『松田聖子と中森明菜』 中川右介 (幻冬舎新書)
読みごたえあり。これは基本文献になりうる。オタク第一世代おそるべし。中川さんはクラシックジャーナルの編集長であり、「カラヤンとフルトヴェングラー」の著者でもあります。
昨日はある意味「ジャンボ鶴田と天龍源一郎」という、70年代80年代を代表する対照的・相照的な二人を紹介しましたね。今日は「松田聖子と中森明菜」です。今こうしてみると分かります。私がどちらかというと「ジャンボ」や「聖子」のように、根っからの天才、余裕をもって明るく自己の世界を展開した人物が好きだったと。若い頃ね。いや、今でもそうなのかな。ややアマノジャク的な嗜好を持ち、判官贔屓が激しいと思っていた自分の意外な一面…。
この本、タイトルは「聖子と明菜」となっていますが、ほとんどが聖子に関する記述でした。その前段となる山口百恵に関する記述の方が中森明菜よりも多いくらい。つまり明菜ファンにとってはなんだか悔しい内容になっている。天龍的に言えば「ふざけるな!この野郎!」って感じかな(笑)。私は聖子派ですので全然気になりませんでしたが。
まあ、結局、聖子と明菜を同じボリュームで語ることが不可能だということでしょう。鶴田は亡くなって歩みを止めてしまいましたからね、天龍はその後の十何年かでなんとか追いついた。だから今なら同列に語れるでしょうけど、そうですねえ、明菜が聖子と同じ紙幅を占めるには、聖子が今すぐに引退して、明菜が90歳くらいまで唄い続ける必要があるのでは。
さてさて、オタク第一世代を自称する中川さん、この本ではまさにオタク的な仕事をしています。いや、おそらくオタク的な仕事の一部を見せてくれているだけだと思います。とにかく資料集めですよ。徹底的に当時の資料を集めて時系列順に並べて見せる。松田聖子を軸としてその周辺に他のアイドルたちの動向を絡めて、一大絵巻…ではなく一大年表を見せてくれるという感じです。基本的に解釈や意味付けは最低限になっていて、事実を並べることに徹している。
それが私にはよかった。私、このブログでもかなり我流の松田聖子論を展開してます(芸能・アイドル カテゴリー参照)。私の場合は正直オタクになりきれない人間なので、ちゃんと資料とか読んでないんですね。実は曲も全部聴いてない。それで先走って意味付けや解釈をしてしまってるんです。恥ずかしながら(ま、毎日の記事全部そんな感じですけど)。ですから、たとえその一部であっても、こうして資料を並べて見せてもらえるということは、非常に有難いことなんです。企画展を観るような感じかな。初めて知るばかりで興奮しました。
やっぱりオタクの基本は「情報」ですね。つまり「モノ」より「コト」。いわゆる「物(グッズ)」もオタク的には「コト」ですからね。たとえばフィギュアとかDVDとか本とかはワタクシ的には情報=「コト」に分類されます。
で、もちろん話はアイドル歌手自身のみならず、プロデューサーや作家陣たちにも及ぶわけで、ある意味そのあたりの闘い、歌手という商品やメディアを通じての影の部分でのガチンコ勝負が面白かったかもしれませんね。あらためてものすごい才能が彼女たちに集結していたことを確認。
最終的に興味深かったのは、虚構に徹したように見える松田聖子が、生身で勝負しようとした中森明菜に勝ってしまう点です。これはまあプロレスが総合格闘技に勝つという読み替えですますこともできますけど、よくよく考えてみると、どうも事態はそう単純ではないようなんですね。つまり、聖子の方が、実のところ自己決定権を持っている、ある意味ではずっと主体性を持っていると。虚構や演劇、形式やイメージの中にこそ、彼女らしさが表れている。生身で(本名で)勝負しようとした中森明菜の方が、結果として自己を表現しきれなかった。松田聖子というメディアを通じて蒲池法子が徹底的にそして自然体で蒲池法子を生きた(生きている)のとは対照的に。
私たちがやっている歌謡曲バンドでは、なんだかんだこの二人が軸になってます。音楽的なコントラスト(メジャーとマイナー、音域や固有の音のピッチの高低)を実際に演奏しながら感じていましたけど、こうして基本文献を読んでみますと、またまたその意味が深く深く感じられますね。勉強になりました。結局は自己プロデュース力かなあ。歌手もレスラーも、そして先生も…(笑)。
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