人間一人一人には人間的価値に差が無い、ということを前提とした人権の保障です。
生徒の一人一人も日本の主権者です。
不満や不服があるときは主権者として国会に請願する権利もあるのです。
犯罪に走ることなく、法律を味方にして自分の身を守ることができることでも教えておいてください。
法律は、法律を知っている者だけの味方です。
投稿: 核心 | 2008.08.22 06:05
森松俊夫氏のように、87歳もすぎてから、業務上横領、窃盗、器物損壊の共謀共同正犯や教唆犯に擬せられることのないように、指導しておいてください。
私が彼に二度も電話口で嘘をつかれたことは周知の事実ですから。
国家機関が歴史の捏造、なんてとても近代国家とは言えません。
投稿: 核心 | 2008.08.22 09:32
戦後の軍事史の捏造は福田篤泰氏あたりが始めたことかも知れません。
この方は「南京」当時の南京の日本大使館員です。
南京城外にいた時に城内から外出した欧米人と遭遇しています。
城外での捕虜殺害を知りながら、戦後は一貫して「大虐殺は無かった。」といい続けていました。
防衛庁長官であった時に「郷土部隊戦記」では両角業作氏と共に序文を書いています。
この方は東京都剣道連盟会長も勤められています。
投稿: 核心 | 2008.08.23 08:00
福田篤泰氏の秘書であった小沢きよし氏の後を継いで自民党から出ているのが松本洋平氏です。
暫く前まで「南京の真実を検証する会」に入っていたのですが、会長の阿羅健一氏は昭和59年11月22日を皮切りに家に三度は来ている人で、ゼンボウの昭和60年3月号で毎日と朝日の栗原証言は捏造だ、という捏造記事を戦史室と協力して書いた人だと証拠つきで教えておきました。
どうも福田氏あたりからの流れなのかとも考えられます。
投稿: 核心 | 2008.08.23 09:20
福田篤泰 ふくだ・とくやす
(1906~1992)
東京都出身。東京帝国大学卒。外務省入省。中国勤務などを経て、戦後は吉田外相兼首相の秘書官。1949年(昭和24年)自由党より衆議院当選。 59年第二次岸改造内閣で総理府総務長官就任。以後、防衛庁長官、行政管理庁長官を歴任。76年三木改造内閣で郵政相就任。水田派から三木派に転じた。
現在存命中の政治家は青嵐会の流れを汲むのが捏造派なのですが、吉田氏、岸氏につながっていますね。
投稿: 核心 | 2008.08.24 07:05
核心さん、こんにちは。
いつも貴重な書き込みをありがとうございます。
ところで、基本的な質問で申し訳ないのですが、
なぜ捏造派は捏造するんでしょうね。
捏造して得をすることってなんなんでしょう。
あるいは逆に真実を暴露することのデメリットは…。
双方とも単に人間の感情の問題なのでしょうか。
それとももっと政治的なものなのでしょうか。
世の中の、この問題に関するケンカを見ていると、
まずは単純な感情問題なのかなとも感じられますが。
私が関わっている古い捏造文書(偽書)などには、
差別やその裏返しの民族的プライドが見え隠れします。
そして、底流する天皇の存在、宗教的軋轢…。
どれもあまり理論的ではなく、結局感情的にも感じられます。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.24 17:31
捏造派は基本的に日本の右翼と保守勢力です。
彼らの一義的目的は「憲法9条を変えずに、国際紛争において武力行使のできる国にする。」です。
