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2008.01.31

『スポーツニュースは恐い―刷り込まれる〈日本人〉』 森田浩之 (日本放送出版協会)

14088232 某大学の過去問を生徒と一緒に解いてましたら、国家論についての評論が出てまいりました。「他者」との対比としての「われわれ」という幻想が「国家」である、言語や神話はそのためのフィクションであるという、まあよくある論でしたが、それを読みながらこの本を思い出したので紹介します。昨年読んだものです。
 この本、なかなか読み物としては面白かった。ツッコミどころ満載でして。
 誰もが感じているスポーツニュースの特殊性。それを好きか嫌いか、あるいはそれに違和感を感じるか感じないかは別として、NHKのニュース番組の中でのスポーツコーナーでさえ特別な明るさを持っていることを、誰も否定できないと思います。
 その特殊性に注目し、それを「オヤジによる洗脳」と捉えて憂慮したのがこの本です。なるほど、女性選手へのセクハラ的興味や、日本的ジェンダーや集団主義の押しつけ、そしてナショナリズム…たしかに日本のオヤジ臭いですね。そのこじつけ方は非常にうまかったと思います。
 ま、でも、考えてみればスポーツニュースを見るのは実際オヤジが多いわけでして、テレビ局としても当然顧客に合わせた作りをせねばならないのですから、スポーツニュースによって我々が洗脳されているというよりは、オヤジたちによってスポーツニュースが洗脳されていると言った方が、正しい因果関係を表しているのかも知れませんねえ。
 この本ではとにかくそういうスポーツニュースのウソ臭さにだまされるな!的なことが繰りかえされるわけですが、どうなんでしょうね。私たちはスポーツで起きた事実のみを知りたいと思っているんでしょうか。スポーツというのは一般のニュース的な単なる出来事なんでしょうか。
 私は全くそのように考えていません。特にプロスポーツについては。つまり、それらはエンターテインメントそのものであり(スポーツという言葉自体本来そういう意味ですよね、たしか)、演劇性があるのは当然だということです。演劇性とはフィクションであり「物語」であります。
 筆者も本書の中で何度も「物語」という言葉を使っています。もちろん憎むべきものとしてね。一般新聞までいかにもな「物語」風な文章を書くと。ミシェル・ド・セルトーまで登場させて心配してます。いいじゃないですかねえ。たしかにちょっとやりすぎ(痛すぎ)な文にこちらが照れることもありますけど、まあスポーツというのはそういう性質のものだから、それでいいのではないでしょうか。この前、宮沢賢治の言葉として紹介しました「物語」のあり方に照らしてみれば、そうやって本人も意識していないようなナラティブを作り上げていく行為というのは、案外高尚なものなのかもしれませんよ。
 私はこの本で大笑いさせていただきましたよ。なにしろ、そういう「物語」的な新聞の記事やタイトル、テレビのスポーツニュースのコメントなんかを、たくさん集めてくれてるんです。それにいちいち目くじら立ててる筆者も含めて、大変に面白い。よくぞここまでツッコミどころを集めたなと。だから、スポーツVOWみたいな感じで作れば良かったんですよ。カミさんも言ってました。みうらじゅんみたいな感性で書けば良かったのにって。たしかにそうだ。
 もうこうなると文学の一ジャンルって感じ。そうですねえ、私のVOW大賞は、谷亮子選手についてのこの記事ですかね。『戦うママは忙しい「一本勝ち」→「授乳」→「一本勝ち」→「授乳」と畳の内外を走り回る』(笑)
 さてさて、この本では、なぜイチローは「物語」を背負わないかという疑問に対する答えとして「イチローのもつイメージがとっくに〈日本人〉の枠をはみだしている」と片付けてしまっています。そうじゃないでしょう。彼は十分に日本人のイメージを代表してますよ。つまり、リアルに彼はアメリカを単身打ち負かす「侍」であり、それはすなわち、我々が作りたがる物語の主人公像とその物語の結末なわけでして、そう、私たちの想像力と創造力を超えた、まさに生ける伝説、生ける神話、生ける物語だからです。私たち凡人が物語る必要がないほどにとんでもない存在なんですね…と、これもまたある意味大仰な物語とも言えますか(笑)。
 
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コメント

普段フランス2のニュースを主にみているのですが、たまにNHKのニュースをみるとなんだか気持ち悪くて怖ろしくなります。ニュースの項目が少なくて15分くらいですぐにスポーツ・ニュースになってしまうし、原稿を読む人はいかにもそれぞれのニュースに対する国民の感情を代表するかのようにおおげさに顔の表情をつくったり、いちいちコメントをつけたり。なんだかやんわり洗脳されているような気になります。NHK教育の番組はいいのがたくさんあると思うのですが。

投稿: 龍川順 | 2008.02.01 16:44

龍川さん、どうもです。
やっぱりそうですか。
NHKでさえそうですからねえ。
時代の流れとは言え、なんだか最後の砦まで大衆に迎合では、なんとも…。
基本NHKは大好き(特に教育)なんですけど、ニュースはたしかに最近あんまり観ませんね。

投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.02.02 07:47

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