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2008.04.14

『Wonderful&Beautiful』=侘び(?!)

Ooguro01s 今日は新入生のあるクラスで最初の授業。いつものようにいきなり天地がひっくり返るような妙な即興話を2時間ほど。彼らすっかりケムに巻かれて、ワケも分からずニコニコしてましたな。まさに「古今東西・硬軟聖俗なんでもござれ」だったのでは。それにしても毎年やってる教科書を使っての独眼流立体視の術、ウケがいいな(笑)。みんなホント知らないんですよね、この事実。
 さて、そのあと、ちょっと自分のお勉強の時間に、はっと想ったことがありましたので、記録、紹介しておきます。一昨日、昨日の記事の流れが、ひょんなところとつながりました。ここでもまた「古今東西・硬軟聖俗なんでもござれ」ですねえ。
 昨日、レミオロメンの『Wonderful&Beautiful』が歌い上げている、「間違えもある」「不完全でも」「不確かであれ」「不自由であれ」と言った言葉たちが「もののあはれ」を表すと書きましたね。それと同じことを全く違う分野の方が違う形で表現されていたので、うんうんと首肯しきりでした。
 たまたま「楽茶碗」のことをいろいろと調べていたんです。昨日、花畑で陶器の展示即売会がありまして、そこに楽もあったんですね。その時、ちょっと気になることがあったんで、今日ネットであちこち飛び回りました。
 そうしたら、こういうページがあって、樂家15代の樂吉左衛門さんの講演というか講義が載っていたんです。

桑沢デザイン塾<特別講座>デザインの21世紀

 これが非常に面白く勉強になりました。デザイン塾で「デザインにならないように」なんて言うあたりが吉左衛門さんらしいですし、全体に禅味が感じられて素晴らしいお話ですね。
 で、短いものなので読んでいただければすぐにお分かりと思いますけれど、彼が言っていることは藤巻くんが常々歌っていることと本質的に同じですよね。また、彼らがぶつかっている問題点でもあり、私たちファンも共有すべき人生の課題でもあるなと思いました。

「コアを持ちながら変質していく」
「欠けている状態そのままがいい」
「相対的な美’‘流動的な美’‘未完の美’」
「日本語は、何かある物事を‘たった一つのこのようなもの’と表す言語ではない」
「とらえようとするが抜け出ていくという、うつろう感覚がある」
「身体という時間軸を含めた具体性」
「作品に自己意識を持ち込んで完結させ『これです』と出すのが後ろめたい。定点を持つのが嘘くさい」
「作品と自己意識がダイレクトにつながるよりも、(焼き物には)火という自然の不確定さが加わって、自分自身の世界も変質することの‘救い’がある」
 
 ここで吉左衛門さんがおっしゃっているのは、私の言う「モノ」の本質ばかりですね。さすがです。私のような野狐禅とは違う。
 そして、本当に昨日書いたことや、昨日経験したことと見事につながっているような気がします。妙に腑に落ちました。すすすっと。
 しかしこうして、レミオロメンを通じて、私の中では「もののあはれ」と「侘び」がすっとつながるわけですから、本当に縁というのは面白い。
 藤巻くんの歌う「予報ははずれて 予感は当たった」というのは、前後はそれぞれ逆ですが、吉左衛門さんの言う「偶然と必然’‘自然と人為’という両義性」というのと深く関わっていますしね。ワタクシ的には「モノとコト」というやつです。
 さらに、

「陶芸のへこみや書の筆跡は、時間の中で作家が手を動かした軌跡そのもの。それを見る人も、同じように自分の感性を軌跡に乗せる」

という言葉、これは見る人、聞く人のあるべき姿を語ってお見事ですね。音楽を聴く時も全く同じだと思います。そして、それが、藤巻くんの歌う

Wonderful 限界はない
&Beautiful どんな小さな
幸せでも見つけ出し
光で照らし出すよ
役割だけじゃ 満たされぬまま
冬の中 手を繋いだ
Wonderful 冷たい雪ね
&Beautiful 絡めた指を
ほどかないでと 笑って泣いたね
Wonderful 変わりたいんだ
&Beautiful 奇跡だろうと
降りしきる雪を越え
光を探したのさ
あなたを探したのさ

だと思うんですね。これは単なる恋愛の歌ではない。不確かで不完全で無常なるこの世界を生きていくために必要な私たちの心のあり方が描かれているのだと思います。そう、茶碗の軌跡に乗ろうとするのと同じく、私たちからアプローチして、その人や場を知り、時間の堆積の中に自分自身をもうずめ、そしてつながり続ける。そうすると、私たちは変ることができる。そして、その変ることに「Wonderful&Beautiful」と言えるようになるんです。樂吉左衛門さんの言う、「ただし、きちんと絞り込みがないと偶然性の恩恵はない」…これは深いしある意味厳しい言葉です。
 うん、まさにこれは日本文化の伝統そのものですなあ。「もののあはれ」の本質的な部分が急によく見えるようになりました。本当にいろいろな自分以外の「モノ」に感謝です。

興味を持った方はYouTubeで「Wonderful&Beautiful」をお聴きください。

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コメント

前略 蘊恥庵御亭主 様
愚僧も 随分 昔 茶事を 茶化しました。笑
うぅぅぅん。
七事式なども 完全に 忘却しております。
まぁぁぁ・・・
おいしく いただければ 作法は
無作法でも それは それで
結構な ことではありますね。
妙に 御作法に 御詳しい御方様の御前では
御茶が おいしく いただけません。苦笑
この半月程前 大病をいたしまして
入院いたしておりましたが・・・・
退院後の・・・一杯の「昆布茶」は
人生の中で一番 おいしかった「御茶」でした。笑
まさに「よろこんぶ」ですね。
宗教でも御茶事でも・・・
「根っこ」は・・・ひとつかもしれません。
「ほんと 生きていてよかった」と
感謝できる素直な「こころ」ですね。
愚僧に一番 欠けていた所です。爆笑。
あまり形式ばかりにとらわれてしまうと・・・・
その「根っこ」の存在をわすれてしまうようです。
合唱おじさん  拝


投稿: 合唱おじさん | 2008.04.15 23:23

合唱おじさん様、おひさしぷりです。
ご病気なされたとのこと、ご心配申し上げます。
ぜひとも、ご自愛下さいませ。

形式ばかりにとらわれすぎるのはたしかに危険ですね。
いいことありません。
形式自体は大変大切ですし、私も形式美、大好きなんですけれど…。
根っこを忘れずに形式の中で遊べるようになるには、こちらの修行が必要なんでしょうね。
ワタクシもまだまだです…。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.04.16 06:40

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