自衛隊員が殺害されても1億円が支払われる世の中ですから、「南京」なんて、真実を知る機会の無い、多くの国民にはどうでもいいことなのです。
そんな手順で日本の武装化を進めているなんてことは夢想だにしないでしょうから。
投稿: 核心 | 2008.08.24 18:38
「南京」の否定は純粋にプロパガンダです。
プロパガンダと歴史学では歩み寄りの余地は全くありません。
プロパガンダは基本的に政界、経済界をバックにしてメディアが行いますから、無くなることはありません。
一般的な国民には実態が分かりませんから、子供の喧嘩のように見えるだけです。
私も東史郎氏の裁判の原告団団長が板倉由明氏と知るまでは、東氏を大いに馬鹿にしていましたから。
原告団団長が板倉氏であることをメディアはまあり伝えてませんでした。
板倉氏は父に何通もの手紙を寄こしている有名な「南京」の捏造家です。
板倉氏が原告団団長であることを知っていたら私の裁判の見方を変わっていました。
(東氏は最高裁まで行って負けています。)
百人斬り訴訟の原告団団長は我が家に三度は来られた、ゼンボウの捏造記事の阿羅健一氏ですから、捏造派は負けて当然です。
投稿: 核心 | 2008.08.24 20:13
東中野修道氏の裁判も氏が「bayonetted her
」を「bayonetted her to death」とわざと読み違えたことから来る、学問とは呼べないレベルの間違いだ、と指摘しています。
プロパガンダですから、平気でこのようなことをします。
で、防衛省OBや旧陸海軍軍人、「新しい歴史教科書を作る会」や「英霊に応える会」の会員、秦郁彦氏、森松俊夫氏、原剛氏を擁した日本「南京」学会は解散しました。
投稿: 核心 | 2008.08.24 21:18
私は基本的に史実がどうであったか、を探求するのを助けているだけです。
日本人が謝るべきである、とかの考えは全くありません。
だから原爆の投下についてもアメリカを非難する気は全くありません。
原爆の投下なしに日本の早期降伏は考えられなかった、というアメリカの考えに賛成です。
「南京」の実態がどうであったかと、その実態を知った上でどうするかは別の問題です。
「南京」の実態を知ることは、原爆の被害を知るようなものです。
アメリカが原爆投下を、あれは通常爆弾だった、と言い出したら日本人も怒るでしょう。
それと同じことです。
投稿: 核心 | 2008.08.24 23:38
「南京」否定のプロパガンダは主に文藝春秋社が行いました。
「南京大虐殺のまぼろし」というプロパガンダ本に大宅壮一ノンフィクション賞を与えたことは有名です。
フィクションにノンフィクション賞を与えたのです。
この本に関係した捏造派が福島民友社の論説主幹の阿部輝郎氏と戦友会会長、終戦時少佐の平林貞治氏です。
私が某社で盗難にあったアルバムの写真に両角業作氏と一緒に写られていた方です。
「南京」当時は山砲隊の少尉です。
投稿: 核心 | 2008.08.25 08:51
フィクションにノンフィクション賞ですか。
面白いですね。
基本メディアを通したものに純粋なノンフィクションはありえませんしね。
プロパガンダを暴くリテラシーこそ、教育現場で教えるべきことでしょう。
…と語るとまた、それもプロパガンダ的になるのでいやですね。
全く難しい問題です。
簡単なことが簡単に進まない世の中ですね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.25 17:44
なぜ「南京」が片付かないか?
