『グラッペリの思い出』 ベンヤミン・シュミット(ヴァイオリン)
Beni Schmid Obsession - Hommage a Grappelli
最近の若手モダン・ヴァイオリニストでは、この人は悪くないなあと思っていました。やはり新世代だからでしょうか、古楽器演奏の影響も受けているようで、彼の弾くバッハの無伴奏やヴァイオリンとチェンバロのソナタなんか、ヴィブラートも抑え気味、ボウイングが軟らかく弱音もそこそこきれいでしたからね。昨年は小澤征爾指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会にソリストとして抜擢されるなど、大活躍だったようです。
そんな彼がジャズのアルバムを出しているとは今日まで知りませんでした。今日聴いた録音のほかに、もう一枚入れているようです。今年はジャズ・トリオとして来日するという情報まで。それもあのビレリ・ラグレーンとの共演だと言うじゃないですか(このアルバムでもゲスト出演してます)。ベースはもちろん、元ウィーン・フィルのカリスマコントラバス奏者(今ではすっかりジャズ・ベーシスト)のゲオルク・ブレインシュミットです。
これはなかなか興味深い組み合わせですね。まあ、ビレリ・ラグレーンもジプシー・ジャズが本業とは言え、けっこうクラシックもいけるようですし、いやいやちょっと待てよ、彼らはクラシックを演奏するんじゃなかった、ジャズだ…えっと、ライヴでビレリ・ラグレーンが二人をどのように引っぱるか聞き物です。
というのは、このアルバム、なかなかいいですし、みんなうまいんですが、やっぱり全体に固いんですよ。アルバムタイトルにあるように、これは完全にステファン・グラッペリに対する敬意を表した作品なんです。ですから、シュミットも思いっきりグラッペリ風に弾こうとしている。しかし、しかしですねえ、やっぱり一流モダン・ヴァイオリニストの性でしょうか、やっぱりちゃんとしすぎている。
このアルバムを聴くと、いわゆるクラシックの王道的レッスンの内容、あるいはその目指すものが、ジャズ的なものとはあまりに性質が違うということがわかります。ひるがえって、やはりグラッペリが孤高のジャズ・ヴァイオリニストだったということが確認できますね。彼がクラシックを弾くと、逆に完全にジャズになってましたから。つまり、両立は非常に難しいということです。
では、クラシック奏者が弾くジャズと、ジャズ奏者が弾くクラシックと、どちらが面白いかというと、これは間違いなく後者です。モーツァルト・イヤーのチック・コリアによるピアノ・コンチェルトはとっても楽しかった。前者はたいがい痛くなるんですね。このアルバムはかなり奮闘していますけど、それでもやっぱり痛い直前くらいまでは行っています。今、世界で活躍するいわゆるジャズ・ヴァイオリニスト(日本人にもたくさんいますね)は、ほとんどちゃんとクラシックを勉強した方々です。ですから、どうも軽みが足りないんですよね。逆に音大とかで勉強してない、民族音楽のフィドラーたちなんかの方がずっと上手だったりします。結局はボウイングだと思うんですけどね。いわば、クラシックは楷書、ジャズは草書。そして、クラシック奏者によるジャズは行書って感じかな(バロック・ヴァイオリン奏者の方が草書に近いかも)。
本当は楷行草三体完璧にできるのが理想なんですがね。書の世界でもそれは難しいようです。
ちなみに私はどれもできません。てか、まともにできるジャンルがありません(笑)。そんな人間が偉そうなことは言えませんけど、聴いて違いはわかりますよ。
でも、まあこうしてクラシック界の人が違うジャンルに挑戦するというのはいいことです。特に硬直化しがちなクラシック界に生命を送り込むという意味では、充分に価値のあることだと思いますよ。シュミットさんの今後の活躍に期待しましょう。というか、生ビレリ・ラグレーン聴きたいなあ、今年は。
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