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2008.01.04

『医療の限界』 小松秀樹 (新潮新書)

10610218 小松さんが繰り返す「不確実性と死を受け入れられるか」という課題…これはまさに私の考える「もののあはれ」そのものではないですか!
 医学部受験の生徒のためにと読み始めたこの本でしたが、興味の対象はすっかりそっちへ行ってしまいました。そんなこと考えてこの本を読んだ人もそうそういないだろうなあ。
 いえいえ、本文中には「武士道」「無常観」「葉隠」「渋江抽斎」なんていう言葉も時々出てきます。すなわち、小松先生自身、「もののあはれ」とは言っていませんが、そういう日本古来の感慨や思索がなくなってしまったことを憂えているのです。そして、それが現在の医療崩壊を生んでいると。
 たしかに、私たち患者は、医療に完璧(確実性)を求めがちです。そして、いずれ必ず訪れる「死」、あるいは医療の不確実性に伴う死のリスクについて、思いを馳せようとしない。逃げ、そして医師や薬に依存する。期待と結果を混同する。
 小松先生は、そうした状況の原因の一つとして、「想像力の欠如」を挙げています。私も同感です。先ほど死に思い馳せないと書きましたが、これも想像力の欠如の一つです。そして、医者も自分と同じ人間であって神ではないということ、あるいはその人間が大変厳しい環境の中で仕事をしているということすら想像できない。そこにモンスター・ペイシャントが生まれます。自己愛の怪物です。
 モンスターで思い出しましたが、この本で書かれている医療の現状は、教育界にも完全に当てはまりますね。モンスター・ペアレントです。あるいはモンスター・スチューデント…いや、生徒はいつの時代もカワイイ怪物ですから、それを言っては仕事になりませんね(笑)。
 しかし実際教育界で起きているワケの分からない状況というのも、まさに想像力の欠如によるものであります。生徒、親、教師の全てに想像力が足りない。お互いに思いを馳せるのではなく、ただただ期待し結果を混同し続ける。
 この本にも書いてありましたが、これは医療や教育の市場経済化の結果でしょう。紹介されていたアメリカの医療の実態には本当に驚きました。そこにヒューマニズムなんてものはかけらもない。カネ、カネです。私、もともと新古典派嫌いだったんですけど、ますます嫌いになっちゃいましたよ。市場原理ってそんなに魅力的なんでしょうか。金持ちはもっと金もうけしたいんでしょうか。
 さてさて、私のフィールドである「もののあはれ」に話を持って行きます。繰り返しになりますが、私の考える「モノ」とは「不確実性」そのものです。「自分の意志や知覚の外にあり、不随意であるもの」「常に変化し固定できない存在」です。それに「ああ(aha!)」とため息をつくのが「もののあはれ」です。
 ため息をつくというのは、単にガッカリしているわけではありませんね。感心したり感激したりした時にも、私たちはため息をつきます。また安心した時にもふっと息をもらします。そこなんですよ。いかんともしがたい運命によって、我々は常に翻弄され、予想外ないいことや悪いことに直面して生きなければなりません。それに対して、「仕方ないな(哀れ)」でも「ありがたいな(天晴れ)」でも、とにかく受け入れる時に「あはれ」となるわけです。
 この前の百人一首についての記事に、「もの思ふ」が多いというようなことを書きました。これがすなわち「思いを馳せる」「想像力」なんです。思い通りにならないことを受け入れるために、結局は自分と闘っている姿なんですね。決して消極的な悲観的な態度ではありません。そこに「歌」や「物語」が生まれるわけですから、それだけのエネルギーを内在した行為、思索なんです。
 今、私たちは「コト」ばかりを求めます。思い通りになり、確実で、不変な「コト」があると信じて、自分を含めた世の中が「モノ」であるということを直視せず、経済や科学の道をひた走っています。
 繰り返します。世の中の全ては「もの」である(無常である)というのが、唯一の「まこと(真実)」だということを忘れてはいけません。今こそ「もの思ふ」「もののあはれ」の復権を願います。

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