真犯人が判っているからです。
日本軍が軍の組織として行なった捕虜の処分ですから、組織ごとの捕獲捕虜数がわかれば、それが処分された捕虜の数になります。
その真犯人を(体よく言えば)かばって、国家機関である防衛研究所戦史部側が屁理屈を並べるわけです。
時々、その皇国史観が暇つぶしに主権者である日本国民を殺している、ってところです。
投稿: 核心 | 2008.08.26 07:43
いつも言うことですが「南京」は「天皇主権国家」と「国民主権国家」の対立なのです。
日本国民は自分で闘って得た人権では無いですから、権利が国家機関に侵害されても気が付かず、日和見でノホホンと眺めているだけなのです。
国家機関の公務員には中立義務がありますから、戦史室OBにもそれなりの義務が生じるのです。
戦史室が糞皇国史観だなんて世界中が知ってて笑っています。
知らぬは無知な日本国民だけなのです。
とりあえずアメリカが防衛省を諦めたくれたからいいようなものの。
投稿: 核心 | 2008.08.26 11:02
私の父(栗原利一)は超貴重な証言を行なっています(ただ、正直なだけだったのですが。)。
一つは「あれほどのことは両角さんじゃなきゃできねえ。」。
大湾子の1万3千5百人の捕虜の処分は両角氏ほどの地位になければ指示できない、と言っているのです。
もう一つは「南京警察の服を着たのも2千人いた。」。
警察官はシビリアンです。
便衣兵もなにも関係ないのです。
これを全てを知った上で旧軍関係者や防衛省関係者が否定してくる、これが「南京」です。
投稿: 核心 | 2008.08.26 23:32
いま最近出版された「「百人斬り競争」と南京事件」(笠原十九司著)を読んでいるところです。
「南京」論争について真に関心があるのなら、この本を読まれることをお勧めします。
名著です。
「南京」で対立している勢力の事情が鮮明に判ります。
当時は日本軍は日本刀ですが中国側も青竜刀や槍も使った時代です。
私は当時の日本軍を責めていません。
国の政治システムが軍の暴走なり独走を許すものだったのですから、責めることは出来ないでしょう。
それが「天皇主権国家」というものなのです。
投稿: 核心 | 2008.08.27 05:55
私はまた「明治憲法」や「天皇主権国家」を責めてはいません。
封建国家からどうにか努力して出来たのがそれらなのですから。
私は明治維新を下級武士革命、足軽革命と呼称しています。
投稿: 核心 | 2008.08.27 06:03
大虐殺肯定派の学者は藤原彰氏、洞富雄氏でした(両氏とも故人。)。
南京大虐殺研究札記の証言が父のものであることは編集者、川村一之氏に確認済みです。
「南京」が父の証言に沿ったものであったとする立場は創価学会も含め大虐殺肯定派になります。
家は小平市にありますので一橋大学、創価大学にコンタクトが取れていたものと考えます。
従って、阿羅健一氏、田中正明氏、板倉由明氏などの栗原証言は彼らにより捏造されたものと断定できます。
(多々、証拠資料もあります。)
また、笠原氏も中国側からは捏造派とみなされているようです。
氏の上記著書にも非合理的な記述があります。
「戦闘詳報は捕獲捕虜数など3割程度増やして書くことが恒例であったとしても」という箇所です。
これは勿論、捏造派の受け売りなのですが、これは全くの出鱈目です。
父の証言もありますが、この段階では全ての数字はほぼ正確だったと考えてよいでしょう。
正確な数字に基づかずに戦略も糞もないでしょう。
投稿: 核心 | 2008.08.27 23:43
笠原氏の上記本の中に原告側(捏造派側)の陳述書の著者に中山隆志氏がいます。
この人の経歴の記述は以下の通りです。
「防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊の高級幹部を歴任、さらに防衛庁防衛研究所戦史部員を経て、防衛大学教授となり、戦史研究・教育を通算22年間行なってきた...」
ということで森松俊夫氏が狙って失敗した栗原利一のスケッチブックの重要性がわかっていただけたと思います。
投稿: 核心 | 2008.08.28 09:46
笠原さんの「「百人斬り競争」と南京事件」は、立ち読みですがざっと読みました。
私の知識が不足しているためか、単になるほどとしか思えなかったのが残念です。
