『もののあはれ知らせ顔なるもの』(枕草子)
古文の演習で、本居宣長の「紫文要領」をやりました。「もののあはれ」を知るためには「源氏物語」を読めというやつです。私は何度も繰り返しているように、彼の「もののあはれ論」にはどうも賛同できない立場の人間なのですが、ある意味彼の入れ込みようというか原理主義的な感じがけっこう面白くて、たまに読みたくなりますね。
さて、それでぜひとも宣長さんに説明してもらいたいことがあります。彼のよくわからんが高尚なる「もののあはれ」解釈でですねえ、これを納得できるように解説してもらいたいんですよ。枕草子の「もののあはれ知らせ顔なるもの」という段です。
実は世の「もののあはれ」研究家にとって、かの清少納言さんが書き残したこの短い一文が、とっても厄介なもののようなんです。さすが清少納言さんって感じですね。いいもの残してくれました。
こういう文です。とっても短いですよ。
もののあはれ知らせ顔なるもの。はな垂り、間もなうかみつつものいふ声。眉抜く。
(…ハナをたらし、しょっちゅうかみながらわけのわからないことを言う声。眉を抜くシーン)
これだけです。平安文学のテーマの根幹をなすべき、いや日本人のアイデンティティーの核心たるべき「もののあはれ」をいかにも伝えるものとして、これですからね。やっぱり清少納言、いいなあ。好きだなあ。
これについて、いろんな偉い人がいろいろ言っているかといいますと、意外にそうでもなくて、みんななんとなく避けている雰囲気すらある。だって、いきなり「洟をかむ」話なんで。妙に卑近な感じですよね。ズルズル、チーン(なんでチーンっていうのかな)が「もののあはれ」だって。ははは。そして、いきなり一言「眉抜く」と。
これはですねえ、私の「モノ・コト論」流「もののあはれ」をもってすれば、全然不思議でも妙でもないんですけど、宣長さんみたいにあんまり「もののあはれ」を持ち上げちゃいますと、そりゃあ大変ですよね。無視したくなる気持ちもわかります。
で、ワタクシ流では「もののあはれ」とは「不随意・変化・無常・未知・自己の外部に対する詠嘆」ですから、これはですねえ、前半のハナの話はどちらかというと悲哀を含む「ああ」、眉の話は感慨を含む「ああ」ですね。で、両方とも時の流れとそれに伴う変化に対する「ああ」であるという共通点がある。
つまり、ハナを垂らしているのは老人ですね。ハナを垂らすということ自体もかっこわるいことだったと思いますが、間断なくチーンとやるのもやっぱりちょっとね。ついでにかみながらモゴモゴ聞き取りにくいことを言う。そう、「もの言ふ」の「もの」にも注意すべきですよ。そのへんも皆さんいいかげんにすませすぎです。
外見や世間体を気にしていた常識的な人も、いつからかそういうことを全然気にしなくなるっていうのは、現代でもありますよね。自分もそうなりつつありますし。特に女性の場合はこっちがガッカリしてしまうことも多い。あんなキレイだった人も…みたいな(笑)。それですよ。この「もののあはれ」は。人間もしょせん「モノ」ですからね。
一方の「眉抜く」、これは逆に女性のたしなみ(オシャレ…今の女子高生もけっこう抜きますね)でしたから、つまり外見や世間体を気にする常識的な大人の女性の象徴的行動です。ですから、ここでは、前半との対照というのもあると思いますが、子どもだと思っていた女の子がいつのまにか眉を抜くようになった、あるいはこうして眉を抜いている女性らしい女性も、いつかははな垂れ老婆になってしまうっていう感慨なんでしょう。まあ、後の解釈だと「悲哀」感が強くなりますけどね。とにかく、自分たち人間の力ではどうしようもない時間の流れを感じているんです。
例の大野晋センセーは、このへんの「もの」を「避けられない運命」「動かしがたいこと」として説明しておられるのですが、私の解釈とは似て非なるもの、ちょっと角度が違いますね。私は私流の方が、他の「もの」についても上手に説明できると思っているんですけど。ま、向こうは大変な大家ですし、私は論文を書く気など毛頭ない小人中の小人ですので、世間的な勝負はもうついてるようなもんです。というか戦う気もありませんし。
私はこうしてブログという無責任と自己顕示欲と自己満足が許されるメディアにさりげなく書き残しておきます。気が向いた時にね。もしかして数百年後に評価されるかもしれませんし(笑)。言葉すなわち「コト」は情報であり、それは「モノ」とは違って不変なはずですので。では。
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