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2008.02.04

『七勝八敗で生きよ』 天龍源一郎 (東邦出版)

80940663 この本は中年プロレスファンなら必読でしょう。今まで読んだプロレス本の中で最も面白かったかも。
 天龍、今年で58歳になります。しかし、彼は第一線も第一線。バチバチの重い試合から、ハッスルまでどこへ行っても第一線のプロレスを見せてくれています。私はジャンボ鶴田派でしたので、全日時代はあんまり天龍が好きではなかったのですが、今ではもうすっかり「神」的存在ですね。60くらい現役をやったレスラーはたくさんいますけど、彼のようにほとんど衰えを感じさせない、どころか、ある意味どんどん芸風が増えて進化していく人は初めてだと思います。
 なにしろ長年第一線でやってきた人です。戦った選手だけでもものすごい数。それもいろいろな団体を渡り歩きましたから、たとえば馬場と猪木両方からピンフォールを奪うなんていう、それこそとんでもないこともやり遂げた人なわけですね。そういう経験をもとに、とにかくこの本にはいろいろなレスラーが登場します。往年の名レスラーから最近の若者まで。彼らについての天龍しか知り得ない情報や感想というのがプロレスファンにはたまりません。うわぁそうだったんだ…みたいな。
 さて、そんな中、最も多く登場するのが、私の敬愛するジャンボ鶴田です。そして、そのほとんどが「いいかげん」「手抜き」「冷めている」「利己主義」「気づかいがない」など、批判的な記述です。これは予想していたとはいえ、なかなか刺激的でした。もちろん、ジャンボの天才的な才能や圧倒的な強さを認めた上で、いやそれを認めていたからでしょうね、とにかく辛辣な発言が続発です。
 しかし、彼が結局言っているように、天龍の素晴らしいレスラー人生はそうしたジャンボがいたから、ジャンボに対する不満があったから生まれたわけです。天龍の人生の基本姿勢は「ふざけるな!この野郎!」だそうですが、特にそうした奮起を促してしまったのが、あのジャンボののらりくらりした仕事ぶりだったわけです。
 ジャンボは「明日があるさ」、天龍は「今日を生きろ」。ジャンボは明日のために今日深酒をしない、天龍は一生懸命飲む。ジャンボは明日のために摂生をし十年後の人生設計までしている、天龍は明日のことは考えない、「今日を一生懸命やったら嫌でも明日がついてくる」と考える。ここまで対照的な二人なんですね。しかし、そのコントラストがあったからこそ、結果として天龍も鶴田も輝いたわけです。天龍は眠れる獅子ジャンボの目を覚まさせてしまったわけですから。本人たちはもちろん、お客さん(もちろん私も)それはそれは得をしたと思いますよ。
 しかし、なんとも皮肉なことといいますか、因果やなあと思うのは、綿密に人生設計をし明日のために今日がまんしていた鶴田が夭逝し、今日のことだけを考えて生きている天龍がいまだに現役バリバリだという事実。う〜む、これについては本当にいろいろと考えてしまいましたよ。ま、自分はどっちでもない、明日のことも考えないし、今日も一生懸命生きてないダメ人間なんですが…。なんて、実はそのタイプが一番長生きしたりしてね。
 ところで、この本の中で最も衝撃的だったのは、力士時代の「かわいがり」に関する記述です。最近もこれに関する「事件」が報道されていますが、これを読みますと、たしかにこれは死ぬなと思います。そしてそれがそれこそ日常的伝統的に行われている(いた)わけです。そういう意味ではこれは立派な暴露本だと思いますよ。さりげなく「あれで一人前になった」とか書いてますが、たしかに普通の世界からすればありえない暴行です。今回報道されている内容よりもずっとひどい。驚きました。
 「七勝八敗で生きよ」か。これは深い言葉ですね。最初は意味がわかりませんでした。負け越しでいいってことか?と思いました。しかし、最後まで読みますとその深い意味に心動かされます。まずは、プロレスが「勝敗」ではないという点。本書でも何度も繰りかえされるとおり、お客さん不在で勝っても全く意味がないわけです。逆にお客さんの心に残る負け方負けっぷりこそプロレスの醍醐味とも言えます。だから天龍がHGに負けてもいい世界なんですね。小橋が復帰戦でフォールされてもいいんです。プロレスファンは成熟した大人ですから(笑)。
 馬場さんの至言「全てのものを超えたものがプロレス」…これを体験し諦観し体現しているのが天龍源一郎という素晴らしいプロレスラーであることを確認しました。そして、やっぱり私はプロレスが、プロレス的世界が好きだなと再確認しました。単純な勝ち負けではない。相手の選手やお客さんあっての自分。一昨日の記事ではありませんが、私はそこに仏教的な世界観を見ているのでした。まじめに。やっぱり馬場さんはお釈迦様なのか!?(笑)

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コメント

そういえば、アントニオ猪木も「負け」が伝説になっていますね。ハルク・ホーガンに失神させられた(ふりをしていたらしい)とか。

自分が輝くだけでなく、対戦相手も輝かせる。それでこそ名レスラーといえると思います。

丈夫で長持ちといえば、リック・フレアーが来日するようですね。一体強いんだか弱いんだか。打たれ強さは確かなような気もしますが。

投稿: AH | 2008.02.06 02:15

AHさん、おはようございます。
そうですね。単なる勝ち負けでなく「伝説」を作れるか。
相手を活かして自分も生きる…音楽でも大切なことですね。
そうそう、フレアー、あの方もあそこまで行けばやっぱりすごいですね。
のらりくらりの権化みたいな人。
でも、あの人相手だと、対戦選手のいいところが殺されちゃうような気も。
そういう見方で味わうべき人なのかもしれませんが。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.02.06 07:59

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