母校に行く機会も多いので、いずれお会いしてみようかなとも思っています。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.28 11:12
笠原先生にお会いしたら以下のことをお伝えしておいてください。
1.父(栗原利一)が本多氏に詳細を話したのは私が「歴史的なことなので事実を正確に話したほうがよい。」と勧めたからであること。
2.このことは戦史室の原剛氏、森松俊夫氏をはじめ田中正明氏、阿羅健一氏、板倉由明氏などの否定派の連中は知っていること。
3.父のスケッチ帳などが森松俊夫氏などの指示による一昨年一部破壊されたこと。
4.栗原証言の捏造の証拠などは全て私が所蔵していること。
とりあえずそんたところです。
投稿: 核心 | 2008.08.29 11:47
補)
父は65連隊の二箇所の捕虜処分に携わっていたこと。1箇所は大湾子、もう1箇所は魚雷営の1日目で2千人を斬首した一人であること。当時26歳で剣道3段であったこと。父は後年、小平市剣友会会長、小平市福島県人会会長、金鵄会小平市支部長などを勤めたこと。
投稿: 核心 | 2008.08.29 12:27
いつになるか分かりませんが、
機会がありましたらお伝えしておきますね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.08.29 18:47
史実は洞富雄氏や藤原彰氏の大虐殺肯定派に近いです。
基本的には捕獲捕虜は武装解除後に確信的に全員殺害しています。
ですから虐殺の規模は捕獲捕虜数と一致すると考えてよいでしょう。
数が正確なのは必ず数えたからです。
幕府山の捕虜には家族もちが200人、南京警察が2千人いました。
65連隊の2万人というのはほぼ正確と考えてよいでしょう。
それゆえに洞氏、藤原氏、本多氏は人格攻撃をされてしまったのです。
捏造の大本は戦史室です。証拠資料を中国側にもわたっていると思います。
投稿: 核心 | 2008.08.29 22:25
本日(9月7日)の産経プロパガンダ新聞に載った書評です。
「汚名」(向井千恵子、野田マサ、恵美子クーパー;ワック)の書評の冒頭です。
「南京大虐殺」の虚構はすでに明らかとなった。蒋介石=国民党宣伝処の戦時工作と知れた。...
蒋介石が「南京」の実態を知らずに宣伝工作を行い、失敗したことは昭和13年の日本人が誰でも知っていることなのですが、プロパガンダ新聞としてはその程度しか論拠を持てないのでしょう。
投稿: 核心 | 2008.09.07 08:58
核心さま、こんにちは。
はあ、これはさすがにすごいですね。
マスコミも結局カネのために動いてるのでしょうか。
イデオロギーも所詮金次第なのかもしれませんね。
まあ言論の自由の世ですから、何言ってもかまいませんけど、
人の発言の自由を奪う人もたくさんいますからね。
たしかに困ったものです。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.09.08 10:27
「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を発行している扶桑社の株はフジテレビが84.5%、産経新聞社が15%です。
こういう事実は新聞では公にしないですね。
産経新聞は日本の保守派の純粋なプロパガンダ新聞です。
投稿: 核心 | 2008.09.09 22:52
日本「南京」学会の名簿がそこいら中に出回っているでしょうけど。
「南京」は旧日本陸海軍の生き残りとの闘いなんですよ。
旧日本陸海軍、防衛省関係者、秦郁彦氏、森松俊夫氏、原剛氏などとなります。
これもグーグルなどのネット検索技術のおかげです。
一言で言えば、森松俊夫氏などが栗原利一のスケッチ帳に手を出して失敗した、ということです。
森松俊夫氏ほどの人物が「汚名」を浴びるとも犯罪に手を染めた、ということですから。
私なんかなぜそのようなことをしたのか最近まで気が付きませんでした。
父のスケッチ帳に記載されている数字はそれほどに核心的なのだと思います。
投稿: 核心 | 2008.09.10 08:54
南京警察ではなくて、南京警察と同じような服を着た教導総隊だ、そうです。
父は「南京警察の服を着たのも2千人いたなあ。あれであいつら蒋介石の直属だというのだから、だらしのねえやつらだ。」と言っていたのです。
