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2008.02.09

『僕の叔父さん 網野善彦』 中沢新一 (集英社新書)

08720269 ここ数年で読んだ本の中でも抜群の面白さ。何ヶ所も犬の耳を折りつつ最後のページに達した私は、思わずもう一度冒頭に帰ってページを繰りだしました。
 好き嫌いははっきりするでしょうね。網野さん中沢さんの共振の中に身を委ねられるか。私はお二人が親戚だとか、山梨出身だとか知る前から、思いっきり共振してしまったクチですので(それでずいぶん苦労させられましたが…笑)、それはそれは楽しかった。
 そう、これは単なる読み物ではないし、追悼文でもありません。完全に「物語」です。ここまで自分が物語の世界に引き込まれたのは、本当に久しぶりでした。内容とは別に、いや最終的には内容に思いっきり関係するんですが、とにかくこれは「モノガタリ」だ。あとがきで中沢さん自身もこう語っています。

『この文章を私は、死者たちといっしょになって書いたような気がしてしようがない。時間と空間が序列をなくして、記憶の破片が自由に飛び交うようになっていた。そして死者たちが自分の思いを、私の書いている文章をとおして、滔々と語り出したのである』

 文章がいい。いつもの中沢さんとは違う。ある意味中沢臭が希薄で、それがいい。いったい誰が書いたんだろう。ああ偉大な小説家たちはこうやって「モノ」を「カタ」ったんだな。こういう境地にならねば、こういう文章は書けないものです。
 この本で繰りかえされるキーワード「トランセンデンタル」…「経験に先んじている」こと。ワタクシ的に言えば、「経験」とは「コト」であって、それ以前の何かこそ「モノ」です。そうした私たちの意識や経験や発想、すなわち理論や科学や政治や経済といったコトの外に無限に広がっているであろうモノの力で何かを語る。あるいはそのモノ世界を少しだけコト世界に引き込んで、つまり「コトノハ」によって私たちの「経験」とすることこそ「物語」の実相であり本質なのでしょう。
 私には、もちろん甲州の人間としての共感というのもあります。甲州弁でお二人が会話するのを読んで、本当に今まで以上に彼らが身近に感じられました。私は外から甲州にやってきたマレビトではありますが、しかしそのルーツにはそれこそ私の経験や知識以前の何か(モノ)があるのは確かです。非常民、非農業民、山の民、縄文、アジール、富士山、なまよみ…私を惹きつけ、そしてここに住まうことを強制した力が、この甲州にはある。その何か(モノ)こそ、私と網野さん、そして中沢さんとの共振の根底にある。その存在だけは確かな気がするんです。
 今考えてみますと、網野さんの孤高の歴史学は、まさに学会において被差別的存在でしたし、忌み物でした。そして、ある意味アジール的であり、無縁的でありました。彼は歴史市民ではなく歴史的民衆でした。つまり、網野さんは、外側に広がる(しかし「コト」世界からするとある場所に幽閉されているように見える)「モノ」の世界を感受し表現したとも言えます。それはまさに「モノガタリ」的行為であり、そういう意味では、網野さんは立派な物語る者だったわけです。
 「叔父と甥」という特別な関係。しかし、考えてみればお二人は血のつながりがあるわけではなく、網野さんは婚姻という儀式によって中沢家にやってきたマレビトであったわけです。そこに生まれた生命力あふれる知的反応。知的であり、聖的である(時に性的である)、その刺激的な関係から生まれる新しい物語に私は多いに興奮しました。
 私は自他ともに認めるトンデモ人間であり、彼らのようなアカデミックな根性のない人間なのですが、ここ甲州の端(しかし宇宙の中心でもある富士山!)に住むようになった意味をこれからも考え続け、そして「何物か」と自分なりの方法でじっくりつきあっていきたいと思っています。

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コメント

pen すばらしい本でした。ご紹介ありがとうございました。
 かつてはかなりの網野善彦ファンで、新刊で購入しては読んでいました。しかし、あの歴史学に唯物論的な土台があったなどとはこれまでまったく思いもよりませんでした。なにしろほとんどマルクスなど読んでいないので、わからないのでしょう。こんなあたりに団塊世代とわれわれ世代との深い断絶があるのかもしれません。
 中沢の文章は大変に率直で、以前の著作で辟易とさせられたような妙な韜晦がないのに驚きました。おっしゃるとおり、ものがたっていますね。

投稿: 貧乏伯爵 | 2008.02.20 22:09

伯爵さま、こんにちは。
ああ、読んでいただいて、とってもうれしいです。
いいですよねえ、この本。
ホントちょっとした驚きでした。
文学の香りがしますよね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.02.21 11:05

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