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2008.03.13

『計算力が強くなるインド式すごい算数ドリル』 赤尾芳男 (池田書店)

26214735 そろそろ受験シーズンも終わりを告げます。今年の教え子たちも本当によく頑張ってくれました。お疲れさまでした。
 さて、彼らを見ていますと、最近計算力が下がっていることを感じます。理系で数ⅢCとかバンバン解いてるヤツとかでも、簡単な足し算やかけ算がちゃんとできなかったりするんです。
 たとえばセンター試験や模試の自己採点をするじゃないですか、その得点を合計したり、得点率を出したりする時に、すぐに電卓やケータイを出してポチポチやっちゃうんですよね。つまり安産…じゃなくて暗算ができない。
 面倒くさいんでしょうか、ずうずうしいヤツになると、私にやってと言い出す。で、私はむか〜しソロバンをやってましたし、仕事柄単純な計算はよくやるわけで、まあフツーのレベルでパッと暗算するんですよね。そうすると、すごいね、と言われる。おいおい、こんな難しい問題で正解してるお前の方がずっとすごいじゃん!やっぱり面倒なんだと思いますよ。
 そんなわけで、クラスの中でもソロバンをやってたヤツは他人のものまで計算するはめになります。点数の合計はあいつにまかせろ、みたいな。とっても繁盛してます。で、尊敬されたりする。
 珠算式暗算、すなわち日本式計算法というのが実は世界最強じゃないかと思うんです。イメージ式、右脳式の暗算ですよね。よくいるじゃないですか、暗算世界一みたいな少年とか。あれってみんな珠算式でしょう。
 しかし、考えようによっては、あれは数字を計算しているのではなく、ある種の作業をやって、その映像を読み取っていることにもなります。数字を図形の世界におきかえている。抽象的なものを具体的なものに変換している。だから、その場にソロバンがなければ何もできなくなってしまうわけです。いや、もちろんその場というのには、脳内も含まれますよ。脳内のソロバンまで紛失してしまったら、どうしようもないわけです。
 その点、最近はやりのインド式計算法は、直接数字を扱うので、基本的には道具の必要はありません。結局は普通の計算を、人間の脳ミソの特性に合わせて、ちょっと遠回りにやるという感じでしょうか。急がば回れ。
 …ということをこの本で知りました。数学の先生に借りて読んでみたわけですが、あくまで読んだだけで、ドリルは一つもやりませんでした。けっこう面倒だからです。それに、ほぼ半分のインド式テクニックは、今まで私も自然にやっていたものだったんで。これは、どこかで誰かに教わったのか、それとも自分であみ出したのか、そのへんはちょっとよく分かりません。父親からかなあ。父親は計算が仕事だったからなあ。
 特に「オレもフツーにやってるぜ」と思えたのは、キリのいい数にしてしまって、あとで修正するという、いわゆる「補数」の考え方に基づく遠回りですね。皆さんもよくやってるでしょう。19×28とか。19を20にしちゃって、あとで28ひくみたいな。
 あと、5をかける時は、かけられる数を半分にするとか、1000円札を出した時のおつりの計算方法…9の補数を使うやつですね…とか、9で割るときは1割増しにするとか(これセンターの得点率出す時によく使うんですよね。900点満点なので)。
 そうしますと、日本式とインド式を使い分けたり、組み合わせたりするのが、どうも最強といいますか、最も能率がよく、また人間的なのかもしれませんね。やっぱり学校で珠算とインド式計算法と両方教えるべきだよなあ。あと、電卓禁止令も出さなきゃ。
 ああそうそう、電卓(テンキー)とケータイ(電話)の数字の配置って上下逆じゃないですか。あれって統一できませんかね。もう無理か。

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コメント

 小学校の恩師の言葉を思い出します。

「今時は電卓があるのだから、計算なんて出来なくても何とかなる。では、どうして君たちは勉強するのだろう?」

その問いに対する自分なりの答えは、ちょいと長くなるので割愛するとして、“何とかなる”という部分には、この年まで生きてきて全くその通りだと実感しています。電卓がなければ生徒さん達のように、得意な人に任せるなり、それも無理なら頑張って自分で時間をかけて解決するか、なんとなく「このぐらいだろう。」と当たりを付けるか、諦めるかしてやり過ごしてきてしまいました。問題なかったです。
 私はかけ算九九を覚えませんでした。授業中にお経のようにみんなで斉唱する九九が気持ち悪かったからです。暗記が嫌いだったんですね。何か意味を結びつけないで物事を覚えるのが大の苦手でした。それでも成績は悪くなかったです。かけ算がどういうものか理解していたので。そういえば中学時代も基本である二次方程式の解の公式も全く覚えませんでした。その代わり公式の導き方は知っていたので、試験が始まるとまず答案用紙の裏でそれを解いてから問題を始めるという、非効率極まりないことを、むしろ楽しんでいましたね。
 私の場合はそれで良かったのだと思います。

投稿: LUKE | 2008.03.14 23:54

LUKEさん、あなたはたぶん本当に賢い人なんでしょう。
感心しました。
今、ちょうど娘が九九を覚えてるんですけど、
たしかに有難くないお経を習ってるっていう感じですね。
私も丸暗記が苦手なので、生徒にも遠回りを強要しています。
古典文法なんか、活用表を覚えるな!という指導です。
本質を理解して活用表を作れるようにしなさいというんです。
私も実際覚えていませんが、いちおう古文でしゃべれますよ。
何事も、本質を知るということと、社会的な技術を習得するということとを、しっかり分けて考えなければなりませんね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.03.15 06:58

>LUKEさん、あなたはたぶん本当に賢い人なんでしょう。

 勘弁してくださ~い。(@_@)

>感心しました。

 嫁には衝撃的だったそうです。自身が小学校の現場で九九を教え込まなければならない立場であるのに、大の大人のしかも自分の夫が、「九九なんて無理に覚えなくても全然大丈夫!」と言い放つのですから。
 九九は完璧に身につけないと役に立ちません。しかし、かけ算とは何かを理解していれば、たとえ試験で九九をど忘れしても慌てることはありません。これはなにも九九暗唱を否定しているのではなくてですね、四則計算なんてその後何年も繰り返し授業や試験で反復されるわけで、自然と九九なぞ覚えてしまうものなのですよ。問題は不完全な九九暗唱が試験で不正解を招くことです。年端の行かない子供心に、答案用紙の×マークはどう映るでしょう。小学生には「勉強って面白い!」と洗脳することが一番重要だと思うのです。

>本質を理解して活用表を作れるようにしなさいというんです。

 その方が自然ですよね。第一楽しそうです。

>何事も、本質を知るということと、社会的な技術を習得するということとを、しっかり分けて考えなければなりませんね。

 技術も結構大事なんですよね、これが。(^_^;)

投稿: LUKE | 2008.03.15 23:12

そうなんです。
学校現場での課題はそれです。
丸暗記、1対1対応の記憶も大切ですし、能率がいい場合もありますが、それを忘れちゃった時どうするかっていう部分も教えたいんですね。
人生はその両方をいかに組み合わせてやってくかですから。
特に歳とると忘れることが多くてですね、若い時丸暗記が苦手なためにずるをした(本質的な理解をした)ことが、今とっても役立ってますよ。
やはりその両者を統括する「智恵」みたいなものこそ大切なんでしょう。
それが教えられればなあ…。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.03.16 08:28

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