「あれほどのことは両角さんじゃなきゃできねえ。」
父は全く率直に話をしています。
栗原利一語録を辿っていくとクッキリと南京の「真実」が浮かんでくるのです。
投稿: 核心 | 2008.09.23 08:55
65連隊の捕獲捕虜数は全体で約2万人です。
これは当時の公刊された新聞や部隊戦史や小野賢二氏の採取された下級兵士の証言と一致します。
幕府山の捕虜は1万3千5百人、全て17日に大湾子で殺害されました。
15日は下関で2千人斬首、16日、17日は魚雷営で7千人の殺害です。
全体の捕獲捕虜数は7万余人です。
これは当時の新聞に掲載された捕獲捕虜数や、その後の遺棄死体数の総数と一致します。
投稿: 核心 | 2008.09.23 10:08
核心さん,おはようございます。
お父様のその率直さはどういうものに立脚してるんでしょうか。
なんとなく不思議な感じがします。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.09.24 08:47
簡単です。
父は長年剣道の先生です。
(小平市剣友会元会長、金鵄会小平市支部長、小平市福島県人会初代会長などなど。)
教育者であり、武士道の実践者であると考えていました。
父はスケッチ帳に記載されているように銃の手入れ中に戦友を過って殺害しています。
そのときに正直に自分の非を認めています。
(剣道、昭和天皇、武士道などの本が蔵書にとても多い。)
まず、相当前に戦史室より「満州事変の戦史作成の協力のお礼と支那事変の戦史作成の協力依頼が葉書でありました。)
昭和59年8月1日に毎日新聞、福永氏に話しました。
8月7日に毎日新聞全国版社会面に記事が掲載されました。
8月8日に戦史室、森松俊夫氏と原剛氏が来られ4時間近く、インタビューしました。
(丁寧な礼状がお二方からありました。これで森松氏が私に嘘をついたことが判明したのです。)
ここまでは全く、どおってことない話なのです。
8月10日に本多勝一氏から電話があり父が私に相談したので私が「歴史的なことなので事実を正確に話しておいたほうがよい。」と勧めたのです。
それで父は何も躊躇することがなくなり全てを本多氏に話したのです。
(仮名は父の希望だったようです。父は自分は捕虜の一次的殺害に関与していなかったものですから、誰に対する遠慮もなく話した、ということです。)
ここから栗原証言をめぐる論争や捏造が始まるのです。
投稿: 核心 | 2008.09.26 19:39
父の話はある角度から見ると自分の経験の自慢話と考えたほうがよいかもしれません。
(いやあ、あれはすごかった、という率直な話です。父の時代の社会規範は父によると軍人勅諭と教育勅語だったそうです。人権とかヒューマニズムなんて糞喰らえの時代だったのです。)
これは今のイラクに通じる話だと思います。
父は全く悪いことをした、とは考えていませんでした。
(右翼系から子々孫々にたたる、とか家に火をつけるとか脅され、戦友からも非難されて初めて話してはいけないことだったのか考えたようですから。)
投稿: 核心 | 2008.09.26 19:49
なぜ父がそれほど率直に話したか、それは私が勧めたからです。
父は正直に話すことは善だと考えていたからです。
妻、親類、子供、戦友全てを含めた「話した方がよい。」と言ったのは私一人です。
結果的に栗原証言、スケッチブックにより「南京」は洞富雄氏や本多勝一氏が考えた以上に大規模な捕虜殺害としてリアリティ-が描けるようになったのです。
いろいろな経緯があるのですが父は最後は「私もさとりました。」と脅し電話に答えていましたから。
投稿: 核心 | 2008.09.26 23:53
私が「南京」の実態を知るために採った方法は簡単です。
捏造派が諸著作で誰のどのような証言を採用しているか分析しただけです。
阿部輝郎氏の諸著作では「虐殺していない」と証言している証言者が「虐殺」の実行者、実行部隊なのです。
部隊の多くの人が「虐殺」の実行者なのですから、言い訳をする必要のあった人なり、その人の所属する部隊が「虐殺」の実行者に当たるわけです。
分析してみて分かったのは、阿部氏の諸著作を通じて氏自身の「虐殺」に対する感想は肯定的であっても、採用されている証言は一貫して変りません。
