『理系白書 この国を静かに支える人たち』 毎日新聞科学環境部 (講談社文庫)
こちらは理科の先生にお借りいたしました。意外に知られていない事実ですが(当り前か)、私は理科の先生になろうとしていたんです。なのに今は国語の先生。いろいろ事情がありましてね。で、さらに遡りますと科学者や技術者になりたかった。
自他ともに、高校入学までは完全に理系に進むものと思っていたんです。それが高校入学後に音楽に目覚めてしまいほとんど勉強をしなくなってしまった。まず最初についていけなくなったのが数学でした。そんなわけで、あっさり理系はあきらめた…かと思いきや、完全に文系になるのもなんだかそれまでの人生を否定するようでシャクなので、弱理系という道を選びました。それが理科の先生です。教育学部は全体としては文系ですけど、その中の理科ということです。
しかし、人生はそんなに甘くない。はっきりせい!というどなたかの思し召しでしょう、見事に第一志望の大学には落ち、なんだかよくわからん大学の文学部に進むことになってしまったのです。そして、結局は強文系の国語の先生になってしまった。
まあ、結果としてはこれがベストだったと思います。いろんな意味でね。つくづく天職だと思いますよ。生徒にもそう言われます。いいかげんでテキトー(良い加減で適当)が通用する仕事なので(笑)。
それでも、昔取った杵柄、多少理系的な知識や考え方も持っているつもりです。また、無い物ねだりというか隣の花というか庭というか、やっぱり憧れのような未練のようなものがあるのも事実です。次生まれ変わったら美貌の女性科学者とかいいなって(笑)。猿橋賞とか獲りたいな、なんてね。
さて、そんな感じで、私は理系世界にも大変興味を持っております。古今東西硬軟聖俗左右文理なんでもござれ!ですなあ。これじゃあ一流にはなれないよぉ(泣)。まあ、一流になんかなるつもりは最初からありませんが、妄想としては、もし小学校中学校時代の夢を叶えて、大学や企業やらの研究室にでも入っていたらどうなっていたか知りたいじゃないですか。それでこの本を読んでみたんです。結構リアルですよって、その世界もよく知る理科の先生が言うので。
う〜ん、読んでみましたよ。ある意味面白くてすぐに読みきってしまいました。たしかに鬱屈した世界ですねえ。華やかな成功譚の裏には様々なドロドロが…。読んでる文系の私でさえ暗澹たる気持ちになってしまった。生徒に「理系」行け!とか言えなくなっちゃうよう。
この本の基本コンセプトが「理系は報われていない」ですから、当然そういう話満載になりますし、またその原因を日本独特の文系優位社会に求めているわけで、そういう意味で立派な告発本であることもわかりますけどね、しかしここまで悲惨な話が多いと、結果として理系離れを助長するというおそれさえある。少なくとも私は文転してよかったと思っちゃいましたよ。
もちろん、人間を文系・理系というふうに分けるのはどうかと思いますよ。そういうデジタル的二分法にはいつも違和感を持ちます。でも、仕事上、何千人もの人間を見て来た経験から言いますと、たしかに人間は大きく二つのタイプに分けられるような気もするんです。で、それらが互いに得意不得意を補い合っている。そう、男と女みたいにね。それをごっちゃにして、男女共同参画社会みたいなことを言い出すのは野暮です。お互い補い合うのが共同ですよねえ。この本にもありました。「理系・文系は男と女の関係のようだ。永遠に理解し合えない」って(笑)。いや、理解し合えない違いがあるから共同するんでしょ。つまり、違いは違いで厳然としてあるんで、それを便宜上文系・理系で分けてもいいと、現場の私は思うのです。
で、その分け方の定義というか基準というのは実に言語化するのは難しい。非常に感覚的なものです。ある意味根本的すぎて言葉にならないのかもしれません。ただ、一つ言えるのは、理系の方が勉強するということです。高校においても理系は文系の1.5倍はやることがあります。数学一つ取ってもそうです。数ⅢCまでやらなくてはならない。場合によっては理科3科目なんてのもいる。大学に行っても、私みたいな強文系の文学部なんかヒマすぎて曜日が分からなくなる(つまり毎日が夏休み)。一方の強理系は実験やら実習やらが忙しすぎて曜日が分からなくなる(つまり毎日徹夜や泊まり込み)。
それなのに、本書によれば、理系の生涯賃金は文系より5000万円も少ないという。まあ、どういう比較なのか疑問な点もあるんですけどね。たとえ同額でもたしかに不公平な感じはします。それだけではなく、いろいろな不公平がこの本では紹介されていますよ。そこまでかなあ…っていう気もしますが。
で、話としては当然共同参画になっていく。男と女仲良くしましょうよ、みたいに。リベラルアーツ的にあるいは学際的な方向に行きましょうと。まあそれもよく理解できます。江戸時代なんかは文・理のバランスが良かった。そういうふうにしましょうと。
でもですねえ、私は思うんですよ。江戸とはあまりに環境が違う。世の中の仕組みが違いすぎる。すなわち市場経済という化け物に支配されている現代においては、理系はなかなか浮かばれないと思うんですよ。アメリカは理系天国だと言っても、それは勝ち組により多くの報酬が与えられているというだけで、ある意味単なる弱肉強食だと言えなくもありません。
理系は無常性・不随意性を持つ「モノ」の中に潜む真理(マコト)を追究し、それを「ヒト」のための価値として創造して商品化する。つまり、疑似的であれ刹那的であれ(つまり真理ではないんですが)、無常性や不随意性に対抗して、長持ちし思い通りにコントロールできる商品を開発するわけです。そこには単純な数値化される勝ち負けが存在します。一方の文系は最初から「コト」の中のフィクションを追究していますから、そのウソ臭さをクッションにして「いいかげん」に「テキトー」に市場経済のリング上で真剣勝負を避け続けます(プロレスみたいなもんだな)。ですから、まじめに勝負を挑む理系にダメージが多いのは仕方ないんですよ。
で、困ったことは、そうした市場経済のリングを作ってきた張本人が理系の人々だったということです。産業革命を招来し資本主義を確立してきた主役は理系の人々でした。サブタイトルにあるとおり現代社会を支えてきてしまったんですね。そこのところの自己撞着をどう始末するのか。私は最終的にそういう虚しさを感じてしまいました。
まあ、でも今はプロレス派の私も、どこか総合格闘技もいいかなと思っているように、そういうリングに命をかけて逃げも隠れもせず臨む理系の人たちに憧れを持っているのも事実でして、やっぱり来世は美貌の女性科学者になりたいな、なんて思っちゃいます。それも薄倖のね(笑)。
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