J.S. バッハ 『ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ集 (ムローヴァ/ダントーネ)
J.S.Bach Sonatas
やられた…。これもすごい。ムローヴァさん本気だわ、こりゃ。
今日は本当は東京へ行く予定だったんですけど、娘が熱を出したりして、すみません、いろいろと約束をしていた皆さん。で、ウチにこもってたんですけど、いい出会いがありました。
昨年ヴィヴァルディのコンチェルトでかなりガツンとやられてダウンしたんですけど、今回はその流れで、立ち上がりざまに顔面にいいキックが入ったって感じです。これは4点ポジションにおける顔面キックを禁止したルールに抵触するのでは…(笑)。
あれだけモダンの奏法を極めておいて、ピリオド楽器をここまで弾きこなす…いや極めるなんて。これは総合を極めた上でプロレスでも超一流になるようなものです。すごいなあ。
ちなみにムローヴァさんはダンナさんと一緒にジャズもやってるんですよね。そちらは聴いたことがありません。ちょっと前にベンヤミン・シュミットのジャズを紹介しましたっけ。そこでは多少の苦言を呈しましたが、やっぱり彼も基本偉いですよ。そういう枠をはずして勉強することによって、それぞれの本職の演奏も充実してくるでしょうね。ムローヴァはバロックだけでなくいわゆるクラシックの方でもオリジナル楽器を使うことが増えてきました。そういう演奏ではもちろんですが、普通のモダン楽器の演奏においても、最近はボウイングに軽みが出てきました。弱音が大変に美しい。これはたぶんプロレス(=バロック)を勉強したからでしょう(笑)。
それにしてもこのバッハは美しい。実はこのヴァイオリンとチェンバロのためのソナタたちは、聴く方も弾く方にとっても微妙な作品なのであります。成立事情にもいろいろと特殊な部分があるんですけど、とにかくやや難解なんですね。ものすごく分かり易く言ってしまうと、あんまりキャッチーじゃない。弾く方としては、なんだか♯や♭がたくさんついてるし、ヴァイオリンの特性(弾きグセ)を全く無視した作曲がなされていて、そういう意味ではもしかすると無伴奏より難しいかもしれない。で、一生懸命練習して弾きこなしても(私はそこまでやってませんけど)、それに見合った効果がないというか、あんまり喜ばれないし、自分も喜ばしくない。もちろん、バッハがそういう「辛い」効果を狙ったという可能性もあるんですが…。
まあ、そういう作品なんですね。ですから、録音もあんまり積極的に聴こうと思わなかった。いろいろ持ってるんですけどね(昔は、ガンバも入ったアーノンクール盤と、ロックなゲーベル盤だけはよく聴いてました)。もちろん弾く方も全然積極的じゃありません。ここ十年以上弾いてないような…。
そんな作品なんですけど、私にとってはどうもこのムローヴァ盤が決定盤になりそうです。ヴィヴァルディの記事にも書きましたが、ヴァイオリンの本質である「色気」が、この作品の「辛さ」を覆い隠している…わけではなく、逆にもっと高い「色香」にまで昇華してくれている気がするんです。ダントーネは比較的淡々と弾いています。その上に彼女の馥郁たる音の香が配されることによって、なんといいますかね、私にとっては今まで気づかなかった、この作品におけるバッハの歌心、それも「哀しみ」の歌心、「もののあはれ」の歌心が浮かび上がってきた。
この作品の特殊な印象というのは、その編成にあるというよりも、バッハの心理によるものなのかもしれません。同様の編成であっても、ガンバやフルートのソナタでは、このような印象がありませんからね。ムローヴァ自身がそういうことを意識したかどうかは分かりませんが、彼女の演奏における「女性性」のようなものが、もしかすると今まで隠れていた(少なくとも私にとってはそう言えます)この曲の本質を現代に復活させたのかもしれません。チェンバロ・パートはバッハ自身、ヴァイオリン・パートは亡き妻…なんて考えるのは考え過ぎでしょうかね。
とにかくテクニックも解釈も素晴らしい。音色も美しい。特に緩徐楽章の「語り」は格別ですねえ。いや、早い楽章もいいなあ。そしてそして、オマケで収録されている通奏低音付きソナタがまたカッコいい。それらがあることによって、さらに本作の特殊性が際立って聞こえます。
う〜む、人によっては理解できない可能性もありますが、私は完全KO、病院送りでしたね。私はルール違反だ!とか、そんな野暮な提訴はしませんよ(笑)。素直に負けを認めます。
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コメント
私はムローヴァとエンライトメントオケの共演を生で聞きましたが、そのときの印象は、まさに「ストラドはコンディションが変わってもストラド」というものでした。しかし、まだまだオケと演奏スタイルという点では違和感ありましたね。
早速試聴してみましたが、そのときに比べればずいぶんそれらしくなっているので驚きました。
ただ、個人的好みからいえば、こまかい音符がちょっとぶつぶつ切れ気味でしかも均質な感じが気になりました。のびやかさといおうか、おおらかさといおうか、スケールの大きさといおうか、そういうものがあまり。ちょっと神経質な感じです。最近の「格闘技」のような、といったらいいでしょうか。やはりかつての「王道プロレス」のような余裕というのか、懐の深さというのか、そういう感じもほしいんですね。コーナーポストに登って「オー」と雄たけびをあげて、大見得切って、あの「間」といおうか・・・。
投稿: AH | 2008.01.27 11:03
AHさん、どうもです。
この話題にこういう形で絡んでくれるのはAHさんと、
あの人とあの人とあの人とあの人…けっこういるな(笑)
うれしい限りです。
今日は小橋建太の握手会に行ったのち、トリオの練習でした。
いつになく調子よくアンサンブルできたのは、やっぱりプロレス魂のおかげです!
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.01.27 22:47
私は中学高校時代、音楽部室内楽班に所属していましたが、合宿ではなぜかプロレス三昧でした(音楽の練習もしてはいましたよ)。最終学年のわれわれだけでなく、新入の中学一年生もそれは熱心に対戦していました。そのうちの一人は、ヨーロッパ在住某ガンバ奏者です(彼にとっては消したい過去かも)。ともかく古楽とプロレスは明らかに親和性ありですね。
投稿: 貧乏伯爵 | 2008.01.28 14:36
やはりバロックVnのボウイングの極意はジャンボ鶴田のバックドロップですよ。あの見事なブリッジ。何ともいえぬタメ。
やはり芸術品だ!
投稿: AH | 2008.01.28 20:25
伯爵さま、AHさま、どうもどうも。
ほかの記事では龍川さんとよこよこさんまで、
プロレスを通じて古楽関係者がこんなに集まっちゃうとは(笑)
うれしいなあ。
なるほど、鶴田のあのブリッジかあ。
たしかにあのタメですね。
そして、相手によって(音符によって?)角度、スピードを最適にコントロール。
やっぱり余裕があるからあれが出来るんですよね。
これからは鶴田のビデオを観てから練習します!
投稿: 蘊恥庵庵主 | 2008.01.28 21:34