つまり実際の「虐殺」実行者の言い訳だけが採用されているのです。
これらの証言から実態を詳らかにすることは不可能です。
偽証罪の主観説の通り、証言者の意思として真実を話す意思がある人だけの証言を元に構成すれば実態が明らかになる、というわけです。
投稿: 核心 | 2008.09.27 00:26
親(憲法9条)に似ぬ子は鬼っ子(自衛隊)。
自衛隊を旧軍人のパージを解いて恣意的に作ってしまったマッカーサー、日本国憲法は日本にとって運よく作られた憲法だったけど自衛隊はキムイルソンにレイプされて妊娠出産した子、気持悪い。
非嫡出子。
投稿: 核心 | 2008.09.27 07:50
南京大虐殺があったか、無かったか、が日本国内でなぜ問題になるのか、スケッチブックを一部破壊されて理解しました。
南京大虐殺があった、ことになると自衛隊が使い物にならなくなるのです。
防衛省はいまさら大虐殺があった、などという戦史を採用することはできないでしょうから。
尊敬すべき日本陸軍の高級将校たちが大虐殺に該当する捕虜殺害行為を行い、かつ戦犯を免れ、かつ嘘をつき続けたと言うのですから。
投稿: 核心 | 2008.09.27 08:27
いまのイラクやアフガンでも同じことなのですが、戦場では敵兵に降伏させないようにして全員殺戮する、というのが常套手段だそうです。
日本軍も「南京」以降は必ず敵兵の逃げ口を残しておいて、そこで全員殺害する、という戦法を採用しています。
産経の会田雄二氏の体験談のように、インパールでも、昼間は降参しようにも敵兵は全く見えなくて降参も出来ない、夜は白旗など掲げていても全く無視されて全員殺害された、これが今でも採用されています。
そこいらの話を否定派もすれば正しい反論になるのですが(右翼はこの論を近頃は採用しているそうです。)、戦犯になることを怖れた旧高級将校の論をそのまま生かそうとして全くの捏造になってしまったのです。
投稿: 核心 | 2008.09.27 19:42
「南京」の真実は日本の保守派にとっては不都合な部分のある事実なのですが、アメリカにとっても日本国民にとっても実に好都合な事実なのです。
アメリカは日本と中国を軍事的には同列に扱いはじめています。
日本と中国は対テロ戦争ではアメリカの同盟国として対応しなければなりませんから。
日本が独自で中国と軍事的に対立することは不可能でしょう。
(自衛隊員がそれこそ虐殺されてしまうでしょう。)
また日本の中国との軍事的対立にアメリカを巻き込むことも不可能でしょう。
投稿: 核心 | 2008.09.27 20:55
私は当然ながら父の名誉を毀損する行為はするつもりは全くありません。
しかしながら父を知らない人のために一言あえていうと、父はKYです。
本多氏が「心の内を打ち明けてくれた」と誤解するのは当然のことなのです。
でも栗原利一が本多勝一氏に「心の内を打ち明ける」ことは絶対ないのです。
近年、父に本多氏の素性を明かしてからでも話したか、と尋ねたら「左翼と知っていたら絶対話さなかった。」と言って怒ってましたから。
史実派によると本多氏は左翼ではないそうです、でも父は捏造派からはそのように教えられています。
私は父の証言は父を知る人でなければ分からない、とは私はよく言ってます。
でも父を知る人もとても多い(警視庁広報課にいて剣道家や福島県人で)ので、父なら確かに言いそうな話だと理解してもらえるのです。
いずれにしろ、その当時は私も父も論争そのものを知りませんでしたから。
投稿: 核心 | 2008.09.28 08:36
核心さま、ありがとうございます。
なるほど、私はお父様のキャラクターがつかみきれていなかったようです。
ある意味無垢なお言葉だったので、純粋ならざるいろいろな人たちを刺激したんでしょうか。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.09.29 07:05
スケッチブックより
「我が部隊は13500であったが他部隊合わせて70000余と言っておられた。」
この結論が
死体総数、30万 = 戦闘終了後の捕虜殺害、7万 + 戦闘による死体数、23万
70年経ったいまも旧陸軍の生き残りやその末裔が隠している事実です。
森松俊夫氏ほどの人が栗原利一のスケッチブックを破壊しようとした理由です。
アメリカ国民が原爆投下を知らない、ようなものだからね、分かった?
