中吊り広告
私のように田舎に住んでますと、あんまりお目にかからない電車内の中吊り広告。電車に乗らないし、それ以前に富士急行線には中吊り広告なんかありませんね。車両の壁に渋〜い広告はありますけど。
昨日、久々に東京の電車に乗ったので、じろじろと見ながらいろいろと考えました。また、考えたのと同時に、見事に購買意欲をかき立てられ、あるものを買うハメになりました。いやあ、都会の人は大変だなあ。いろんな欲望をかき立てられる。それに従うとお金がかかる。ある意味修行だな。
と、タイミング良く、今日のNHK「cool japan」で「広告」が取り上げられ、その中で中吊り広告も紹介されていました。外国人から見ますと、あの中吊り広告はかなり不思議な存在らしい。彼らの中でも意見が分かれ、華やかだしヒマつぶしになるしカワイイ女の子はいるし、とってもcool!という人と、邪魔だ!not cool!という人と、両方いましたね。とりあえず、海外にはこういうのはないらしい。
たしかに、部屋の中央にあんなにいろんなポスターがぶら下げてあったら、邪魔は邪魔ですね。でも、無視しようと思えば無視できるし、最近ではデザインに凝ったものも多く、一つの表現の場になっていますよね。実際目を楽しませてくれるものも多い。
今日の番組でも、上に載せたお茶の広告や、右のNHKきょうの料理のテキストの広告などが紹介されていました。こうなると、電車の車内が一つのアート空間になるわけで、日常空間…いや、会社への(あるいは家庭への)道のりという特殊な時空に新たな意味が付加されることになるのかもしれませんね。
同じく番組で取り上げられていた都会のネオンサインもそうですけど、とにかく全体のことを考えない、あるいは周辺との調和をあえて図らない、ああいう雑多なカオスな表現というのが、日本の風景の特徴になっていることはたしかです。以前はそういうコーディネイトの存在しない街並みなど、私はあんまり好きではなかったのですが、最近はこうやって外国人がcool!と言ってくれるし、なんとなくこれこそ自然な美なのかなと思うようになりました。
自然界も基本自己中心的だし、隙間や油断があればそこに蔓延る存在ですよね。それが全体として俯瞰すると一つの美を構成したりする。そういう、ある意味「コト化」されない多様性の美しさ、豊かさ、そしてそこに自然に溶け込んで生きる日本人というのは、案外cool!なのかもしれませんね。
それにしてもですね、日本にはビキニ姿が本当に蔓延してますなあ。この前の「オタクはすでに死んでいる」にも書いてありましたっけ。そして、番組で外国人も言ってましたよ。子どもの雑誌から大人の雑誌まで、とにかく半裸の女ばっかり。言われてみると世界的には異常な事態ですね。実際の街中では、女性のボリューム感、そして露出度の比較的低い日本ですが、なぜか2次元世界になると異様にセクシー満載になりますよね。さすが妄想王国ですね。実は国民総オタク、総萌えなんですかね。
ああ、そう考えれば、ネットの世界なんか、ある意味世界の中吊り広告みたいなもんだな。カオスにしてセクシー、欲望をかき立てられるし、偶然性も高い。無視しようと思えば無視できるし。ネットは自然のアフォーダンスを再現なのかもしれませんね。
そうそう、ネットで中吊り広告を実現しようとしたこのサイト、今のところ全く広告主が現れず、ものすごく閑散としてますよ。やっぱり中吊りがないと落ち着かないよな…。
ちなみにリアル山手線の中吊り広告、2日間で210万円(各車両1枚ずつ)だそうです。案外安い?
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今日は、家族+1で東京方面へ出かけました。カミさんは「DREAM.2」観戦のためにさいたまスーパーアリーナへ。私は新宿で5月24日のコンサートのための練習。子ども(+お友だち)は浜松町のポケモンセンターへ。それぞれ違う目的です。
結論から言いますと、お値段と見た目からすれば、そこそこの音質。練習のチェック用、あるいはコンサートなどの記録用には充分の音ではないでしょうか。ただ、ステレオ感に乏しく、やや低音が弱いのにはがっかり。てか、しょせんボイスレコーダーですからね。基本ボイス用の設定なんでしょう。
この前の

この本のほかに、数学(算術)のテキストもありました。「受験問答叢書 新撰算術問答」という本です。これもなかなか興味深い内容でした。「算術とは何か」「数とは何か」というところからスタートして、四則計算、小数、分数、比例、歩合、利率といった内容に進んでいきます。最後には当時の高等学校や師範学校、陸軍士官学校や海軍兵学校の入試問題が載っていまして、それを見ますと、今の数学の試験とは違って、生活に根ざしたより実用的な問題が課されているのがわかります。今の数学はずいぶんと抽象的な世界になっているんだなあと思いました。それがいいのか悪いのか、なんとも言えません。
さて、この算術のテキストを繰っていたら、とっても素敵なものを見つけました。押し花です。きっと若かりしひいおじいちゃんが、勉強の合間に野の花を摘んできて、なんらかの気持ちをこめて押し花にしたものでしょう。なんかジーンとしちゃいました。明治のロマンですね。今の若い男で、こういうシャレたことする人いませんよね。私はそこに本当の「日本男児らしさ」を感じましたね。おそらくこの名もない花、百年ぶりくらいに陽の光を浴びたのではないでしょうか。美しいなあ。豊かだなあ。ちょっとうらやましくも思いました。
さて、その球技会では、ウチのギャルどもは恒例のお弁当の持ち寄りをやってました。一人一品ずつというやつですね。で、その輪の中に参加させていただきまして、私としては珍しく昼食を食べました。
で、なぜマカロニサラダかってことです。というか、マカロニサラダって日本独自の料理ですよね。あんパンみたいなものでしょう。ポテトサラダにマカロニが混入している。ポテトサラダが主体なのか、それともマカロニが主体なのか。そのへんも微妙ですよね。サラダパスタとは格というか品格が違います。魚肉ソーセージなんか入ってたりして、聖俗で言えば俗なのに、しかしハレの日にふるまわれる。これは文化的に興味深い現象ですね。
中沢さんと対談者たちは言います。異質の「もの」どうしが結びつくエロティックな力。それはロゴスでもコスモスでもない。贈与の力。イマジネールからリアルへ。客観の方へ。物の方へ。コミュニケーションとしての言語ではない。モノとしての言語。嘘こそが存在の様式。
来月、久々に歌謡曲バンドのライヴをやります。今回は松田聖子と中森明菜だけでプログラムしようと思ってます。
あなたは(オレたちは)頑張った。よくやった。安らかに眠れ。オタキングによるオタクへの追悼文です。
昨日はある意味での
ウチにあるレアCDの中でもかなりのツワモノですなあ。たぶん当時コスモメイト(現ワールドメイト)の信者だった友人にもらったのだと思います。
それにしてもあらためて深見東州という人はとんでもない人ですね。それこそ一般的なこの世では「トンデモ」に属してしまうことでしょう。ご存知の方も多いとは思いますが、彼自身も自らを現代の
昨日の木喰展でも実際感じましたし、図録を買ってきて眺めながらまた考えたんですけど、本当に日本人はそういうものが好きですね。そういうものというのは、何か「物」を一ヶ所に集めたり、またそれらのレプリカや写真を自宅に持ち帰って眺めたり、ということです。
山梨県立博物館で開かれている「木喰展」に行ってまいりました。ここ数日の悲しみに沈んだ心が、少し救われたような気がします。そんなことからも、信仰の本質というものがなんなのか、知ることができたのかもしれません。



写真は彼の舞踏が堆積したのちの「場」の風景です。
今日はレクイエムを聴かねばなりません。昨年の春も大変に辛い別れがあったのですが、今年もまた…。あまりに若すぎます。辛すぎます。