投稿: 核心 | 2008.09.29 08:57
ごめんなさい、最後の1行は2チャンの書き込みそのままです。
投稿: 核心 | 2008.09.29 08:59
なぜ昭和59年8月なのか、人からも聞かれたのですが、翌年3月に日中友好少年交流試合とかなにかがあって(写真も多数あり)、それで上海や南京近くまで行ってます。
そこいらから、このタイミングで話をしようと考えたのだと思います。
一言で言えば無邪気です。
全く理屈には弱いです。
投稿: 核心 | 2008.09.29 09:29
あとは残留孤児ですね。
自分達が何をしてきたのかは知っているわけですから。
中国では日本兵の強姦によって妊娠した場合は堕胎するとか、生まれてもすぐ殺すとかして対処したようですから。
中国人が日本人の子供をまともに育てていることに驚いたらしいです。
中国は広いですから、南京で何があったか、なんて殆どの人は知らなかったのでしょうけど。
投稿: 核心 | 2008.09.29 14:28
たしかに中国も広すぎますね。
前も書きましたが、ウチのクラスの中国人は南京のことを全然知りませんでした。
旧満州から来たのですが、満州国のこともよく知らないようです。
時代が変わりつつあるんでしょうかね。
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.09.30 07:54
南京大屠殺記念館は北京にも出きたそうですから、これからも中国は本腰を入れてくると思います。
私も親父のスケッチ帳が破損されてから少し勉強しているのですが、これは創価学会と右翼の対立です。
2チャンでも彼らも本音で言ってきています。
以前は「大日本帝国陸軍が栗原利一のスケッチブックに手を出して失敗して、アメリカと中国が腹を抱えて笑っている。」と書き込みをしていたのですが「森松俊夫が栗原利一のスケッチブックに手を出して失敗して池田某氏が腹を抱えて笑っている。」が正しいでしょう。
南京大虐殺がいまもって決着がつかないのは、それほど大規模な捕虜殺害だった、ということです。
中国側の大屠殺記念館と戦史叢書の歴史認識の差ですから永久に埋まりません。
投稿: 核心 | 2008.09.30 10:07
孫宅巍氏は次のように表明した。
日本軍が武器を放棄した中国兵を大量に虐殺したことについては、当時南京攻撃に参加した部隊や将兵の「戦闘詳報」、「陣中日記」にそれぞれ記載されている。
元陸軍下士官の栗原利一は、6ページにわたる南京大虐殺に関する速記とノートを保存しており、それには日本軍が長江の辺で、一度に1万3000人余りの中国兵を殺害した事実が記されている。
これは「南京 栗原利一」でググると検索される日中通信社のサイトの内容です。
投降捕虜の武装解除後の捕虜の殺害の規模の判る唯一の資料が父のスケッチブックのようなのです。
それで終戦時陸軍少佐、防衛研究所戦史部OBの森松俊夫氏に狙われた理由のようです。
投稿: 核心 | 2008.10.03 10:16
私が毎日新聞、福永平和氏、戦史室、森松俊夫氏、原剛氏、朝日新聞、本多勝一氏が訪れて来たときに家にいたことは、それぞれの理由があり、事実です。
NNNのスタッフも私の部屋の位置や玄関での会話が明確に聞き取れることを確