父親のiBookが起動しなくなり、もうずいぶん長く使っているのでそろそろ新しく買い替えたらどうかという話になりました。で、結果としてMacBookの一番安いヤツを買うことになったんですね。もうすぐ80になろうかという父親ですが、心身ともにある意味私より若いんですよ。MacBookを使いこなす爺さんというのもなかなかカッコいい。
と思う間もなく、おじいさんはiBookをジョキジョキ切り始めたではありませんか!(昔話みたいだな)…これは衝撃的な映像です。まじで動画でその過程をおさめておけばよかった。YouTubeにアップすれば評判になったかも(笑)。
奇跡の救出劇(?)ののち、ネットで一番安いケースを注文。それがこれです。アキバなんか行けばもっと安いものもありますけど、まあ600円台ならいいでしょう。送料も同じくらいかかるんですけど、電車賃を考えれば安いもんです。
世界中の情報をインデックスする。そう豪語するGoogle。インターネットとは脳と脳とを(主に言語を通じて間接的に)つなぐ網のことですから、彼らの言うインデックスとは、我々の脳の中の「コト」の索引ということです。
3日くらい前からじっくりゆっくり私の脳ミソの中をインデックスして歩いているのは「
もう一つはAmazonのサービスである「AWS」のクロールロボット。これはものすごいスピードで嵐のようにやってきて去っていきました。おいおいちゃんと読めよ!ってツッコミを入れたいくらいです。Amazonのサービスの中でどのように使われるのかよく分かりませんが、やはり彼らもGoogleとは違った方法で世界の「ことば」をインデックス化しようとしてますからね。そして、実際にそのコピーたちを物として売ろうとしている。古来の経済システムに乗っかりつつ、Google的な野望を抱いている。ある意味最強かもしれませんね。だって「コト」と「モノ」の両方を支配しようとしてるんですから。
今日は真においしいジュースを紹介しましょう。
今日は新入生のあるクラスで最初の授業。いつものようにいきなり天地がひっくり返るような妙な即興話を2時間ほど。彼らすっかりケムに巻かれて、ワケも分からずニコニコしてましたな。まさに「古今東西・硬軟聖俗なんでもござれ」だったのでは。それにしても毎年やってる教科書を使っての
人と風土が「人」を育て、その「人」が「音楽」を生み、その「音楽」が「縁」を生んで行くんですね。ここのところ私のテーマになっている「場」というものが、いかに我々にとって、あるいは芸術というものにとって大切であるか、再確認した次第です。
その点、「ライヴ」は相互作用的に変化が起きます。表現者もその「場」の力によって変化を余儀なくされます。それはコンサートなどだけでなく、たとえば、こうして花見をしている場合、私たちは観客であるわけですが、一方の表現者たる「花」たちも常に変化を余儀なくされます。その原因は、季節の移り変わりによるものであったり、農家の方々の摘花作業であったり、子どもたちの無邪気な花摘みであったりします。
ライヴの素晴らしさとは、まさに互いの「語り合い(語らい)」による相互変化の妙ということになりましょうか。それが人生や人間関係の本質であり、それを象徴的に表現すべきものが「芸術」ということになるのでしょう。
レミオロメンの下が民謡、渋いな。そしてその下の「萌」の会とはどっち系でしょうか(笑)。
駿河の国と甲斐の国の関係は古くからこういう感じだったんですよ。決して仲が良いわけではありませんでした。
今日は、チェンバロ&ヴァイオリン製作家の卵がウチに遊びにいらっしゃったので、いろいろと話をうかがいました。そこで思い出したものがあったので記しておきます。
ダライ・ラマが来日。チベットでの暴動、北京五輪について記者会見しました。その様子を見て、日曜深夜に録画したこの番組をようやく観る気になりました。
しかし、ここで描かれた南京での出来事は、あくまでも陣中日記やテレビ番組として「語られた」ものであり、もちろん本当の出来事の一部でしかありません。物語やメディアの本質はそういうところにあるのだということをしっかり把握してかからないと、つい自分の口からも妙な「語り(騙り)」が始まってしまいます。それがどんどん伝播して増殖して、そうしてあの戦争も起きたんでしょう。そこのところをしっかり意識して臨まねばなりません。
結局、こういう無責任で自己中心的な人間個人の集合体としての「人間」が悪いんでしょう。罪を憎んで人を憎まず、なんていうのは最も無責任な非人道的な物言いです。でも、そう言ってしまって終わりにしてしまうのが「人間」であり、また、そう言ってでも終わりにしてしまいたいと思うのも「人間」であり、そういう逃げ道を作っておいて再び馬鹿なことをしてしまうのもまた「人間」なのでありました。
春はいろいろと頂き物が多い季節であります。ありがたいことです。特に発酵食品や発酵飲料が多いのが特徴であります。これはおそらくワタクシの嗜好をよくご存知の方が多いためであります。
このおススメに何度も登場願っているお二人。そのお二人による夢の最強タッグが実現しました。
続いてNEOエクスプレス。これは面白い展開でした。中田有紀さん扮する中山ネオミにライバル出現!吉瀬美智子さん扮する吉川アレクサンドリーネです。これはキャスティングの妙ですね。中田さんに吉瀬さんをぶつけたのは大正解。この二人はホントにいがみあいそう(笑)。こうなると突然ネオミの報さんへの攻撃が甘くなる。女の嫉妬の矛先は女に向かいますから。別に報道男を好きでなくとも、新たな女にその男の視線を奪われてしまうと、ネオミのベクトルは新人のアレク…ではなくヨッシーに向かいます。これって、どんな社会にもある醜い女の戦いってやつですね。とにかくうまい人をぶつけましたよ。リアルすぎます。で、なんとなく助かったような、いやさらに面倒なことに巻き込まれたのか、報さんは複雑な表情になってます。生瀬さん、相変わらずこういうのうまい。今後の展開が楽しみですね。ますますネオミにトゲとツノが…(笑)。
さて、ここでもうすでにやられたと思ってたんですが、次、いきなり
まずツボだったのは「ゴッチ式」。ブリッジじゃなくてジャーマンだったらホントすごかったんですけどね。まあ良し。ただ、「鉄人」はルー・テーズですよ。カール・ゴッチは「神様」っす。NHKさん、しっかりしましょう(笑)。
そして、次はルチャですよ。ルチャ式の名刺渡し。コルバタ、それも2回転か!ドラゴンキッドの「デジャ・ヴ」なみです。すごい!マニアックすぎるなあ。ルチャの説明は時間の関係で無理とのこと。詳しくはホームページで…とのこと(実際書いてありました)。
最後の大回転は、これはガチでしたね。プロレスでもあんなにぶん回しません。第一、プロレスだったら仰向けの状態で回されるのが基本です。うつぶせは危険だからです。それを見事受けきってフラフラになった中越さん、あんたはエライ!!
まだ続くよ〜。次が一番のツボかなあ。就活一直線。ウチの夫婦としてはね。まさか
まだ続くからこわいっす。次の新コーナー「喫茶80's」。やっぱりあの時代っておバカでしたよねえ。それをいまだに引きずっている人もいるんでしょうか。さりげないスリラーから現実への戻りが爆笑でした。そして、沢村一樹さんのズレね。素かなあ、ネタかなあ…。壁にはなぜかチェンバロの写真がかかってるし。
人妻原史奈さんのNYAOをはさんで、最後の「はじめての寿司」もなあ…ずっとNHKドラマのセルフ・パロディーで行っといて、最後ああいうカタストロフィーが来るとはねえ。しっかし、ビックリしたのはあの「超うめぇ」ギャルが奥田恵梨華さんだったということです!私、実はひそかに奥田さんのファンだったんですけど、全然気づきませんでした。誰だ?誰だ?カワイイぞ、うまいぞ、真性ギャルなのか?って思っちゃいましたよ。役者さんてすごいですね。だまされました。と言うか、はっきり言ってあのギャルぶりにまた惚れ込んじゃいましたよ、私。奥田恵梨華様ステキです。
今日は新宿で練習。5月24、25日に河口湖木ノ花美術館と円形ホールにてコンサートをします。詳細はいずれ。
冒頭からハッと気づかされます。「茜色の夕日眺めてたら 少し思い出すものがありました」…これは散文なら「思い出したことがありました」となるところでしょう。それをいきなり「思い出すものがありました」としたところが、志村正彦くんの天才的なところです。詩人なところです。
今週から始まった「[新]趣味悠々・国府弘子の今日からあなたもジャズピアニスト」を観て、10年前のこの講座を思い出しまして、久々に本棚から引っ張り出してきました。
ついこの前、
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